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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
商人の国のダンジョン
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攻略開始1

 ランヴィーア軍と合流したその翌日。ルドガー率いるロストク軍は、早速ダンジョン攻略を開始した。


 その中にはジノーファの姿も混じっている。彼に従うのは、シェリーとユスフの二人。三人は真っ先に中に入ることはせず、出入り口付近の混雑が収まってから、ダンジョンの中へ足を踏み入れた。


「……っ」


 ダンジョンの中に入ると、三人は途端に息苦しさを覚えた。スタンピードを起こしたダンジョン特有の息苦しさである。以前、ダンダリオンらと攻略したダンジョンでもこの息苦しさを覚えたことを、ジノーファは思い出した。


 息苦しさの原因は、ダンジョン内のマナの濃度だ。マナの濃度が高くなることで、まるで湿度が高い日のように、息苦しさを感じるのだ。この世界の人々はそれを経験則的に知っているだけだが、ジノーファにはより直接的に確認する手段があった。


 ジノーファは何度か深呼吸をして息苦しさを紛らわせる。それから彼は妖精眼を発動させた。その瞬間、彼の視界は青く輝いた。その輝き方はいつもよりはるかに強い。洞窟のようなダンジョン内が青く輝くその様子は、美しく幻想的ですらあった。


 以前は妖精眼を使わなかったので、ジノーファがこの光景を見るのは初めてである。感嘆の声を漏らしそうなところだが、しかし彼はその光景にむしろ危機感を強めた。


 青く輝いて見えるのは、全てマナである。つまり通常よりはるかに多量のマナが、ダンジョン内にため込まれているのだ。スタンピードの危機はすぐそこまで迫っているのだと、否応無く思い知らされる。


 ただジノーファが危機感を強めたのは、その点についてではなかった。ランヴィーア軍がこのダンジョンの攻略を始めてから、すでに数週間が経過している。それなのにまだこんな状態なのだ。イブライン軍との睨み合いと小競り合いに戦力を割かれ、ダンジョン攻略が滞り気味だとは聞いていたが、状況は思っていた以上に逼迫しているようだった。


「……マナの濃度が高いと、モンスターの出現率も高くなる。気をつけて進もう」


 ジノーファはそう言ってシェリーとユスフに注意を促した。状況が思っていた以上に悪いことは伝えない。ただ、当たり前のことだけを彼は注意した。


 ここで焦り、がむしゃらに攻略を進めたところで、大した意味はない。なによりまだスタンピードを起こしたわけではないのだ。ロストク軍は間に合った。であれば攻略を進めることで、ダンジョン内のマナ濃度を下げることは可能だろう。状況は好転させられるのだ。そう信じて、ジノーファはダンジョンの中へ進んだ。


 攻略のやり方について、ジノーファはルドガーから「自由にやって欲しい」と言われている。それで三人はいつも通り、細い通路を選んで進んだ。他のパーティーが敬遠しそうなルートであり、実際周りに彼ら以外の人影はない。代わりに出現するモンスターの数が多かった。


「以前も、このようだったのですか?」


 まるで影のようなモンスターを伸閃で切り裂きながら、シェリーはジノーファにそう尋ねる。以前と言うのは、ダンダリオンらと一緒にダンジョンを攻略したときのことだろう。だがあの時のことはあまり参考にならない。


「あの時は、エリアボスの撃破に集中していたから、今回のような探索はしていないんだ。だから以前と比べてモンスターの数が多いのか少ないのかは、ちょっと分からない」


 ジノーファはそう説明した。ただ、通常のダンジョンを攻略しているときと比べ、モンスターの数が多いように感じるのは紛れもない事実だ。やはりマナの濃度が高くなっていることが関係しているのだろう。


 普段の攻略に比べ、数が増えているのはモンスターだけではなかった。マナスポットの数もまた、いつもよりかなり多い。三人は当然、そこからもマナを吸収した。ダンジョンから直接マナを吸収しているのだから、内部のマナ濃度を下げる効果は、モンスターを倒した場合以上かもしれない。


 なおマナの分配は、昨晩三人で話し合い、三等分と言うことになっていた。自分は少し遠慮しようかとジノーファは思っていたのだが、シェリーとユスフに揃って反対されたのである。


『ジノーファ様は、大切な輜重を預かっていらっしゃるのです。もっとご自分のことを大切になさってくださいまし』


『そうですよ! ジノーファ様がモンスターに後れを取るとは思いませんけど、万が一と言うことはあります。もっと強くなっていただかないと!』


 そう言って口をそろえる二人の連携は抜群で、ジノーファはあっという間に劣勢に追い込まれた。そこから何とか挽回し、どうにか三人等分で二人を納得させたのである。あんなにも懸命に誰かを説得したことは、王太子時代にさかのぼっても覚えがない。


 まあそれはそれとして。マナスポットと同じように、採掘ポイントもまたいつもより数が多いように感じた。ただ、そのほとんどは妖精眼を使わなければ判別できない極小規模のものばかり。同じ場所でまた回復するとは思えず、要するにマナ濃度に影響されて現れたと考えるべきだろう。


「そう悪いことばかりでもないのだな……」


 浸透勁の練習がてら、採掘ポイントから資源を回収しつつ、ジノーファはふとそう呟いた。彼はこれまでずっと、「スタンピードを起こしたばかりのダンジョンは危険」だと思っていた。その認識はもちろん正しいのだが、見方を変えれば別の面も見えてくる。


 モンスターの数が多いというのは、それだけ効率的に稼げると言うことでもある。さらにジノーファの場合、妖精眼も使えるから、マナスポットや採掘ポイントもまた、いつもよりたくさん見つけられている。


 いつもより内容の濃い攻略ができているのだ。経験値(マナ)にしても稼ぎにしても、得るものは多い。そういうメリットが見えてくると、気持ちも少し変わってくる。先へ進むのが楽しみになってきた。


「シェリー、マッピングはどう?」


 けれども、焦らない。ダンジョンがいつもより危険な状態なのは間違いないのだから。例え上層であっても、油断は禁物だ。なによりここは初めて攻略するダンジョン。遮二無二に奥へ進めば、あっという間に道に迷ってしまうだろう。


「ばっちりですわ、ジノーファ様」


 シェリーが得意げな笑顔でそう答える。マッピングは彼女の担当だ。細作として訓練を受けてきた彼女にとってはお手の物で、ジノーファも頼りにしていた。


 シェリーからマッピングのメモを見せてもらい、ジノーファは小さく首をかしげた。こうして見ると、あまりまだ進んでいない。マナスポットや採掘ポイントを見つけるたびに足を止めているせいだ。


 とはいえ、そう気にするようなことでもない。それに見合うだけの成果があるのだから。それでジノーファもわざわざ攻略のスタイルを変えようとは思わなかった。


 ジノーファは「ありがとう」といってメモをシェリーに返すと、また通路を奥へと進み始めた。相変わらずモンスターは頻繁に襲ってくる。時には前後から挟み撃ちされることもあり、三人は隙を見せないようにしながら慎重に進んだ。


「ふう、水場があるといいのだけど……」


 シャドーホールから水筒を取り出して水を飲みながら、ジノーファはそう呟いた。給水のためもそうだが、水場があればそこで少し休むことができる。いつもより濃い攻略をしているだけあって、疲労の具合もいつも以上だった。


「少し戻って、別のルートを探索されますか?」


「……いや、今日はこのまま進もう」


 ユスフに水筒を渡し、少し考えてから、ジノーファはそう答えた。まず優先するべきはマッピングの範囲を広げること。それに今後のことを考えるなら、水場よりもエリアボスが出現する大広間を見つけた方が、攻略には寄与するだろう。彼はそう考えていた。


 ジノーファの方針通り、三人は引き返さずそのまま先へ進んだ。決して広くない通路を進んでいると、奥のほうからなにやら騒音が聞こえてくる。モンスターが向かってきているのかとも思ったが、それとは少し様子が異なる。


(……っ)


 三人はすぐに身構えた。頭の中には色々な可能性が浮かぶ。しかし情報が少ないうえに、結論を出す前に答えが彼らの前に飛び出してきた。


「キィ! キィギ!」


 現れたのは、一匹のイノシシだった。体重は八〇キロほどもあるだろうか。結構な大物である。通路はカーブしていたのだが、向こう側の死角から逆走する形でジノーファたちの前に現れたのだ。


 そのイノシシは、頭部にスケルトンを貼り付けていた。頭蓋骨が二つあるので、どうやら二体いるらしい。まさか本当に貼り付いているわけではなく、要するにイノシシが突進してスケルトンたちの懐に潜り込んだのだ。そしてそのまま持ち上げるようにしてスケルトンたちの身体を浮かせ、岩壁目掛けてイノシシは猛進する。


 ジノーファたちがまず見たのはこの瞬間だった。そして次の瞬間、イノシシは二体のスケルトンごと岩壁に激突する。岩壁に叩きつけられ、二体のスケルトンはバラバラに砕けた。細かく散らばった骨は、砂のようになって消えていく。後には魔石だけが残った。


「キィギギィィ!」


 モンスターを始末したイノシシは、その視線を今度はジノーファたちのほうへ向けた。興奮状態にあるようで、その眼は爛々と輝き鼻息も荒い。イノシシは全身を震わせつつ前足で地面を掻く。そして体勢を低くしたかと思うと、そのまま一気に駆け出して彼ら目掛けて突進した。


「くっ……! このッ!」


 すかさず、ユスフがつがえてあったライトアローを射る。ライトアローは真っ直ぐに飛び、そのままイノシシの身体に吸い込まれ突き刺さ、らなかった。身体に当るや「キンッ」と硬質な音を立てて弾かれてしまったのである。これにはさすがにユスフも顔を強張らせた。


「なぁっ……!?」


「ユスフ!」


 呆気に取られたのか、動きを止めてしまったユスフにイノシシが目を血走らせて迫る。そこへジノーファが割り込み、ユスフを抱えてイノシシの突進を回避した。


 ただ、通路は狭く、確実に回避できるだけのスペースはない。それでジノーファは壁面を走り、イノシシの突進を避けた。人一人を抱えてとなるとかなり無茶だが、聖痕(スティグマ)持ちには容易いことである。


 二人の後ろにいたシェリーもイノシシの突進に巻き込まれる位置だったのだが、彼女もまたそれを軽やかに回避していた。ジノーファのような曲芸じみた真似はしていない。ただタイミングを計ってジャンプしただけだ。


 イノシシは彼女の足の下を駆け抜け、また突き当たりの岩壁に追突した。重苦しい打撃音が響き、ダンジョン自体が小さく震える。かなりの衝撃だ。しかしイノシシ自身に堪えた様子はなく、振り返ってまた突撃の姿勢を取った。


「シェリー、ユスフ。下がってくれ」


 ジノーファを守るようにして前に出た二人に、しかし当の本人は下がるように言った。不服そうに振り返った二人は、ジノーファの様子を見てわずかに息を飲む。彼は聖痕(スティグマ)を発動させていたのだ。


 あのイノシシの何がそんなに気になったのか、二人には分からない。しかしジノーファが本気になったのだ。ここは大人しく譲るしかない。二人は顔を見合わせて小さく頷くと、揃ってジノーファの後ろへ下がった。


「…………」


 前に出たジノーファは、一角の双剣を両手に持ち、無言のまま歩いてイノシシとの間合いを詰めた。その歩みは無造作にも見えるが、イノシシはプレッシャーを感じたのか、毛を逆立てて後ずさる。しかしジノーファは歩みを止めない。


「キギィ、ブギィ!」


 意を決したのか、イノシシがジノーファ目掛けて駆け出した。ジノーファは壁面を使い三角飛びの要領でその突進をかわし、さらに身体を捻ってイノシシの上を取る。そして鋭く双剣を振るって伸閃を放った。不可視の刃はいとも容易くイノシシの首を両断する。


「ブギィ……!」


 短い断末魔を上げて、イノシシの首が飛んだ。そしてその断面から、赤い血が流れ出る。そう血だ。普通、モンスターは血を流さない。そしてイノシシの身体も、砂のようになって消え去ることはなく、そのまま残っている。まるで、普通の動物のように。それを見てジノーファは小さく顔をしかめた。


「ジノーファ様、これは……!」


 駆け寄ってきたユスフに、ジノーファは小さく頷く。そしてイノシシの死体を見下ろしながら、彼は小さくこう言った。


「たぶん、魔獣だ」


 ――――魔獣。一言で言えば、それはレベルアップした動物のことだ。


 人間は魔石からマナを吸収することで、劇的に身体能力を向上させていく。しかしそれは何も人間に限った話ではない。動物もまた、魔石からマナを吸収することで身体能力を高めることができるのだ。


 もちろん、知性を持たない動物がそのことを知っているわけではない。だがふとした拍子に、偶然魔石からマナを吸収してしまうことはありえる。何より、ダンジョンは何者をも拒まない。


 つまりダンジョンに野生動物が迷い込んでしまう場合があるのだ。そしてそれらの動物をモンスターが襲う。ウサギやヒツジであればやられてしまうだろうが、熊や狼、イノシシなどであれば、逆に撃退することも可能に違いない。


 モンスターを倒せば、後には必ず魔石が残る。知性がない以上、その魔石からマナを吸収できるかはほとんど運次第だ。だが決して不可能ではないのだから、回数をこなしていけばいずれは必ず吸収できる。


 そしてマナを吸収すれば、その瞬間魔獣が誕生するのだ。もちろん魔石一、二個分のマナであれば、魔獣といえども普通の動物と変わらない。だがそもそも動物の身体能力は人間よりも高い。マナの吸収を続けていけば、まさに魔獣と呼ぶに相応しい化け物が誕生することになる。


 さらに厄介なことに、魔獣もまた学習する。つまり「魔石からマナを吸収すると強くなる」ということを学習するのだ。そしてそれを学習した魔獣は、積極的にモンスターを狩り、魔石からマナを吸収するようになる。


 しかも、魔獣はダンジョンの外に出ない。あるいは「出られない」と言うべきなのかもしれないが、ともかくダンジョンの外へ出なくとも生きていける。ダンジョンの中で食物を得ることができるのだ。


 水は、水場が点在している。そして水場には植物が生えていることが多いから、草食動物ならこれを食べることができるだろう。肉食動物にもドロップ肉がある。武器と防具は全て自前であり、補給のために外へ出る必要がない。これにより、魔獣の成長速度はさらに速まることになる。


 人間の側から見れば、大問題であることは言うまでもない。強力な魔獣が跋扈していては、ダンジョン攻略はおぼつかない。そして攻略できなければ、いずれスタンピードが起こることになる。


「ジノーファ様、これを」


 そう言ってシェリーがあるモノをジノーファに見せる。それは先ほどイノシシが倒した二体のスケルトンの魔石だ。片方は淡く青い光を放っているが、もう片方にその輝きはない。つまりすでにマナが吸収されているのだ。だれが吸収したのかなど、考えるまでもない。


「決まり、だね。ユスフのライトアローを弾いたのも、もしかしたら魔法だったのかもしれない……」


 顎に手を当てて、ジノーファはそう呟いた。イノシシの毛は確かに硬いが、しかしこれだけでライトアローを弾けるとは思えない。


「魔獣って、魔法まで使えるんですか!?」


「うん。記録によれば、炎を吐いたり、雷を纏ったりした魔獣もいたらしい」


 前に読んだ本の内容を思い出しながら、ジノーファはユスフにそう答えた。人間はレベルアップすることで魔法が使えるようになる。魔獣もまた同じ、ということだ。それどころか魔獣の場合、突然変異を起こすことさえあると言う。ある意味では人間以上の可能性を秘めている、と言えるのかもしれない。


 閑話休題。目下の問題は、この魔獣化したイノシシの遺骸の取り扱いである。このまま放置しておけば、そのうちダンジョンに呑まれて消えるだろう。しかしジノーファはそうせず、むしろシャドーホールに収納した。そしてシェリーとユスフにこう告げる。


「今日は、これで戻ろう。魔獣のことを、ルドガー殿に報告する」


「分かりましたわ」


「了解です」


 シェリーとユスフはすぐにそう答えた。ジノーファも二人に頷きを返す。そして三人は来た道を引き返した。

 

シェリーの一言報告書「マッピングはメイドのたしなみ」

ダンダリオン「それがロストク帝国のロイヤルメイドクオリティ」

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