表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/46

11話:梨農園と静香の就職

 1974年10月に梨の木を30本植え十分に肥料を与え剪定、誘引、接ぎ木を川崎の梨の専門科を招いて手伝ってもらい、その後も4,5月の花粉つけ5,6月の摘果、6,7月の袋かけ・ネット張りと総点検、8月から10月の収穫を最初の時は川崎から応援隊に来てもらい手伝ってもらう事が田名農協と川崎・多摩農協とで決められ最初の1年間は面倒見てくれることになっていた。その頃1975年3月に山田静香さんは銀行を中心に就職活動をして三菱銀行に合格して三菱銀行町田支店に配属された。1975年5月8日、久しぶり勇三が山田静香さんに会って一緒に梨農家をやらないかと言うと静香さんが私農業とか自然を相手にする仕事好きですと言い、これってプロポーズと考えて良いのですねと聞くと、そうだよと照れくさそうに言った。


 そして勇三がタケノコ山を持っている竹生おじさんが農家は不安定な仕事だから株投資をして年金代わりにしていると言う話をすると静香さんが中央大学経済学部に在籍中に株研究会に入って実戦的な経済の勉強をしたと言い実は興味を持ってるのよと言い注目している会社の株価も継続して見続けていると言った。そして私が子供の時から貯めた、お年玉や小遣いで中央大学経済学部の時、株投資研究家で1973年9月8日の20歳の誕生日に100万円でN証券に投資口座を開いたと言い、そして1974年に490円で2000株98万円で買ったと教えてくれた。その後、山田静香さんが両親に勇三からプロポーズを受けて結婚したいというと、特に反対はなく、来年1976年6月に相模原で結婚式をするつもりだと話すと了解してくれた。


 1975年6月、山田静香さんの休みの日に梨の袋かけとネット張りの手伝いをしてもらい8月の休みとお盆休みに梨の収穫を手伝って、もぎたての甘いを食べて、こんな美味しい梨初めて食べたと喜んだ。そして山田さんの家に取れたばかりの梨を1箱、持参した。幸水が8月中に取り終え豊水が9月初旬まで収穫し幸水と豊水を中心に収穫量を増やす事を中心に田名農協の若手と川崎多摩農協から研修指導に来ている別れの梨農家の2人の人に指導を受け農協の方から給料を支払ってもらった。指導者の2人が9月の中旬には川崎に帰るので田名の相模川の川岸の料亭で送別会をして、これから分からない事があれば、気軽に電話して下さいねと言ってくれた。川崎から来た人にとっては農地が広く水も十分にあり田名は梨栽培に適した土地だと話していた。そして10月以降は梨の木の剪定、誘引、接ぎ木を川崎で教えてもらったとおりに勇三がやって見せて若手が言われたよう梨の木の剪定と接ぎ木をして回った。そして、年の瀬を迎え、やがて1976年を迎えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ