秘密の部屋
遠見の水晶球の映像は少し離れた位置からの映像の様だ。
城門前の人だかりの前に2mほどある木製の架台が二つ置かれ、その架台には一組の中年の男女の死体が吊るされていた。
「……お父ちゃんお母ちゃん……。」
吊るされていた死体はモーリスさんとベルトーチカさんの二人だった。
モーリスさんは苦悶の表情を浮かべ、体が暗い紫色の斑点で覆われ体の色も青白く変色している。ベルトーチカさんの表情は驚いたような表情をしており体中を切り刻まれている。
モーリスさんの体の色が変わっている所を考えると毒殺されたのだろう。ベルトーチカさんの死体から血の流れた跡がない所を見ると死んでから切り刻まれたのだろう。
他にもさまざまな方法で死体を痛めつけている様で周囲にはその場で吐いている見物人であろう男が映しだされている。
「何て連中だ……。」
情報部の目的はリリアちゃんをおびき出すことで僕を捕まえるつもりなのだろう。
帝国ではたとえ罪人でも死体を切り刻むと言う行為は忌み嫌われる。
情報部の連中はそんな忌み嫌われる行為でも目的の為なら平然とやってのける集団なのだと認識した。
「お父ちゃんお母ちゃんを助けないと!!」
真っ青な顔をして部屋から飛び出そうとするリリアちゃんを僕は咄嗟に捕まえた。
「ダメだ!リリアちゃん。これは罠だ!」
「でも、でも、お父ちゃんとお母ちゃんが!」
僕はなおも部屋から飛び出そうとするリリアちゃんを後ろから両手で抱きとめた。
「もう死んでいる!」
「!!」
「二人とも……もう死んでいるんだ……。それにここであいつらに捕まったら、逃がしてくれたモーリスさん達になんて言ったら……。」
「それでも、それでも……あんな姿なんて……うわぁぁぁぁぁぁぁん!!」
それからリリアちゃんは半刻ほど泣き続けた。
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「まず、転送クリスタルの移動先を確認しよう。移動先で捕まったらモーリスさん達を取り戻すことは出来なくなるからね。」
リリアちゃんは赤い目をしながら黙って頷いた。
その姿を確認した後、僕は遠見の水晶球を操作し転送クリスタルを映し出す。
「思った通りだ。奴らはまだ僕たちを諦めていない。巧妙に隠れているけど、一人、二人、三人……五人か。他の場所はどうだろう?」
僕は遠見の水晶を切り替え別の転送クリスタルを映し出す。
別の場所、“石の迷宮”も“死の迷宮”も周りにあの黒服の連中、帝国情報部の連中が巧妙に隠れ僕たちを待ち伏せしている。
(予想通りと言うわけか……。)
彼らの配置は実に巧妙であり、僕一人だけで転送クリスタルを使って移動しても逃げきる事は出来ないだろう。
撤退を待って移動する方法も考えられるが、その場合どのくらいの時間を待っていいのか判らない。モーリスさん達の死体を吊るされたままニ、三日もすれば腐りだす。
下手をするとアンデッド化することもある。
そうなる前にモーリスさん達を葬らなくてはならない。
「モーリスさん達に関する何かの物品があればあの方法が使えるかもしれないが……。」
リリアちゃんが僕の言葉にピクリと反応する。
「イザークさん、必要な物ってお父ちゃんやお母ちゃんの作った物じゃだめですか?」
「モーリスさんやベルトーチカさんが作った物?」
リリアちゃんは持っている収納袋から短剣と替えの服を取り出した。
「はい、お父ちゃんには短剣をお母ちゃんにはこの服を作ってもらったのです。これじゃだめですか?」
リリアちゃんの短剣や服はモーリスさんやベルトーチカさんがリリアちゃんの為に作った物だ。つまり、モーリスさん達のリリアちゃんに対する思いが込められている物だと言っても良い。
思いの込められた物ならば魔法を使う補助として十分な働きをしてくれるだろう。
「大丈夫だ、問題ない。むしろそれさえあれば失敗することは極めて少ない。」
僕は短剣と服を受け取るとそれを片手に持ち灯りの杖を構える。そして遠見の水晶球に向かって魔法の呪文を唱え始めた。
灯りの杖から出た光が紋章を描き部屋に異音が響き渡る。
「引き寄せ」
紋章がひときわ明るく輝き部屋を光で埋め尽くす。そしてその光がゆっくりと消え去った後には紋章があった場所に一組の死体が置かれていた。
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アルタイルはルヴァンにある教会の一室にいた。
彼の目の前の机には書類が山積みされており、彼の周囲にも書類が散乱している。
アルタイルはここで書類の整理をしながら目標捕縛の報告を待っていた。しかし、その希望に反して届けられたのは餌である死体の消失であった。
「死体が消えただと?」
「はい。我々三人が見ている前で忽然と消え去りました。」
アルタイルの質問に答えるのは死体の前で吐いていた男である。よく見ると他の二人も死体を吊るしていた架台の前にいた者たちだった。目標を捕縛する為に市民の中に部下を紛れ込ませていたようだった。
「それで反応は?」
アルタイルは一つの罠だけで満足する男ではない。二重三重に罠を仕掛けるのを常としていた。
当然、目標をおびき寄せるための死体には別の罠を仕掛けている。
「そ、それがとんでもない場所を示していまして……。」
「どこだ?言ってみろ。」
アルタイルに詰問される男は半信半疑のままその場所の名前を告げた。
「“霊峰”グランケープです。」
男の言葉に流石のアルタイルも驚きのあまり声が大きくなる。
「馬鹿な!なぜその様な場所に移動している?……マーカーに気づいたので誤魔化しているのか?それだと常時空間振動が発生するはずだ。他に何か見落としがないか?」
アルタイルはこめかみを右手の人差し指で軽く叩きながら思案する。
(確か目標であるイザークを初めて見かけたのは冒険者ギルド前だ。あの時、イザークは私の方を見て……。)
その時、アルタイルの人差し指の動きが止まる。
(違う!あの時見ていたのは私ではなく同行者のカルミアだ!その時のイザークの目は仇を見る様な目をしていた。それも親しいものを殺された時の様な……)
アルタイルは机の上の書類の中から一通の書類を取り出す。
(カルミア……彼女に恨みを持つものは多い。今の公爵代理の地位に成りあがるのに様々な人々を犠牲にしてきた。その筆頭がオーランド前夫人、カトレア・グレイス・オーランドだな。用意周到な毒婦の呪いによって無残な最期を遂げたとある。彼女の一人息子は貴族院で友人を殺害し行方不明。……まてよ?)
更に机の上からさらに何通かの書類を取り出す。
(ガストン達がルヴァンに拠点を移したのが半年前。カトレアの一人息子が行方不明になったのが半年と一月前。そしてガストンのパーティにいたイザークは修復魔法を使う。オーランド家に代々伝わる秘密の部屋があると言う。部屋があるはずの屋敷に在ったのは転送クリスタルを応用した転送の通路。つまり、どこかの場所にその部屋はある。)
アルタイルは地図を机の上に大きく広げ帝都やルヴァンなどの位置を確認する。そして書類を並べ再びこめかみを右手の人差し指で軽く叩く。
(そうか!イザークがカトレアの一人息子のアイザック・グラハム・オーランドであるならば全てが繋がる!アイザックは秘密の部屋への鍵を持っているのだ。だから転送クリスタルを使いその部屋に転送したのだ。そして、その部屋の場所は……。)
アルタイルは地図の上、ルヴァンの近くにかかれた山を指さす。
(“霊峰”グランケープ。ここに秘密の部屋がある。魔導士の英知を集めたと言われる秘密の部屋が!)




