打ち合わせ
ジェラルドとの話し合いが終わると、ルドガーはそのままジノーファとユスフを宮殿の一室に誘った。廃墟エリアでの作戦に向けた打ち合わせのためだ。部屋の中に入ると、中にはすでに二人の人物がいて諸々の準備をしていた。どうやらルドガーの部下らしい。
「ジノーファ殿は、そっちのソファに座ってくれ」
ルドガーに勧められ、ジノーファはソファに座った。ユスフはまたそんな彼の後ろに控える。ルドガーの部下が侍女を呼ぶと、あらかじめ用意させておいたのだろう、すぐに紅茶と軽食が出てきた。
「食べながらやろう。ああ、ユスフ殿もどうだ?」
「いえ、自分は大丈夫です」
「そうか? それで、今回の作戦についてだが……」
自身もサンドイッチをつまみながら、ルドガーは作戦について説明する。ジノーファも用意されたものを食べながら、それに耳を傾けた。
作戦自体はシンプルだ。下層の廃墟エリアまで行き、そこで石材を回収する。ただそれだけだ。作戦内容も良く練られていて、いまさらジノーファが口出しするような場所はない。ただ一点、彼には少し気になるところがあった。
「作戦に参加するのは二〇〇人規模。多いですね……」
「これでも、かなり絞ったんだがなぁ」
「場所がダンジョンですからね。しかもわたし達が使っているルートは、細くて狭い場所が多いですから」
苦笑するルドガーにジノーファはそう応えた。作戦では、シェリーが以前に報告したのだろう、ジノーファたちがマッピングしたルートが使われることになっている。というより恐らくこのルート以外に、廃墟エリアへ到達するためのルートはまだ開拓されていないのだ。
ただ、ジノーファたちは身軽な状態を生かし、他のパーティーが敬遠しがちな場所を積極的に攻略している。廃墟エリアへのルートも、そういう攻略の末に開拓したもので、彼の言うとおり細くて狭い場所が多い。それどころか、断崖を向こう側へ飛び越えなければならないような場所さえある。
ルドガーもそれは想定していたようで、彼は一つ頷くとテーブルの上に何枚かの紙を並べた。ジノーファが覗き込んで見ると、それは廃墟エリアへのルートを記した地図だった。その地図を示しながら、ルドガーはジノーファにこう言った。
「実はそのことで、ジノーファ殿に話を聞かなければと思っていたんだ。作戦に当って、注意が必要と思われる場所を教えてくれ」
「そうですね……。まずは……」
ルドガーの要望通り、ジノーファは入り口に近いほうから順番に、注意が必要と思われる場所を挙げていく。その際、そこがどういう場所なのか説明するのも忘れない。ときおりユスフの意見も聞きながら、彼は説明を続けた。
「ここはどうなっている?」
ルドガーもただ聞いてメモしているだけではなく、熱心に質問をしてくる。彼だけではなく、彼の部下たちも同様だ。テーブルの上に広げられた地図は、やがて注意書きでいっぱいになった。
「思った以上に細い通路が多い……。普通であれば近づかないような場所ばかりだ……」
部下の一人が、頭を抱えるようにしてそう呟く。「こんな場所を攻略するなんて常識外れの変人だ」と言われているような気がして、ジノーファは小さく肩をすくめた。ただ、彼らにとってこれは大きな問題だった。
彼らとて、ダンジョン攻略は何度も経験している。下層まで進出したこともあるから、精鋭と言っていい。そんな彼らでも、初めて足を踏み入れる場所は緊張する。その上、地形まで普段と大きく違うとなれば、頭を抱えたくもなるだろう。ルドガーも険しい顔で地図を眺めながら、呟くようにしてこう言った。
「全員で一度に移動、というのは無理だな……。何班かに分けるとして、ジノーファ殿とユスフ殿には、それぞれ別の班の案内を頼むことになるだろう」
「それは構いませんが、そうすると案内できる班は二つだけですよ?」
「そうは言っても、身重のシェリー殿を引っ張り出すわけにもいかないだろうし……。他に誰かアテはないか?」
「…………ラヴィーネ、とか?」
「…………」
「…………」
「……止めておこう」
「……そうですね、止めておきましょう」
その結論に至るまで十数秒を要したところに、彼らの悩みの深さが窺える。どうしたものかと悩むルドガーに、ジノーファは少し考えてからこう提案した。
「……一度、各班から一人ずつくらい連れて、廃墟エリアまで実際に行って見る、というのはどうでしょう?」
「……そうだな。それもいいかもしれんな」
少し思案してから、ルドガーはそう答えた。実際、二〇〇人規模の部隊を動員するには、それなりの準備が必要だ。その間に一度くらいなら、廃墟エリアまで行って帰ってくる時間はあるだろう。
もっとも、今すぐに結論を出す事はしない。この件については班分けが済んでから、各班の隊長たちの意見も聞いて改めて考えることにし、ルドガーは再びテーブルの上の地図に視線を落とした。
「それはそうと……。やはりバックパックを背負っての行軍は無謀か?」
「無謀というほどではないでしょうけど、場所によってはかなりのリスクになると思います」
ジノーファはそう答えた。このルートは、身軽な状態を想定した上でのものだ。場所によっては跳んだりはねたりする必要がある。そういう場合、重いバックパックが邪魔になるのは言うまでもない。
「この作戦には、収納魔法の使い手も加わるんですよね?」
「そうだ」
「なら、彼らにバックパックを収納してもらえばいいのではないですか?」
「個人に物資を集めるのは、危機管理上あまり良くないんだが、やはりそれしかないか……。そうなると班は全部で六つ、ジノーファ殿を入れると七つか……」
ルドガーは少々渋い顔をしつつ、ジノーファにそう答えた。その後、彼らはさらに打合せを続けた。それが一通り終わると、食べかけのサンドイッチに手を伸ばしつつ、ジノーファはふとこう呟いた。
「それにしても、収納魔法の使い手が六人もいるとは知りませんでした」
「いや、今回動員されるのが六人と言うだけで、人数自体はもう少しいるらしいぞ」
「そうなんですか。それは凄い」
ジノーファは素直に感嘆した。彼はこれまで、自分以外に収納魔法の使い手がいるとは知らなかった。これはアンタルヤ王国を含めての話である。それが、ロストク帝国には六人以上も収納魔法の使い手がいるという。
「身近にいい手本がいた、ということだろうな」
小さく笑いながら、ルドガーはそう言った。つまりジノーファのことだ。確かに、実際に見ることができればイメージしやすいし、身近であればその利便性も身にしみてわかるだろう。習得するための環境が整っている、というわけだ。
「……それにしても、収納魔法の使い手がいるなら、わざわざわたしに水汲みを頼まなくてもよさそうなものですが……」
「今回の六人は帝都の外から呼集されたらしい。他の使い手たちも、多くは帝都の外にいるのかもしれないな」
愚痴っぽくこぼすジノーファに、ルドガーは苦笑しながらそう応えた。収納魔法とその使い手は、今のところ希少だ。皇帝のお膝元たる帝都ガルガンドーにも、もちろん駐在しているのだろう。
ただ、ポーションの生産能力などのことを考えると、一箇所にまとめておくより各ダンジョンに分散配置した方が効率的だ。加えて彼らを手本とすることで、各地で新たな使い手の誕生を促すことも目的なのだろう。ルドガーはそう考えている。
「まあ、収納魔法の使い手は陛下、というより皇太子殿下の直轄のような扱いで、私も詳しいことは分からんがな」
ルドガーはそう話した。なんにしても収納魔法の使い手が増えれば、色々な任務が今まで以上にやり易くなるだろう。彼はぼんやりとだがそう予感している。そしてそのきっかけを作ったのは、間違いなくジノーファだった。
ジノーファがシャドーホールを習得したのは、王太子時代に一人でダンジョン攻略を行っていたときのことだ。必要に迫られて覚えたわけである。当時は「便利な魔法だ!」と一人で興奮したのを、彼は覚えている。
ただ、それを人に見せようとは思わなかった。ガーレルラーン二世に疎まれているのは分かっていたし、事実どれだけ成果を上げても彼の瞳は冷たかった。萎縮していたし、半ば諦めていたのだ。
それが巡りめぐって、アンタルヤ王国ではなくロストク帝国に収納魔法をもたらすことになった。そう考えるのは、少々度が過ぎるか。いずれにしても、冷遇したなら冷遇したなりに、厚遇したなら厚遇したなりに、それぞれ結果を刈り取ったのだ。
「……それはそうと、さっきもシェリー殿の名前を出したが、懐妊されたそうだな。遅ればせながらおめでとう。後で、祝いの品を届けさせよう」
「ありがとうございます。……それで相談したいのですが、子育てのコツってなんですか?」
ルドガーはすでに妻帯していて、子供も生まれている。言ってみればジノーファの先輩であり、遊び人のシュナイダーよりよほど相談相手に相応しい。それでジノーファは身を乗り出して彼の意見を聞きたがった。
一方のルドガーは苦笑気味だ。妻や子供のことは愛しているが、仕事は忙しいし、また家を空けることも多い。子育てというほど子供に構っている時間がない、というのが彼の実感だった
いや、それが言い訳であることはルドガー自身も自覚している。それでこの手の話題は、痛い腹を探られているような気にもなる。それで主人を止めてもらえないかと、ジノーファの後ろに控えるユスフに視線をやったのだが、露骨に視線を逸らされた。
「……それはこちらが知りたいくらいだ」
結局、ルドガーは肩をすくめてそう正直に答えた。ジノーファは少しがっかりした様子を見せる。だが無理に食い下がる事はなく、「そう、ですか」と言って引き下がった。その力ない様子が、ルドガーにはなんだかおかしい。それで彼は少し笑いを堪えるようにしながら、こう言葉を続けた。
「無事に生まれたら、ウチに連れて来るといい。歳の近い子もいるし、いい遊び相手になるだろう」
「ああ、それは良いですね」
そう言って、ジノーファは笑顔を見せた。雑談はそこで切り上げ、二人は話を今回の作戦のことに戻す。とはいえ、打ち合わせはもうおおよそ済んでいる。それでルドガーは最後にこう言った。
「それで日時についてだが、ジノーファ殿の予定はどうだ?」
「大きな用事は特に。ただ今、武器を手入れに出しているんです。それが戻ってこないことには……」
「分かった。では二、三日中には予定を決めて伝えるから、それまでに何とかしておいてくれ」
「了解です」
ジノーファは小さく頷いてそう応えた。その後、さらに細々とした点を確認してから、打ち合わせは終わった。ルドガーとは部屋の外で別れ、ジノーファはユスフを連れて宮殿の廊下を歩く。そして歩きながら、彼はふとユスフにこんな事を尋ねた。
「ユスフにも、歳の近い友達はいたのか?」
「そうですね、何人かいました。良く一緒に遊んでましたよ」
そう言ってユスフは、子供の頃どんなふうに遊んでいたのかを楽しげに話した。他愛もないことばかりだが、しかしジノーファにはそうやって同年代の子供と遊んだ経験はほとんどない。興味深そうに彼の話を聞き、それからふと表情を曇らせてこう尋ねた。
「その、今更だが良かったのか? 友達と別れ、こっちに来てしまって」
「どの道、父がクルシェヒルを出るときに別れていましたから」
ユスフはあっけらかんとそう答えた。そしてさらにこう言葉を続ける。
「それに、ここでジノーファ様にお仕えする生活は充実しています。例えクルシェヒルに戻れるとしても、戻るつもりはありません。それこそ、今更です」
ユスフはそう言い切った。彼の声音や表情からは、寂しさや未練は感じられない。そのことにジノーファは安堵を覚えた。
ジノーファにとって、ユスフはただの従者や執事見習いではない。信頼できる仲間だと思っているし、気恥ずかしくて口にしたことはないが、友人のようにさえ感じている。それで彼のその言葉はジノーファにとって、ここ数年の全てを肯定してもらえたようにも思えた。
さて、宮殿を後にすると、二人はまず屋敷へ戻った。保管しておいたワイバーンの素材を回収すると、二人はそのまますぐに贔屓の武器屋である工房モルガノへ向かった。そして店主に事情を説明する。
「……というわけで、また直轄軍からの依頼なんだ。仕事を早めてもらうことはできないだろうか?」
「まあ、そういうことでしたら。なんとか、明日中には仕上げておきます」
店主はそう言って請け負ってくれた。それを聞いて、ジノーファはほっと胸をなで下ろす。それなら明後日に取りに来ればいいだろう。これで装備の不安はなくなった。
「すまない。助かるよ、店主殿。この分の手間賃も、あとで請求してくれ」
「いえ、そこまでは。ただ、矢のほうは間に合いそうにありませんな」
「分かった。そっちは直轄軍に融通してもらうことにするさ」
「では、注文はキャンセルと言うことで……」
「いや、キャンセルはしなくていい」
そう言ってジノーファはユスフに目配せをする。彼は一つ頷くと、屋敷から持ってきたワイバーンの素材をカウンターの上に並べた。それを示しながら、ジノーファは店主にこう告げる。
「この前話した、ワイバーンの素材だ。これで双剣を一組頼みたい。矢のほうは、その完成品と一緒に受け取るよ」
「分かりました」
その後、ジノーファは新しい双剣について、店主に幾つか要望を出す。刃は鋭さ優先。できれば一角の双剣より長くすることなどなど。命を預けるものだ。多少高くなったとしても、妥協はしない。
「それじゃあ店主殿、後はよろしく」
「はっ。またのお越しをお待ちしております」
打ち合わせが終わると、慇懃な態度の店主から逃げるようにして、ジノーファは店を後にする。その後、二人は露店を冷やかしたり、買い食いをしたりしながら屋敷へ向かった。その道中で、ジノーファはふと思い立ってユスフにこう告げる。
「そうだ、ユスフ。明日と明後日は、お休みにしよう」
「え、いえ、ですが……」
突然の話に、ユスフは戸惑った。ジノーファは屋敷の使用人たちに、定期的に休みを与えている。それはユスフも同様なのだが、彼の休みはもう少し先の予定だった。しかしジノーファは唐突な休みの理由をこう説明する。
「いいから。それに直轄軍の作戦が始まったら、休もうにも休めなくなってしまうぞ?」
「……分かりました。ありがとうございます」
少し逡巡してから、ユスフはそう言って首を縦に振った。実際、作戦が本格的に動き出せば、数ヶ月にわたって休みなしということも考えられるのだ。これまでの経験上、彼はそのことを良く知っていた。
「ああ。ヴィクトールにはわたしから伝えておく。……ところで、最近はどこによく出入りしているんだ?」
「最近は万華鏡館のカナリアちゃんが……、って、あ!?」
ジノーファの何気ない質問に、ユスフはうっかりと口を滑らせる。彼が顔を引き攣らせながら振り返ると、ジノーファは生暖かい苦笑を浮かべつつ、一応釘を刺した。
「……まあ、行くなとは言わないけど、ほどほどにな」
「はい……」
ユスフは少々うな垂れ気味にそう応えるのだった。
ルドガーの奥様「わたしと仕事、どっちが大切なのw!?」
不肖の旦那様「時代を先取りしすぎだろう……」