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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
番外編 メフライル物語

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西方にて2


 代官の首を獲り、山守衆はカリカットの街を攻め取った。もともとそのつもりで事を起こした訳だが、しかしだからこそ彼らは現実に直面することになった。つまり、街を統治しなければならない、という現実に。そして山守衆はその能力を欠いていると言わざるを得なかった。


「皆さん、力をかしてもらえませんか?」


 街を治める、執政官の地位に就いたのはルドラだった。そして彼はベルノルトら四人に協力を要請。彼らはそれを受けて街の統治に関わるようになった。そしてその仕事は膨大であり、そして煩雑だった。


「イスパルタ朝の官僚機構って、優秀だったんだなぁ……」


 遠い目をしながらベルノルトがそう呟くのを聞き、メフライルは大きく頷いた。彼らは街一つ治めるのにてんやわんやしているのに、大国たるイスパルタ朝は小揺るぎもせずに日々の政務を回している。組織の力というモノを、二人は実感せざるを得なかった。


 さて、殺人的な量の仕事が一段落した頃、ベルノルトら四人はアースルガム一族の本邸跡へと向かった。サラがヴァンガルへ赴いた理由、つまりアースルガム一族の本当の系図を探すためである。


 実のところ、彼らが本邸跡へ向かうより前に、密命を帯びた解放軍の一隊がすでにそこを調査している。本邸は焼け落ちていて、彼らの探す“重要書類”も一緒に灰になってしまった、というのが彼らの結論だった。


 しかしその調査結果にサラは納得しなかった。それで彼女はベルノルトを説き伏せ、改めて本邸跡へ向かうことにしたのである。ただし身内の四人で話し合ってから、ということになった。


 当初このことを相談されたとき、アッバスはいい顔をいなかったし、メフライルも賛成というわけではなかった。善し悪しの前に、意味がないと思ったのだ。


 今、西方は激動の時代だ。地元の人たちはともかく、マドハヴァディティアもラーヒズヤもクリシュナも、アースルガムというかつてあった小国のことなど歯牙にもかけてはいるまい。イスパルタ朝にしてもサラがいればそれで良く、ならば今更その王家の血筋がどうなっていようとも、情勢に何かしらの影響があるようには思えなかった。


 ただサラもベルノルトも、アッバスやメフライルからすれば仕えるべき立場の人間だ。周辺に目立った脅威がないのであれば、その希望を頭ごなしに否定するのは難しい。それで結局、四人は本邸跡へ向かうことになった。


 結論から言えば、系図は本当にあった。そしてその中にはなんと、ルドラの名前が記されていた。それもサラの父の双子の弟として。ルドラとリリィがサラの父と姉にそっくりだったのは、偶然ではなく必然だったのだ。


「ベル、わたし、どうしよう……。どう、したらいい……?」


「オレが決めて良いのか? なら、そんな系図は燃やしてしまえ」


 混乱するサラに、ベルノルトはそう答えた。乱暴で、ともすれば無情な返答だ。だがそれはサラの立場を守ろうとする彼の優しさだった。


 サラもそのことは分かっている。それで彼女はベルノルトの胸でひとしきり泣いた後、系図を燃やして処分することを決めた。炎に包まれ灰になっていく系図を見送るサラの後ろで、ベルノルトはアッバスとメフライルにこう命じた。


「二人とも、系図のことは忘れろ。そんなものは最初からなかった。屋敷と一緒に失われていたんだ。いいな?」


「御意」


「了解です。では、ベルノルト殿下がサラ殿下を泣かせたことだけ覚えておきます」


「おい」


 不満げなベルノルトの視線を、メフライルはにっこりと微笑んでやり過ごす。そしてメフライルはサラの背中に視線を送る。彼の脳裏に浮かぶのは、この前受け取った妹からの手紙のことだ。


『兄様はエヴェレン子爵家の世子です。お役目を全うし、無事にお戻りになる日を、家族で待っています』


 手紙にはそう書かれていた。なんと驚いたことに、叔父と母はまだ弟を世子とはしていなかったらしい。「敵国に潜伏する第一王子をお守りしている者を蔑ろにしては、王家に睨まれると思ってのことだろう」と悪い方へ考えるのは簡単だ。だが叔父にはすでに家督を放棄する旨をしたため手紙を渡してあるのだ。この期に及んで弟を世子とするのを躊躇う理由が、メフライルには分からなかった。


 系図の件を処理し終え、四人がカリカットの街に戻ると、それを待っていたかのように情勢は次なる局面に突入する。カリカットを攻め取った山守衆は、これで自分たちの安全と生活は守られたと思っていただろう。だがその一方で彼らは混迷する西方情勢の影響を免れなくなったのだ。


 この頃、旧アースルガムの主に軍事的な面で留守居役を任されていたのは、イシャンという男である。この男が「カリカットの街を不当に占拠する賊を討伐する」と言って兵を挙げたのだ。


 もちろん、山守衆の側も黙って討伐されるつもりはない。むしろカリカットの街にはアースルガム解放軍のメンバーらが多数集まり、戦力化されている。元からいた守備兵も組み込まれ、この時アースルガム解放軍の実戦部隊が組織されたと言って良い。そして解放軍の緒戦の相手は言うまでもなくイシャン軍だった。


 アースルガム解放軍は大きな犠牲を出さずにイシャン軍を退けた。ホームグランド的な強みがあったことは事実だが、それ以上にイシャン軍はこの地の人々に見放されていた。ただそれはイシャンの責任と言うよりは、マドハヴァディティアやラーヒズヤなどこの地を支配した者たちの圧政が原因だった。


 イシャン軍を退けたアースルガム解放軍は、メヘンガル城に入った。もともとはアースルガムの王都シークリーを守護するために建てられた、このあたりでは一番大きな城である。その城の城壁の上から城の方を見上げて、リリィは感嘆した様子でこう呟いた。


「大きいな、城というのは……」


 リリィが生まれ育ったのはマデバト山で、足を伸ばしたことがあるのはせいぜいカリカットの街までくらいなもの。そんな彼女にとって初めて見る巨大な城砦というのは、カルチャーショックを受けるのに十分な代物だった。


「本当に人が造ったものなのか、これは……」


「人手以外の方法でできあがっていたら、その方が驚きだよ」


「それはまあ、そうだが……」


 隣で苦笑するメフライルに、リリィは視線を城に向けたままそう答える。彼女の口調からすると、まだどこか信じ切れていないようだ。山守衆が基準になっている彼女からしてみると、この規模の城を造るだけのマンパワーをいまいち想像できないのだろう。だがメフライルから見れば、“巨大”という程でもない。


「これより大きな建物は、結構あるぞ」


「本当か!?」


「ああ。クルシェヒルの王宮なら、規模だけで二倍以上はあるだろうし」


「想像もできない……」


 まったく未知の世界を語られ、リリィは力なく首を左右に振って嘆息した。こうしていると、彼女は完全にお上りさんである。クルシェヒルに連れて行ったら目を回すんじゃないかな、とメフライルは少々意地悪げに考えるのだった。


 さて、アースルガム解放軍は緒戦に勝利し、旧アースルガム領においては一強と呼べる立場を確立した。今後はさらに兵の数も増えることが予想される。解放軍内部にはある問題が起こっていた。


 それは解放軍の主将がルドラであるということだ。これはカリカットの街を解放したのが彼(山守衆)の功績であることを考えれば、妥当な配役と言って良い。だが山守衆は解放軍内部において主流とは言いがたい。それでルドラへの反発が徐々に高まっていた。


「名乗りを上げようと思う」


 そんな時である。ベルノルトがメフライルとアッバスにそう言ったのは。それはユラがアースルガムの王女サラであることを公表し、さらにイスパルタ朝第一王子ベルノルトがその後ろ盾となることを宣言する、という意味だ。


「危険です」


 間髪容れず、メフライルはそう答えた。アッバスも重々しく頷いている。アースルガム解放軍内部における主将に対する反発の高まりは、二人も敏感に感じ取っている。二人は近衛軍の所属だ。組織にこの手の不満は付きものなのだ。


 だから反発があること自体は、特段驚くようなことではない。それにルドラに何か大きな瑕疵があるわけではないのだ。つまり引きずり下ろすだけの材料がない。それで反発はあるだろうが、イスパルタ軍が合流するまでは保つ、というのが二人の見立てだ。


 そして保つからには、名乗りを上げるのはメリットよりもデメリットが上回る。メフライルはそう思っていた。特に「イスパルタ朝第一王子」の肩書きは大きな注目を集めるだろう。下手をすれば強敵を引き寄せかねない。メフライルは自重を促した。しかしベルノルトは首を振ってこう反論する。


「最大の問題は、解放軍があまりにも急造だってことだ。つまり現在の情勢に対して、組織としての解放軍が追いついていないんだ。ルドラ殿への反発は、それが一つ表面化したってだけに過ぎないよ」


「今のところ、解放軍が寄せ集めなのは事実ですが……」


「これからさらに集まってくる。旗頭が必要だ。それに……」


「それに?」


「時勢というものは人の力ではいかんともしがたい。こちらは神ならざる身だ。我々の立場からして乗らないという選択肢はないし、乗るなら本腰を入れて乗らないと、かえって危険だ」


 やや諦めた雰囲気を漂わせながら、ベルノルトはそう語った。その後さらに話し合いを重ね、結局はサラとベルノルトが名乗りを上げる方向で話はまとまった。


(時勢、か……)


 メフライルは心の中でそう呟く。ベルノルトがいう「時勢」を、彼はいまいち理解できていない。何となく「今は勢いがあるな」と感じるくらいだ。だが恐らく、ベルノルトはそれ以上のものを感じ取っているのだろう。


 とはいえ彼自身について言えば、今のところは半信半疑である。だが結論が出た以上、彼はそれを支持するし、努力もすれば協力もするつもりだ。願わくば良い結果に結びついて欲しい、と思っている。


 果たして、そこからは怒濤の勢いで物事は進展した。サラとベルノルトの連名の檄文は、各地でアースルガムの人々を奮い立たせ、彼らはメヘンガル城に集結した。その動きに危機感を、いや恐怖を感じたのだろう。シークリーの太守は夜陰に紛れていずこかへ姿を消した。そしてアースルガム解放軍はシークリーの無血開城を果たしたのである。


「メフライル。その、サラ様の髪は……」


「触れてやるな。事情があるんだ。いろいろな」


 シークリーに入城し、民衆の歓声に笑顔で応えるサラは、ユラと名乗っていた頃とは異なり、長い髪の毛をしている。だが髪の毛とはこんなにも突然に伸びるものではない。リリィは何か言いたそうだったが、メフライルの言葉を聞いて彼女は賢明にもその言葉を呑み込んだ。


 シークリーに入城した彼らは、そのまま真っ直ぐに王城へと向かった。そして謁見の間へと進む。サラはアースルガムの旗を手に持って玉座に座り、ベルノルトはその傍らに立った。そしてサラはこう宣言する。


「わたしは今ここに、アースルガムの再興を宣言します」


 サラとベルノルトが名乗りを上げると決めてからアースルガムの再興宣言まで、なんとただの一度も戦闘が行われていない。瞬く間に、まるでお膳立てされたかのように事態が進展した。これが時勢というものか、とメフライルは感嘆せずにはいられなかった。ベルノルトの時勢を見る目は、メフライルが思う以上に鋭くて的確だ。


(腐っても第一王子か……。いや、陛下の御子というべきかな)


 メフライルは心の中でそう呟いた。本人が聞けば「腐ってない」と抗弁したに違いない。ちなみにこの件について、後でジノーファから怒られることを二人はまだ知らない。


 さて、ベルノルトらは一挙にアースルガムの再興宣言まで行ったわけだが、その後何事もなくイスパルタ軍と合流できたわけではなかった。マドハヴァディティアにそそのかされる格好で、ラーヒズヤ配下の将軍バラットが兵を率いてアースルガム領内へ侵攻してきたのである。


 アースルガム解放軍はシークリーより出撃し、これを迎え撃つことになる。サラも出陣するので、親征である。「籠城すべし」という意見もあったのだが、ベルノルトが出撃を主張したことと、ルドラが留守居役を買って出たことで、出撃が決まった。


「…………」


「リリィ、ルドラ殿のことが心配か?」


 険しい顔をしているリリィにメフライルがそう尋ねると、彼女は表情を緩めずに一つ頷いた。ルドラがただ留守を預かるだけなら、リリィもこれほど心配する事はなかっただろう。だがバラット軍が動いたことで、マドハヴァディティア軍の少なくとも別働隊がシークリーへ向かう可能性が示唆されていた。


 アースルガム解放軍が出撃すれば、シークリーの戦力は空になる。そこを敵に襲われたら、ルドラは一体どうなるのか。まともに戦うこともできず、蹂躙されてしまうのは想像に難くない。


「親父殿は、『可能性に怯えても仕方がない』と言っているが……」


 そう言ってリリィは険しい顔をしたまま首を左右に振った。確かにマドハヴァディティア軍の動向については、確認が取れているわけではない。本当にシークリーが強襲されるのか、メフライル自身は五分五分だと思っている。ただだからこそ、楽観論を安易に口にするのは躊躇われた。


「まあ、あれだ。バラット軍のことが片付けば、解放軍も後ろを気にせずに動けるようになる。そうすれば、万一敵が来ても後詰めできるさ」


 イスパルタ軍とも合流できるかも知れないしな、とメフライルが言うとリリィは険しい表情を少しだけ緩めて頷いた。


「そうだな。まずは目の前の問題、か」


 多少は感情が整理できたのだろう。リリィはそう呟いて一つ頷いた。彼女はサラの身辺警護を担当することになっている。留守居役を任されたルドラと同じく、大切な役割だ。まずはそれに集中しよう、と彼女は意識を切り替えた。


 だが悪い予感というのは当たってしまうものだ。アースルガム解放軍は奇策を弄してバラット軍を降伏させたが、その直後に急報がもたらされた。マドハヴァディティア軍の別働隊がシークリーへ近づいて来ているという。その数、なんと五〇〇〇。


「ベルっ、すぐに後詰めを!」


「動けないんだ! 分かってくれ」


 この事態に際してサラはすぐに後詰めすることを求めたが、ベルノルトはイスパルタ軍との合流を優先すべきと主張。二人の考えは真っ向から対立した。そして議論が平行線をたどり、双方が感情的になってしまったところで、ついにサラがこう言いだした。


「分かったわ。分かりました。それならわたし一人で行くわ。リリィ、あなたは付いてきてくれる?」


「はい。お供します」


 リリィは即座にそう答えた。正直なところ、彼女だって気が気ではなかったのだ。ルドラが敵を前にしてシークリーを放棄するとは思えない。解放軍が後詰めしないというのなら、彼女は一人でも父親のところへ駆けつけるつもりだった。


 もはや話すべき事はないと言わんばかりに歩き出した二人を見て、ベルノルトが頭を抱える。同様にメフライルも内心で頭を抱えていた。この状況でその行動は暴発でしかない。もはや理性が吹き飛んでいることは明白だった。


 しかし同時に、二人の行動はメフライルの目にまぶしく映ってもいた。二人が危険を冒そうとしているのは、ひとえに家族のためだ。一方でメフライルは家族とは距離を取って生きてきた。


 自分で選んだ道だ。メフライル自身は納得している。だが本来家族というのは、強い絆で結ばれているものなのでないのか。二人の姿を見ているとそう思わずにはいられない。それは彼が切り捨てたはずのもので、だからこそなお一層そう思うのかもしれなかった。


「ライル、アッバス! 止めろっ!」


 ベルノルトが怒鳴るようにして下した命令に従い、メフライルとアッバスは二人の前に立ち塞がって足止めする。しかしそれで二人が諦めるはずもなく、いよいよ羽交い締めにしなければならないかと思ったその時、事態はまた思わぬ方向へと進展した。


 イスパルタ軍が、援軍が到着したのである。その数二〇〇〇。アースルガムへ向かっていた部隊の一部が、先行してきたのである。そしてこれを率いていたのは、なんとシェマルだった。


(まさか、このタイミングとは……!)


 メフライルは内心で驚嘆する。近々、イスパルタ軍と合流できるだろうとは思っていた。しかしまさかこんなにも早いとは。もちろんシェマルが麾下の部隊を急がせたのはそれなりの理由があったわけだが、それを踏まえてもこのタイミングは神がかり的なものを感じる。ウチの大将は持ってるな、と彼は内心で呟いた。


メフライル「ウチの大将は基本的に自重しない」

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