まとめて片付ける。
アンセルムの町を出発してしばらく歩くとススキのような背の高い植物に覆われた丘陵に出る。
生い茂るススキの間にある道を進むと小高い丘があり黒い入り口がポッカリと開いている。
これが”草原の迷宮”、アンセルムの町から半日ほど移動した場所にあるダンジョンだ。
ダンジョンの前はスススキが生えておらず転送クリスタルがぽつんと立っている。
周りのススキも所々大きく刈り取られていたり踏み倒されていたりするのはミノタウロスが通った痕跡だろうか?
僕とリリアは転送クリスタルがあるその場所を少し離れた所から見ていた。
「大勢いますね。」
リリアの言葉通り、転送クリスタルから3mの範囲でボロをまとった醜悪な小鬼たちが大勢たむろしていた。
ゴブリンだ。
ざっと数えると三十匹は下らないだろう。
幸いこちらが風下であることと背の高いススキの間から見ている為、ゴブリンたちはこちらに気が付いていない様だった。
「師匠、魔法で一掃しますか?」
「数が多いな。殲滅するにもゴブリンたちが広がりすぎて爆炎球や氷雪嵐では効果範囲が小さいし、転送クリスタルの後ろ側には効果が無い。第一、周りはススキだらけだ。こんな所では氷雪魔法は兎も角、火炎魔法を使えばススキに火が付き辺り一面火の海だ。」
転送クリスタルから半径3mの範囲は安全地帯となっている為、魔物(この場合ゴブリンだが)はいない。だが、安全地帯故に攻撃や魔法の効果を受けない。そしてそれは安全地帯の射線上、ここから見て転送クリスタルの後ろ側も魔法の効果の範囲に入らないのだ。
「師匠、火の海になるのであれば遠くから爆炎球を撃ち込んでこの辺り一帯を火の海にすればゴブリンを殲滅できるのでは?それだと転送クリスタルも関係ないと思いますが?」
リリアのいう事は最もな事だ。
周囲から火の手が上がれば転送クリスタルには関係なくゴブリンたちを倒せるだろうでもそれは相手があの場所にいる魔物だけであった場合だ。
「あそこにいるゴブリンだけならその方法が使える。その場合はススキに付いた火がゴブリンを殲滅して消えるまでに時間が掛かりすぎてダンジョンへ入るのが遅れてしまう。ダンジョン内の魔物の数を減らす事が遅れると魔物の暴走が起こってしまう可能性が高くなる。」
「ではどうします?師匠と二人で氷雪嵐を打ち込みますか?」
残念ながらリリアの言った方法では転送クリスタルの後ろにいるゴブリンは倒すことは出来ない。
「幸い魔物の暴走はまだ起こっていない。今ならあのゴブリン共を転送クリスタルからおびき出すことが出来る。リリア、少し下がった場所で待機だ。僕が合図したら道の左側に氷雪嵐を道にかかる程度の範囲で撃て。」
リリアは今いる場所から下がった場所で魔法の準備を始めた。
氷雪嵐は中級魔法の為、リリアには少し難易度が高い物になっていた。しかし、相手はゴブリンである。多少威力が低くなっても当たれば確実に倒すことが出来るぐらいの威力はある。多少音はするがゴブリンたちに気付かれた様子はない。
続いて僕も道の右側に対して魔法が発動する様に紋章を描く。リリアに指示した左側と併せると丁度、真ん中の道が安全地帯になる形だ。
僕が使う魔法はリリアの様に即座に効果を及ぼすものでは無い。魔法を設置すると道の真ん中に躍り出た。
「ギ?」
「グ?」
「ムフゥ?」
流石に転送クリスタルから見通せる所に出るとゴブリンたちに見つかった。すかさず僕は別の魔法を唱え始める。
ギャギャギャギャン!
僕は杖を片手に紋章を描く。今回の魔法は紋章を描く速度を重視しているので派手な音がする。
「ギャ!ギャ!ギャ!」
ススキを倒しながら僕の方へゴブリンたちが押し寄せる。
僕を見つけたゴブリンだけでなく、音を聞きつけたゴブリンたちも僕の方へ向かってきている様だ。
ここで僕はリリアに合図を送った。
「氷雪嵐!」
氷雪の嵐が押し寄せるゴブリンたちに襲い掛かる。氷雪嵐は一撃当たりの威力は低いが長時間効果を与える魔法だ。しばらくその場所に留まるゴブリンに継続的にダメージを与える。
そして、リリアの氷雪嵐と同時に僕が設置しておいた魔法が発動する。
「遅延氷雪嵐」
遅延の名前の通り、時間をおいて発動する氷雪嵐だ。
通常の氷雪嵐とは違い遅延の分、少し難易度が上がる。
グギャグギャギュギャ!
道の両側から進んできたゴブリンたちはあっという間に氷雪の刃に引き裂かれ絶命する。
だが道の真ん中にいたゴブリンに被害はない。
そのためゴブリンたちは両側の氷雪嵐を避け一列になって僕に近づいてきた。
「予定通りだな。」
僕は用意していた呪文を発動させる。
「連鎖する稲妻」
描かれた紋章から青白い稲妻が飛び出しゴブリンたちを貫いて行く。
そして転送のクリスタルの近くの間で伸びた時、その真価を発揮した。
連鎖の名前通り直線上にいないゴブリンたちにも稲妻が折れ襲い掛かる。
稲妻の猛威が消え去った後にはゴブリンは一匹も残っていなかった。
「はー。ゴブリンが全滅です。すごい威力ですね。」
「ゴブリンが道に集まってくれたから連鎖する稲妻で倒せたな。あの状態のまま少しばらけていると何匹か逃したところだ。さて次はダンジョンだな。同じ様に魔物が集まっているといいのだが……。」
「集める?師匠、ひょっとしてダンジョンで今の魔法を?」
「ダンジョンは道が狭いし限定されるからね。魔物の暴走の前段階ならダンジョンの通路には魔物が溢れかえっているはずだよ。」
―――――――――――――――――――――
冒険者であるクレイがアンセルムの町に冒険者の集団と戻ったのはアンセルムを発って十日過ぎた頃だった。
ダンジョン前にいたミノタウロスをクウェイク森林に誘導し、不眠不休で森を抜けた。
その後、ルヴァンの冒険者ギルドに“草原の迷宮”での魔物の暴走の可能性を伝え転送クリスタルで草原の迷宮へ戻ろうとする。
時遅くルヴァン近郊のダンジョンにある転送クリスタルでは“草原の迷宮”への転移が不可能になっていた。
だが、事態を重く見たルヴァンのギルドは白銀級や黄銅級の冒険者集団を急遽編成した。
その甲斐もあってわずか十日でアンセルムに戻ってくることが出来たのだ。
だが、クレイがミノタウロスを発見してからすでに十日たっている。“草原の迷宮”で魔物の暴走が起こっているはずである。
アンセルムの町は消えて無くなっているだろう。
そう考えていた。
「十日たつのにアンゼルムが無事なのはどういうことだ?」
冒険者ギルドで隠れていた子供たち、ティムたちの話から二人の魔法使いが訪れて“草原の迷宮”へ行った事、
“草原の迷宮”へ偵察に出た冒険者による報告から、一階層の魔物の半分が殲滅されていた事からクレイの疑問もすぐに解消された。
その二人の魔法使いが一階層の魔物をある程度殲滅したおかげで魔物の暴走が少し遅れたのだ。
「おいクレイ!これから忙しくなるぞ!準備しろ。」
首から白銀の認識票をぶら下げた冒険者の一人がクレイに声をかけた。
そう、これから忙しくなる。
魔物の暴走を起こさない為に“草原の迷宮”で魔物を倒さなくてはならないのだ。




