転送クリスタル
僕とリリアちゃんはガストンさんとアルタイルとの戦闘を背に、その場を後にした。
モーリスさんの話によると宵町亭にはルヴァンの外、ダンジョンへ通じる秘密の出入り口がある。その秘密の出入り口を使いダンジョンへ脱出するのだ。
「イザークさん!こっちです。」
宵町亭の裏口から駆け込むとリリアちゃんは厨房の方へかけて行った。
「いや、まず背嚢を用意しないと。」
「大丈夫です。隠し扉の向こうに装備一式が用意しているとお父ちゃんは言っていました。」
どうやらモーリスさんの装備一式を用意している様だ。僕の装備で必要なものは斥候の七つ道具ぐらいだが、それは灯の杖と合わせて日頃から持ち歩くようにしている。今、足りないのは非常食ぐらいだろうか?
食糧庫には黒パンと干し肉が少し残っているだけでほとんどの食料はない。今日の祝いの為にほとんど使用した様だ。
リリアちゃんは厨房の更に奥、薄暗い食糧庫の奥の方へ進んでゆく。奥には突き当りの壁があるだけで何もない。
僕が後ろから付いて行くとリリアちゃんの姿がその壁の中に消えたように見えた。
奥の壁は二重になっていて横から入り地下へ降りられるようになっている。入り口側から見ると周りが薄暗いこともあり一枚の壁に見える。
「なるほど、面白い仕掛けだ。」
食料この奥の階段を降りると扉があり、開けると石積み壁に囲まれた部屋に出る。中はひんやりと冷たく薄暗い。リリアちゃんが灯したランタンに照らされて部屋の様子が見えた。所々に背丈ほどもある大きな氷が置かれているのを見るとどうやら氷室になっている様だ。
その氷室の奥でリリアちゃんは何やら床を触っていた。床板の一部を縦横に移動させている。その後、壁の一部を触り、再び床板を動かした後、氷を吊り上げる為の滑車を動かした。
ズズズズズ
引きずるような音がして石積みの壁の一部が動き小さな隙間が出来た。モーリスさんぐらいの大人一人が横になってギリギリ通ることのできる隙間だ。僕やリリアちゃんならかなり余裕がある。
その隙間を横歩きで5mほど進むと先ほどいた氷室と同じぐらいの部屋に出た。入って来たのと反対方向には先に続く通路がある。あの通路の先がダンジョンに繋がっているのだろう。
僕が部屋に入ったことを確認するとリリアちゃんは壁のレバーを引いた。
ズズズズズズズズズ
再び引きづるような音がすると壁の隙間が閉じられる。これでしばらくは時間を稼ぐのだろう。
部屋の中はリリアちゃんが持ったランタンの灯に照らされて壁に背嚢が釣り下がっているのが判る。
「イザークさんはこの背嚢をお願いします。私はこちらの方を……。」
リリアちゃんが指さした背嚢はひときわ大きく中に食料が詰まっている様だ。とは言え、リリアちゃんの持つ背嚢も少し大きめで中にはいろいろな道具が入っている様だ。
背負った背嚢は見た目よりも軽い様だ。魔道具だろうか?
「一応、両方とも収納の魔法がかけられている魔道具です。が、中にたくさんの物を入れているのでこの大きさです。」
思った通り魔道具だった。
収納の魔法の場合、袋が大きいほど収納できる量が大きくなる。この大きさだとどのくらいの量の食料が入っているのだろうか?
僕が持つ背嚢の中を覗くと途方もない量の保存食が入っている様だ。いや保存食だけではない、普通の食材もあった。
「……食料が一年分以上入っていないか?この背嚢。」
「そんなの当たり前ですよ。夜逃げした場合、お父ちゃんはダンジョンでニ、三年は籠ることを考えていましたから。足りない分はダンジョンで補うとかとも言ってましたし……。」
兎も角、食糧は十二分にある。魔物除けの香もあるのでダンジョンでしばらく籠るのに問題は少ない。
僕とリリアちゃんは背嚢を背負いながらダンジョンへの通路を急いだ。
-------------------
通路の先は小さな小屋の床下に通じていた。床下から鬱蒼とした森が見える事を考えると山小屋のような物なのだろうか。
通路の出口は第三者による通路の発見を防ぐため小屋中に直接出ることは出来ない様になっているみたいだ。
僕は小屋の床下で斥候のスキルを使い周辺にいる者の気配を探る。
(……どうやら周辺に人はいない様だ。)
僕たちは急いで床下から外へはい出た。そして物影に隠れ周囲に注意しながらゆっくりとダンジョンへ向かう。
今の様な場合、隠密行動が可能な斥候のスキルがあってよかったと思う。
魔法の透明化は一見すると便利な魔法の様に思える。
だが、透明看破や真眼の魔法で見破ることが可能だ。(これらの魔法を使った場合、透明化している者は赤く光る)
しかし、斥候のスキルである影隠れや隠蔽は魔法ではない。
その為、魔法を使うだけでは見つけられることはない。
面白い事に、透明化になっている状態で影隠れを行った場合、透明看破や真眼で赤く光っていても見つけることが困難になる。
すっかり辺りが暗くなっている事と周囲が森である事で物陰から物影への移動はスムーズに行えた。この秘密の通路を作った人はそれを考えてこの場所を出口にしたのだろう。
ニ十分ほど進むと森が開けダンジョンへ向かう道が見える。そして、その道の先にはダンジョンの入り口がある。周りには人影は全くない。
僕たちは急いでダンジョンへ入った。
ルヴァンのダンジョンの多くは古代遺跡のダンジョンだ。僕たちが入ったダンジョンもその例の通り古代遺跡である。
古代遺跡型のダンジョンは入って直ぐの場所は何十人も入ることが可能なほどの大きな部屋になっている。そして、その部屋の中央には転送クリスタルが鎮座していた。
転送クリスタル
ダンジョンは洞窟、古代遺跡、樹海など、様々な外見をしている。
それらのダンジョンに共通している点はダンジョンを入るとまず目にするのが転送クリスタルであると言う事だ。
この転送クリスタルを使えばその名前の通り別の階層にある転送クリスタルへ移動することが出来る。それだけではなく別のダンジョンの入り口に設置されている転送クリスタルへ移動することも可能なのだ。
ただし、転送には三つ条件がある。
一つは移動先に必ず転送クリスタルがある事。
一つは移動先の転送クリスタルを見ておく必要がある。
これは正確には転送クリスタルの極近くまで近づく必要がある(ただし触れる必要はない)と言う事なのだ。
一つは転送の移動距離内である事。
ダンジョンの階層移動の他、ダンジョン間の移動できるのだが、転送クリスタルを見たことのあるダンジョン全てに移動できるわけではない。あまり距離が離れすぎると移動は出来ないのだ。
例えばルヴァン近郊のダンジョン間ならば移動可能だが、帝都にあるダンジョン”試練の迷宮”には移動することは出来ない。試練の迷宮までの距離がありすぎるのだ。
実は僕、いや僕たちは転送クリスタルを使用した事が無い。
転送クリスタルを使用しないのはガストンさんの考えによるものだ。
僕たちのパーティはダンジョン探索では中堅、と言ってもやっと中堅パーティと言われるようになったばかりで、初心者パーティに毛が生えた程度だ。
その為、日々の訓練の為に転送クリスタルを使わずにダンジョンを1階層から攻略してゆく。
初めは判らなかったが、何度も三階層のボスや六階層のボスを倒すたびに攻略までの時間が短くなってゆくことが判った。
各員を強化し連携をスムーズに行う。ガストンさんは戦闘経験による最適化だとも言っていた。
ガストンさんは一階層から順にダンジョンを攻略することでパーティに実力を付けさせていたのだ。
転送クリスタルを使う場合、クリスタル自体に触れる必要がある。触れるとその場所に転送できる場所が浮かび上がりその場所を指で指定することによって指定した場所へ移動する。
周囲の気配に注意しながら僕は転送クリスタルを操作しようと指を伸ばした。
……?
不意に嫌な予感がして伸ばした指を止める。
おかしい。
あの男が指揮を執っているのに転送クリスタルで逃げようとしている僕たちをあの男が見逃すだろうか?
それに今のダンジョンの状況である。
夜遅くだからダンジョンへ潜る冒険者はかなり少ない。だが、全くいないと言う事はない。
周囲に誰もいない今状況はおかしいのだ。
だが、ダンジョン以外に逃げる場所が無いのも事実である。
このまま一階層から降りてゆくことも考えられるが、その場合、戦闘をしながら移動する事になる。少なくともリリアちゃんを連れた今の状態では戦闘自体が難しい。
僕は少し迷いながらゆっくりと転送クリスタルに指を伸ばす。指が転送クリスタルに触れるとその表面に転送先を示す文字が浮かび上がった。
==========
エントランスホール
* 四階 セイフティ
* 七階 セイフティ
* 十階 セイフティ
<次>
==========
話に聞いていた通り、今まで訪れたことのある場所が表示されている。セイフティはその名の通り、三階、七階、十階に置かれた安全地帯、エントランスホールは今いる場所を指しているのだろう。
「リリアちゃんも触れておく方が良いよ。もしもの場合、この場所に移動できる方が良いからね。」
僕の方に何か問題があった場合、転送クリスタルを使えるにこしたことは無い。
僕がクリスタルから手を離すとリリアちゃんがクリスタルに手を当てた。
==========
==========
何も表示されない。
少なくとも“エントランスホール”が表示されると思ったのだが……。
リリアちゃんがクリスタルから手を離したので僕がクリスタルに手を転送先を表示させる。
==========
エントランスホール
四階 セイフティ
七階 セイフティ
十階 セイフティ
<次>
==========
……エントランスホールとはいったいどこを指すのだろうか?




