初めてのダンジョン攻略2
二体目のエリアボスは三つ首の獣、ケルベロスだった。ミノタウロスと同じくすでに出現済みで、眠るように地面に伏している。やはり巨大で、体重はミノタウロスよりも重いだろう。
ダンダリオンたちがそのフロアに足を踏み入れると、ケルベロスは三対六つの目を開いて飛び起きた。三つの首でそれぞれ唸り声を上げて威嚇するケルベロスに対し、彼らは散開しつつ慎重に間合いを詰める。
「「「グゥルラァアア!!」」」
近づいてくる人間どものことが癇に障ったのか、ケルベロスは雄叫びと一緒に三つの首から炎を吐き出した。ガムエルは盾を構えてそれを防ぎ、イーサンはその後ろに隠れ、ジノーファとルドガーは素早く回避する。そんな中で構わずに突っ込んでいく者が一人。顔に聖痕を浮かべたダンダリオンだ。
もちろん、ダンダリオンは無策で炎の中に飛び込んでいったわけではない。彼は顔の前に左手を構えている。そこには赤い魔法の盾が展開されていた。彼が操る魔法の一つ、イージスの盾だ。
イージスの盾を構えて、ダンダリオンは炎の中を突き進んだ。そしてあっという間に間合いを詰め、ケルベロスの懐に潜り込む。そのまま真ん中の首の喉元に剣を突き刺した。
「ガァアアア!?」
「「グゥゥルルウウ!!」」
真ん中の首が絶叫し、左右の首がダンダリオンに噛み付こうとする。しかし一方はジノーファに首筋を切り裂かれ、もう一方はイーサンに目を射抜かれて悲鳴を上げた。さらにそこへ、ルドガーが大きく跳躍し、逆手に持った槍をケルベロスの背中に突き刺す。ケルベロスが息も絶え絶えとなる中、ダンダリオンが叫んだ。
「離れろ!」
その指示に従い、ルドガーとジノーファがケルベロスから距離を取る。次の瞬間、ケルベロスの首筋が爆発して、三つの首が千切れ飛ぶ。ダンダリオンが突き刺したままにしていた剣に魔力を流し、内部から爆発させたのだ。爆指功と呼ばれる技で、魔法ではなく剣技に分類されている。もちろんダンジョンの外では使えないが。
三つの首を全て失い、ケルベロスの胴体は地面に倒れた。その身体はすぐに灰のようになって崩れる。ミノタウロスの場合と同じく、後には大振りな魔石が残された。ちなみにドロップアイテムはなしだ。
「これで終わりか。物足りんな」
「まあまあ陛下。またエリアボスと戦う事はありましょう」
少々不満げな顔をするダンダリオンを、ガムエルがそう言って宥めた。ともかくこれで今日の攻略目標は達成したことになる。それで彼らは簡単な食事を取ってから出口へ向かったのだが、途中でマッピングを行っている兵士のパーティーと出会い、新たなエリアボスが発見されたとの報告を受けた。
「ちょうどいい。このまま討伐に向かうぞ」
ダンダリオンは獰猛な笑みを浮かべてそう告げた。他のメンバーにも異論はない。戦力過剰なだけあって、体力的にも気力的にもまだ余裕がある。それで兵士たちのパーティーに案内をさせ、彼らは三体目のエリアボス討伐へ向かった。
二十分ほど歩いて、彼らは三体目のエリアボスがいるフロアに到着する。そこには一体のオークが胡坐を組み、瞑想するように目を閉じて座っていた。巨躯であり、腹はでっぷりと肥えている。頭には冠が載っていた。
ただのオークではない。オークキングだ。冠を被っているからキングというわけではなく、この場合のキングとはモンスターの特性を示す一種の称号だった。
ではどのような特性なのかと言うと、キングと呼ばれるモンスターは同種のモンスターを配下として率いるのだ。しかも厄介なことに、配下のモンスターはキングを倒さない限り、無限に出現し続ける。
ちなみに、配下を率いるものの、その配下の数が増えない場合、そのモンスターはジェネラルと呼ばれた。
現在、広々としたフロアにオークキングは一体で鎮座している。配下の姿はない。オークキングの出現を確認した兵士たちがこのフロアから撤退するとき、オークキング自身はここを動かなかったものの、配下のオークたちは兵士たちを追い、そしてフロアの外で全て討伐されているのだ。
フロアに一歩足を踏み入れればオークキングは立ち上がり、そして配下のオークたちも再び出現し始めるだろう。一般論を言えば、数の暴力には抗い難い。それでキングが出現した場合には、可能な限り素早くキングを討伐するのがセオリーとされている。
そのセオリーについては、ダンダリオンも当然知っている。しかしこの時、彼はセオリーとはまったく反対の判断を下した。
「キングか。手ごろだな。数を叩いてダンジョンの力を殺ぐぞ」
つまり、キングは後回しにして、次から次へと出現してくるであろう配下を優先して叩くと言う判断だ。
ダンジョンとて、時間を区切れば無限にモンスターを生み出せるわけではない。一箇所で短時間に大量のモンスターを生み出すことになれば、必然的に他の場所が手薄になる。その隙に出現済みのモンスターを討伐できれば、その分スタンピードが起こる危険性は低くなるだろう。そういう考え方だ。
事実上の消耗戦であり、増援を期待できない人間のほうが普通に考えれば不利なのだが、しかし彼らの中には聖痕持ちが二人もいる。その戦力を期待してというよりは、彼らならオークキングをいつでも倒せると言う信頼、あるいは自信に基づく作戦だ。少なくとも、当のダンダリオンにはその自信があった。
「余とジノーファで配下を狩れるだけ狩るぞ。ガムエル、オークキングを抑えろ。ルドガーとイーサンは、ガムエルに配下のオーク共が近づかないよう援護しろ」
ダンダリオンが決めた役回りに異論は出ない。ジノーファたちは黙ったまま一つ頷いた。ちなみに案内役の兵士たちは、彼らが急遽予定を変更したことを野営地におかれた攻略本部へ知らせるよう命ぜられた。
「それでは陛下、ご武運を」
「うむ。そなたらも気をつけてな」
そう言って兵士たちを見送ってから、ダンダリオンたちはオークキングのいるフロアへ足を踏み入れた。途端にオークキングは目を開け、近くに突き刺してあった鉈に似た巨大な剣を手に取り、立ち上がる。そしてでっぷりと肥えた腹をさらに膨らませ、大きな雄叫びを上げた。
「ブモモォォォォォオオオオオ!!」
「ブヒィィイイ!」
「ブヒィ、ブヒィィ!」
「ブモ、ブモ!」
オークキングの雄叫びに呼応するように、フロアの壁や地面から次々にオークが這い出してくる。それらのオークは中型モンスターに分類され、オークキングと比べると二周り以上小さいが、しかし人間基準で考えれば十分な巨体だ。特に背丈の低いジノーファから見れば、巨人となんら変わらない。
オークの数はあっという間に増え、数的趨勢はあっという間にモンスターの側に傾いた。しかしダンダリオンはむしろ獰猛な笑みを浮かべてその群れの中へ突撃する。そのすぐ後ろにはガムエルとルドガーが続いた。ジノーファも彼らとは別方向へ動き始めている。イーサンが立て続けに矢を射り、彼らを援護した。
ダンダリオンの顔にまるで炎のような聖痕が浮かぶ。彼はオークキングの攻撃を片手であしらうと、逆にその腹へ固めた左手の拳をみまった。聖痕持ちのその一撃は、速度が乗っていたこともあって、オークキングを吹き飛ばしフロアの壁へ叩き付けた。
「自由に動き回らせるなよ! うっかり殺してしまうかもしれんからなあ!」
「はっ、お任せあれ!」
そう答え、ガムエルとルドガーはダンダリオンの脇をすり抜けオークキングへ肉薄した。イーサンも二人の後を追う。ダンダリオンは標的を配下のオークへ切り替え、そちらを狩り始める。ジノーファはすでに数体のオークを切り捨てていた。
(大きいのと、囲まれるのが少し厄介だ……。でも……)
その程度のことなら、ジノーファにとってはいつもの事だ。一人でダンジョン攻略をしていれば、自分より大きい相手と戦うことも、複数の相手に囲まれてしまうことも、しょっちゅうある。それどころかここは広いフロアなので、足の踏み場もないということにはならず、むしろ戦いやすかった。
ジノーファはまるで流れるようにオークたちの間をすり抜け、そしてすれ違い様に斬撃を浴びせていく。その斬撃は彼が振るう双剣の白刃よりも明らかに大きい。一振りごとにオークが身体を大きく切り裂かれて地面に倒れ、そのまま灰のようになって消えていく。
ジノーファが使っているのは、伸閃と呼ばれる剣技だ。斬撃を伸ばす剣技で、単純かつ初歩的とされている。普通、伸閃でオークを一撃で倒すことは難しいのだが、さすが聖痕持ちと言うべきか、彼はこの剣技で次々とオークをしとめていく。ちなみにダンダリオンが使った爆指功と同じく、ダンジョンの中でしか使えない。
「ブヒィィィイイイ!!」
小柄なジノーファを捕まえられず苛立ったのか、オークたちが四方から彼に殺到した。しかし彼に焦った様子は少しもない。彼はその場で一回転しつつ双剣を振りぬき、同時に伸閃を放つ。次の瞬間、殺到したオークたちは横に真っ二つになった。
「ブ、ブヒィ……」
その光景に、恐れを知らぬはずのオークたちが、しかしわずかに慄く。ジノーファはその隙を見逃さず、さらに数体のオークをしとめた。数の不利をものともしない、まさに圧倒的な戦いだった。
さて、オークキングとの戦いは、意外に早く決着が付いてしまった。ダンダリオンがうっかりオークキングを倒してしまったのだ。ガムエルら三人は不手際を詫びたが、彼も弱い者苛めに飽き始めていたらしく、彼らを笑って許した。
それでも、討伐したオークの数は三桁を超えた。それらの魔石を回収してからダンダリオンたちはダンジョンの出口へ向かう。その途中、ダンダリオンはふとジノーファにこう尋ねた。
「そういえばジノーファ、シャドーホールの中に収めた物は腐るのか?」
「いえ、腐りません」
ジノーファははっきりとそう答えた。それを聞いてダンダリオンはにやりと笑みを浮かべる。そしてさらにこう尋ねた。
「では、アレをため込んであるな?」
「アレ……? ああ、ドロップ肉ですね!」
ジノーファは最初首をかしげたが、しかしすぐに手を打った。ドロップ肉とはその名の通り、ドロップアイテムとして手に入れた肉のことである。荷物になるので普通は放棄していくことが多いのだが、シャドーホールを使えるジノーファなら問題にならない。しかも腐らないのだから、いつまでだって保管しておける。
そしてダンダリオンが思ったとおり、ジノーファは大量のドロップ肉をシャドーホールの中に保管していた。彼がシャドーホールを使えるようになったのは、一人でダンジョン攻略をするようになってからなので、二年以上分である。ダンダリオンはそれをロストク軍で買取りたいと頼んだ。
「いえ、差し上げます。どの道、一人で食べきれる量ではないので」
「そうか。ではありがたくいただくとしよう。代わりと言ってはなんだが、ジノーファのステーキは分厚くしてやるぞ」
「それは楽しみです」
ジノーファは笑顔を浮かべてそう応えた。ダンジョンの出口が近づくと、ダンダリオンは人を呼んだ。そしてジノーファがシャドーホールから取り出したドロップ肉を、次から次へと手早く外へ運び出してく。ただ、彼がため込んでいたドロップ肉は大量で、運び出すだけで結構な時間がかかった。
「お疲れさまでした」
ドロップ肉の運び出しが終わると、近くにいた兵士がジノーファにそう声をかけた。ダンダリオンと他の三人はそれぞれ仕事があるため、すでにここにはいない。思った以上に時間がかかったので、途中で先に戻ったのだ。
ジノーファもあてがわれたテントへ戻る。彼は大きめの皮袋を持っていて、そこには今日のダンジョン攻略で手に入れた、まだマナを吸収していない魔石が入っていた。ただし、三体のエリアボスが残した魔石は別だ。それはダンダリオンが自分の分として持って行った。
『細々とした魔石から、いちいち一つずつ吸収している時間はないのでな』
彼はそう言っていた。王や皇帝とは忙しいものだし、一方でジノーファは攻略が終われば暇である。彼にも否やはなかった。
テントに戻ると、ジノーファは早速マナの吸収を始めた。魔石を一つ取り出し、手に握ってそこに意識を集中する。するとぼんやりとした力の塊を感じ取れるので、それを吸い上げるのだ。ちなみに成長限界に達すると、力を感じ取ることはできるのだが、それを吸い上げることができなくなる。
フッ、と手に握った魔石から力がなくなるのをジノーファは感じた。同時に、身体の中に力が沁み渡っていく。それは乾いた身体に冷たい水が沁みていくようであり、また自分と言う存在が新しくなって行くようでもある。
魔石からマナを吸収するときには、少なからず快感が伴う。溺れるほどではないにしろ、それは気分のいい事なのだ。成長限界に達した人々が何を惜しむかと言うと、もう成長できないことではなくて、この快感を味わえなくなることを惜しむという。さもありなん、とジノーファでさえ思う。
「ふう」
最初の魔石からマナを吸収すると、ジノーファはその魔石を横に置き、皮袋から新しい魔石を取り出してまたマナを吸収した。一度にたくさんの魔石からマナを吸収することはできない。マナを吸収する場合は、一つずつ行わなければならないのだ。いくら快感を伴う作業とはいえ、百回以上も繰り返すのは面倒くさい。
とはいえ先ほども述べたとおり、今日の攻略が終わった以上、ジノーファは暇である。やる事もないので、彼は黙々とマナの吸収を続けた。
全ての魔石からマナを吸収し終えると、ジノーファは魔石を皮袋に戻した。いよいよやることがなくなり、さてどうしたものかと思っていると、不意に彼のテントに来客があった。
「失礼します、ジノーファ殿下」
入ってきたのは、今日一緒に攻略を行ったルドガーだった。彼は単刀直入に要件をこう伝えた。
「陛下が、夕食をご一緒にどうかと仰せです。疲れているのであれば、無理にとは言わぬとのことでしたが……」
「いえ、光栄な申し出、ぜひご一緒させていただきます」
「そうですか。では、こちらへ」
ルドガーは笑顔を見せると、そう言ってジノーファを案内した。ちなみにマナを吸収し終えた魔石は、途中で係りの兵士に渡しておいた。これで、先に渡したドロップアイテムの分とあわせ、ルドガーたち三人に臨時収入が入るはずだ。
「おお、よく来たな。さあ、そこへ座れ」
ダンダリオンのところへ行くと、彼は機嫌よくジノーファを迎えた。ジノーファの席はダンダリオンのすぐ近くだ。食事も用意されていて、約束通りドロップ肉のステーキは分厚く、さらにワインが添えられていた。
ジノーファが席に着くと、その隣にルドガーも座る。ガムエルやイーサンに加え、幕僚と思しき武人も何人か同席している。席が全て埋まるとダンダリオンが乾杯の音頭をとり、酒宴が始まった。
話題は今日のダンジョン攻略のことで、そこから武芸の事柄などへも話が膨らんでいく。ジノーファの実力を知っているからなのか、侮るような態度を取る者もおらず、気持ちのいい夜だった。