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Ash Crown ‐アッシュ・クラウン‐  作者: 新月 乙夜
外伝 誰がために鐘は鳴る

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波紋、ゆるやかに3


 クリシュナが父王マドハヴァディティアのもとへ送るべく、増援の第二陣の編成を急いでいたまさにその時、百国連合域内で反乱が起こった。時期を合わせてまずは六つ。その後も反乱は相次ぎ、さらには百国連合から離脱を宣言する国まで現われた。


 山守衆の里でその報せを聞いたとき、ベルノルトは「ついに始まったか」と思った。その後も続報が次々に入り、里の中でもこの件について意見を交わす様子があちこちで見られるようになった。


「リリィはどう思うんだ?」


「わたしは組頭の方針を支持する」


 やや不満げな様子を見せつつも、リリィははっきりとそう言った。彼女の中には「行動を起こしたい」という気持ちもあるのだろう。しかしそれ以上に父親であるルドラへの信頼が大きいのだ。


「そういうお前はどうなんだ? アッバス殿は慎重論を唱えたと聞いているが」


 そう言ってリリィは鋭い視線をメフライルに向けた。ちなみに彼女がアッバスに「殿」と敬称をつけているのは、彼が年上であり、また最近は山守衆の戦技教官役を務めているからだ。


「そりゃもちろん、自重してもらえて何よりだよ。事を起こせば、俺たちだけ知らんぷりってことはできないだろ。こっちは大使館の職員なんだ。文官だよ? 荒事は勘弁願いたいね」


「白々しいウソをつくな」


 メフライルがニヤニヤ笑いながらおどけて答えると、リリィが呆れた様子で彼の言い分を切り捨てた。本物の文官が収納魔法などという、ダンジョン攻略を前提にした魔法を覚えるはずがない。リリィもその程度のことは分かっていた。


 そもそも、メフライルもアッバスの教導訓練に参加しているのだ。訓練は厳しく、ただの文官がついていけるようなものではない。よしんば本当に彼が文官であったとして、戦う為の訓練も受けているに違いない。それもかなり本格的な訓練を。リリィはそう考えていた。


(本当に何者なんだ、コイツは……)


 リリィが内心でいぶかしむ。本人も先ほど言っていたが、メフライルら四人はヴァンガルのイスパルタ朝大使館の職員と言うことになっている。だがそれがいわゆる隠れ蓑的な身分であることはほぼ間違いない。


 ただその一方で、リリィは彼らの正体を暴こうとはしていなかった。ルドラに「余計なことは知らない方が良い」と釘を刺されている。だから彼女の側からあれこれと詮索するようなことはしていない。


 とはいえ「どうして話してくれないのか」という思いはある。経緯はどうあれ、彼らはこうしてマデバト山まで来たのだ。一蓮托生と言うつもりはリリィにもないが、もう少し歩み寄ってきても良いのではないか。そんなふうにも思うのだ。


(まあでも……)


 それでも、メフライルは先ほど「山守衆が事を起こせば、自分たちだけ知らんぷりはできない」と言った。そう考える程度には、彼らもリリィたちのことを考えているのだ。そう思うと、彼女の気持ちも多少は上向いた。


「……それはそうと、ヴェールールの動きはどうなんだ?」


「今はまだ動いていない。どうやら、兵を集めているようだ」


 リリィはメフライルにそう答えた。ヴェールールで留守居役を任されているクリシュナは、今のところ反乱鎮圧のために兵を動かす事はしていない。彼の手元には一万の兵があるという話だが、同時多発した反乱の広がりを警戒しているのだろう。まずは戦力の増強を行っているという。


「蜂起した連中は?」


「今のところは、全て健在だ。それぞれ勢力を拡大させている。ただ……」


「ただ?」


「ヴェールールと積極的に戦うことは、避けているらしい。どうやら、組頭の懸念が的中したらしい」


 リリィは苦い口調でそう言った。グルグラム独立党など、今回蜂起した者たちが反乱を成功させて故国を再興する上で、ヴェールールとの決定的な対立は避けられない。それを考えれば、クリシュナが本格的に動き出す前に、ヴェールールの力を可能な限り殺いでおくべきなのだ。


 しかし反乱勢力の者たちはそうしない。これはマドハヴァディティアの後宮にいる、王家の生き残りたちのことを気にしてのことと思われた。やり過ぎれば彼女たちが人質にされる、と考えているのだろう。ルドラの懸念した通りになっていた。


「じゃあ、先は暗いな」


 メフライルが反乱の失敗を予見する。リリィもまた、険しい顔で一つ頷いた。決して失敗を願っているわけではない。むしろ成功して欲しいと思っている。だがこのままでは、遠からず鎮圧されて終わるだろう。


 反乱勢力のほかにも、百国連合からの離脱を宣言する国も現われている。エルナクラムという小国だ。ただ、あとに続く動きは鈍い。マドハヴァディティアの権威を揺るがす程のうねりにはなっていない。これも遠からず粛清されるだろう。二人はそう思っていた。


 だがしかし、そうはならなかった。なんとクリシュナがマドハヴァディティアに叛旗を翻し、ヴェールールを乗っ取ってしまったのだ。それだけではない。彼は亡国の王妃や王女たちと関係を持つことで、反乱勢力への支持と連携を表明。その後ろ盾的な立場に収まった。


 言ってしまえば、反乱勢力をそのまま自分のシンパにしてしまったわけである。反乱勢力は一気に活気付いた。最大の敵が最大の味方に変わったのだ。彼らは歓声を上げつつ、親マドハヴァディティア勢力への攻勢を強めた。


 その動きを後押ししつつ、一方でクリシュナは外交による攻勢も強めていた。異母姉妹を嫁がせることを条件に、百国連合加盟国の切り崩しを行ったのだ。これよりも先に離脱を宣言していた国もあったが、クリシュナはむしろそういう国へ積極的に働きかけをしている。そのかいもあり、親クリシュナ派は順調に勢力を広げていた。


「妙なことになったな」


 メフライルがどこか呆れたようにそう話す。頷くリリィの顔はなんとも険しい。二人とも、こんな展開は予想だにしていなかった。


 メフライルの場合、ベルノルトが依頼した噂のことを知っているから、クリシュナの謀反については「そういう事もあるかもしれない」と、その可能性くらいは考えていた。だが彼が反乱勢力と手を結ぶとは思ってもみなかった。


 ある程度事情を知っているメフライルでさえそうなのだ。リリィや他の山守衆にとっては、まさに青天の霹靂だったと言っていい。ヴェールールは果たして敵なのか、それとも味方なのか。その段階からして意見が分かれている。


「……『今からでも遅くない。解放軍も決起するべきだ』という声がある」


「アサーヴ殿か?」


 メフライルがそう尋ねると、リリィは無言のまま大きく頷いた。彼女にとってアサーヴは叔父に当たる。彼は反マドハヴァディティア勢力が勢いづいているのを見て、「この流れに乗り遅れるべきではない」との思いをまた新たにしているようだった。


「どう思う?」


「まあ、決起した途端に攻め潰されることはないだろうな」


 クリシュナは当然、サラ王女がイスパルタ朝に亡命したことを知っている。彼はアースルガム解放軍の後ろに、サラ王女とイスパルタ朝の姿を見るだろう。そしてイスパルタ軍は、すでにルルグンス法国まで来ているのだ。


 仮にクリシュナがアースルガム解放軍と敵対した場合、それはイスパルタ朝との敵対を意味する。彼はそれを是非とも避けたいと思っているだろう。となれば、解放軍の後ろ盾となることで、他の勢力と同じく自らのシンパとする方向に動くはずだ。


「将来的には、サラ王女を正妃に迎えたいとか、そんなことを言い出すんだろうな」


 メフライルはやや皮肉げにそう語った。クリシュナがアースルガム解放軍を支援したとして、いざアースルガムが再興したとき、イスパルタ朝がそこに強い影響力を持つのは明白だ。クリシュナにとっては頭の痛い勢力図だろう。


 アースルガムを抱き込みつつ、イスパルタ朝と敵対しない。それを叶えるための秘策が、「サラ王女を正妃に」というわけだ。実のところ側妃のほうが、他の反乱勢力と同列に扱えるので、クリシュナにとって収まりが良い。だが側妃ではイスパルタ朝が納得しない。だから正妃に、というわけだ。


「……そう悪い話には思えないな。もちろん、王女本人がどう考えるのかは分からないが……」


 メフライルの話を聞いて、リリィは思案げにそう呟いた。サラがヴェールールの王妃になれば、アースルガムは西方諸国でも一目置かれる存在になるだろう。山守衆もその恩恵を受けられるに違いない。


「だがそれは結局、緩やかな併合、実質的な属国化だぞ」


「イスパルタ軍の力を借りた場合と、どう違う?」


 メフライルの指摘に、リリィは挑むようにそう切り返した。従来の戦略通り、イスパルタ軍の力を借りてアースルガムを再興したとする。するとイスパルタ朝がアースルガムに極めて強い影響力を持つのは火を見るより明らかだ。それこそ実質的な属国であり、将来的には併呑されてしまってもおかしくはない。


 それはヴェールールを頼った場合と同じだ。ならばより早く故国を再興できた方が良いではないか。イスパルタ朝にとっても、西方に影響力を行使できるようになるのだから、悪い話ではないはずだ。リリィは言外にそう言っていた。


「イスパルタ朝の方が、大きくて、強くて、豊かで、文明的だ」


 メフライルはそう答えた。あんまりと言えばあんまりな答えだ。だが事実でもある。実際イスパルタ朝と比べれば、ヴェールールなど歴史の浅い二流国に過ぎない。どうせならより大きな樹の蔭に身を寄せるべきだ、とメフライルは言った。


「それにイスパルタ朝はこれまでずっと、サラ王女をお守りして解放軍を支援してきた。だがヴェールールは何をしてくれた? アースルガムを滅ぼした仇敵じゃないか」


「それは……。だがそれはマドハヴァディティアがやったことで……」


「じゃあ、クリシュナが何をしてくれた?」


 メフライルが重ねてそう尋ねると、リリィは黙り込んだ。クリシュナがアースルガムのためにしてくれたことなど、何一つとしてない。


 もちろん、状況や立場のゆえにできることがなかった、という側面もあるだろう。しかしということは、また状況や立場が変われば、クリシュナはアースルガムを捨てるだろう。


 そう言われ、リリィはため息を吐いた。結局彼女も、クリシュナを心底信じることはできない。彼は父王を裏切ったのだ。アースルガムなどもっと簡単に切り捨てるに違いない。


「信じられるのはイスパルタ朝、か……」


「そうだ。そもそも、ここで解放軍がヴェールールにすり寄ってみろ。イスパルタ朝から見れば裏切りにも等しいぞ、それは」


「……っ」


 メフライルにそう言われ、リリィは背筋を寒くした。アースルガムを再興するには、サラ王女が一人いれば良い。裏切り者を粛清することを、イスパルタ朝は躊躇わないだろう。むしろ「ヴェールールも一緒に潰せてちょうど良い」と、そう考えるかも知れない。それをするだけの力が、イスパルタ朝にはあるのだから。


「はぁ。まあ、分かってはいる。親父殿にも言われたからな」


 メフライルから視線を外し、リリィは嘆息気味にそう呟いた。彼女は顔に苦悩を滲ませながら、さらにこう言葉を続ける。


「だけど、ただ待っているだけで良いのかとも思うんだ。山守衆もアースルガム族も苦しい。何か一つ狂えば、一気に生活が成り立たなくなる。それなのに何もしないでいるのは、怖い」


 リリィはそう自分の心情を吐露した。似たような思いは、山守衆の誰もが抱えているだろう。アサーヴが声高に蜂起を叫ぶのも、突き詰めればそれが理由だ。このまま何もしないでいれば、自分たちは滅ぶのではないか。その恐怖が「蜂起」という解決策を求めるのだ。


「まあ、リリィの気持ちも分からないではないよ。だけどやっぱり、今はまだ動かない方が良い」


「……なぜ?」


「マドハヴァディティアがこのまま何もしないでいるはずがない。奴は必ず、何か手を打つ。それを見極めてからの方が良い」


 メフライルがそう言うと、リリィはいぶかしげな顔をした。マドハヴァディティアは異国の地で孤立しており、その上でさらにイスパルタ軍と戦わなければならない。絶望的な状況であり、彼が盛り返してくることなどないように思える。だがメフライルは厳しい顔をして首を横に振った。


「そんなに諦めの良い奴じゃないだろ。成功するかは別として、絶対に動く」


 メフライルはそう断言した。リリィは半信半疑な様子だったが、事態は彼の言ったとおりに推移した。マドハヴァディティアがラーヒズヤを西方へ戻したのである。イスパルタ軍本隊が迫る中で、しかし貴重な戦力を割いたのだ。その意図が後方の足場固めにあることは明白だった。


 折しも、季節は収穫の秋。西方へ戻ったラーヒズヤはめざましい働きを見せた。三〇〇〇ほどの兵を率い、親クリシュナ派の勢力圏を襲って収穫物を収奪したのである。その手際はあまりにも鮮やかで、被害にあったある領主は「ヤツの天職は盗賊だ」と負け惜しみを言った。


 ラーヒズヤはそうやって確保した兵糧を、ヴァンガルのマドハヴァディティアのもとへ送った。マドハヴァディティアもまた、追加で一万もの戦力をラーヒズヤに送った。この時期、二人はまさに打てば響くような関係だったと言って良い。ジノーファがイスパルタ軍を率いてヴァンガルに肉薄する、少し前の事である。


 ラーヒズヤに反乱勢力を掃討させ、しかる後に後詰めをさせてイスパルタ軍を排除する。それがマドハヴァディティアの基本戦略であろう。綱渡りのような、一つの失敗も許されないギリギリの戦略だ。しかしそれしかマドハヴァディティアの生き残る道はない。メフライルの言うとおり、彼は諦めが悪かった。


 さて、一万以上の兵を動かせるようになり、ラーヒズヤはその軍事的手腕を遺憾なく発揮できるようになった。彼は親クリシュナ勢力への攻勢を強め、造反者と反乱分子を次々に討伐していった。


 親クリシュナ勢力は、最大で西方諸国の四分の三以上を席巻していた。ラーヒズヤはそこから巻き返して、三分の一強を取り返した。マドハヴァディティアの権威を擁護する彼の働きは、当然ながらクリシュナにとって目障りなものだった。


「これ以上、ヤツの好きにさせるわけにはいかぬ」


 クリシュナはラーヒズヤの討伐を決意した。ラーヒズヤを討てば、西方諸国におけるマドハヴァディティアの権威は崩壊する。マドハヴァディティア自身もルルグンス法国でイスパルタ軍に討たれるだろう。クリシュナにとってこの戦いは、自らの支配権を確立するための大一番と言えた。


 クリシュナが動員したのは、およそ二万。一方でラーヒズヤは一万五〇〇〇の兵を率いた。数の上ではクリシュナの方が多い。だが用兵の巧みさではラーヒズヤが上回った。さらに兵の質や士気においても、連戦連勝中の後者が勝っていた。


 ラーヒズヤ軍は守勢に回ったように見せかけ、ジリジリと後退してクリシュナ軍を引き込んだ。そして伏兵を置き、伸びきった敵軍の脇腹に痛撃を加えたのである。


 これによってクリシュナ軍は前後に分断された。その機を見逃さず、ラーヒズヤは反転攻勢を命じる。クリシュナ軍の前衛は散々に叩きのめされた。


 後方にいたクリシュナは慌てて前衛を助けに向かったが、ラーヒズヤ軍の勢いはまさに天地を揺るがすほどだった。前衛が混乱していたこともあり、結局退却するまでにクリシュナ軍は多大な被害を被った。


 この勝利を契機に、ラーヒズヤ軍はさらに勢いづいた。親クリシュナ勢力の支配地域を次々に奪還。西方諸国のおよそ半分を回復した。その中にはヴェールールの旧領も一部含まれており、クリシュナはいよいよ劣勢に立たされようとしていた。


サラ「生理的に無理!」

クリシュナ「会ったこともないのに!」

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― 新着の感想 ―
[一言] クリシュナが無能とは思えないけど、一国の将軍であるラーヒズヤの方が一枚も二枚も上手でしたね。 誰かに補佐させようにも、今回の遠征はマドハヴァディティアにとっても乾坤一擲の戦いのはずだから国内…
[一言] 会ってみればサラの好みかも知れないじゃないか! 確かに親を裏切って大量の側室と関係を持っているけど、 無理か。
[一言] クリシュナに同調した女はクリシュナと一緒に処刑されそうだな。
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