待ち伏せ
本来ならばバグベアの装備品を確認すべきなのだが僕に時間はない。
爆炎風はともかく電光剣は効果範囲が長い為、轟音は迷宮内に反響する。間違いなくカルミアに聞かれている。
もしやって来たなら敵討をするのに絶好の機会ではないかと考える。
しかし、明かりの杖がどこまで使えるか判らない。その上カルミアの実力も不明だ。魔獣を召喚したと言っていた。
オウルベアやバグベアがカルミアの召喚した魔獣なら魔術師としての実力は高い。つい今さっき魔法が使えるようになった僕ではカルミアとの魔法戦に勝つイメージがわかなかった。
ここは速やかに迷宮を脱出すべきだろう。
僕はゆっくりと音をたてないように歩きながら、自分の服の袖に魔導回路を描いてゆく。
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アイザックから受けた閃光による盲目が回復するのに時間が掛かってしまった。
あまり強い魔獣の出ない低級の迷宮だからと考え、ポーションは体力回復薬だけで状態異常回復薬は持ってこなかった。
その為自然回復に三十分近く費やしてしまった。
だが問題はあるまい。
迷宮には事前にオウルベアなどの魔獣を放っている。アイザックのような貴族院在学程度の院生ではオウルベアを単独では倒せない。
倒せるのは熟練の冒険者もしくは剣術の才能のある者だけである。
「そろそろ行こうか。指輪ごと魔獣に喰われたら探すのに苦労するからな。」
軽く笑い、ゆっくりと移動しようとしたその時、迷宮に音が鳴り響く。
バリバリバリバリドォォォォン!
迷宮のどこかで空気を裂く雷撃系の範囲魔法を使った音がした。
アイザックは魔力無しの無能、魔法は使えないが魔道具は使うことが出来る。
雷撃系の範囲魔法が使える魔道具は非常に高価だ。奴に払えるとは思えない。ドロップ品や宝箱のアイテムとしても、もっと下層にしか出ない物だ。
と言う事は、冒険者がこの迷宮に入って来たのだろうか?低級の迷宮とは言え実力のある冒険者が来ないとは限らない。
アイザックの奴は運がいいのか、それとも私の運が悪いのか……。
どちらにせよ、この場所を冒険者連中に見られるのは不味い。早々に退散しなくてはならない。
後の事はセルダンに任せよう。このぐらいの処理が出来なくては問題だ。あ奴も次期公爵家当主として自覚を持ってもらわねばならぬ。
「帰還」
私は帰還の魔法を使いオーランド領へ帰ってきた。
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移動しながら加速と写絵の魔法を発動することが出来た。後はオディッタさんから教わった静音と隠蔽のスキルで移動する。
写絵は体の表面に周囲の映像を張り付ける魔法で保険だ。万が一、隠蔽が見破られたとしてもその目に映るのは周囲の床と同じ景色である。
方法は単純で同じように移動する物に魔導回路を描けばいいのだ。最初、服の袖に描いた時は魔導回路が歪になり魔法は発動しなかったが、ゆっくりと描くことでそれなりの魔導回路は出来た。
ただ、気合(精神力)を入れた時に割れるような大きな音がした。どうやら魔導回路の出来によって音の大小が変わるようだ。
そろそろ迷宮の出入口だ。僕は歩みを止めて出入口の様子をうかがう。迷宮の出入口には誰もいない様だ……いや、迷宮に近づく三人の冒険者が見えた。
一人はセルダンでもう二人は人相の悪い取り巻きの男に見える。僕は迷宮の出口の茂みに隠れ様子をうかがう。
「坊ちゃん。どうやら誰もいないようですぜ。」
「よし!もう少し奥へ行って探そう。」
「待ってください、そのうち現れるかもしれませんよ。ここでバリケードを張った方が確実です。」
「そんな悠長な事はしておられぬ。母上がアイザックを捕らえよとの御命令だ。」
「「へいへい。」」
どうやらセルダンは僕を捕まえに来たようだ。魔法を使わなかったり遅かったりしたら彼らの目論見通りになっていただろう。
セルダンは更に奥の方へ僕を探しに行く様だ。僕は今のうちにこの場から離れるとしようか……。




