魔導士の弟子
引き寄せの魔法で回収したモーリスさん達の遺体を僕とリリアちゃんで埋葬する。
場所はこの屋敷の一角、リリアちゃんが”ここがいい”言った場所だ。屋敷の持ち主には許可を得ていないので一時的な埋葬になる。
埋葬した土の上には少し大きめの石を置き墓としている。
この屋敷の持ち主に許可が得られれば作り直すつもりだ。
「お父ちゃん、お母ちゃん。安らかに眠ってください。ここはお母ちゃんの大好きなきれいな花が多く咲いているいい場所だよ。」
墓の近くの花壇にはベルトーチカさんの好きな花が咲いているらしい。
薄曇りの中、リリアちゃんは墓の前で片膝をつき手を組んで祈っている。僕も隣で手を組んで二人が安らかに眠られるように祈った。
どのくらい時間がたっただろうか?しばらくしてリリアちゃんが立ち上がりこちらを向いた。
「……イザークさん、お願いがあります。」
何の願いだろうか?リリアちゃんのただならぬ雰囲気に僕はゴクリとつばを飲む。
「私に魔法を教えてください。」
“魔法を教えてください”
そう願うリリアちゃんが僕を見る目は真剣であり、並々ならぬ決意を窺えた。中途半端な事を言っても納得してくれないだろう。
「理由を聞いても良いかい?」
「……お父ちゃんやお母ちゃんの仇を取りたいんです。でも、護身用でしかない私の剣の腕じゃそれは叶わない。でも、魔法なら!!」
リリアちゃんはモーリスさんから剣も習っていたのだがあまり上手くならないと聞いた事がある。あまり上達しないのなら剣では仇は討てないと考えたのだろう。
確かに魔法を使える様になれば仇を討てるようになるかもしれない。
だがその場合でもある程度の資質は必要だ。
それに魔法を教えるのなら僕はリリアちゃんにまだ言ってない事を言わなくてはならない。
「……リリアちゃん。その前に僕は君に話さなくてはいけないことがある。」
魔法を教えるという事はリリアちゃんが僕の弟子になるという事だ。
弟子となったら僕の厄介事に巻き込まれるだろう。僕が秘密にしていた事、僕の本名やルヴァンに来た理由を話す必要がある。
それにモーリスさんたちの命を奪った帝国情報部に目をつけられたのは僕が魔法の練習をしていたからだろう。
流石にその事は黙っているわけにはいかない。
僕は手に灯りの杖を持つと銀の仮面を外し紋章を描く。
杖を通して描いた紋章に精神力を付与すると紋章からガラスを引っ掻くような少し甲高い音がして光り輝いた。
紋章に間違いが無いことを確認して呪文を唱える。
「傷病回復」
傷病回復は僕の顔の火傷を治してゆく。汚れが落ちるかのようにやけどで変色した皮膚の色が元の色に戻ってゆく。
それから十分と待たずに火傷の後はすっかり消え、皮膚の色は元の色に戻っていた。
「イザークさんってそんな顔だったのですね。でも何故火傷を治さなかったのですか?」
「そうだね。まず僕の名前から話さないといけないかな。」
「イザークさんの名前?」
「ああ、イザークと言うのは偽名で本当の名前は“アイザック・グラハム・オーランド”と言うんだ。」
「家の名前がある……という事はイザー、いえアイザックさんは貴族だったのですね。でも、オーランド…‥聞いた事があります。ルヴァンからそう遠くない領地ですね。」
「リリアちゃん、よく知っているね。」
「当然です。これでも宿屋の娘ですから。近くの領地ぐらい憶えています。」
宿屋と言うよりも商店を経営する場合、領地にどの様な貴族がいるのか、領地がどの様な状態なのかを把握することでその領地出身者が代金をちゃんと払えるのか判断する基準になる。
領主の圧政に苦しむ住民がやって来た場合(大抵、領地から逃げてきている)、宿代さえ払えない事が多いのだ。
「でも、オーランド領と言えばいい話は聞きませんよ。よく言われるのが“昔はよかった”って事ですけど……。」
リリアちゃんの言う通り、オーランド領は昔に比べてずいぶん住みにくくなっている様だ。
父上が差配していた頃よりも税金が数倍になっているとの話も聞いた。
「ああ、どうもその様だね。そのオーランド領の廃嫡された子供が僕なんだ。」
リリアちゃんを見るとそれほど驚いていない様に見えた。
僕が不思議そうに見ているとリリアちゃんは少し呆れたような顔をした。
「何か訳のある貴族だと思っていましたから特に驚きませんよ。それに宿に来たばかりの時を憶えています?あの時のイザークさんはお金の使い方さえ知りませんでしたよ。いきなり金貨を出したのでガストンさんも嘆いていましたよ。」
どうやらその辺りの事情はなんとなく判っていたらしい。
「それともう一つ。帝国情報部についてだ。彼らは僕が魔法の訓練をしていたことでルヴァンにやって来たのだと思う。」
「……そうなのですか?でも、それならイザークさんが使う魔法は仇を討つのに必要な物に思えます。」
「だが、魔法を使えるという事は帝国情報部に狙われるという事だよ?」
「だからです」
「魔法が使えるだけでお父ちゃんやお母ちゃんの仇がやって来るのです。それにイザークさんの魔法は相手がやって来るぐらい問題視しています。それなら尚の事、覚えるべきものだと思うんです!」
リリアちゃんは声を上げてこちらをグイッと見た。どうやらリリアちゃんの決意は固いようだ。
「判った。これからよろしく頼むよ。」
その時、一陣の風が吹き花びらが渦を巻く様に宙を舞い空高く舞い上がる。そして、雲の切れ目から僕たち二人に光が差した。
それはまるで新しい魔導士の誕生を祝っているかのような光景だった。
 




