変わる日常
いつもの日常が変わり始めたのは母が亡くなった時からだった。
僕が十歳になった頃、その日はいつもの日課を余分にこなすため、より早くから起き軽い準備運動をしていた。前日に来客がありいつもの日課は延ばされていた為だ。準備運動が終わるころ執事のスティーブンが足早に取り乱しながら駆け寄ってくる。
普段は沈着冷静で取り乱す事はないのに何かあったのだろうか?
「大変です!奥様が!」
「「!!」」
急いで部屋に駆け付けると母はすでに意識が無い状態でベッドに横たわっていた。朝起きてこない母を不思議に思ったメイドの一人が発見したそうだ。
「アルフ!医者のハイデマン先生は?」
「はい。今呼びにやっています。馬車で行かせたのですぐにやって来るかと……。」
ほどなく主治医のハイデマン先生が看護師を連れてやって来た。すぐさま母上の寝室に通され先生の診断が始まる。
僕や父上が見守る中、ハイデマン先生は母上の手や額の熱を測ると聴診器や魔道具を当て難しい顔をしていた。
「先生、妻はどの様な病気なのでしょう?」
ハイデマン先生は額にしわを寄せ聴診器を外すと首を左右に振った。
「判りません。非常に高い熱が出ていますが……。呪いの類も考えましたが、魔道具で呪いの痕跡は発見できませんでした。」
「屋敷自体に結界が張られているし、この部屋も信頼のおける職人に修繕させたばかりだ。呪いの類は考えられない……。」
「わ、私も手を尽くしますが、この高熱で意識が無いとなると持って三日かと……。」
「三日……。」
高熱を下げるために氷嚢や冷却の魔道具が使われた。高額な治癒術師や僧侶も呼ばれた。
だが、手当の甲斐もなく母は三日三晩高熱を出しうなされ亡くなった。亡くなった後も”病気がうつるかもしれない”と言われ、僕は母の死に顔を見ることは出来なかった。
葬儀は公爵家としては珍しくひっそりとそして内密に行われた。母上の親戚はだれもいない為らしい。
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母上が亡くなってすぐ、それも月が変わらない内に今度は父上が倒れた。
ただ、母上の時とは違い父上はまだ意識があった。けれど父上はすっかり体が弱り、その日以来ベッドから出ることが出来なくなっていた。その為、父上の元に多くの親戚が押し掛けて来るようになった。
その親戚の一人が屋敷をたびたび訪れ、時には夜遅くまで父上と話をしていたのを憶えている。
その後しばらくして父上は再婚した。別に父上が他の女性に通じていたわけではない。親族の者に押し切られたのだ。
父上は公爵家の長男、母上は男爵家の次女。身分が違いすぎて、普通では婚姻することはない組み合わせである。
それを父上は押し通した。大恋愛だったのだろう。
親戚からの側室を設けよと言われたがすべて封殺した。そして、何時しか親族の者もそのことは言わないようになった。
だけど、母上が亡くなって事情が変わった。
公爵家の当主たる者が独り身なのは問題がある。父上は半ば押し切られる形で後添いをもらう事を承諾したのだ。母上が亡くなって失意の底にあった事も再婚の理由の一つだろう。
だけど僕は知っている。
本当の理由は僕が魔法を使えない事だ。魔法は特別なもので、貴族だけが魔法を使いこなすことが出来るとされてきた。魔法を使えない僕は平民と同じとみなされているのだ。
父上はそんな僕を次期当主として認めさせるために親族の言われるまま後添いを採ったのだ。
父上はまだ身体が悪いらしく、執務室での仕事が出来ないでいた。その為、新しい母の紹介は父上の寝室で行われた。
”カルミラ・ラテフォリア”
父の寝室で新しい母はそう名乗った。父上より少し年下の遠縁の人らしい。親戚の人はその人も夫と死別したばかりで丁度良いと言っていた。
「そう、あなたがアイザック……。」
カルミラは冷たい笑みを浮かべ、蔑んだ目で僕を見た。