大脱走
今アルマハ村にいる住人は全員で十二名。
そのほとんどが狐、ウサギ、羊、牛といった動物が一部に混ざったような姿をしていた。彼らのほとんどがセルダンの狩りの対象となっているのだろう。
僕は彼ら全員を保護することでセルダンの思惑を潰すつもりだ。
その為に必要な転送のクリスタルは準備している。
転送のクリスタルは一応、何処にでも設置は可能だ。しかし、周囲から魔力を集める為にもう率の良い場所、自然の魔力の流れが密な場所が最も良い。
流れの悪い場所だとクリスタルに必要な魔力がなかなか溜まらず、転送するまでに時間が極端にかかりすぎてしまうのだ。
幸いなことにこの村で最も流れの良い場所は村長の家の広間、つまり今いる場所だった。
(魔力の流れが良いから村長の家になったのかもしれないが……。)
広間の中央に転送のクリスタルを鎖付きのアンカーで固定し村人を転送している。
魔力の流れと設置に半日ほどの時間が必要だったが、この分だと今日中には村人全員の転送が完了するだろう。
それでも、五人を転送する為に必要な魔力を溜めるのは一時間の時間が必要だった。
もっと多くの村人を転送しても良いが人数が多くなると転送一回当たりの魔力量が増えすぎる。
最も効率がよかったのが五人での転送なのだ。
最初にピーターの一家の様な比較的若い人たちを転送させる。
中には乳飲み子を抱える一家がおり、子供はこの村に戻ってから生まれたばかりなのだそうだ。驚いたことに彼らがあやす子供は両親に似た姿をしていた。
彼らに呪いをかけた者は恐るべき使い手の様だ。間違ってもセルダンにこの様な呪術を使いこなせるとは思えなかった。
そうやって順番に村人を四人ずつ転送させる。
五人なのは案内役として僕が一緒に転送している為だ。村人が転送先の施設を使うには僕の許可、と言うより指輪の所持者の許可が必要なためだ。
当面は住居として学生寮のような場所を使えば良いと思っている。
そして最後にザビーネたち、村の年寄連中とリリアを転送させる。
年寄り連中が最後になったのは若い者を優先させてくれと言うザビーネたちの要望があったからだ。
年寄連中に施設の使用許可を出した後、指輪を手から抜き取る。
「リリア、これを渡しておこう。」
「師匠!この指輪は?」
「この屋敷の所持者を表す指輪だ。もちろん、戻った時に返してもらうつもりだ。」
アルマハ村に設置した転送のクリスタルはセルダンが来る前に回収しなくてはならない。
その後、森の中を抜けて見つからない様にここに戻ってこなければならないのだ。
もし仮にアルマハ村を脱出の際、セルダンに捕まり指輪を取り上げられれば遠からずセルダン達がここにやって来ることになる。そうなれば水の泡だ。
その様な事態を防ぐ為にも指輪をリリアに預けるのだ。
「……判りました師匠。早いお帰りをお待ちしています。」
リリアは指輪を両手で包むように持ち僕にお辞儀をする。
「ああ、行ってくる。」
そう言うと僕はアルマハ村に転送した。
アルマハ村に転送されてまず行う事は転送のクリスタルの回収だ。
転送のクリスタルを設置するため地面に八本、鎖付きのアンカーを打っているが抜かずにクリスタルを回収する。
早く行動する為にはアンカーを抜いている暇はない。早く回収する為に鎖をつけてクリスタルを引っ張る形で固定しているのだ。
その鎖を外すだけで簡単にクリスタルを回収することが出来る。
無事クリスタルを回収した後は別の転送クリスタルまで移動するだけなのだ。が、僕の頭にある案が思い浮かんだ。
(たしかピーターの話では彼は毛むくじゃらの手で引っ搔かれたと言っていた。おそらく猟犬役なのだろう。だがアルマハ村にはいない。という事はセルダンが彼らを連れてくる可能性が高い。)
村長宅から外に出て考える。
(セルダン達が必ず通るのは村の中央広場だ。あれを仕掛けるとすればその場所しかないな。範囲も大きくする必要があるし、探索の魔法を切ら無いと術式に影響が出る。……これは大仕事だぞ。)
僕は灯りに杖を取り出すと村の中央広場を囲む様に紋章を描き始めた。
―――――――――――――――――――――
「ウォーン!ウォーン!」
狼の姿が混ざった様な男が大きな声で鳴いている。
「うるさい!黙れ!」
セルダンの一声で狼の獣の姿が混ざった様な男は声を殺す。自らの命令に満足したセルダンはアルマハ村へ向かおうとしていた。
「俺のビッグなアイデアのおかげで早く進める様になったんだ。感謝しても良いぐらいだ。」
そう胸を張り威張るセルダンに男は恨みがこもった視線を向けた。
「何だっ!その目はっ!平民ふぜいが公爵サマに向ける目ではないわッ!!」
セルダンは腰に携えた剣を抜き放つと怒りに任せ男に斬り付けた。
だが、セルダンのお粗末な剣技では男の体に浅い斬り傷をつける程度だ。しかも、その傷も見る見るうちに治ってゆく。
「ちッ!もう治っていやがる。全くお前らは化け物だ。人の姿をした獣だから獣人と言うべきか……。」
「ほう!それは良い名ですな。獣人……まさに彼らの様な卑しい存在に対する名前にぴったりですな。」
実は呪術師の間では男の様な獣が混じった姿をした状態を“獣人”その状態になることを“獣人化”と呼んでいたのだが、呪術師としての知識も低いセルダンにはその事実は知らない。
「流石は天才のこの俺という事か。名前の付け方も一味違うという事だな。」
「まったくその通りで……」
おだてられたセルダンは気を良くしアルマハ村へ急いだ。
アルマハ村へ着いた頃には日が傾き、赤い夕日が村を照らす時間になっていた。
「もう夕方か……だいぶ遅くなってしまったな。」
「セルダン様。何か様子が変です。村が静かすぎます。」
太鼓持ちの男が言う通り、村は夕方だと言うのに静まりかえっていた。
普段なら子供の声や大人たちの声が聞こえ夕食の香りが漂ってくる頃なのだがそれが無い。
「セルダン様少しお待ちを。魔術師の目」
不審に思ったのか太鼓持ちの男が魔法を使いゆっくり村を観測する。
魔術師の目は術者の視線を移動させる魔法で目的の場所に移動させる必要がある為、時間はかかるが通り道を確認したり、対象を観測したりするのにはもってこいの魔法である。
「ん?広場に誰かいますね?誰でしょうか?セルダン様。」
「あぁん?俺に魔術師の目は使えねえぞ。」
魔術師の目は高レベル魔法の一つである。セルダンはそこまで魔法に長けているわけではない為、使うことが出来なかった。
「判りました。感覚共有」
太鼓持ちは感覚を共有することで自らが見ている映像をセルダンに見せる。
「お、見えてきた……あれは!あいつは!」
その物を見たセルダンは驚きのあまり声を上げた。
「ククククククククククククククククククククククククククククククククククククククククク!!
クハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!クケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ!」
まるで気でも違ったかのように笑い出した。
「ツツツツツツゥイている!。俺はツイているぞ!ここに居たかアイザック!!」
 




