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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
商人の国のダンジョン

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交渉


 ――――凶報が飛び込んでくるのは、いつだって突然である。


「二万だと!?」


 その報せにアルガムは愕然とした。イブライン軍に増援が到着したという報せを部下が持ってきたのだ。それだけでも十分に不愉快な報告なのだが、問題はその数だった。なんとおよそ二万の部隊が、増援として前線部隊に合流したという。


 これでイブライン軍の合計戦力はおよそ三万になる。ランヴィーア‐ロストク連合軍のおよそ三倍だ。これだけの戦力を動かしたということは、彼らは本格的に敵軍の排除を決めたに違いない。


(勝てぬ……)


 アルガムはそれを認めなければならなかった。「援軍さえ来れば」と思うが、援軍が送られてくる気配はない。かくなる上は戦端が開かれる前に交渉を行うしかないだろう。アルガムがそう腹を括ると、まるでそれを見計っていたかのようにイブライン軍の使者が訪れて、交渉を申し出てきた。


(一体、どういうつもりだ……?)


 アルガムは不可解なものを感じた。戦力的に優位にある側が、先に交渉の申し出を行う。圧倒的な戦力を背景に優位に交渉をする、というのは分からないでもない。しかしそれなら一戦して相手を叩きのめし、勝者としての地位を固めてから交渉する方が合理的ではないだろうか。


(いや、そうか……。これはダンジョンを巡ってのことであったな……)


 つまり単純に敵を打ち払うだけでは勝ったとは言えないのだ。敗残のランヴィーア軍がダンジョンに篭り、ゲリラ的に抵抗を続けるのはイブライン軍としても好ましくないのだろう。納得できる理由が見つかり、アルガムは内心で一つ頷いた。


 そして、そういうことならば、多少強気で交渉に臨んでも大丈夫だろう。そう思い、アルガムは交渉の申し出を受けた。その際、ロストク軍の代表者の出席も認めさせる。その要求は通り、交渉は明日行われることになった。


 そして、交渉当日。ランヴィーア軍とイブライン軍が睨みあうその真ん中に、一つのテントが用意された。テントの中には円卓が置かれ、そこに三人の男が座っている。ランヴィーア軍の代表アルガム、ロストク軍の代表ルドガー、そしてイブライン軍の代表であるルイスだ。


 簡単な挨拶の後、早速交渉が始まる。まず口火を切ったのはルイスだった。


「我がイブライン協商国は、現在ランヴィーア王国及びロストク帝国が行っている我が国への侵略行為に対し、断固抗議します。あなた方は我が国のダンジョンを武力を持って占有し、我が国の資源を収奪している。この略奪行為を見過ごすことはできず、我が国は両国に対し、イブライン協商国領内からの速やかな撤兵を要求します」


 そのルイスの要求を、アルガムは腕組みをしつつ、しかめっ面で聞いていた。面白くはないが、予想通りの内容だ。それで彼もあらかじめ用意しておいた言葉を述べる。


「我がランヴィーア王国がこの地へ遠征してきたのは、そもそもイブライン協商国がこのダンジョンを管理できず、挙句にスタンピードを起こしたがためである。そのスタンピードにより、我が国は甚大な被害を被った。


 スタンピードを起こし、我が国にまでその影響を及ぼした協商国にダンジョンを管理する資格なし。真っ先に駆けつけ攻略を行った我がランヴィーア王国こそが、ダンジョンを管理するに相応しい」


 アルガムのその主張に対し、ルイスは次にこう反論する。


「新たにダンジョンが誕生した場合、スタンピードは一種の自然災害であり、それを予測し防ぐのはほぼ不可能であるとご存知のはず。無論、被害に遭われた方々にはお悔やみ申し上げるが、しかしその責任を我が国に求めるのは筋違いというもの。


 まして我々もスタンピードの被害者。苦しい中でも攻略を行おうしていたところへ、横槍を入れてきたのはあなた方ランヴィーア軍です。そのせいで我々は計画を修正しなければならなくなった」


「何もかも遅すぎたのだ、イブライン軍は。スタンピードが起こった場合には、素早い初動こそが重要。我々はその鉄則に従ったまでのこと。自分達の不手際を棚に上げて我々を糾弾することこそ、筋違いというものだ」


「……まあ、過ぎたことはいいでしょう。いずれにしても、我々は安定して攻略を行える体制を整えました。これより先の攻略は我々が責任を持って行いますので、貴方がたにはお引取り願いたい」


 ルイスにそう迫られ、アルガムは小さく「ぬう」と唸った。結局、どれだけ言葉を尽くした所で、話はそこへ行き着くのだ。なによりイブライン軍はおよそ三万という戦力を揃えている。それを背景に要求を突きつけられると、抗しがたい圧力がある。アルガム自身が「勝てぬ」と思っているのだからなおさらだ。


「……ルドガー殿はどう思われる?」


 そう言ってアルガムはルドガーへ視線を向けた。彼は交渉が始まってからずっと沈黙を貫いている。水を向けられ、彼はようやく口を開いた。


「我々ロストク帝国が出兵したのは、スタンピードによる災禍を我が国にもたらさないため。この一点に尽きます。そしてそのためには、ランヴィーア王国がこのダンジョンの管理を行うことが最も望ましいと考えています」


 ルドガーの発言を聞き、アルガムは内心で「ッチ」と舌打ちをもらした。ルドガーの発言は、もちろんランヴィーア王国よりの立場だが、しかしアルガムが期待したほどではない。もしや奥に押し込めて攻略のみをさせていたことに不満があったのか、と思うが今となってはもう詮無きことである。


「ロストク帝国としては、状況と条件次第では次善策を考慮する準備があると、そう考えてよいのでしょうか、ルドガー殿?」


「まずは最善を目指すことこそが肝要。そう考えています」


 ルドガーがそう答えると、ルイスは「なるほど」と言って笑顔を浮かべた。もちろん、それが作りモノであることはアルガムも分かっている。しかしだからこそ、笑みを浮かべる彼が得たいの知れないモノのように思えた。


 三者による交渉は、昼食を挟んで行われた。毒を用いられることを警戒して、食事はそれぞれが準備する。つまり、後方から弁当を持ってこさせる。それなら一旦解散して自軍の陣地へ戻れば良さそうなものだが、そうすると弱みを見せる事になると考えたのか、誰も席を立とうとはしない。結局三人とも円卓に弁当を広げ、ちっとも楽しくない昼食を食べたのだった。


 さて午後になると、交渉は主義主張の展開から実務的な事柄へ移った。主導するのはルイス。それで彼はまずこう提案した。


「ランヴィーア軍とロストク軍は、攻略を行う際に内部のマッピングを行っているはず。我が国が賠償金や和解金を支払うことはできませんが、代わりにそれを買取りましょう。金貨五〇〇〇枚でいかがでしょう?」


「冗談ではない。我々は小間使いではないのだ。このダンジョンを安定させるために、我々がどれだけの労力を費やしたと思っている。……最低でも金貨で五万は貰わねば納得できぬ」


 そう言ってアルガムはルイスの提案を一蹴した。確かに金貨五〇〇〇枚では少なすぎるが、しかし金貨五万は多すぎる。要するに二人共、最初から自分の意見がそのまま通るとは思っていないのだ。ただ、このやり取りで金銭の支払いによる決着という筋道が見えた。得をしたのはルイスのほうだろう。


 そこからの交渉は、主にアルガムとルイスの間で行われた。ルドガーの目から見て、優位なのはルイスの方だ。アルガムが少しでも金額を積み増そうとするのに対し、ルイスはその舌鋒を飄々とかわしていく。ただ、それは彼の交渉術が優れているからというよりは、むしろその後ろで睨みを利かせる三万と言う戦力のおかげだった。


 結局、マッピングの情報料とスタンピードの被害に対する見舞金という名目で、イブライン協商国からランヴィーア王国に対し、金貨で一万五〇〇〇枚が支払われることになった。なお、ロストク帝国への分け前は、ランヴィーア王国がこの中から支払うことになる。


 この内容に、アルガムはたいそう不満だった。金貨一万五〇〇〇枚といえば確かに大金だ。しかし今回の軍事行動の費用としては足りない。攻略によって得た魔石やドロップアイテムの換金益を合わせても十分ではないだろう。要するに今回の遠征では、スタンピードは防げたものの、それ以外には得るものがなかったことになる。


 とはいえ、隔絶した戦力差があったのは事実。決戦を挑めば負けていた公算が大きく、その場合損害はさらに大きくなっていただろう。無用な被害を出さなかったという点においてこの判断は正しいのだ、とアルガムは自分に言い聞かせた。


 さて交渉がまとまったその翌日から、ランヴィーア軍とロストク軍の撤退が始まった。その様子を見守りながら、ルイスは内心で多いに安堵の息を吐いていた。


(何とか、博打に勝ったな……)


 交渉の間中、彼は強気な態度を崩すことはなかった。それを支えていたのは合計で三万にもなるイブライン軍の存在なのだが、実のところ、これは数通り頼りにできるような存在ではなかった。


 ルイスが連れて来た援軍はおよそ二万。このうち五〇〇〇は防衛軍の職業軍人。残りの一万五〇〇〇は傭兵を雇うつもりだったのだが、しかし評議会で承認されていた予算ではそれは難しかった。そこでいわゆる本職の傭兵ではなく、より安く済むただの村人たちを大量に雇い、この援軍を組織したのである。要するに、この援軍は数だけのこけおどしだった。


 村人たちを雇うのは、比較的簡単だった。スタンピードの被害に遭って、いまだに生活を立て直せていない者も多くいる。そういう者たちをかき集めて数を揃えたのだ。装備は防衛軍の予備や廃棄寸前の武器を引っ張り出した。当然烏合の衆であり、戦力としては心もとない。実際に戦えば負けていたのではないかと、ルイスは思っている。


 ちなみに、そういう条件であるから、雇われたのはルイスの兄が治める領地の民が多い。身内への利益誘導にも見えるが、しかし元をただせば十分な予算をくれなかった評議会が悪いのだ。


 それにルイスの兄にしても、利益だけを得たわけではない。ランヴィーア王国へ支払う分を加味すると、評議会で承認されていた予算だけでは足りず、ダンジョン立地の当事者として彼がその不足分を負担することになったのだ。その額、金貨で五〇〇〇枚以上。スタンピード被害の復興にも金がかかり、「周辺から金を借りねばならなくなった」と後日彼はルイスに愚痴ったという。


 まあなんにしても、ハッタリは上手くいき、講和は成立した。侵略者は去り、これからはダンジョン周辺の開発が始まる。おおよそ望んだとおりの結果だ。ルイスはようやく肩の荷が下りたような気がした。


 なおこの先、ダンジョンや開発の利権に食い込もうとする議員や商人たちを相手に、彼はまたストレスの多い日々を過ごすことになるのだが、それはまた別の話である。


 さらにもう一つ。イブライン軍に提供されたマッピング情報のことだ。これらの情報はダンジョンを管理していく上で大いに役立つことになる。特にロストク軍が提供した情報は記載された範囲が広くまた詳細で、彼らの優れた武勇を裏付けるものとなった。


 その中に一つ。見た者たちの眉をひそめさせるものがあった。やたらと細いルートばかりを選んでマッピングしているパーティーがあったのだ。どのパーティーであるかは、言うまでもない。


『なんだ、このへそ曲がりなルートは……』


『よっぽど気難しい変人でもいたのか?』


『まあ、大広間はいくつか見つけているし、まったく無駄ではなかったようだが……』


『常識人には参考にならんぞ』


 散々な言われようである。もっとも、当人たちはそんなこと知る由もない。ただできる限りの攻略は行ったという自負を胸に、彼らはダンジョンを後にしたのである。



 □ ■ □ ■



 大統歴六三六年十月二日、ロストク軍は攻略を終えて陣を引き払い、ダンジョンを後にして出立した。兵士達の顔には皆、攻略をやり遂げてそれに見合う成長を果たしたという、達成感と満足感が浮かんでいる。


 実際、彼らの働きは目を見張るものがある。討伐されたエリアボスは、全部で三八七体。彼らが攻略したのがまったく未知のダンジョンであったことを考えると、なかなか衝撃的な数字だ。


 ちなみにジノーファたち三人が討伐したエリアボスは、全部で四二体。全体の一割強をたった一つのパーティーが稼いだのだから、こちらはさらに衝撃的である。


 そのジノーファたちは今、ゆっくりと馬に揺られながら北東へ向かっている。ロストク軍が向かっているのは、ランヴィーア王国のヘングー砦だ。国へ帰るには大回りだが、しかしランヴィーア王国にも面子がある。共に戦った同盟国の援軍を、現地解散で追い返すようなマネをすれば、国家の威信に関わるのだ。


『ヘングー砦にて、慰労をかねた酒宴を催すつもりだ。ついては、ロストク軍の方々もぜひご参加あれ』


 そう誘われたのだ。断るのも無礼であるため、ルドガーはこの申し出を喜んで受けた。それでロストク軍は現在ヘングー砦へ向かっているのだった。


 その行軍中、ジノーファは馬に揺られながら、一仕事を終えた達成感に浸っていた。彼がシャドーホールに収納して持ち込んだ予備の輜重は、確かに役に立った。それは、ランヴィーア軍に提供した水薬(ポーション)のことだけではない。


 あの魔獣の襲撃の後、一時的にだがロストク軍へ回される物資の量が減ったのだ。それはランヴィーア軍が建て直しのために多量の物資を必要としたのと、襲撃の影響で現場が混乱していたからなのだが、ともかくロストク軍もまたその影響を被ってしまったのである。


 その際、役に立ったのが、ジノーファが持ち込んだ予備の輜重だった。これのおかげでロストク軍は配給物資を減らされても、ダンジョン攻略の進捗に影響を出さなかったのである。


 ダンダリオンの先見の明に救われた、というべきだろう。とはいえジノーファの存在が大きいことも事実で、兵達の間で彼の人気は高まっていた。


『今回の遠征では、戦死者が一人も出なかった。ジノーファ殿のおかげだな』


 ルドガーにさえ、そう言われたものだ。そういう反応に本人はむしろ当惑していたが、喜んでもらえたのだから悪い気はしない。ロストク軍がよい戦果を上げて、自分がその一助になれたのだから、ともかく良かったとそう思っていた。


 雲は多いが良く晴れた空の下を、ジノーファは馬に揺られながら進む。手綱は片手で握っていて、もう片方の手では白い子狼、ラヴィーネを抱いている。彼をボスと認めたからなのか、あるいはご飯をくれるからなのか、いつぞやのように暴れたりはせず大人しいものだ。


 この子狼はダンジョンの中で拾ったのだが、ジノーファたちが攻略を行っている間、テントの中で大人しくさせておくことも難しい。それで攻略にも連れて行ったが、当然役に立つというレベルではぜんぜんなかった。


 ただラヴィーネは賢く、言われたことをすぐに理解した。魔獣ゆえの特性なのかもしれないが、しかし躾ける上ではたいへん都合がいい。マナを与えてレベルアップを促すこともしていて、将来的には頼もしいパーティーメンバーになるかもしれない。思いがけない拾いものだったが、ジノーファはラヴィーネのことを可愛がっていた。


 もっとも、ジノーファにとってラヴィーネはまだ可愛いペットでしかない。彼が頼りにする仲間は今のところ二人だけで、その内の一人にジノーファはこう声をかけた。


「ユスフはそろそろ、下層でも大丈夫じゃないかな」


「本当ですか、ジノーファ様!?」


 そう言って喜色を浮かべるユスフに、ジノーファは笑顔で「うん」と答えた。ユスフの成長は目覚しい。最近はずっと上層の攻略ばかりだったが、エリアボス戦は四十回以上もこなしている。彼もまた相応に経験値(マナ)を溜め込んでおり、もう下層でも十分にやっていけるだろう。


「頑張ります!」


「うん。期待している」


 やる気を漲らせるユスフにそう応え、ジノーファはふと気付く。将来を思い描くとき、ごく自然に帝都での暮らしが基になっていることに。自分の帰る場所はもう帝都のあの屋敷であって、それを受け入れてしまっているのだ。


(そう、か……)


 気付いて、なんだか納得する。そのことに、嫌な感じはしない。


 わだかまりも心残りも、なくなったわけではない。けれども自分が確かに前を向いていることを知れて、ジノーファは少しだけ胸を張った。



シェリーの一言報告書「ようやく帰れます」

ダンダリオン「ようやくまとまったか」


~~~~~~


というわけで。

第三章「商人の国のダンジョン」、いかがでしたでしょうか?

次はまた幕間の予定。

今年中に、とは思っていますがどうなることやら……。

とまれ気長にお待ちください。

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