絶体絶命
アルマハ村の広場は中央に村の共通の井戸があり比較的広い。旅の商人が露店を開くのもこの場所の様だ。
僕は広場を囲む様に地面に紋章を描いて行く。
皆を転移のクリスタルで送り出してから一時間近くが過ぎており、やっと完成が見えてきたところだ。
(あと、数行で紋章は完成する。井戸の中に設置した転送のクリスタルからマナを移送することで魔法陣を発動させる。発動の代償でクリスタルは壊れてしまうけど問題は無い。)
おっといけない。作業に戻らないと。
魔導士の紋章魔法は強力な反面、発動は遅いし紋章が完成しないと発動しない。
魔術師の術式魔法は発動が早い上、ある程度の魔術回路が構成されていれば中途半端でも発動する。
(考えてみれば魔導士と魔術師、どちらが優れていると言う物ではないな。一方は威力が高く発動が遅い。一方は威力が低く発動が早い。状況によっては魔術師の方が有利になる。特に戦場の様な臨機応変な対応を求められる場所では魔術師が重要視されるだろう。)
と紋章を描きながら考えていると僕の耳に奇怪な笑い声が届いた。
「クケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!」
奇怪な笑い声はしばらく続いたかと思うと突然刺すような視線を感じた。
そして聞き覚えのある声が辺りに響く。
「見つけたぞ!アイザック!」
「!!」
まずい。セルダンがもう追いついてきた。
(撤退すべきか?)
本来ならば、まだ間合いが離れている今の内に撤退すべきなのだろう。だが、それだとセルダンが連れているアルマハ村の住人を助けることが出来ない。
僕は慌てて残りの描くべき紋章を見る。
(残りは後一行。それも比較的短い紋章だ。)
セルダンは僕の気配察知の範囲に入っていない事を考えるとセルダンの位置は村の外。その位置からセルダンが来るまでの時間と紋章を描くまでの時間を比較する。
(獣人化した村人に僕を捕らえさせようとしても、セルダンが僕を視認できなければ命令をすることが出来ない。村の外からこの広場に来るのにセルダンの足なら時間がかかる。大丈夫だ、十分に間に合う。)
僕は再び地面に紋章を描き始めた。
(○×□◇▽@&……よし、あと一文。)
ダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッダッ
僕の耳に誰かが駆け寄ってくる足音が聞こえてくる。
($%&×□……あとはこの部分に……。)
僕か紋章を完成させようとしたその時、セルダンの声が響き渡る。
「目の前にいる男を捕らえよ!」
「何!」
聞こえたセルダンの声に顔を上げた瞬間、目の前に狼の姿が混じった人間がいた。セルダンは別の狼の姿をした者の肩に座っている。ここまで彼らに運んでもらったようだ。
僕は驚きのあまり動きが止まってしまった。僕が止まったその隙をセルダンは見逃さなかった。
「目の前にいる男、アイザックを地面に押さえつけよ!」
狼の姿をした者は素早く動き僕を地面に押さえつける。押さえつけられた反動で僕は灯りの杖を手放してしまった。
灯りの杖はコロコロと転がり何という事か、セルダンの足元で止まってしまったのだ。
「ん?なんだこれは?」
地面に降りたセルダンは足元に転がっている杖を拾い上げる。
「……これは灯りの杖?何故おまえがこの杖を?……いや、そうか。魔法を使えぬお前はいやしくもこの魔道具である灯りの杖を振るい魔法使いの気分を味わっていたという事か、ククククク。みじめなものだな。」
灯りの杖を手に持ち、僕の顔をじっと見てニヤニヤしだした。
「やぁ、セルダン。久しぶりだね。」
「ふん!セルダン様だ!お前には……話しにくいな。おい、こいつを立たせろ!」
僕を押さえつけていた狼の姿の者は僕の両手を掴み無理やり立ち上がらせた。丁度、両手で吊り上げる格好になっている。
そしてセルダンは僕の両手を見ると顔をしかめた。
「お前には聞きたいことがある。指輪を持っていたな。あれは何処にある?今は付けていない様だが?」
「指輪?」
「オーランド公爵家代々に伝わる指輪だ!どこだ!」
セルダンは僕が父上から貰った指輪のありかを訊ねた。
確かにあの指輪は魔導士の館へ転移する為に必要な座標を暗号で記したものだ。記されているのが座標だけなので魔道具として認識されない。
その為、鑑定の魔法を使っても何の変哲もない指輪としか認識されないのだ。
セルダンの様子を見ても指輪の秘密に気付いたようには見えない。
だとすると、指輪の秘密を知っている者があの指輪を欲しがっているのだろうか?
「残念だがあの指輪は売ってしまったよ。生活もままならなかったのでね。」
そう言うと僕はセルダンをハァとため息をつく。
「な、何だと!オーランド公爵家当主の証である指輪を売っただと!!あれが無いと当主として認められないのだぞ!」
セルダンから驚きの言葉が出た。
あの指輪は“オーランド公爵家当主の証“であると。もし言葉通り”当主の証“なら指輪を持つ者は成年であれば当主もしくはそれに準じる嫡子であるという事だ。
指輪の有無で当主かどうかが決まるのなら、指輪を持つ僕が廃嫡されたという事はどういう事だろうか?
「……いや、違うな。アイザック。お前は嘘をついている。お前が親からもらったものを売るとは考えられない。」
セルダンは妙に勘が鋭い所もある様だ。このままでは指輪をリリアに預けた事が知られてしまうかもしれない。セルダンは実力が低いのにプライドが高い。そこを上手く付けば誤魔化すだけでなくここから逃げる事が出来るかもしれない。
「さぁね。嘘をついているのなら調べれば良いのでは?……おっと、失礼。セルダンは真意看破が使え無かったか。」
真意看破は中位魔法の中でも比較的簡単な魔法だ。
だが、あまり派手な魔法ではない為、セルダンは覚えていないのだった。
「まぁ、セルダンは出来損ないの呪炎を使うのがせいぜいだな。」
僕は吊り上げられている手に残る呪炎の後を見てニヤリと笑う。
「言わせておけば!」
セルダンは顔を真っ赤にして僕を睨みつけた。
「俺はこれでもこの獣人どもを作り出したのだ。お前の言う出来損ないの呪文ではない!」
セルダンは顔を真っ赤にして激高し手に持った灯りの杖で僕を殴りつけた。
「はっ!よく言う。お前に獣人化の呪文制御が出来るとは思えないね。大方、カルミラの子飼いの呪術師にやらせたのだろう。」
「なんだと!魔法も使えぬ出来損ないのくせに!!」
更に激高し幾度となく僕を杖で打ちのめす。
「……おい、アイザックを離せ!」
セルダンが命令すると狼の姿をした者、(狼獣人と呼ぶべきか?)は僕から手を離した。
僕はセルダンに殴られた痛みからか、吊り上げられていたことからかその場で崩れ落ちる様に座り込んだ。
「……アイザック。確かにこいつら獣人は手の者にやらせた。だが、俺でも見本があればそれと同じものを刻むことは出来るのだよ!」
「呪刻印」




