マハヴィラ盗賊団3
「はああぁぁぁぁ!!」
ベルノルトは勢いよく跳躍して、長剣を両手で大きく振りかぶった。そしてそのまま、盗賊団の一人に斬りかかる。賊の方もそれに気付いて剣を構え、とっさに防御しようとする。しかしベルノルトは構わずそのまま剣を振り下ろした。
「がはっ!?」
声にならない呼気と共に、血しぶきが舞う。ベルノルトが振り下ろした剣は、賊が構えた剣ごとその身体を大きく切り裂いていた。半分に断ち切られた剣の刃が、軽く音を立てて地面に突き刺さる。一拍おいて、賊の身体がドサリと倒れた。
ベルノルトはそれを飛び退いて避ける。彼は剣を構えて油断なく周囲を見渡した。剣ごと一刀のもとに仲間を切り伏せた彼を、盗賊たちは警戒している。ただそれが自分の腕によるものだとは、彼はあまり思っていなかった。
斬鉄がかなったのは、勢いと武器の差だ。特にベルノルトの長剣は、こしらえは飾り気がなくて無骨だが、王子が持つのに相応しい名剣である。その刃はオリハルコンとダマスカス鋼の合金で、鍛えたのはイスパルタ朝随一とも言われる名工だった。
とはいえ、盗賊たちにそのような事は分からない。彼らの目には斬鉄を可能とする剣士が切り込んできたようにしか見えなかった。彼らは武器を構えつつも、ベルノルトに斬りかかるのを躊躇っていた。
「で……、ベル!」
そこへ、メフライルが駆けつけた。彼の後ろには、十数人の山守衆が続いている。敵に切り込む抜剣隊だ。さらに上の方にいる山守衆も、矢を射て彼らを援護する。それを見てベルノルトも動く。彼は近くにいた賊に斬りかかり、そして斬り捨てた。
たちまち、乱戦になった。抜剣隊は敵の数と比べればほんの少数だ。しかしマハヴィラ盗賊団は立て続けに攻撃されたために混乱している。いや、混乱させたルドラの手腕を褒めるべきか。いずれにしても、弓矢で援護されていることもあり、優勢なのはベルノルトたちの方だった。
サラとリリィは敵集団に切り込むことはしなかった。その代わり、弓を引いて味方を援護している。今また二人は矢を放ち、仲間に加勢しようとした賊を一人、始末する。まずサラが足を射て動きを止め、リリィが眉間を射貫いて命を奪った。
そうやって囲まれないように注意しつつ、抜剣隊は一人ずつ賊を斬り伏せていく。特にベルノルトとメフライルの活躍はめざましい。二人は巧みに連携してお互いの背中を守りつつ、次々に敵を倒していく。二人はもともと一緒に対人戦闘の訓練を受けていたから、その成果が発揮された格好だ。
ベルノルトを狙った敵の刃を、メフライルの剣が受け止める。動きを止めた敵の脇腹を、ベルノルトが撫でるように斬りつけた。敵が身体を強張らせた瞬間を見逃さず、メフライルが彼を蹴り飛ばす。敵の腸がこぼれ落ちるのを、二人は無視して次の敵と刃を交えた。
「小僧どもがぁぁぁああ!!」
二人の活躍は、当然ながら敵の目にも留まった。落石で分断されていた向こう側から、男が叫び声を上げながら現われる。二人を叩いて抜剣隊の勢いを止めようと考えたのか、男は数名を率いベルノルトとメフライル目掛けて突進した。
それを見てサラとリリィと他数名が、この一団目掛けて矢を放つ。この内の少なくとも一本は先頭の男を捉えていたのだが、彼はその矢を煩わしげに切り払った。
短く刈り込んだ髪の毛に、刀傷と思われる顔の傷。その男の風貌は、アニクがマハヴィラと見込んだ男のそれと一致していた。そして彼はベルノルトに肉薄し、剣を振りかぶって斬りつけた。
「お前がマハヴィラか!?」
敵の刃をしっかりと受け止めつつ、ベルノルトは男にそう詰問する。男はそれには答えず、唾を飛ばしながらこう叫んだ。
「小僧っ、俺の邪魔をするなぁっ!!」
「お前が邪魔だっ!」
ベルノルトもそう叫び返す。意味のある会話にはなっていないが、お互いに敵意と殺意だけは伝わった。同時にベルノルトは、この男こそがマハヴィラであると確信する。雑兵とは違う、経験値を溜め込んだ者特有の迫力を感じ取ったのだ。
二人は二度、三度のみならず、七度、八度と刃を交えた。そして同じ回数だけ火花が散った。ベルノルトの手には重い衝撃が伝わってくる。かなりの腕だ。この男はきっと、この武力で盗賊団をまとめ上げているのだろう。彼はそう思った。
「ベルッ!」
二人の戦いにメフライルが割り込む。マハヴィラは彼の刃を避けると、そのまま大きく距離を取った。そして並び立つベルノルトとメフライルの姿を見て、彼は顔を歪めて唾を吐き捨てた。
「煙幕!」
ベルノルトとマハヴィラの間合いが開くのを待っていたのだろうか。ルドラが声を上げた。彼の指示に従い、弓矢を射ていた山守衆が一斉に煙幕玉を投げ込む。山道はたちまち煙幕に包まれた。その煙幕に紛れて、ベルノルトら抜剣隊は撤退を開始する。
「な、待て、小僧ども!」
マハヴィラが怒鳴り声を上げるが、矢の風切り音を耳にして彼は足を止めた。矢が射込まれている。迂闊に動くのは危険だと思ったのだ。そして煙幕が晴れると、山守衆は一人残らず撤退していた。
「っち」
マハヴィラは盛大に舌打ちをした。まったく、良いようにやられてしまった。襲撃は短時間であったため、見たところ奇襲を受けたわりにはさほど被害は多くない。もっともそれは山守衆が戦果を焦っていないことの裏返しでもある。
もう少し長く戦闘を継続してくれていれば、数の優位を生かして反撃ができただろう。しかしその前に、山守衆はさっさと撤退してしまった。マハヴィラは被害の少なさに安堵するより、山守衆の見切りの潔さに警戒を強めていた。
(それに、あの小僧ども……)
マハヴィラの脳裏に、ベルノルトとメフライルの姿が浮かぶ。あの二人は間違いなく兵法を学んで対人戦闘の訓練を受けている。カリカットの街の代官の話では、山守衆は山賊に毛が生えた程度の連中だったはず。
ここまでの経過を見ても、山守衆の動きには綿密に計画された戦術の気配がする。何かがあったか、もしくは誰かが来たのか。はめられたかもしれないと思い、マハヴィラは表情を険しくした。
だがここまで来ておいて、もう退くには退けない。それに山守衆の砦まで、すでに山道の三分の二は踏破した。結局、最後は数だ。こうして奇襲を仕掛けると言うことは、山守衆は自分たちの戦力に自信がないのだろう。
(勝てる。まだ勝てる!)
マハヴィラは自分にそう言い聞かせた。そして彼は声を張り上げて手下たちにこう命じた。
「傷の手当てをしろ! 歩けねぇヤツはおいていくぞ!」
「お、お頭……」
手下たちはオドオドした様子でマハヴィラを窺っている。二度、いいように襲撃されたことで、すっかり気弱になっているのだ。手下たちの情けない顔を見て、マハヴィラはイライラを募らせる。彼は怒鳴りたくなるのを堪えて、代わりに手下たちをこうたき付けた。
「もうすぐ山守衆の里だ! 財宝は掴み放題、女は犯し放題だぞ! こんな荒れ山、散歩しに来たわけじゃないだろうが!」
「お、おお……!」
「奴らを屈服させれば、カリカットの街も手に入るんだ! あの街が、俺たちのモノになるんだぞ! 女を何人も侍らせて、毎日浴びるほど酒が飲めるぞ! ここで諦めてる場合じゃないだろ!」
「おおおお!!」
分かりやすく欲望を刺激されて、手下たちは気炎を上げた。彼らは手早く傷の手当てをすると、彼らは再び山道を歩き始めた。ただ奇襲を警戒しているので、どうしても進む速度は遅かった。
「待て」
さて、マハヴィラがついに山守衆の砦を視認した。しかし彼は顔をいぶかしげにしかめて手下たちを制止する。砦の正門が、なんと開いているのだ。さすがに全開ではないが、人一人が通るのに十分な幅が開いている。
まさか閉め忘れたわけではないだろう。敵の意図が分からず、マハヴィラは困惑した。だが同時に、これは好機であるようにも思えた。
門が閉められていれば、それを破るために少なからず手間と時間がかかるだろう。そこを狙われれば被害が出る。だが今、門は開いている。一気に中へ入ってしまえれば、それで盗賊団の勝ちはほぼ決まる。
時刻はすでにお昼を大きく過ぎている。日の出からここまで、ほぼずっと歩き通しだったのだ。昼食は食べたが、食べ過ぎると戦闘に支障が出るので、あまりたくさんは食べていない。
三度目の襲撃はまだないので、あれから戦力は減っていない。ただ予定よりずいぶんと時間がかかり、その分だけ体力の消耗も激しい。マハヴィラも身に帯びた武器がいつもより重く感じる。もし門が閉じてしまったら手下がしっかりと戦えるのか、一抹の不安があった。
「間抜けな連中が門を閉め忘れているぞ! 突撃だ、一気に中へ入れ! それで俺たちの勝ちだ!」
マハヴィラは腹を決めて手下たちに突撃を命じた。罠であろうとも、中へ入れなければ元も子もないのだ。手下たちは鬨の声を上げ、半開きになっている砦の正門目掛けて殺到する。砦の側も応戦して、射手たちが次々に矢を放った。
その様子を、アッバスは馬上から落ち着いて眺めていた。彼がいるのは、砦の内側だ。彼の正面には、半開きになった正門がある。そこから殺到してくる敵の様子がよく見えて、彼は「ふう」と一つ息を吐いた。
アッバスは地面に突き刺していた槍を引き抜く。特注で作った愛用の長槍である。ヴァンガルの脱出からこれまで使いどころがなく、メフライルの収納魔法の中で文字通り死蔵していたが、今回の戦のために引っ張り出したのだ。
槍だけではない。鎧も含め、今のアッバスは完全装備を調えていた。イスパルタ朝近衛軍の一〇〇人隊長として相応しい完全装備だ。周囲の装備とは明らかに格が違う。彼自身の武威もあいまって、彼の周囲ではまるで嵐の前のような緊張感が漂っていた。
「さて、行くぞ」
アッバスは背後を振り返り、預けられた部下たちにそう声をかける。総勢三十二名。山守衆の比較的若い者たちで、彼がこちらに来てから手塩にかけて育ててきた者たちである。正直、近衛軍の正規兵に比べるとまだ練度は低い。だが自分たちの里を守る戦いだ。士気は高い。
硬い顔をしたまま、しかし部下たちは揃って頷いた。それを見てアッバスは視線を正門に戻した。それからゆっくりと馬を駆けさせ始める。彼は馬と呼吸を合わせながら徐々に加速させていく。そして正門を飛び出したところで、雄叫びを上げて一気に全速力で駆けさせた。
「ぬぅぅうおおおおおお!!」
正門から全速力で飛び出して来た騎兵を見て、砦に殺到しようとしていたマハヴィラ盗賊団は仰天した。慌てて足を止めようとするが、しかしそれより早くアッバスは敵集団の真っ只中へ突撃する。
「な、なんだあいつは!?」
「さ、避けられ、ぎゃあ!?」
「おい、邪魔だ!?」
実のところ、砦の正門が半開きになっていたのはこのためだった。最も勢いに乗った状態で敵に突撃するには、十分な助走距離が必要になる。それを確保するために、門の内側のスペースが必要だったのだ。当然ながら、門を開けておくことには反対意見も強かった。しかし危険を冒しただけの価値はあった。
彼が騎乗しているのは、馬車を引かせていた輓馬だ。普通の軍馬と比べ、足は遅いが身体は大きい。つまり体重が重い。さらに今は、敵の弓矢を警戒して装甲などの馬具を取り付けている。その状態で、敵集団に向かって突撃したのだ。
勢いに乗るアッバスを、盗賊たちは止めることができない。次々に馬に蹴り飛ばされ、さらに弾き飛ばされていく。そのまま谷底へ落ちていく者もいる。さらに彼の振るう長槍が、まるで死神の大鎌の如くに、盗賊たちの命を次々に刈り取っていった。
「つづけぇぇぇええ!!」
アッバスの突撃によって、敵は隊列が大いに乱れ、さらに勢いもまったく消えている。そこへアッバスの部下たちが切り込んだ。彼らは負傷したり地面に倒れたりしている賊たちに止めを刺していく。城壁の上の射手たちがそれを援護した。その後ろでは正門が閉じられ、その裏には土嚢が積まれる。
ちなみにその作業をしているのは、主に山守衆の女たちだ。彼女たちは非戦闘要員なのだが、彼女たちを安全な場所にかくまっておく余裕は、山守衆にはなかった。むしろ人手が足りないために彼女たちの手も借りねばならず、まさに総力戦だった。
「何をしている!? 立て直せ! 敵は少数だぞ!」
マハヴィラが檄を飛ばす。彼の手下たちは態勢を立て直そうとしたが、そこへ水を差すかのように横合いから弓矢が射かけられた。思いがけない方向からの攻撃に、マハヴィラは「なに!?」と驚きの声を上げた。
見れば、別の一団が上の方にいる。マハヴィラが知るよしもなかったが、彼らはアニル率いる先攻奇襲部隊の第二分隊だった。第四攻撃ポイントは砦のすぐ近くで、砦に攻撃を仕掛ける盗賊団の側面を突くのが狙いだった。
その思惑は、ほぼ完璧に達成された。立て直そうとしたその矢先に脇腹をつつかれ、盗賊たちが浮き足立つ。そしてマハヴィラがそれを抑えるより早く、今度は後ろから悲鳴が上がった。一本道を駆け抜けた恐るべき重騎兵、つまりアッバスが折り返して戻ってきたのだ。
「はあぁぁぁあああ!!」
アッバスは再びその武威を遺憾なく発揮した。彼は敵集団を後ろから切り裂いて正門前まで戻ってきた。彼は馬から下りると、長槍を手にしたまま三度敵に切り込んでいく。彼は部下たちの先頭に立って敵を圧倒しつづけた。
アッバスがただ者でないことは、一目見て明らかだった。マハヴィラもそれを認めざるを得ない。彼を倒すイメージを、マハヴィラは持てなかった。
「て、撤退だ! 退くぞ!」
マハヴィラは撤退を命じた。待っていましたとばかりに、手下たちが砦に背を向けて走り出す。その様子からして、あと少ししていたら、手下たちは勝手に逃げ出していただろう。
逃げる盗賊団に対し、追撃はなおざりだった。弓矢の射程から敵がいなくなると、山守衆たちは歓声を上げる。その歓声は山のあちこちに反響して遠く遠く響いた。こうして山守衆はマハヴィラ盗賊団の脅威を退けたのである。
マハヴィラ「なんであんなのがいる!?」




