石材回収作戦2
中層のエリアボスを倒した後、ジノーファたちは休憩を挟まず、すぐに廃墟エリアを目指して出発した。ルドガー率いる第二班はすでに出発しているはずで、彼らは第一班と同じルートを通る。いわば露払いがすんでいるわけだから、その移動速度は第一班よりも速いと考えられる。もたついていては、追いつかれてしまうだろう。
「まあ、実際のところ、追いつかれても構わないんですけどね」
アーベルは肩をすくめてそう話す。ルドガーからは「消耗が激しい場合、中層の大広間で待機していろ」と言われているそうだ。ただ、今後の作戦を円滑に進めるには、やはり第一班がこのまま先行するのが望ましい。ジノーファの消耗もそれほどではなく、彼らは先に進むことにしたのだった。
中層の大広間から先も、基本的にはそれまでと変わらずに進んだ。六つあるパーティーが順番に先頭を務め、モンスターを蹴散らしながら進んでいく。ジノーファは基本的に戦わない。彼はエリアボスを一人で討伐した。その彼を休ませるためで、また彼にばかり頼ってはいられないと言う、他のメンバーのプライドの問題でもあった。
「フォルカー、こっちだ」
「は、はい」
とはいえ、ジノーファは何もしていないわけではない。妖精眼を常に発動させ、マナスポットを見つけては、フォルカーにマナを吸収させている。彼は恐縮しきった様子で、できれば辞退したいと顔に書いてあるが、これも今後の作戦のためだ。ジノーファはかまわず、彼の成長を半ば強制した。
ただ、フォルカーは全てのマナスポットからマナを吸収できたわけではない。例えば天井など、位置が悪くてマナを吸収できないマナスポットも幾つかあった。手が届かないと吸収はできないのだ。
『肩車でもしてあげようか? それでも届かないなら、踏み台にしてくれても……』
『そ、そこまでしていただくわけにはまいりません!?』
フォルカーが首と両手を振って固辞するので、ジノーファは苦笑して肩車は勘弁してやった。しかしせっかく見つけたマナスポットをそのままにしておくものもったいない。それでジノーファはラヴィーネの頭を撫でながら、彼女にこう告げた。
『ラヴィーネ、吸収しておいで』
『ワンッ』
ラヴィーネはうれしそうに一鳴きすると、壁を駆け上って天井まで上がった。そこから軽やかに跳躍すると、前足で天井のマナスポットに一瞬触れる。そして軽やかに着地した。白い尻尾が、満足げに揺れている。
兵士たちの目には、ラヴィーネが曲芸をしたようにしか見えなかっただろう。しかしジノーファはラヴィーネがその一瞬でマナを吸収したのを見て取り、満足そうに頷いて彼女の頭を撫でた。
こうしてフォルカーが吸収できないマナスポットは、ラヴィーネの取り分となった。魔獣ゆえの優れた身体能力、そして何より彼女自身もマナスポットを識別できるからこその芸当だ。
また、マナスポットを見つける以外にも、妖精眼は一行を支えた。妖精眼はマナを可視化して識別する魔法。この魔法はジノーファと一緒に成長していて、現在では死角に隠れているモンスターも識別できるようになっていた。
つまり肉眼では見えない位置にいるモンスターも、妖精眼を使えば見えるのだ。廃墟エリアでエカルトが狙撃された際、ジノーファが矢を掴み取って見せたのも、妖精眼でモンスターの存在を確認していたからだ。
このように、妖精眼の力は死角の多い廃墟エリアでこそ有用なのだが、今のレベルに達したのはジノーファたちがそこを抜けてからのこと。「少し遅かった」と当時は悔しがったものだが、今回の作戦にはおあつらえ向きと言えるだろう。
それは廃墟エリアだけを想定してのことではない。狭い通路を四十人近くが移動しているのだ。モンスターに不意打ちされ乱戦状態になれば、同士討ちさえ起きてもおかしくはない。しかし妖精眼の力があれば、不意打ちや出会い頭の遭遇戦は、かなりの程度避けられる。
「そこ、岩陰に一匹潜んでいます」
「了解!」
「次の角、右からお客さんです」
「手厚くもてなしてやりますよ!」
「上に何匹か、覗き魔がいますね」
「破廉恥な奴らだ、メイジ、焼き払え!」
ジノーファがモンスターの存在を教えるたび、第一班の兵士たちは的確に動いて脅威を排除する。ジノーファの助言が彼らの負担軽減に繋がっているのは言うまでもない。また、順調に進めるおかげで雰囲気もいい。それが兵士達のパフォーマンスの向上にも繋がっている。いいサイクルだった。
そんな彼らだったが、廃墟エリアに到着すると、さすがに緊張の色を浮かべた。ここは下層。出現するモンスターは主にゴブリンやスケルトンという、比較的戦いやすい相手ではあるものの、油断していい場所では決してない。
「よし。装備を変えるぞ。フォルカー」
「は、はい!」
アーベルに指示を出され、フォルカーが収納魔法から荷物を取り出す。取り出したのは盾と槍と、そして弓。廃墟エリアでの戦闘を想定しての装備だ。本当は鎧や兜も持ってきてあるのだが、それを装備するには時間がかかる。なるべく隙を見せないようにするため、今はまだ装備しないでおいた。
「よし、行くぞ」
それぞれ装備を整えると、彼らはまず噴水の広場まで移動する。当然その間も四方八方からモンスターの襲撃があったが、彼らは大きな被害を出すことなく乗り切った。ここは広いから戦いやすいし、装備もそれに合わせてある。なにより彼らは数が多く、また集団戦は専門だ。その強みを存分に生かして、彼らは廃墟エリアを進んだ。
「あそこだな……」
廃墟エリアを進むこと、およそ三十分。広場の真ん中にある噴水を見つけて、アーベルはそう呟いた。
このような水場は、ダンジョン内ではモンスターが出現しないセーフティーゾーンとして知られている。普通であれば休憩にもってこいの場所なのだが、しかしここはあまりにもあけっぴろげ過ぎた。
モンスターは入って来放題だし、下見の時にはクロスボウで狙撃もされた。セーフティーゾーンとはとても呼べない。休憩には不向きだ。そして第一班のメンバーも、ここでこのまま休憩しようとは思ってはいなかった。
「さあ諸君。疲れているかもしれないが、もう一仕事だ。将軍の第二班が到着するまでに終わらせるぞ」
アーベルがそう指示を出すと、兵士たちはすぐに「仕事」に取り掛かった。その中心となるのは、土属性の魔法を使うメイジたち。彼らは丁寧に魔力を練り上げると、広場に面した廃墟に得意の土魔法を放つ。すると廃墟はバラバラに分解されて崩れ落ちた。
石材の回収には、それなりに時間がかかることが想定されている。それこそ、一日や二日といった単位で、だ。その間ずっと兵士たちを働かせる事はできない。交替で休憩を取らせる必要がある。
しかしながら前述したとおり、この廃墟エリアの水場は休憩に適していない。よってこれを休憩に適した場所、作戦の拠点として相応しい場所に造りかえる。それがルドガーの決めた方針だった。
こうして広場の周りの廃墟を完全に破壊するのもその一環である。下見のときのように、狙撃を警戒してのことだ。廃墟を破壊してしまえば、モンスターが身を潜める場所は格段に減る。また見晴らしが良くなれば、そのぶん警戒もしやすくなるだろう。
土魔法を使っているのは、それが一番手っ取り早いからだ。ただそれに加えて、もう一つ理由があった。
「はは。こりゃ、いい」
兵士の一人が歓声を上げた。廃墟は確かに崩れ落ちたが、しかし個々の石材は比較的綺麗な形で残っている。十分に使える状態だ。バラバラになっているから、回収もしやすい。同じようにやっていけば、任務も円滑に進むだろう。問題は術者の消耗具合だ。アーベルは魔法を使ったメイジにこう尋ねた。
「こういう使い方は初めてだと思うが、やってみて具合はどうだ?」
「制御がいつもより面倒ですね。ただ、時間をかけられるので、大きな問題はありません」
メイジはそう答えた。確かに、そう消耗したようには見えない。幸先のいいことだと思いつつ、アーベルは一つ頷いた。
廃墟の中には、モンスターが潜んでいることもある。だが兵士たちはかまわずに解体を続けた。攻撃を仕掛けられるならともかく、隠れているだけならわざわざ倒しにはいかない。建物を崩すときに、一緒に倒してしまえるからだ。倒せずともダメージは与えられる。実際、瀕死のモンスターが何体も出てきた。
そしてそんなことを続けていると、モンスターの側も多少は学習するらしい。周囲の廃墟に隠れていたモンスターたちが次々に飛び出してくる。兵士たちは廃墟の解体作業を一時中断してそれを迎撃した。
もちろん、ジノーファもそこに加わっている。彼は泰然と構えてモンスターを迎え撃ち、一角の双剣を振るって伸閃を放つ。ゴブリン、スケルトン、ブラックウルフ。全て鎧袖一触だ。
「ギィ……」
「グゥ……」
ジノーファの武威を目の当りにして、モンスターたちが後ずさる。滅多にない光景で、後ろで兵士たちが驚いていたのだが、彼はそのことに気付いていない。そして彼がモンスターを威圧していると、ラヴィーネが飛び掛ってゴブリンを一匹しとめた。メイジで、魔法を準備していたらしい。
それがきっかけとなって、また戦闘が動き出す。だが有象無象がいくら集まったところでジノーファの敵ではない。すべて伸閃で切り裂かれ、灰のようになって崩れ落ち、そして消えた。
「ふう」
向かってくるモンスターがいなくなると、ジノーファは小さく息を吐いて周りを見渡した。戦闘はまだ続いているが、しかし劣勢に陥っている場所はない。さすがは直轄軍の精鋭たちだ。
それでもジノーファは油断なく周囲の警戒を続けた。そうしていると、彼はふとあることに気付いた。わずかだが、地面にマナ濃度の濃い場所があるのだ。しかもそれが動いている。そしてある一点でマナ濃度が急速に高くなるのを見たとき、彼は反射的にそこを指差して叫んだ。
「そこ、散開!!」
ちょうどその場所にいた兵士たちは、咄嗟にその指示に従った。まだゴブリンが残っていたのだが、それは後回しだ。そしてその素早い行動が彼らの命を救った。ジノーファが指差したその場所が、次の瞬間、弾け飛んだのである。
「なんだ!?」
兵士の一人が困惑の声を上げる。魔法による攻撃か、あるいは巨大な岩石でも投擲されたのか。正解はそのどちらでもなかった。立ち込める土埃の中から姿を現したのは、一体の巨大なモンスター。細長い身体に、同心円状に並んだ凶悪な牙。ワームだ。なかなかグロテスクな見た目で、飛び出したその身体は二階建ての廃墟よりも高い。
「ゴォォォオオオオ!!」
「ギィ、ギギィ!?」
巨大ワームの雄叫びと、逃げ遅れて宙に放り出されたゴブリンの悲鳴が重なる。次に響いたのは、“ゴリゴリ”というゴブリンの咀嚼される音。逃げ遅れていたらああなっていたのは自分たちだと思い、さっきまでそこにいた兵士たちは顔色を悪くした。
「ゴォォォオオオオ!!」
もう一度、ワームの雄叫びが響く。そしてワームは身体をくねらせ、まるで体当たりをするかのように、次なる獲物を狙った。
「くっ、散開しろ!」
アーベルの指示より早く、兵士たちは動いていた。固まっていては、一網打尽にされかねない。そんな中で、ワームに向かっていく者が一人。ジノーファだ。彼は伸閃でワームの身体を切りつけた。
「ガァァァァ!?」
ワームは悲鳴を上げ、そして地中へ逃げた。次に現れたのは、まだ崩していなかった廃墟。そしてまたすぐに地中へ逃げる。ワームはでたらめに地中と地上を行ったり来たりして、そのたびにあちこちで土埃が舞い上がり、廃墟が崩れて倒壊した。
「これは、解体作業がずいぶん楽になりそうです!」
「そういう前向きな考え方、わたしも大好きですよ」
ワームが暴れる様子を見ながら、アーベルとジノーファはそう軽口をかわす。そうこうしている内に、またワームが近くに現れた。それを見逃さず、ジノーファは突貫する。そして今度は切りつけるのではなく、双剣をその身体に突き刺した。
「ギギャアアァアア!?」
ワームはまた悲鳴を上げた。そしてまた地中へ逃げようとするのだが、それをジノーファが聖痕を発動させて押さえ込む。ワームを地中へ潜らせない。それが彼の狙いで、アーベルもそれをすぐ理解した。
「メイジ隊、魔法準備!」
アーベルがそう指示を出すと、メイジたちはすぐさま魔法の準備を始めた。相変わらず他のモンスターも寄って来るが、それは他の兵士たちが対処する。危険を察してか、巨大ワームはいよいよ激しく身体をよじらせた。
「っ!」
ついに堪えきれなくなり、ジノーファは宙へ放り上げられた。それを見て、アーベルが焦ったように声を上げる。
「ジノーファ様!」
「わたしはいい! 攻撃するんだ!」
「っ、放てぇえ!」
その号令に合わせ、魔法が一斉に放たれた。十分に練られた魔法が次々にワームに命中する。そのたびにワームは悲鳴を上げて身体を大きく揺らした。確実に効いている。しかしまだ、倒せていない。
空中で体勢を立て直し、廃墟の壁に着地した一瞬でその事を確認すると、ジノーファはその壁を蹴ってワーム目掛け鋭く跳躍した。その様はまるで、放たれた矢のようだ。ただ彼は今、手に何も武器を持っていない。双剣はワームの身体に刺さったまま。先ほど飛ばされた時に手放してしまったのだ。しかしだからと言って、何もできないわけではない。
「はあああああああ!」
ジノーファは空中で身体を捻る。そしてタイミングを見極め、ワームの身体に掌底を放った。同時に練り上げた魔力を叩き付ける。かつてシェリーから習った技、浸透勁だ。それも聖痕持ちが本気で放った一撃である。
その威力は桁違いだった。巨大ワームの身体の、ジノーファが掌底を打った反対側が激しく破裂し、緑色の体液が雨のように降りそそいだ。それ以外にも、ワームは巨体のあちこちから体液を噴き出している。
一瞬の静寂。ワームを含め、誰も彼もが動きを止めた。そんな中で、ジノーファがワームの背から離脱する。その反動でワームの身体が倒れ、そして地響きを立てて横倒しになる前に、灰のように崩れ落ちて消えた。
「「「「おおおおおお!!」」」」
大きな歓声が上がる。そんな中で、ジノーファは一人苦笑を浮かべた。原因は双剣。彼が愛用していた一角の双剣は、ワームの身体に突き刺したままにしていたせいでメイジたちが放った魔法の直撃を受け、ボロボロになっていた。これではもう、使い物にならない。ジノーファは小さく肩をすくめた。
「ありがとうございました、ジノーファ様。さすがです」
アーベルがそう声をかけてきたので、ジノーファは気を取り直して彼の方を向いた。そして穏やかな態度で彼にこう応える。
「うん。それで、被害の状況はどうですか?」
「確認はこれからですが、大きな被害は出ていないでしょう。……それと、こんなものがドロップしましたよ」
アーベルがそう言ってジノーファに見せたのは、大きな肉の塊だった。目分量だが、十キロ位はあるように見える。巨大ワームが残した、ドロップ肉だ。それを見てジノーファはまた苦笑を浮かべた。
アーベルとジノーファは顔を見合わせる。ドロップ肉は旨い。それは事実だ。だがあのワームの肉かと思うと、ちょっと食欲が失せる。さっきはゴブリンも食ってたわけだし。
「……後続の班の連中に食わせましょう」
アーベルがいい笑顔を浮かべながらそうのたまう。ジノーファは苦笑を浮かべたが、特に反対することもなく、ワームのドロップ肉をシャドーホールに仕舞うのだった。
アーベルの一言報告書「妖精眼……。まさにジノーファ様はお助け妖精!」
ルドガー「うん、知ってた」