初めてのダンジョン攻略1
スタンピードを起こしたと思しきダンジョンが発見されたのは、ジノーファがダンダリオンに謁見したその次の日のことだった。ロストク軍の斥候は優秀である。
ダンダリオンはまず先遣隊を遣わし、ダンジョンの周辺に野営地を確保させた。それから全軍を移動させ、同時に怪我人を後方へ送る。実際にロストク兵がダンジョンの攻略を始めたのは発見の三日後で、ジノーファが実際にダンジョンに潜ったのはさらにその二日後のことだった。
「いよいよ力を貸してもらうぞ、ジノーファ殿」
ジノーファがテントで暇を持て余していると、ダンダリオンがやって来て開口一番にそう言った。彼の顔には猛々しい笑みが浮かんでいる。ジノーファもそれがダンジョン攻略のことだとすぐに察し、表情を引き締めた。
ジノーファはダンダリオンと一緒にダンジョンに潜ることになっていたが、しかしながら二人だけで攻略を行うわけではもちろんない。彼らと一緒に攻略を行うメンバーは他に三人。一人は槍を、一人は大盾を、一人は弓を持っていた。
「紹介しておこう。槍を使うのがルドガー。騎兵隊の指揮官だ。大盾を持っているのがガムエル。主に、余の身辺警護を行っている騎士だ。そして弓を使うのがイーサン。弓兵を率いている」
そう言ってダンダリオンは三人を手短に紹介した。三人とも、ダンダリオンと謁見した際にテントの中にいた。ということは、彼らはロストク軍の主立った面々と思っていいだろう。
槍を持つルドガーは二七歳。長身痩躯で三人の中では一番背が高い。ガムエルは三六歳で恰幅のいい体格をしている。イーサンは亜麻色の髪をした二四歳で、三人の中では一番背が低かった。もちろん、ジノーファよりは長身だが。
「三人とも成長限界に達している。喜べ、魔石は我らで喰い放題だぞ」
「そこはせめて、頼りになるといってください、陛下」
苦笑気味にそう言ったのは、三人の中で最年長のガムエルだった。他の二人も同様に苦笑を浮かべている。そんな三人の様子にダンダリオンはにやにやと笑みを浮かべた。
人は魔石からマナを吸収して力を蓄え、成長していくことができる。ただし、無限に成長できるわけではない。個人差はあるものの、ある程度のレベルになるとそれ以上マナを吸収できなくなる。これが成長限界だ。
ちなみにダンジョンに潜らず、煌石(マナを吸収していない魔石)を金に物言わせて買い集めるような真似をすると、成長限界が早く訪れることが知られている。つまり成長が低いレベルで頭打ちになってしまうのだ。そのことが露見すると、特に貴族の場合、横着者や軟弱者として後ろ指をさされることになる。
一方で、成長限界に達したからと言ってそれ以上強くなれないわけではない。身長は伸びるし、筋肉だって鍛えられる。武芸の鍛錬に精を出すのもいいだろう。三人はきちんとダンジョンに潜って攻略を行ってきたし、またダンジョンの外でも鍛錬を怠ってはいない。戦力として十分以上。頼りがいのあるメンバーと言っていい。
ただ成長限界に達しているので、三人はこれ以上魔石からマナを吸収できない。吸収できるのはジノーファとダンダリオンの二人だけになるのだが、ジノーファは捕虜という立場だ。それでダンダリオンが独占するのかとも思っていたが、彼にそのつもりはないらしい。ジノーファにとっても損はないので、異論はなかった。
さて、メンバーの顔合わせが終わると、ダンダリオンは表情を引き締め、今日の攻略目的について次のように説明した。
「それで、今日の攻略目的だが、これまでの調査でダンジョン内のマッピングが進み、エリアボスのいるフロアが二つ確認された。この二体を討伐することが、我々の今日の攻略目的だ」
エリアボスというのは、その周辺で出現するモンスターよりも強力な個体のことである。決まったフロアで出現することが知られており、多くの場合これを討伐しなければさらに奥へ進むことができない。一対一で戦うのは危険というか無謀で、パーティー単位で挑むのが定石とされている。
ちなみに、ダンジョン内では奥へ進むほどモンスターは強くなるのだが、「通常のモンスターを一対一で倒せる」程度の場所が、実力に見合った場所だとされている。「エリアボスと一対一で戦うのは無謀」というのも、攻略者の実力に対してぴったり見合った場所での話しだ。
つまりダンダリオンやジノーファのような超越者、聖痕持ちであれば、場所によってはエリアボスを単独で討伐することも可能だった。そのような事情を考慮したのだろう、イーサンが思案気にこう呟く。
「見つかったばかりと言う事は、比較的浅い位置なのですよね……? いささか戦力過剰のような気もしますが……」
「だがこのダンジョンはスタンピードを起こしたばかりだ。油断は禁物だぞ、イーサン」
「それに、メイジもヒーラーもいないのだ。陛下になにかあれば一大事。このくらいでちょうどいい」
ルドガーとガムエルがそう言ってイーサンを窘めた。最年少というのはどうにも立場が弱いらしい。
メイジとヒーラーというのは、いわゆる魔法使いだ。主に攻撃魔法を使うのがメイジで、回復魔法を得手とするのがヒーラーである。ダンジョン攻略、特に深い場所へ赴くなら双方をパーティーに加えるのは必須と言われている。殲滅能力と生還能力が段違いになるのだ。その力は当然、エリアボスを討伐する際にも遺憾なく発揮される。
ではなぜメイジとヒーラーがここにいないのか、つまり戦争に連れて来なかったのかというと、ダンジョンの外では魔法が使えなくなるからだ。魔法は魔力を体の外へ放出することで効果を発するのだが、それができなくなるのである。ただ体の内側へ使うことができるので、ダンジョン内で蓄えた力は外でも有効、というわけだ。
それで、直轄軍にもメイジやヒーラーはいるものの、彼らが戦場に出てくることはない。彼らはダンジョン攻略に専従するのだ。そのため彼らは実戦部隊の中には含まれず、後方支援要員として数えられていた。
閑話休題。最後にダンダリオンらは装備を確かめる。ジノーファも双剣を受け取った。捕虜になったときに没収されていた、自前の双剣だ。ダンダリオンとの一騎打ちで刃毀れだらけになっていたはずなのだが、鞘から引き抜いて見ると綺麗に砥がれていて刃毀れ一つない。彼は礼を言ってから双剣を腰につるした。
「よし、では行くぞ」
ダンダリオンの号令に他の四人は揃って頷いた。そして彼らは複数見つかったダンジョンの入り口の一つに入っていく。
ダンジョンの中に入った途端、ジノーファは「うっ」と息を詰まらせた。空気が重い。雰囲気の問題ではない。実際に息苦しく感じるのだ。彼は初めての経験だが、これがスタンピードを起こしたダンジョンに見られる特有の息苦しさだった。
何度か深呼吸をすると、息苦しさはだんだんと薄れてくる。空気が軽くなったわけではなく、身体が順応したのだ。それからジノーファは改めて周囲を見渡した。そこに広がるのは、見慣れた景色である。
いや、初めて潜るダンジョンなのだから、見慣れたというのはおかしい。ただ、そこに広がっていたのは、彼の知るダンジョンとよく似た光景だった。岩肌がむき出しで、あちらこちらにごつごつとした岩が転がっている。普通の洞窟とほぼ同じような光景だ。
ただし、日の光が届いていないにも関わらず、ダンジョンの中はぼんやりと明るい。そしてこの明るさこそが、ダンジョンと洞窟を判別する上で最も手っ取り早くて分かりやすい基準だった。
ルドガーを先頭にして、一行はダンジョンの中を進んでいく。彼の後ろはジノーファで、さらにダンダリオン、イーサンと続き、ガムエルが一番後ろだ。ただし、隊列はこれで固定ではなく、特に前の三人は順番に入れ替わりながら先頭を務めた。
ダンジョンだから、当然モンスターも出現する。だが彼らが進むのはまだ入り口に近い、いわば浅い場所。モンスターもさほど手強くはなく、だいたいは先頭にいる者が倒してしまう。
暴れたりないのか、ダンダリオンは少し不満げな顔だ。一方、イーサンにいたっては弓に矢をつがえることすらしない。「無駄ですから」というのが彼の言い分だった。
モンスターを倒せば、魔石が手に入る。だが回収だけして、ジノーファもダンダリオンもそこからマナを吸収するのは後回しにした。先を急ぐためだ。
手に入るのは魔石だけではない。数を倒せば、当然それに比例してドロップアイテムも手に入る。ただ、それらを回収する準備を彼らは最初からしてこなかった。あくまで二体のエリアボスを倒すことが彼らの目的なのだ。それで放置して先に進もうとしたのだが、そんな時ジノーファがこう尋ねた。
「わたしが回収しておきましょうか?」
「構わぬが、できるのか?」
ダンダリオンが少し訝しげな顔をしながらそう尋ねた。それに対し、ジノーファははっきりと「はい」と答える。そして先ほど倒したスケルトンが使っていたダガーを拾い上げ、自分の影に向かって投げた。次の瞬間、そのダガーはまるで水面に沈むようにして、ジノーファの陰の中に沈み込んで見えなくなった。その光景にダンダリオンら四人は目を見張る。
「……魔法か」
「はい。シャドーホールと呼んでいます」
そう言いつつジノーファはしゃがみ込み自分の影に手を突っ込むと、先ほど投げ込んだダガーを取り出して見せる。シャドーホールの効果、それは荷物を収納し、また収納した荷物を取り出すことだ。
「どれほどの量を収納できるのだ?」
「溢れて出てきたことがないので、よく分かりません」
ジノーファが正直にそう答えると、ダンダリオンは少し呆れたような顔をした。ただジノーファ自身としては、これまでに不便を感じた事はなかったので、特に問題はないと思っている。
「そうか……。この魔法のおかげで、ジノーファ殿下はお一人でもダンジョン攻略を行えていたのですね」
ルドガーがふと気がついたようにそう呟くと、ジノーファは曖昧な苦笑を浮かべながら頷いた。大きなバックパックを背負ったままでは、いかに聖痕持ちと言えども自由に戦う事はできない。実際、邪魔な荷物を全てシャドーホールに収納していたおかげで、ジノーファは身軽に攻略を行えていた。
「しかし便利なものだな」
「そうでもありません。ダンジョンの中でしか使えませんから」
感心するダンダリオンに、ジノーファは苦笑したままそう応えた。シャドーホールは魔法だからダンジョンの外では使えない。もしもダンジョンの外でも使えていたら、アンタルヤ軍の兵站事情を大幅に改善していた可能性がある。ダンダリオンとしては喜ぶべきことだろう。
ともかくシャドーホールが使えるのなら、ドロップアイテムを放棄していく必要はない。全て回収し、シャドーホールへと納められた。後日魔石と一緒に換金した上で、成長限界に達している三人に分配されることになる。
「マナは二人で山分けだからな。金ぐらいは受け取っておけ」
最初、三人は五人での分配を主張したのだが、ダンダリオンがそう言って彼らを説得する。ジノーファにしても捕虜の身の上で金を貰っても使い道がない。不利益を被る二人が「良い」と言っているので、最終的には三人もその方針に納得した。
さて、地図を持ったガムエルの指示に従って何度か分かれ道を折れ曲がり、モンスターを蹴散らしながらダンジョン内を歩くことおよそ三十分。五人は最初の目的地に到着した。すなわち、エリアボスが出現するフロアである。
「報告では、エリアボスは巨大なミノタウロスで、長大な斧を使うそうだ。各自、気を抜くなよ」
件のフロアに入る手前で、ダンダリオンは一旦足を止め、他の四人にそう告げた。彼らは表情を引き締めて頷く。それを見てダンダリオンも一つ頷いてから、五人はエリアボスのいるフロアに雪崩れ込んだ。
そこにいたのは、ダンダリオンの言ったとおり、巨大なミノタウロスだった。すでに出現済みで、両膝をつく格好で眠るように目を閉じている。
モンスターは一度出現すると、倒さない限りはダンジョンを彷徨い続け、最終的には溢れてダンジョンの外へ出てくる。これがスタンピードだ。エリアボスも基本的には同じ性質を持っているのだが、しかし通常は出現したフロアから出ないことが知られていた。それでもしスタンピードにエリアボスが含まれていた場合、状況はかなり悪いと覚悟しなければならないのだ。
エリアボスがすでに出現済みであることから分かるように、このフロアには以前別の兵士たちが足を踏み入れている。ダンジョンのマッピングを行っていた兵士たちだ。エリアボスの出現が確認されたことで彼らは撤退し、こうしてダンダリオンたちが討伐に赴いたのである。
エリアボスを一度倒せば、次のボスが出現するまで三日ほど時間がある。その間に、この先をさらにマッピングする。それがロストク軍の基本方針だった。ちなみに二度目のボスが一度目と同じであるとは限らず、むしろ全く違うボスが出現する場合がほとんどだ。一度目の情報が役に立たない点も、エリアボス討伐の難易度を上げる要因になっていた。
ともかく、エリアボスを倒さなければならない。そして今回の討伐目標である巨大なミノタウロスは、己が支配するエリアに人間が入ってきたことを敏感に察知すると、目を開けて立ち上がり、地面に突き刺してあった長大な斧を引き抜いた。そして全身を震わせながら雄叫びを上げる。
「グゥゥウオオオオオオオオオオオオ!!」
立ち上がったミノタウロスの身長は、五メートルほどもあるだろうか。耳をつんざくその威嚇に、しかしダンダリオンたちが取り乱すことはない。それぞれ冷静に武器を構え、ミノタウロスの出方を窺った。
「グウ、ブモゥ!?」
彼らに臆した様子がないのを見て、ミノタウロスは苛立たしげに斧を構えた。そしてわずかに身を屈め、それから一気に彼らに向かって突進する。長大な斧を両手で振り上げ、そして力任せに振り下ろす。狙われたのは、一番前で大盾を構えるガムエルだった。
土埃が舞い上がる。しかしガムエルは無傷だった。ミノタウロスの一撃を大盾で受け止めるのではなく、表面で滑らせていなしたのだ。すさまじい胆力と技量である。
「おおおおおお!」
ガムエルの後ろから現れたのはダンダリオンだ。彼の顔にはまるで炎のような聖痕がはっきりと現れている。
彼は大きく跳躍し、剣を構えて大上段からミノタウロスに斬りかかった。ミノタウロスは咄嗟に左腕をかざして防御する。ダンダリオンは構わずに剣を振り下ろした。その刃はミノタウロスの腕を易々と切り裂いたが、しかし太い腕を切断するには至らなかった。
ダンダリオンが動くと同時に、ルドガーとジノーファも動いていた。二人はそれぞれミノタウロスの側面に回りこみ、左右の脚を狙う。ルドガーは左の太ももを槍で突き刺し、ジノーファは右のふくらはぎを双剣で切りつける。
「ブゥモォ!?」
ほとんど三箇所同時に攻撃されたミノタウロスは、振り回そうとしてか長大な斧を振り上げる。しかしその瞬間を狙い済まし、右の手首をイーサンが放った鉄製の矢が貫いた。斧が手から零れ落ち、同時に脚が崩れ落ちてミノタウロスは両膝をつく。そこへダンダリオンが飛び込み、ミノタウロスの首を刎ねた。
次の瞬間、ミノタウロスの身体は灰のようになって崩れ、後には大振りな魔石と長大な斧が残った。あまりに一方的な展開だ。イーサンが言っていたように、攻略する場所にたいして戦力が過剰なのである。倒した側も、喜ぶよりはむしろ当然と言う顔をしていた。なによりまだ倒すべきエリアボスが残っている。
「よし。では、次に行くぞ」
ジノーファたちは頷いた。
初めてのダンジョン、攻略