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格付け


 ジノーファと一緒にダンジョンを進む一行の中に、アヒムという名の男がいた。歳はもうすぐ三十。成長限界に達したのも最近で、武人としても士官としても、油ののりきっている頃、と言っていい。


(もうすぐ、大広間か)


 先ほど確認した地図を思い出しながら、彼は胸中で声に出さずにそう呟いた。横目で同僚たちを窺えば、わずかながらもそわそわしているのが分かる。ただしそれは、エリアボス戦を前にしての緊張ではない。


『エリアボスについては、基本的にわたしのパーティーで受け持ちます』


 打ち合わせの際、ジノーファははっきりとそう言っていた。それでエリアボス戦は彼に任せることになったのだ。


 アヒムたちとて、エリアボス戦をこなす自信がないわけではない。むしろ討伐は十二分に可能だろう。しかしそれでもエリアボスを彼に譲ったのには、アヒムたちに共通した願望があったからである。


 その願望とは「ジノーファの戦いぶりを、一度直に見てみたい」というもの。先日のスタンピードの際にも彼が戦う様子を見ることはできたのだが、あの時はアヒムたちも懸命に戦わなければならず、しっかりと観戦することはできなかった。


 それで、ジノーファがどれくらいできるのか、彼らは確かめてみたいのだ。十人の中でイーサンだけはジノーファと一緒に戦ったことがあったが、しかしそれは三年前の話であるし、何よりあの時はダンダリオンがいた。それでジノーファ自身の力がどれほどなのか、彼も興味があった。


 これはある種の格付けと言ってもいい。もちろんジノーファが聖痕(スティグマ)持ちであり、優れた武人であることは知っている。だが知っていることと納得していること、あるいは確信していることは別なのだ。


 要するに、プライドの問題だ。アヒムたちは成長限界に達した武人として、そのことに自負を持っている。そんな達人を十人も従えるボスには、やはりそれ相応の器量を求めたい。武人であるためなのか、はたまた男児の性であるのか。そんな思いが、心の奥底に燻っているのだ。


 無論、彼らは武人であると同時に軍人でもある。そして今回の作戦は総司令官たるジェラルド直々の命令。それを遂行するのに、私情が入り込む余地はない。だがそれでも。「全力を尽くすこと」と「納得すること」は別問題なのだ。


 そんなアヒムたちの内心に気付いているのかいないのか。ジノーファの様子はいつもと変わらない。そしていよいよ、彼らは大広間の前に到着する。


 先頭を進んでいたパーティーは無言で左右に分かれ、ジノーファたちに道を譲った。彼は小さく頷くと、気負いのない足取りで大広間に足を踏み入れる。その後にユスフとノーラとラヴィーネが続いた。


「グォォォオオオオオ!!!」


 彼らが大広間に足を踏み入れると、すぐにエリアボスが出現する。出現したのは巨躯を誇るリザードマン。加えて取り巻きのリザードマンを三体連れている。さらに増える気配はないので、どうやら王種(キング・タイプ)ではなく将軍種(ジェネラル・タイプ)であるらしい。


 リザードマン・ジェネラルは、取り巻きと比べて一回り、いや二回り大きな身体をしていた。その大きな身体は青色の鱗にびっしりと覆われている。頭には兜、胴には胸当てを装備しており、手にはまるで鉈のような大剣を持っていた。


 一方取り巻きだが、こちらもザコと侮ることはできない。この辺りで出現していたモンスターと比べると、明らかに風格が違うのだ。実際、ジノーファが妖精眼で確認したところ、下層から深層で出現するモンスターにマナの量が近い。エリートによる少数精鋭、ということのようだ。


 三体の取り巻きたちは、リザードマン・ジェネラルの前方で、三角形を描くように隊列を組んでいる。三人一組(スリーマンセル)の基本的な形だ。装備は、兜と胸当てが共通していて、正面のリザードマンは剣と盾を、左右のリザードマンは槍を持っていた。


「フシュゥゥゥ……!」


 三体のリザードマンたちが、威嚇なのか、細く空気を吐いて音を鳴らす。リザードマン・ジェネラルはその後ろでニヤリと笑みを浮かべた。もっとも、その笑みはすぐに引き攣ることになる。取り巻きの内の二体、それぞれ槍を持っていたリザードマンが、弾かれたように後ろへ吹き飛ばされたのだ。


「ガァ!?」


「ギィ!?」


 二体のリザードマンは、それぞれ短い悲鳴を上げて大広間の壁に激突した。二体とも手に持っていた槍が、半ばから切断されている。身体には大きな切り傷が残っていて、まだ死んではいないものの、壁に激突した分のダメージも含め、すでに瀕死だ。結果的に槍でガードした形になっていなかったら、この一撃で倒されていたに違いない。


 初手で二体のリザードマンを瀕死に追い込んだのは、言うまでもなくジノーファだった。彼は聖痕(スティグマ)を発動させると同時に竜牙の双剣を引き抜き、そのまま伸閃を放ったのである。速度を意識した一撃ではあったが、その抜く手を捉えられたのは、アヒムらの中でもほんの一人か二人だけだった。


「…………っ!」


 ジノーファの初撃は敵のみならず味方にも衝撃を与えたが、しかし当の本人はすでに次の行動に移っていた。鋭く踏み込み、正面の剣と盾を持つリザードマンを避けるよう、緩やかな弧を描きながら後ろで待ち構えるジェネラルのほうへ向かう。


 当然、リザードマンはそれを阻止するべく、身体の向きを変えてジノーファの側面を狙う。だがいざ一歩踏み出そうとしたその瞬間、リザードマンは後ろに引っ張られてつんのめった。ラヴィーネがリザードマンの尻尾に噛み付いてその動きを止めたのだ。


「ガウゥ……、ガァ!」


 リザードマンは身体を捻り、尻尾を振り回すようにして、ラヴィーネの拘束から逃れた。ただラヴィーネの口には尻尾の先っぽが残っている。食い千切ったわけではない。断面は滑らかだ。リザードマンが自分で尻尾を切ったのだ。まさにトカゲの尻尾切りである。


 自由を取り戻したリザードマンに、今度は光の矢が射ち込まれる。ユスフが放つライトアローだ。次々に放たれるライトアローは、リザードマンに突き刺さることはなかったものの、しかし衝撃は強いようで、命中するたびにその身体が揺らいでいる。リザードマンは動くこともできず、ひたすら防御を固めてその攻撃に耐えた。


「グァ!?」


 突然、リザードマンが悲鳴を上げる。ノーラの仕業だ。彼女は音もなくリザードマンの背後に忍び寄ると、その無防備な背中に大振りなナイフを突き刺したのである。それだけではない。さらにナイフに込めてあった魔力を爆発させる。かつてダンダリオンも使っていた、爆指功という武技だ。


 もちろん、ノーラの爆指功はダンダリオンのそれと比べ、かなり見劣りがする。しかし普通のモンスターを一体倒すには十分だった。悲鳴を上げたリザードマンは身体を仰け反らせ、そのまま砂のようになって崩れ落ちた。


 リザードマンを一体鮮やかに仕留めても、ノーラもユスフも決して気を抜かなかった。二人は目配せをすると、無言のまま頷きあい、それぞれ次の獲物に狙いを定める。最初にジノーファが吹っ飛ばした、二体のリザードマンだ。


 二体とも、瀕死だったのが多少回復している。ふらつきながらも身体を起こし、戦線に復帰しようとしていた。ジノーファはリザードマン・ジェネラルと相対しているのだが、そこへ横槍を入れさせるわけにはいかない。ユスフとノーラは素早く行動に移った。


 さて一方のジノーファだが、彼は双剣を構えてリザードマン・ジェネラルと睨み合っていた。聖痕(スティグマ)を発動しているため、彼が放つプレッシャーは凄まじい。リザードマン・ジェネラルは大剣を構えつつ、牙をむいて威嚇しているが、それが虚勢であることは一目瞭然だった。


 そして彼らが睨み合っている間に、三体のリザードマンの内一体が倒された。さらにもう二体もこのままではすぐに倒されてしまうだろう。それはまずいと思ったのか、リザードマン・ジェネラルがノーラのほうへ視線を向ける。その瞬間を、ジノーファは見逃さなかった。


「フッ……!」


 鋭く息を吐きながら、ジノーファは踏み込んだ。そして双剣を振るい、伸閃を放つ。リザードマン・ジェネラルは寸前で気付き、大剣を盾代わりにしてその攻撃を防いだ。しかし彼はかまわず伸閃の斬撃を重ねる。たちまち、リザードマン・ジェネラルは防戦一方になった。


「グゥルルル……! グァアアア!!」


 このままでは埒が明かないと思ったのか、リザードマン・ジェネラルは防御をかなぐり捨てて攻撃に打って出た。ジノーファが放つ不可視の斬撃が、リザードマン・ジェネラルに襲い掛かる。だが身体の鱗に阻まれ、大きなダメージにはならない。まさに天然のスケイルメイルだ。


 防御を自前の鱗に任せ、リザードマン・ジェネラルはまるで嵐のような激しさで大剣を振るった。しかしジノーファは滑らかな足さばきでその攻撃を回避していく。それだけでなく、伸閃を放っては着実にリザードマン・ジェネラルへダメージを蓄積していく。


「ガァ、ガァ、ガァ……」


 リザードマン・ジェネラルが一旦距離を取る。そして大剣を構えつつ荒い息を吐いた。その身体は傷だらけだ。ただ、小さな傷ばかりで、致命傷になるようなものはない。モンスターの特徴として血も流れておらず、それがなんだか人形じみて映る。


 一方のジノーファは涼しい顔だ。汗を流すどころか、少しも呼吸を乱してもいない。表情の抜け落ちた顔で、リザードマン・ジェネラルを見据えている。彼の瞳は特別鋭いわけではないが、しかし冷たく乾いている。その瞳に気圧されたのか、リザードマン・ジェネラルの顔がわずかに仰け反った。


「ガァア!!」


 それが沽券に関わったのか、リザードマン・ジェネラルは雄叫びを上げた。そして大きく息を吸い込む。同時にリザードマン・ジェネラルのマナが活性化しているのを、ジノーファの妖精眼が捉えた。


 ブレスだ。そう直感するのと同時に、ジノーファは駆け出した。ただスピードは抑え目で、一瞬で距離を詰めるようなことはしない。タイミングを計りつつ、しかし十分に速いといえる速度で、彼は間合いを詰めた。


「っ!」


 そしてリザードマン・ジェネラルが口を閉じたその瞬間、ジノーファは一気に加速して残りの間合いを踏み潰す。リザードマン・ジェネラルはそれに驚いたのか、やや身体を仰け反らせながら、口を開いてブレスを放とうとする。半分くらい開いたその下あごを、ジノーファは強かに蹴り上げ、強制的に閉じさせた。


「…………ッ!!?」


 リザードマン・ジェネラルが声なき絶叫を上げる。ブレスが口の中で暴発したのだ。そのまま顔が吹き飛ばなかったのは僥倖だろう。もしかしたら、ジノーファが間合いを詰めるのが速くてタメが十分ではなかったのかもしれない。


 とはいえその幸運も、一秒にも満たない時間しか意味がなかった。ジノーファが右手に持った竜牙の双剣を、鋭く横へ振るったのである。狙いはリザードマン・ジェネラルの首もと。十分に魔力をこめたその一撃は、リザードマン・ジェネラルの首を容易く切り裂いた。


「ガァ……」


 短いそのうめき声は、はたして口から漏れたのか、それとも首に開いた切り口からだったのか。リザードマン・ジェネラルは身体を仰け反らせたまま動きを止め、そしてそのまま灰のようになって崩れ落ちた。


「ふう……」


 大きな魔石が地面に落ちるのを確認してから、ジノーファは小さく息を吐いて聖痕(スティグマ)を消し、竜牙の双剣を鞘に納めた。取り巻きの三体も、すでにユスフたちが片付けている。彼らもリザードマン・ジェネラルが倒されたのを見て、臨戦態勢を解除していた。


 戦利品を確認する。取り巻きの三体は魔石しか残さなかったが、リザードマン・ジェネラルがいろいろとドロップしてくれた。装備していた鉈のような大剣と、青い鱗と、大きな魔石。鱗は枚数が多く、最後には一山ほどの量になったが、モンスターの成れの果てである灰色の粒子に混じっていたため、取り分けるのに少し時間がかかってしまった。


 ちなみに、ラヴィーネが噛み付いた尻尾の先も、ドロップ肉として残っていたのだが、見た目があまりにも「リザードマンの尻尾」すぎて、誰も食べる気にならず、そのままラヴィーネのおやつになった。


「……それにしても、感服いたしました」


 灰色の粒子の中から青い鱗を取り分けるのを手伝いつつ、アヒムはジノーファにそう声をかけた。唐突なその言葉に、ジノーファが「ん?」と言って首をかしげる。その姿が年齢より幼く見えて、アヒムは小さく笑った。リザードマン・ジェネラルを圧倒した時とは、ずいぶん印象が違う。


「戦いぶりのことです。お一人でエリアボスを倒されるとは、さすがです」


「ああ、いや。皆さんが後ろにいたから、わたしも背中を気にせず戦えた。ありがとう」


 あまつさえ、そんなふうに礼を言うことさえする。このボスは人誑しの才能があるのかもしれないな、とアヒムは思った。


 さて、ドロップアイテムの回収と短い休憩を終えると、ジノーファたちはまた移動を再開する。先頭を進むのはアヒムのパーティーだ。大きめの水場で交替で仮眠を取り、それからまたダンジョンの中を進む。入ったのとは別の出入り口から外へ出ると、太陽は西の空へ傾き始めていた。


「大丈夫だとは思うけど、少し急ごう。明るいうちに、防衛線につきたい」


 ジノーファがそう言うと、他のメンバーは一様に頷いた。暗くなってから魔の森を彷徨うのはイヤだし、まして一晩を明かすなど全力で御免被りたいところだ。彼らはコンパスを頼りに、道なき道を南へ進んだ。


 森を抜け、防衛線を視認できる場所に来ると、誰かが安堵の息を吐くのが聞こえた。実際に表に出すかは別として、全員が同じような感慨を持っていたに違いない。特に、「防衛線は二体のエリアボスのために破られたことがある」という話を聞いていたから、余計に緊張していた部分もあるのだろう。


 幸い、エリアボスクラスが現れることはなく、ジノーファたちは無事防衛線に到着した。一見して分かる手練れの集団に防衛線の兵士たちはざわめき立ったが、ジノーファが正式な通行手形を見せるとひとまず落ち着いた。


 ただ、勝手に動き回ると不審な目を向けられそうなので、事前に決めておいた通り、指令所にいるはずのイゼルに伝言を頼む。伝言が届けば彼女が来てくれるはずなので、それまでは防衛線の邪魔にならない場所で待機だ。


 ともかく少しは安全な場所にたどり着き、後は待つだけ。緊張も少しはほぐれ、心置きなくドロップ肉を焼いていたら、兵士たちから物欲しげな視線を向けられた。さすがに数が多いので、分けてあげることはできなかったが。


 さて、イゼルがやってきたのは、翌日のお昼前だった。人数を聞いてきたのだろう。彼女は馬車を二台伴っていて、それらの馬車に乗ってジノーファたちはダーマードが待つ指令所へ向かった。


 イゼルが出発前に段取りを整えておいたらしく、ジノーファたちはすぐにダーマードのところへ通された。ダーマードはジノーファが連れた“私兵”どもを見て顔を強張らせる。その風格、佇まいからしてただ者ではないのは一目瞭然だ。


「……それにしてもニルヴァ殿は、良い部下をお持ちだ」


 しばらく他愛もない雑談をしてから、ダーマードはおもむろにそう切り出した。ジノーファが連れて来たこの猛者たちが、一体どういう素性の者たちなのか。想像は付くものの、ダーマードの立場としてはやはり、確認しておかなければならない。


「はい。伝手がありまして、貸していただくことができました。皆、成長限界に達した、わたしには勿体無い方々です」


 それを聞いて、ダーマードは一瞬、聞かなければ良かったと思った。十人全員が成長限界に達している? それは一体、何の冗談だ。この十人が暴れたら、比喩でもなんでもなく、防衛線が崩壊しかねない。それくらいの戦力だ。


 もっとも、ダーマードはこの十人が本当に暴動を起こすことを危惧しているわけではない。彼の心胆を寒からしめたのは、魔の森で活動していてなお、これほどの戦力を貸し与えることができる、ロストク軍の戦力についてだ。


 一方でダーマードの頭に浮かぶのは、疲弊した領軍の戦力。無論、アンタルヤ王国全体の戦力は決して侮ってよいものではない。しかし国王ガーレルラーン二世は何を考えているのか良く分からないし、王太子イスファードやエルビスタン公爵カルカヴァンといった主流派との間には溝ができている。どこまでアテにできるのか、分かったものではない。


(これはいよいよ本当に……)


 そこから先を明確な言葉にすることを、ダーマードは頭を振って避けた。ともかくまずはアヤロンの民を迎えること。どんな選択をするにせよ、力を蓄えておいて損はない。


 翌日、ジノーファたちはイゼルをメンバーに加えて指令所を出発した。ダーマードがまた食糧を用意してくれたので、それも持っていくことにする。アヤロンの里までは、あと半分といったところ。「気を抜かずに行こう」とジノーファが言うと、メンバーは揃って頷いた。


ダーマード「すまないが胃薬をくれ」

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