消失
神殿からの帰り道。僕はリリアちゃんと手を繋いで帰っていた。
治療までかなりの時間を待たされたため、日はすっかり落ちて辺りは暗くなっている。
神殿での治癒魔法が効いたのかリリアちゃんはすっかり元気になっている。こうして手を繋いでおかないと一人で駆け出しそうなほど元気になっていた。
「しかし、あの神官強欲だったな。金貨二枚のはずなのに五枚も要求する上、更に追加で魔法を使ったとかで一枚。神殿へのお布施が二枚で合計八枚。結構あったはずの金貨がもう数枚だよ。」
僕は小さくなった貨幣袋を見てはため息をついた。この金貨は僕のものではないが、なんとなく腹立たしく感じるのだ。
「イザークさん、お祝いでお菓子も出るそうですよ。急がないとセーナさん達に食べられてしまいます。早く行きましょう。」
リリアちゃんは僕を急かした。どうやら待ちきれない様だ。今にも駆け出しそうである。
「大丈夫。ガストンさんはちゃんと残してくれると言っていたし、お祝い事だから量も多いはずだよ。」
「甘いです、イザークさん。クインビーの蜜より甘いです。」
リリアちゃんは僕を嗜める様に言った。
「良いですか。お菓子ですよ、お菓子。私たちがお祝い事の時にしか食べられない貴重な物なのです。それに今回はサムさんが手配してくれました。きっと貴族様が食べている様な砂糖が使われた物に違いありません。」
このルヴァンはすぐ近くに迷宮がある為、砂糖の様な貴重な物も他の都市に比べて比較的楽に手に入る。平民でも砂糖を使った菓子を手に入れることはできるのだ。
(ただ、それでも貴重品なのだ。)
「大丈夫、大丈夫。お祝いの菓子なら最後に出すはずだから、十分間に合うよ。」
「最後に出すのですか?こうしてはいられません!早く行きましょう!」
そう言ってリリアちゃんは僕の手を引っ張って走り出した。
宵町亭は中央通りから少し奥に入った場所にある。あたりが暗くなっている為か人通りはほとんどない。その上、辺りは寝静まっているのか物音一つしない。そんな中、宵町亭の灯がポツンと見えた。
僕は今にも駆けだしそうなリリアちゃんを引き留める。リリアちゃんは僕の真剣な顔に気づいたのか固唾を飲んで見守っていた。
……
おかしい。
宵町亭の灯が見えるのに物音一つしない。それに宵町亭から人の気配がしない。僕は気配の探索の範囲をゆっくりと少しずつ広げてゆく。
!!
どうやら二人ほど宵町亭を潜んで見張っている者がいる。何が目的だろうか?ただ見張っているだけで攻撃する為に潜んでいるのではない様だ。
僕はリリアちゃんを連れてゆっくりと宵町亭に近づいて行った。
宵町亭では明々とランプが灯され、テーブルの上には先ほどまで食事をしていたかの様に皿に取り分けられた食べかけの肉、飲みかけのコップが置かれている。テーブルの上に置かれたスープの鍋はすっかり冷めて生ぬるくなっていた。
リリアちゃんは宵町亭の中が異常な事になっているのに気が付いたのか青い顔をしている。
調理場へ行くとかまどの火は灰をかけられ消えていた。
(……勝手口が開いている?)
調理場の奥には勝手口があり宵町亭の裏側に出ることが出来る。僕はリリアちゃんのこの場所に留まるように言うと勝手口からゆっくりと外に出た。
宵町亭の裏側からは僕たちが使っている訓練場に出ることが出来る。
その訓練場には昨日まではなかった踏み込みの跡が見えた。ガストンさんの攻撃による踏み込みだ。踏み込みの跡から判断するとガストンさんは勝手口から訓練場の真ん中ぐらいに向かって真っすぐ攻撃を行った様だ。
ガストンさんの踏み込みと並行して見覚えのない足跡が二つ見える。一つは宵町亭の主のモーリスさん、もう一つは踏み込みも浅いが靴の大きさからすると魔術師のサムだろうか?
僕はガストンさんが拳を振るった相手が立っていたと思われる場所を調べたが何も痕跡は見当たらなかった。
(ガストンさんの踏み込み後を考えると鋼拳は装備している様だな。だったらあの方法で探索できるか。ただこちらを見張っている者がいるから、判らない様に慎重に探索しないといけない。)
地面をくわしく調査するふりを行いながら懐から灯の杖を取り出した。
(ゆっくりと光らせない様にそして静かに……。)
この方法で魔導回路を描いた場合、発光現象と異音を抑えるために魔術師の魔法よりも時間が掛かってしまう。
だがその反面、効果範囲は極めて広い。
「物品探索」
物品探索は物品を探索するための魔法、物品のありかを魔法の針が指し示す魔法だ。探索する物品を良く知っていればいるほど効果は高い。
そのため僕はガストンさんがいつも着けている剛拳を対象にしたのだ。
しかし、空中に浮き上がった魔法の針はくるくるとその場を回るのみで全く方向を示さなかった。




