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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森のダンジョン

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攻略の進展


 魔の森でダンジョンの出入り口を発見した、その翌日。ジノーファたちは昨日と同じく夜明けと共に遠征軍の防衛陣地を出発した。何日かかけてダンジョンを攻略するためだ。シャドーホールに放り込んだ食糧は四日分。ただし実際には三日の予定で、一日分は予備だ。しかもダンジョンではドロップ肉が得られるはずなので、調子にのって引き際を間違えない限り、食糧が足りなくなることはまずないだろう。


 昨日と同じく、ジノーファたちはあの巨大な陸亀が造った獣道を西へ進む。道中で出現するモンスターの数や頻度は、昨日とあまり変わらないように感じた。防衛陣地への襲撃のことも合わせて考えれば、スタンピードの影響はまだ色濃く残っている、ということだろう。


 ダンジョンに到着すると、彼らはまず地底湖、水場へ向かった。そして昨日と同じように、そこで昼食を取る。時間的にちょうどいいのだ。食糧の節約を名目に手に入れたばかりのドロップ肉を焼くと、ノーラは幸せそうな顔をしてそのお肉を頬張った。


 また、水場ではモンスターは出現しない。ダンジョンの中で拠点とするにはもってこいの場所だ。今のところ、ジノーファたちが知る水場はここだけなので、彼らはひとまずここを拠点にして攻略を行うつもりだった。


「さて、と。じゃあ、始めようか」


 昼食の休憩を終えると、ジノーファはそう言って立ち上がった。ここまでは、言ってみれば昨日の復習。本格的なダンジョンの攻略と探索は、むしろこれから始まるのだ。ジノーファたちは表情を引き締めた。


 彼らはまず、昨日の続きを行うことにした。つまりマッピングを進めてきた、広くて大きな通路の探索を再開したのだ。この通路は途中、幾つも脇道があって無数に分岐しているが、それらは分岐点だけマッピングして放置している。まずは最も広くて大きな通路を探索するのが彼らの方針だった。


 モンスターを蹴散らし、マナスポットからマナを吸収しながら、ジノーファたちは通路を進む。そうやって攻略を進めていくと、彼らはついに目当ての場所を発見した。エリアボスの出現する大広間である。昼食を食べ、探索を再開してからおよそ一時間後のことだった。


 出現したエリアボスは、巨大なカエルだった。身体はヌルッとしており、イボイボがたくさん付いている。生理的嫌悪を掻き立てられたらしく、ノーラが悲壮な顔をしながら身体を震わせていた。


「ゲロゲロゲロォォォオオオ!!」


 巨大なカエルが雄叫びを上げるが、いまいち迫力に欠ける。しかしそれでもジノーファたちは油断しない。それぞれ得物を構えて配置に付く。いや、配置に付こうとして動き始めていたとき、先手を取って巨大カエルが動いた。


「シッ!」


「ッ!」


 バシッ、という音が大広間に響く。巨大カエルの舌がノーラを狙って目にも止まらぬ速さで伸ばされ、それをジノーファが伸閃で弾いたのだ。言葉にすればそれだけなのだが、ユスフやノーラがそのことに気付いたのは全てが終わった後だった。


 巨大カエルは大きな口から舌を出し、ぶらぶらと揺らしている。その顔に嘲りが浮かんでいるように見えるのは、きっと気のせいではないだろう。それを見てユスフは忌々しげに舌打ちをした。そしてライトアローを放つ。


 その攻撃を、巨大カエルは大きく跳躍してかわした。そして上から押しつぶすようにして、水かきの付いた手を地面に叩き付ける。激しい振動が大広間に広がった。


 ジノーファたちは、もちろんそれを回避している。それどころか巨大カエルが着地する場所を見切って包囲していた。背後を取ったのはジノーファで、彼は巨大カエルの無防備な背中に伸閃を叩き込んだ。


「ゲロォォォォオオオ!?」


 巨大カエルが絶叫を上げる。そして振り向き様にまた舌を伸ばした。ジノーファはそれをまた伸閃で弾いたが、その際わずかに顔をしかめる。切れないのだ。どうやらこの舌はかなりの強度を持っているらしい。


 とはいえ、大きな問題ではない。舌は切れなかったが、背中は切れた。つまりダメージは与えられる。倒せるのだ。ジノーファにとっては、それが重要だった。


「ゲロ! ゲロ! ゲロロォォオ!」


 背中を切られて怒ったのか、巨大カエルは執拗にジノーファを狙った。ただ巨大カエルの動きはそれほど速くない。彼が攻撃を回避するのは難しくなかった。撃ち出されるようにして伸びる舌は確かに速かったが、しかし対処は可能であるし、何より連発できない。つまり一度防いでしまえば、その後に隙ができる。


 その隙を、ジノーファは積極的に突いた。舌を弾くと同時に踏み込んで縦横無尽に竜牙の双剣を振るう。巨大カエルの身体を覆う粘液のせいか刃の通りは悪いが、そこは手数でカバーだ。


 さらにジノーファが巨大カエルの正面を押さえている間に、ノーラとユスフも側面や背後から攻撃を加える。巨大カエルはそれに気付いていないのか、あるいは気付いていてもジノーファを無視できないのか。どちらにせよ、二人に対しては完全に無防備だ。


「ゲ、ゲロロロォォ……」


 攻撃を浴び続け、ついに巨大カエルは灰のようになって崩れ落ちた。後には大きな魔石とドロップ肉が残る。それを見てノーラは悩ましげな顔をした。もとが巨大カエルであると思うと、口に入れるのにはためらいがあるのだろう。ただ人間が食べなくてもラヴィーネが食べるので、ジノーファはなにくわぬ顔をしてドロップ肉をシャドーホールに放り込んだ。


 ちなみにそのラヴィーネだが、彼女は今回のエリアボス戦にはほとんど参加しなかった。顔をしかめる仕草を何度もしていたので、もしかしたらあの巨大カエルが臭かったのかもしれない。


 まあそれはそれとして。エリアボスを倒すと、ジノーファたちはそこから先へは進まず、例の水場まで来た道を引き返した。そして地底湖の水を汲んでお湯を沸かし、ユスフが淹れてくれたお茶を飲みながら、彼らは次にどのルートを探索するのか話し合った。


 話し合いの結果、比較的出入り口から近い場所にある分岐ルートが選ばれ、そこを攻略し探索することになった。もちろん、大広間がどこにあるのかは、探索して見なければ分からない。だがこの位置なら部隊を投入した場合、早々に分散することができ、中で混雑せずに済む。


 探索するルートが決まっても、ジノーファたちはすぐには動かなかった。エリアボス戦を終えたばかりということもあり、まずは交替で仮眠を取る。そして体力を回復させてから、彼らは決めておいた分岐ルートへ向かった。


 予定していた三日間で彼らが見つけた大広間は全部で二つ。遠征軍の防衛陣地に戻り、そのことをジェラルドに報告すると、彼は一つ頷いてから攻略と探索の継続を命じた。補給物資と交代要員は、まだ到着していなかったのである。


 そして翌日、ジノーファたちはまたダンジョンへ向かった。なかなかハードな日程だが、全員経験値(マナ)を溜め込んでいるから体力は十分にある。またダンジョンの中では無理をしないようにしているので、もしかしたら彼らは陣地に残っている兵士たちより元気であるかもしれなかった。


 三回目の探索で、彼らはさらに一つ、大広間を見つけた。ただ、以前に見つけた二つの大広間でエリアボスが再出現している。それで討伐したエリアボスは三体だった。大きな魔石からマナを吸収した際、ノーラは呆れたようにこう呟いた。


「なんだかもう、一年分くらいマナを吸収したみたいです」


 普通に倒したモンスターの魔石に、マナスポットに、そしてエリアボスの魔石。それを、ラヴィーネを入れても四等分だ。普通のパーティーが六人であることを考えると、一人当りの取り分はかなり多い。一年分と言うのは大げさだが、彼女が呆れるのも無理はないだろう。


 そういえばフォルカーも同じようなことを言っていたな、と思い出しジノーファは苦笑した。何にしても、得られる経験値(マナ)が多くて困ることはない。また、今後の攻略と探索を無事にこなすためにも、レベルアップはできる限りはしておいたほうがいい。


 三回目の探索の報告をしても、ジェラルドからの命令に変更は無かった。つまりジノーファたちは、ダンジョンの攻略と探索を継続することになる。ただ、防衛陣地にいる兵士たちの表情は、スタンピード直後と比べずいぶん明るくなったように思える。


 聞くところによれば、モンスターの襲来も最近は落ち着きを見せ、さらにここ二日ほどはエリアボスクラスも出ていないらしい。相変わらずヒーラーは忙しそうにしているが、その一方で怪我人は少ない。遠征軍はひとまず窮状を脱しつつあるようだった。その様子を見て、ユスフはジノーファにこう尋ねた。


「ジノーファ様。ジェラルド殿下は次の補給を待って撤退されると思いますか?」


「もしかしたら、するかもしれないな」


 ジノーファはそう答えた。窮状を脱したから撤退、というのは奇妙に聞こえるかもしれない。しかしここは魔の森だ。撤退するにも体力がいる。奇しくも、スタンピード後に多くのエリアボスクラスのモンスターを討伐し、戦果と言う意味ではもう十分だろう。ジェラルドが撤退を決めても、おかしくはない。


 とはいえ、ジノーファたちが受けている命令はダンジョンの攻略と探索だ。それで彼らは四回目の探索のため、またダンジョンへと赴いた。


 その道中、拠点の兵士たちが言っていたことを実感する。襲ってくるモンスターの数が減ったように感じるのだ。そのおかげで、彼らは三時間かからずにダンジョンに到着した。もしかしたら攻略の成果がこういう形で現れているのだろうか。ジノーファはふとそう思った。


 さて四回目の探索で、彼らはまた一つ大広間を発見した。これで合計四つの大広間を見つけたことになる。ただそのために幾分細い通路も通ることになったので、実際に部隊が投入された際、攻略の対象になるかは微妙なところだ。他の、まだ攻略していないが通りやすそうなルートが優先されるかもしれない。


 ただ、四回目の探索で最大の発見は大広間ではなかった。ジノーファたちはこの探索で、なんと採掘場を見つけたのである。


 ダンジョンには壁面などを掘ることで鉱物資源などを得られる場所が存在する。そのような場所は採掘ポイントと呼ばれていた。採掘場とは、要するに大規模な採掘ポイントのことだ。


 採掘ポイントは大規模になればなるほど、回復が早いことが知られている。そして毎日採掘しても回復が追いつく場所が、特に採掘場と呼ばれているのだ。


 ダンジョンの採掘場とは、つまり一つの鉱山であると言っていい。一つ見つければ莫大な富が、しかもほぼ永遠に得られるのだ。それで報告を聞いた際には、普段は冷静なジェラルドもさすがに目の色を変えた。


「それは、本当か!?」


「はい。幾つかサンプルを取ってきました」


 そう言ってジノーファはシャドーホールから幾つかの鉱石を取り出した。ジェラルドはそれを手に取って唸る。ダンジョンで取れる鉱石は非常に純度が高く、ほとんどインゴットと呼んで差し支えがない。このサンプルもその例に漏れず、ずっしりと重かった。他には宝石の原石のようなものまである。


 ジェラルドは素早く頭をめぐらせる。スタンピードにより、遠征軍は大きな被害を被った。いやこの遠征自体、最初から赤字覚悟のものだ。だが採掘場から十分な資源が得られれば、赤字の縮小どころか黒字への転換すらできるかもしれない。


「……ご苦労だった。下がって休め。次の命令は追って伝える」


 ジェラルドにそう言われ、ジノーファたちは彼のテントを辞した。夕食として出された魚介類のスープ。それを食べながら兵士たちから話を聞くと、昨日の昼前に補給物資と交代要員が到着したのだと言う。それを聞いてジノーファはジェラルドの内心を慮った。


(悩んでおられるのだろうな……)


 撤退へと舵を切るのか、それともダンジョンの攻略へ打って出るのか。ジェラルドは今、非常に悩んでいるに違いない。彼はどうするのかと思いつつ、ジノーファはふと「自分ならどうするのか」と考えた。


(埒もない……)


 そう、確かに埒もないことだ。しかしながら同時に、それは逃げの思考であるようにも思える。「埒もないことだ」と言って、難しい判断から逃げているのではないか。ダンダリオンに未練を指摘され、シェリーにそれを吐き出したからなのか、そんな考えがジノーファの脳裏にこびりついて離れない。その夜、彼はなかなか寝付けなかった。


 そして次の日。ジェラルドはルドガーやイーサンといった、主だった幕僚たちを招集した。その中には、ジノーファも含まれている。彼が呼ばれたということは、恐らくダンジョンに関する話をするのだろう。実際、集まった幕僚たちを見渡すと、ジェラルドは重々しく口を開き彼らにはっきりとこう告げた。


「魔の森のダンジョンを攻略する」


 その瞬間、幕僚たちの間にざわめきが広がった。彼らは近くにいる者たち同士で、あれこれと言葉を交わす。ただそれは意見と言うよりは感想に近い。そして徐々にざわめきが収まってきたところで、ジェラルドはさらにこう言った。


「なにか意見のある者は?」


「さすれば、殿下……」


 一人の幕僚が手を上げる。それを皮切りにして、活発な議論が始まった。もちろん反対意見も出る。ジェラルドはそういう意見にも丁寧に対処しつつ、しかし結論は譲らない。とはいえ自分の意見だけを頑強に主張するわけではなく、妥協できる部分は妥協し、他の者の意見も取り入れていく。その一方で、ありがちな「目立つための突飛な意見」は却下する。


 その様子を見ながら、ジノーファは感嘆する思いだった。撤退するのか、ダンジョンを攻略するのか。結局彼は自分なりの結論を出せなかった。しかしジェラルドははっきりとした方針を示し、さらにこうして様々な意見を取り入れつつ、部下たちも納得する計画を作り上げていく。その手腕はさすがのものだ。


「……では、基本的にはこの方針でいくことにする。無論、大小の問題は出てくるだろう。各自の裁量で判断できないものは、遠慮なく申告するように」


 最後にジェラルドがそう告げて会議は終わった。幕僚たちはいっせいに返事をし、そしてテントから出て行く。ジノーファもそれに続いた。彼の脳裏には、会議を取り仕切るジェラルドの姿が鮮明に残っている。その姿に、彼は少しだけ劣等感を覚えた。


 さて、「魔の森のダンジョンを攻略する」という方針が示されたことで、遠征軍はその方針に従って動き始めた。交代要員が到着したことで、遠征軍の戦力はおよそ四五〇〇まで回復している。この内、およそ八〇〇がダンジョン攻略のために投入された。


 ただし、この八〇〇人が一度にダンジョンへ入ったわけではない。それどころか作戦が始まったこの日、彼らのうちの誰一人として、ダンジョンへは入らなかった。では彼らが一体何をしたのか。彼らがしたのは土木工事である。


 幕僚たちを集めた会議でまず問題視されたのは、防衛陣地からダンジョンまでの距離と移動時間だった。ジノーファたちの場合、片道でおよそ三時間かかっている。


 普通なら、この程度の距離が問題となることはない。ダンジョンの外で幾らでも野営できるからだ。しかしここは魔の森。野営地はいつ何時モンスターの襲撃を受けるか分からない。それを考えると、部隊を投入するには、いささか遠いといわざるを得なかった。


 ジノーファたちが使っている巨大陸亀の獣道はほぼ直線で、これ以上縮めることはできない。しかし時間のほうは、工夫次第では短縮の余地がある。そのための土木工事であり、つまりジェラルドは道を通すつもりなのだ。


 道と言っても、石畳で舗装された立派なものではない。障害物を取り除いて、ある程度平らにしただけの、簡単なものだ。しかし簡単なものであっても道が通れば、そこを馬で駆けるのは容易い。そして馬で送迎できれば、移動時間は大幅に短縮できる。


 主に道を造るのは、土魔法を得意とするメイジたち。手作業でやる部分もあるが、そこまできっちりやる必要もないだろう。それで動員された兵士のおよそ三分の二は、実のところモンスターを警戒しての護衛だった。


 さてジノーファたちだが、彼らもダンジョン攻略に加わることになっている。ただ、土木工事には加わらなかった。先行してダンジョンを攻略することになっている。つまりやることは今までと変わらない。


 ただ、今回はもう少し奥を目指してみるつもりだった。具体的には、最初に見つけた大広間の、さらにその先へ進んでみるつもりだ。これは部隊の投入を見越してのことだが、同時にジノーファの焦りの発露でもある。要するに、動かないではいられない心境なのだ。とはいえそのルートが思わぬ場所へ繋がっていることを、この時の彼はまだ知る由も無かった。


ノーラの一言報告書「イボイボは生理的に無理!」

ジェラルド「採掘場のことも書いてくれ……」

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