一筆啓上
セルダンの唱えた呪刻印の呪文が僕の右手の指の先から引き裂く様にゆっくりと刻印を刻み始めた。
「グガッ!」
指の先に赤い火箸を突っ込まれてかき回されるような痛みに身をよじる。
あまりの痛みに体からドッと脂汗が噴き出た。
「クハハハハ!抵抗もできないとはいいざまだな、アイザック!ほぉら、まだまだ刻むぞぉー。」
セルダンはそう言って呪文に気合を込める。
それと同時にガリガリと右腕を削るように刻印がさらに刻まれる。
「グァっ!」
「お前は昔から生意気なんだ。ちょっと生まれがいいからと言って魔法も使えない無能のくせにちやほやされやがって!執事も!オーランド公さえお前の味方だった!」
痛む右手をこらえながらセルダンに問いかける。
「……?スティーブンを首にしたのはお前たちじゃないか?」
「ああ、母上が首にしたところを俺に仕えるのなら俺が雇うと言っても”ニ君に仕えるつもりはない”と言って俺の手を取らなかった!クビにしたメイドもだ!どいつもこいつも天才である俺のことをバカにしやがって!」
筆頭執事であったスティーブン、彼は父上や母上や僕に仕えると言うよりも、オーランド家に仕えてきたと言ってもよい。
その彼が”ニ君に仕えるつもりはない”と言うのはセルダンたちに”オーランド家を名乗る資格がない”と言っているに等しく彼らしい物言いだ。
そういえば、オーランド家を解雇されてスティーブンはどうしているのだろうか?
故郷に帰ったのだろうか?たしか昔、どこかの村が故郷だと聞いたが……。
「だが、この俺サマを蔑ろにした元執事も今じゃ忠実な奴隷だがな。」
そう言ってセルダンはにやりと笑い自分のすぐそばに立つ獣人の男(セルダンをここまで担いできた獣人だ)の顔を灯の杖でピタピタ叩く。
「ま、まさか!」
「クヒャ!クヒャ!クヒャ!クヒャ!その顔だ!その顔が見たかったんだよ!この年寄りをわざわざ獣人にしたかいがあると言うものだ。そうさ!こいつは元オーランド家の執事のスティーブンさ!」
スティーブンだと言われた獣人は微動だにせず、じっと僕の方を見ている。
「ああ、そうか何もしゃべるなと言う命令が効いていたか……、おい、お前。目の前にいるのがアイザックだ。何か言ってやれ。」、
「……あ、アイザック様。お懐かしゅうございます……。」
セルダンの脇に立っていた獣人は跪いて僕の手を取ろうとする。
「駄目だ!立て!立ったままアイザックを見下ろすんだ!」
スティーブンの体がビクリと動いたかと思うとゆっくり立ち上がった。
やはり他の獣人と同じようにスティーブンの首にも隷属の首輪がつけられている。これが彼らを縛る鎖なのだろう。
「このままで失礼します。アイザック様。本当にお懐か……。」
「アイザックに様をつける必要はない!言い換えろ!」
「……殿下に置かれましてはご機嫌麗しゅうございます。」
そういってスティーブンは軽く会釈をするとにっこりと笑った。
「糞がっ!そんなことを言ってるんじゃない!」
セルダンは叫びながらスティーブンを杖で打ち据えるが毛ほども傷を負わせてはいない。
「まぁいい。それよりもアイザック。俺サマからのプレゼントは気に入ってくれたか?」
セルダンはハァハァと肩で息をつきながらこちらを見た。
「?」
「俺サマ自ら刻印を施したお前の右腕。灯の杖の刻印だ!」
セルダンの言う通り、僕の右手には”灯かりの杖”の様な刻印ができていた。
ズキズキと痛む刻印に気合を込めると刻印がうっすらと輝き指先にポッと灯がともる。
「こ、これは!」
「クキャキャキャキャ!成功だ!よかったな、アイザック。魔法が使えるようになって、私からのプレゼントですよ……クキャキャキャキャ!」
セルダンはさも楽しそうにニヤニヤと笑い呆気に取られている僕を見ている。
確かにこれは、”灯の杖”と同じものだ。この方法なら”灯の杖”が無くても、いや、無くなっても紋章魔法を使えるだろう。それにこの広場に描きかけた紋章魔法を完成させることが出来る。
その為にもセルダンの気を引く必要がある。
「プレゼントか……プレゼントにはお礼をすべきだな……」
僕はそう言うと懐に入れていた収納袋をセルダンの足元へ投げた。
「ん?なんだ?これは?収納袋?」
「ああ、それがお前に対する礼だ。」
「このような物を持っていたのか。呪文を解いてもらいたく差し出すとは……やはりお前は愚かなで無能な出来損ないだ。俺がその呪文を解くと思ったのか?」
「呪文を解いてもらう?それは勝手な解釈と言うものだ。」
僕は両手を広げるとゆっくりと目的の場所に近づく。
「ふっ、強がりを言っても無駄だ。」
「……強がりじゃないさ。実際、呪文を解くのは別の方法が使える。」
「別の方法?そんなものあるわけがない。」
セルダンは顔をゆがめて鼻で笑った。
「簡単だよ。」
僕はセルダンに刻まれた”灯の杖”の刻印に気合を込める。刻印がうっすらと輝くと指先に灯がともる。
「こうするのさ!!」
僕の指先が所定の位置に紋章を一筆分描き加えた。




