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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
魔の森のダンジョン
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ダンジョン、発見


 スタンピード直後の魔の森で、ダンジョンの出入り口を探し始めてからおよそ三時間。巨大な陸亀が造った獣道の先で、ジノーファたちは大きなくぼ地を見つけた。あの陸亀が出現した時にできたものだろう。それを見てユスフが呆れたようにこう呟いた。


「まさか、本当に……。魔の森はなんでもありですね……」


 ジノーファは頷きつつ、妖精眼でくぼ地をよく観察する。いくらスタンピードがあったとはいえ、あの陸亀を出現させるには相当大量のマナが必要なはず。であれば、この近くに目当てのモノがあるはずだった。そしてそう時間もかからず、彼は目当てのモノを見つけた。


「あった。ダンジョンの入り口だ」


「え……、ここからは見当たりませんが……?」


 ノーラが困惑した様子を見せる。そんな彼女にはかまわず、ジノーファは斜面を滑るようにしてくぼ地の中へ降りた。ノーラとユスフもその後を追う。


 くぼ地の中には、大きな岩がゴロゴロと転がっている。そのせいで足場は悪かった。ただ雨が降らなかったおかげで、中に水が溜まっているようなことはない。


 ジノーファたちは一旦底へ降りてから、さらにそこから反対側の斜面を登る。半分ほど登ったところで、ジノーファは足を止めた。そこに鎮座しているのは巨大な岩石。彼はそれをペタペタと触った。


「二人とも、少し離れていてくれ」


 二人が離れると、ジノーファはシャドーホールを発動させる。彼の影が波打ったかと思うとうねるように広がり、岩石の下に入り込んでいく。そして次の瞬間、岩石はずぶずぶと影の中に沈みこみ、ほんの数秒でその姿を消した。


 岩石が消えると、その奥に、まるで洞窟の入り口のようなものがぽっかりと口を空けていた。これこそがジノーファたちの探していたモノ、ダンジョンの入り口である。


 その中を覗きこんでみると、やはりマナ濃度が高く、ジノーファは息苦しさを感じた。妖精眼も使っているのだが、一面青く輝いている。スタンピード直後のダンジョンの様子そのものだ。


「さて、と。幸先良く一つ目が見つかったわけだけど、次はどうしようか。中を探索してみるか、それとも二つ目を探すか……。ノーラ、どう思う?」


「…………ダンジョンの中を、調べてみるべきだと思います」


 少し考えてから、ノーラはそう答えた。ここなら陣地からでも比較的容易に兵を送り込める。もちろん、ダンジョンの沈静化は難しいだろう。しかし次のスタンピードの抑制にはなる。ノーラの説明を聞き、ジノーファも得心した様子で一つ頷いた。


「分かった。じゃあ、そうしよう。ユスフもそれでいいか?」


「ご随意に」


「よし。マッピングはノーラに任せてもいいかな?」


「お任せください」


 ノーラが力強く請け負い、ジノーファはもう一度頷いた。そして彼を先頭にして一行はダンジョンの中へ入る。入り口のところで高濃度のマナに身体を慣らしてから、彼らはいよいよ本格的に足を踏み入れた。


 ダンジョンの攻略を開始すると、ジノーファはなんとなく肩の力が抜けたように感じた。魔の森と同じく、ダンジョンも人外魔境だ。しかしこう言ってはなんだが、勝手はよく分かっている。


 もちろん、まったく同じダンジョンは二つとして存在しない。しかし中層までは基本的に洞窟のような構造をしている、というのは共通する特徴だ。そのため自然と雰囲気は似通ったものになるし、また他所で培った経験もかなりの部分が通用する。その自信が緊張を和らげたのだ。


 さて、スタンピード直後のダンジョンの特徴として、モンスターの出現率が高いことも上げられる。それはこのダンジョンにも当てはまった。ジノーファたちが攻略を始めて一分も経たないうちに、モンスターが姿を現したのである。


 現れたのは、トカゲに似た六本足のモンスター。幸い、大したモンスターではなく、ジノーファが動く前にラヴィーネが倒してしまった。ドロップアイテムはなく、魔石だけが残されたのだが、その魔石を見てノーラが声を上げた。


「あ……、その魔石は……」


「コレが、どうかしたのか?」


「……目算ですが、もしかしたら、中層の魔石ではないかと……」


 ジノーファが掲げて見せた魔石を、ためつすがめつ眺めてから、ノーラは自分に言い聞かせるようにゆっくりとそう言った。それを聞いてジノーファもユスフも「まさか」という顔をする。


 彼らは先ほどダンジョンに足を踏み入れたばかり。であればここはまだ上層のはず。それが常識でありセオリーのはずだ。しかしノーラは前言を撤回せず、ジノーファの持つ魔石を食い入るように見つめながら、さらに続けてこう言った。


「はっきりしたことは、きちんと計ってみないと分かりませんが、中層に近い位置の魔石であることは、間違いないかと……」


「ふぅむ……」


 そう呟いて、ジノーファは魔石を眼の高さに掲げてみる。ただ彼は普段から、魔石の大きさにはそれほど頓着してこなかった。それでしげしげと眺めてみても、上層の魔石と比べて大きさがどうかは良く分からない。彼は苦笑してそれ以上無駄なことをするのをやめた。代わりにメンバーを見渡してこう告げる。


「魔石はまたあとで調べるとして、今は攻略に集中しよう。中層かも知れないと言うことだから、そのつもりで心するように」


 ノーラとユスフが真剣な顔で頷くと、ジノーファも一つ頷いてから攻略を再開した。彼らは基本的に、攻略しやすい広い通路を選んで進む。これは、後で普通の兵士たちがこのダンジョンを攻略すると見込んでのことだ。ジノーファがいつも通り細い通路ばかり選んでいては、他の者たちは攻略しにくくてしかたないだろう。


 通路が広いからなのか、それともスタンピードの直後だからなのか、恐らくはその両方なのだろう。モンスターの数はいつもよりずいぶん多いように思えた。その全てをジノーファたちは切り伏せていく。そのおかげで、マッピングの進み具合は思わしくないものの、結構な量の魔石とドロップアイテムを得ることができた。


 同時に、マナスポットからも見つけ次第マナを吸収していく。それを見て、そして実際に体験し、ノーラは目を見開いて驚く。その反応にジノーファは納得のいかない顔をしたが、ユスフは「いつものこと」と言わんばかりに肩をすくめた。


 そんなことをしながら、ジノーファたちはダンジョンの中を進む。ダンジョン内であれば、いきなりエリアボスクラスが現れることはないので、魔の森の中を進むよりもいっそ気は楽だった。


 そしてそうやって進んでいるうちに、彼らは水場を発見する。メインの通路からは少し外れた場所にあったのだが、ラヴィーネが匂いで気付いたのだ。そこは水を豊富に蓄えた地底湖だった。


「ちょうどいい。ここで少し休憩しよう」


 ジノーファがそう提案すると、ユスフもノーラも異論はないようですぐに頷いた。ただ休憩だからと言って完全に気を抜くことはしない。水場は確かにモンスターが出現しないが、しかし入ってくることはありえる。それで適度に周囲を警戒しつつ、彼らは身体を休めた。


 時間的には、ちょうど昼食時。それで彼らも持ってきた弁当を食べた。ラヴィーネのご飯は、いつぞやドロップしたスケルトン・ドラゴンの骨だ。


 ただ、弁当の中身は主に保存食で味気ない。それで何を思ったのか、ジノーファはシャドーホールからフライパンと魔導コンロを取り出した。そして唖然とするノーラの目の前で、いそいそと肉を焼き始める。たちまち芳しい香りが辺りに漂い、ノーラは思わず生唾を飲み込んだ。


「あの、ジノーファ様……。これ、は……?」


「ドロップ肉だよ。さっき倒したヤツだね」


 ジノーファは何でもない様子でそう答えた。だがノーラが聞きたいのはそういう事ではない。彼女が聞きたいのは、なぜこんなところでいきなり肉を焼き始めたのかということであり、それはお弁当が味気なかったからであり、バターをたっぷりと使って焼いているドロップ肉はおいしそうで……。ノーラもだんだん訳が分からなくなってきた。


「ノーラも食べるだろう?」


「も、もちろんいただきます!」


「ワンワンッ」


「はは、分かってる。ラヴィーネの分もあるよ」


 激しく尻尾を振って自己主張するラヴィーネに笑ってそう応えつつ、ジノーファは慣れた手つきでドロップ肉のステーキを焼く。途中、匂いにつられたのか、何体かモンスターが水場に入ってきたが、ユスフとノーラが見事な連携で始末する。肉を掠め取ろうとする不届き者は、一見必殺だ。


 しばらくすると、ドロップ肉が焼けた。ジノーファがそれをフライパンの上で切り分ける。わざわざお皿を出すのも面倒なので、彼らはフライパンから直接肉をつっつく。そのお肉を口に入れた瞬間、ノーラは言葉を失った。


 分厚くカットされたお肉からは、噛むほどに芳醇な肉汁があふれ出してくる。驚くほど豊かな味わいだ。軽く塩を振ってバターで焼いただけなのだが、かえってそのシンプルさがドロップ肉の旨味を引き立てているのだろう。


「はは、美味しい?」


 ラヴィーネに肉を与えながら、ジノーファがそう尋ねる。ノーラは無言のまま首を何度も縦に振った。口をあけると旨味が逃げてしまうような気がして、うかうか口を開けることもできない。そんな彼女の様子を見て、ジノーファは満足げにこう言った。


「良かった。ボロネスからステーキの焼き方を教わったかいがあったよ」


 そう言ってジノーファも切り分けたステーキを口へ運んだ。納得のいく焼き加減だったのだろう。おいしそうに食べながら、彼は小さく頷いた。


 その後、さらにもう何枚か、ジノーファはドロップ肉のステーキを焼いた。一枚や二枚では足りなかったのだ。その結果、およそ三キロはあったと思われるドロップ肉は綺麗になくなり、三人と一匹の胃袋の中に収まった。


「ジノーファ様。もしやお屋敷では、よくドロップ肉をこうして食べておられるのですか?」


「うん。コックがハムを作るくらいには、食べてるかな」


 ジノーファがノーラにそう答えると、隣りでユスフも「うんうん」と頷いた。実際、使用人だけでなくラヴィーネでさえ、頻繁にドロップ肉(生)を食べている。ジノーファの屋敷では、ドロップ肉は比較的ありふれた食材だ。それを聞いてノーラは身を乗り出した。


「……! 近々、専属メイドの席が空くとお聞きしました。後任をご用命の場合には、ぜひわたしをご指名ください!」


「ははは、分かった。覚えておく」


 ジノーファは笑ってそう応えた。実際のところ、彼自身は専属メイドがいなくなってもたいして困らない。仮にいたとしても、彼の身の回りの世話はシェリーがやりたがるだろう。それでジノーファとしては、シェリーの後任を置くつもりはなかった。


 ただ、これから子供が生まれれば、その分だけ仕事の量は増えるだろう。また産後に母親が体調を崩すことは良くあると言うし、一方で子供は目が離せないと聞く。それならシェリーや子供の専属メイドを雇うというのも、選択肢の一つだろう。


「でも、そんなにドロップ肉が気に入ったのかい?」


「はい。とっても美味しかったです! ……それとここだけの話、その方が長生きできるかと思いまして」


 どうやらドロップ肉だけが目当てではないらしい。回復魔法を覚えた動機と言い、なかなかしたたかな事だと思い、ジノーファは苦笑した。


 さて、ドロップ肉のステーキで膨れたお腹がこなれてきた頃、ジノーファたちは攻略を再開した。ただし、向かうのはさらに奥ではなく入り口の方向。つまり今日はこれでもう撤収するつもりだった。


 決して、肉を食べて満足したら帰ることにしたわけではない。エリアボスが出現する大広間をまだ一つも見つけていないのは残念だが、時間切れだ。ここまでで半日近くが経過している。暗くなる前には遠征軍の陣地に戻りたい。


 往路であらかたモンスターを倒したからなのか、復路では遭遇するモンスターの数は減っていた。そのおかげでジノーファたちは大した時間もかけずに、ダンジョンの外へ出ることができた。


 彼らがダンジョンの外へ出たとき、森の中はまだ十分に明るかった。ましてあの巨大な陸亀が造った獣道は、木々が薙ぎ倒されていて光が良くはいる。その獣道を彼らは急ぐこともなく東へ向かった。


 魔の森のモンスターの出現率は、ジノーファの体感だが、往路と復路でそう変わったようには思えない。それらのモンスターを切り伏せながら、やはり三時間ほどかけて、彼らは遠征軍の防衛陣地に戻った。


 ジノーファたちが防衛陣地に帰還したのは、西の空がずいぶんと赤くなった頃だった。戻ってくると、彼らはまずジェラルドのもとへ向かった。今日の報告をするためだ。警備の兵士に取次ぎを頼むと、彼らはすぐにテントの中へ通された。


「無事に戻って来てくれてなによりだ。報告を聞こう。ダンジョンの入り口はあったか?」


「はい。一つ、発見しました」


 最初にそう答えてから、ジノーファは今日の探索についてジェラルドに報告する。ジェラルドは途中で質問を差し挟むことなく、まずは最後まで彼の話を聞いた。


「…………、以上です」


「ふぅむ。その、入ってすぐに中層だったという話は本当か?」


 ジェラルドはまずそこに興味を示した。彼の疑問に対し、ジノーファは「はい」と答える。彼はシャドーホールから魔石を一つ取り出し、それをジェラルドに示す。そしてこう告げた。


「こちらが、最初に倒したモンスターの魔石です」


 ジェラルドはジノーファからその魔石を受け取ると、兵士を呼んで調べてみるようにと命じた。少し先の話だが、この魔石は中層のものではないものの、中層に近い位置のものであることが判明した。さて、兵士が一礼しテントから出て行くと、彼は次にこう言った。


「それと、マッピングした地図を見せてくれ」


 ジェラルドの求めに応じ、ノーラがマッピングした地図を取り出し、それを彼に差し出す。受け取った地図を一瞥すると、ジェラルドは少しだけ顔をしかめた。


「あまり進んでいないな」


「申し訳ありません。モンスターの数が多く……」


「責めているわけではない。だが、そうだな……」


 手に持った地図を眺めながら、ジェラルドはしばしの間考え込んだ。そして顔を上げると、彼はジノーファたちにこう命じた。


「明日からは、ダンジョンの探索に注力してくれ。マッピングの範囲を広げろ。特に、大広間の位置が知りたい。それも、できれば複数」


「二つ目の出入り口は、探さなくても良いのですか?」


「ああ。まずは発見した出入り口を優先する。次のスタンピードを起こさないことが第一だ」


「でしたら、やはり二つ目を探した方がいいのではありませんか? 今日見つけた出入り口には、別の部隊を差し向ければ……」


 ジノーファはそう提案したが、ジェラルドは静かに首を横に振った。つまりそれだけの余裕が、今の遠征軍にはないということだ。それを察し、ジノーファも難しい顔をして黙り込む。そんな彼にジェラルドはこう告げた。


「今日も、何度かモンスターの襲撃があった。しかもエリアボスクラスが混じっていてな。スタンピード前と比べると、明らかに数が多くなっている」


 それは襲撃の回数も、エリアボスクラスの数も、と言う意味だ。ヒーラーの活躍により、負傷兵のうち戦線に復帰できる者はほぼ復帰している。しかしそれでも、ここ最近の襲撃状況から鑑みるに、「遠征軍に余剰戦力なし」というのがジェラルドの判断だった。


 ただ、彼は決してダンジョンの沈静化を諦めたわけではない。次の補給物資と交代要員が到着すれば戦力に多少の余裕ができる。ダンジョンに兵を送り込むとすればそれからだ。それまではジノーファに攻略させてスタンピードを抑制し、同時にマッピング情報を蓄積する。それがジェラルドの方針なのだ。それを理解し、ジノーファはこう応えた。


「了解しました。では腰をすえて攻略とマッピングを行いますが、よろしいですか?」


 つまり今日のように日帰りではなく、ダンジョンの中で寝泊りしつつ、攻略とマッピングを行うということだ。発見した出入り口までは、往復だと六時間程度もかかる。時間的な制約があると、比較的浅い位置しか攻略することができない。スタンピードの抑制が目的なら、もっと本腰を入れて攻略する必要がある。


 ジェラルドもそれを承知しており、少し考えてから頷いた。「ジノーファがいないと戦えない、では困る」と常々言い続けてきたのは彼自身。どうやらこの厳しい局面で、言い続けてきたその言葉を実践できるのか、試されることになりそうだった。


ノーラの一言報告書「ドロップ肉のステーキ、たいへん美味しゅうございました」

ジェラルド「…………!」


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