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廃墟エリア

 赤い翼竜のブレスを間一髪で逃れた後、ジノーファとシェリーはダンジョンの中を進み続け、ついに下層へ到達した。なぜそこが下層であると分かったのかと言うと、そこは属性エリアだったのだ。


 赤い翼竜のいた火山エリア、ではない。下り坂をくだり、そこからさらに少しだけ上ったところにある出口の先にあったのは、朽ち果てて廃墟となった街だった。


「これは……、廃墟エリアか……」


 ジノーファが物珍しそうにそう呟いた。彼の眼に写るのは、朽ち果ててしまったとはいえ明らかな人工物。これがダンジョンの外であれば珍しくもなんともないのだろうが、しかしここはダンジョンの中、しかも下層だ。


 こんな場所に街を造った人々がいるわけもなく、つまりこれらの廃墟は人の手によるものではない。ダンジョンが生み出したまがい物の街。それが属性エリアの一つ、廃墟エリアである。


「本当に、ダンジョンの中はなんでもありだなぁ……」


「ジノーファ様も、廃墟エリアは初めてですか?」


「うん。だけど火山エリアよりは、攻略しやすそうだ」


 ジノーファの言葉にシェリーも頷く。少なくともここには肌を焼くような暑さはないし、息苦しいほど多湿でもない。見渡してみた限り、街は基本的に石造りで、通りもすべて舗装されている。瓦礫が散乱してはいるものの、他のエリアと比べ、足場は良く戦いやすそうだった。


 ただ、建物に囲まれていて、周囲の状況がよく分からない。近くにモンスターの気配がないことを確かめると、ジノーファはこう言った。


「近くの建物に上ってみよう」


「はい。全体の様子を把握するんですね?」


 そう尋ねるシェリーに、ジノーファは一つ頷く。そして二人はアネクラの糸も駆使しつつ、すぐ近くにあった建物の二階の梁に上った。どうやらこの街の建物はほとんどが二階建て以下であるらしく、遠くまで良く見える。街の様子を見渡し、二人は少し唖然とした様子でこう呟いた。


「これは……」


「広い、ですね……」


 この廃墟エリアは広かった。ともすれば帝都ガルガンドーほどあるかもしれない。探索するにしても、一日二日では到底足らないだろう。


 困ったように苦笑しながら、ジノーファは視線を上げた。そこに見えるのは断崖絶壁。それがこのエリアをぐるりと囲っている。遠目なのでなんともいえないが、そこには先に通じる通路はないように見える。彼は一つ、ため息を吐いた。


「やっぱり、この廃墟を探索して次の通路を探すほかないのだな……」


「そうですね。頑張りましょう」


 シェリーが明るくそう言うので、ジノーファは小さく笑って頷いた。そして面倒くさそうだと思っていたのを考え直す。シェリーの実力は、まだ下層で戦うには十分ではない。それで先ほど、「もう少しゆっくり進もう」と決めたばかりだ。この廃墟エリアの探索は、そのためにうってつけかも知れない。


(同じエリアの中なら、どれだけ動いてももっと深い場所へ行くことはない……)


 つまりダンジョンの階層的には足を止めているのと変わらない。ここは下層だし、このエリアでじっくりと力を蓄えれば、きっと深層でも通用する実力が身につくだろう。そういう意味では、この広い廃墟エリアはかえって都合がいいといえるかもしれない。ジノーファはそう思った。


 建物から降りると、二人はまずこのエリアへ通じていた出入り口を確認する。どうやら地下室への通路が、そのままエリアへの出入り口になっているらしい。ということはこのエリアから先に進むための出口も、同じようになっている可能性が高い。それだけ確認して二人は探索を開始した。


 ジノーファとシェリーはまず、メインストリートと思しき通りを進んでみることにした。廃墟はたくさんあり、その中にも入れるのだが、まずは通りの探索を優先する。大まかでもいいので、街の全体像を把握するためだ。


 しかしながらここはダンジョンの中。つまり、いつどこでモンスターが現れてもおかしくはない。二人が通りを歩いていると、脇道からモンスターの一団が現れた。小さな体躯、青や緑の肌、醜悪な顔と鉤鼻。ゴブリンである。


 ゴブリンはダンジョンの中ならどこで出現する、比較的ポピュラーなモンスターだ。ただ同種のモンスターであっても、階層が異なればレベルも違ってくる。ここは下層だし、現れたゴブリンたちは粗末ながらも武装している。油断は禁物だった。


「……っ」


 ゴブリンの一団を見つけると、ジノーファは無言のまま鋭く踏み込んだ。シェリーもすぐさまその後に続く。二人の動きは淀みなく、二人の連携が高いレベルにあることを示唆していた。


 二人が動き始めると、二瞬ほど遅れてゴブリンたちも彼らに気付いた。数は五。一匹がクロスボウを持っていて、少々もたつきながらもジノーファに照準を合わせて引き金を引く。放たれた短い矢を、しかし彼は難無く切り払った。


 同時にジノーファはもう片方の剣で突きを放つ。白刃の切っ先は空を貫くばかりだが、しかしそこから伸びた不可視の刃が別のゴブリンの腹を貫いた。腹を貫かれたゴブリンは、目を見開いて動きを止める。その口からは青い血が一筋流れた。


 ジノーファが使ったのは刺突という剣技だ。伸閃と良く似ているが、刺突は斬撃ではなく突きを伸ばす。突きなので比較的コンパクトに使え、さらに伸閃よりも射程が長いのが特徴だ。


「ギギィ!?」


「ギィ!」


 仲間がやられてゴブリンたちが動揺する。その間にジノーファはさらに間合いを詰めた。そして流れるように二匹のゴブリンの間をすり抜ける。次の瞬間、その二匹の首が飛ぶ。さらに一瞬遅れて、シェリーが腹を貫かれたゴブリンに止めをさした。


 ほとんど何もできないまま、ゴブリンたちは半分以下に数を減らした。そのことに気付くとゴブリンたちはさらに動揺する。その隙を見逃さず、ジノーファはさらにもう一匹を、今度は伸閃で袈裟切りにしてしとめた。


 シェリーもまた最後の一匹に肉薄する。クロスボウを持っているゴブリンだ。クロスボウに次の矢は装填されていないし、他に武器は持っていない。簡単に倒せそうだったが、しかしシェリーは攻めあぐねた。


「ギィ! ギギィ!」


 ゴブリンが狂ったようにクロスボウを振り回す。クロスボウは木製だし、大きさだけならナイフよりも大きい。振り回せば立派な鈍器だ。でたらめな攻撃はかえって読みづらく、シェリーは顔をしかめて一旦距離を取った。


「ギギィ!」


 好機と思ったのか、ゴブリンが前に出る。シェリーはそれを冷静に見据えると、足もとの小石をゴブリン目掛けて蹴り飛ばした。ゴブリンは反射的に腕を交差させてその小石を防ぐが、しかしそのために動きが止まる。シェリーはその隙を見逃さず、両手に持っていたナイフを素早く投擲した。


「ギィ!?」


 腕にナイフが突き刺さり、ゴブリンが悲鳴を上げる。シェリーは鋭く間合いを詰めると、腰に水平に吊っていた大振りのナイフを引き抜き、ゴブリンの喉を切り裂いた。ゴブリンは膝から崩れ落ち、そして砂のようになって形を失う。それを見届けてから、シェリーは大きく息を吐いた。そんな彼女に、ジノーファが双剣を鞘に収めながらこう声をかける。


「お疲れ様」


「いえ。手間取ってしまい、申し訳ありませんでした」


 シェリーがそう謝ると、ジノーファは笑って「大丈夫」と言った。それから二人は魔石とドロップアイテムを回収する。ドロップアイテムはゴブリンたちが身につけていた装備品だ。


 ただ、中には砂のようになって崩れてしまっている物もあり、全てを回収できるわけではない。今回回収できたのは、兜が一つと錆びたナイフが二本。ジノーファはそれらをシャドーホールに放り込んだ。


 続けて魔石からマナを吸収する。ジノーファが二つで、シェリーが三つだ。シェリーは一つ遠慮しようとしたのだが、ジノーファは少々強引に押し付けた。もちろん彼女のレベルアップを促すためだ。彼女自身それを承知していて、気を使われたことに恐縮する。しかしそれが必要であることもまた事実。丁寧に礼を述べてから、三つの魔石を受け取った。


 マナを吸収し、魔石もシャドーホールに放り込んで片付けると、二人はまた大通りを歩き始めた。何体かモンスターを倒しつつしばらく歩くと、二人は広場に出る。そこには噴水があって、勢い良く水が噴出していた。それを見てシェリーが首をかしげる。


「こういうのも、水場と言うのでしょうか?」


「廃墟なのに噴水だけ生きているというのもどうかと思うけど……」


 そう言ってジノーファは苦笑した。そうしながらも彼は妖精眼で噴水の周囲をつぶさに観察している。どうやら見た感じ、この広場は水場、つまりセーフティーエリアとして機能しているようだ。


 ただ言葉通りに安全なのかはかなり疑問だ。セーフティーエリアではモンスターは出現しない。しかしモンスターが入ってこないわけではない。そしてこうもあけっぴろげな場所では、モンスターは入って来放題だろう。そして実際、二人が来たのとは別の方向からモンスターが水場に入ってきた。


 またゴブリンだ。数は四。ただ、今度は猟犬を二匹連れている。ジノーファとシェリーは視線を合わせると小さく頷いた。何をするにしても、まずはモンスターを排除してからだ。まずジノーファが先行し、少し遅れてシェリーが続いた。


「ワン、ワン! グゥゥ、ワン!」


「ワンワンッ!」


 ゴブリンたちの連れた猟犬がよだれを撒き散らしながら威嚇して吼える。しかしジノーファたちはまったく怯まない。それを見て二匹の猟犬は飛び出した。姿勢を低くして走るジノーファ目掛けて飛び掛った。


「ギギィ!」


 さらにタイミングを合わせて一匹のゴブリンがクロスボウを放つ。しかしジノーファは慌てない。彼は鋭く踏み込むと、そのまま身体を回転させて蹴りを放つ。狙いは片方の猟犬。つま先を首元に叩き込み、吹き飛ばすのではなく押し込むようにして、その猟犬をもう片方にぶつける。同時にクロスボウの矢の射線をその猟犬で塞いだ。


「ギャン!?」


「シェリー、こっちは任せた!」


 蹴られた挙句に矢が背中に刺さり、猟犬は悲鳴を上げた。もう一匹とだんごになって石畳の上を転がる猟犬をシェリーに任せると、ジノーファは一気に加速し四匹のゴブリンたちとの間合いを詰める。


 前に出てきたのは二匹。どちらも槍を持っている。長さからして短槍だが、ジノーファの双剣よりは間合いが広い。だが得物の単純な間合いなど、彼の前では無意味だ。ジノーファは強く踏み込んで動きを止めると、そのまま伸閃を横薙ぎに放つ。二匹のゴブリンは真っ二つになった。


「ギギィ!」


 足を止めたジノーファに、三匹目のゴブリンが剣を振り上げて斬りかかる。しかしそのゴブリンは次の瞬間、「ギィ!?」と悲鳴を上げて後ろへ引っくり返った。ジノーファが刺突で迎撃したのだ。


 止めをさそうとして、ジノーファは間合いを詰める。しかしあと一歩というところで、彼は突然後方へ跳躍した。その次の瞬間、巨大な火の玉がついさっきまで彼のいた場所へ飛来する。


「ギィィィィイイイイイ!?」


 巻き込まれたゴブリンが炎の中で絶叫する。その耳障りな叫び声に顔をしかめつつ、ジノーファは妖精眼を使って周囲を素早く伺う。すると広場を囲むようにして建つ建物の二階部分に、モンスターの反応を一つ見つけた。このモンスターが巨大な火の玉を放ったに違いない。ジノーファがさてどうしようかと思ったその矢先、シェリーの鋭い声が響いた。


「ジノーファ様!」


 その声にはっとして、ジノーファは視線を水平に戻した。それとほぼ同時に、燃え盛る炎を突き破ってクロスボウの矢が飛来する。後ろにいるゴブリンが炎を目隠しにして第二射を放ったのだ。


「っ!」


 間一髪でジノーファはその矢を回避する。そこへさらに小さな火の玉が立て続けに打ち込まれる。彼は地面を転がるようにしてそれを回避し、そして素早く立ち上がると双剣を構えて走り出した。


 クロスボウを持つゴブリンは、シェリーが相手をしていた。彼女は二匹の猟犬を仕留めてから大きく迂回するようにして後衛を狙ったのだが、第二射を防ぐことができなかった。せめて三射目は撃たせまいとして、彼女は側面からゴブリンへ肉薄する。


 しかしゴブリンもそれに気付き、やはりクロスボウをでたらめに振り回して彼女を牽制する。だが今度はシェリーも対策を練っていた。彼女は大き目の石をアネクラの糸で振り子のように吊るし、それを振り回して勢いをつけ、狙い済ましてゴブリンの頭に叩き付けたのだ。


「ギィ!?」


 頭を痛打された衝撃に、ゴブリンはたまらずクロスボウを落とした。ゴブリンが膝から崩れ落ちるより早く、シェリーは間合いを詰める。そして逆手に持ったナイフをそのこめかみに突き刺した。


 シェリーがゴブリンを仕留めるのとほぼ同時に、ジノーファはモンスターが潜む建物に肉薄した。とはいえ、わざわざ中に入るつもりはない。彼は両手に構えた双剣を縦横無尽に振るい伸閃を放つ。建物は石造りだが、使われているのはただの石材。聖痕(スティグマ)持ちたるジノーファなら、これを切り裂く事はたやすい。


 一階部分の壁をバラバラにされ、建物の前半分が崩れて潰れた。その瓦礫の中に、杖を持ったゴブリンがいた。このゴブリンが魔法を使い火の玉を飛ばしていたのだ。瓦礫に押しつぶされほとんど瀕死のそのゴブリンに、ジノーファは伸閃で止めをさした。


 ふう、とジノーファは息を吐く。しかしまだ気は抜かない。彼の傍に来たシェリーも、両手にナイフを構えて臨戦態勢のままだ。それにはもちろん理由がある。戦闘音を聞きつけたのか、この広場にモンスターが集まってきているのだ。ゴブリンが多いが、中には体格のいいホブゴブリンや、出っ張ったお腹をしたオーク、骨だけで動くスケルトンなども含まれている。


「シェリー、まだ大丈夫?」


「はい。いけます」


 シェリーがそう答えると、ジノーファは小さく頷いた。そして次の瞬間、彼の小さな身体から押しつぶすようなプレッシャーが放たれる。背中の聖痕(スティグマ)を発動させたのだ。プレッシャーにさらされ息を飲むシェリーに、ジノーファはこう言った。


「数が多いし、わたしも本気を出す。シェリーはなるべく、手傷を負ったモンスターを相手にして欲しい」


「分かりました」


「じゃあ行こう」


 気負いなくそう言って、ジノーファは駆け出した。シェリーはそのあとに、まるで影のように従う。多勢に無勢な戦いのはずだが、彼女に不安は少しもない。彼女が心配しているのは、果して自分の仕事があるのかということだけである。


 それからおよそ一時間に渡ってジノーファとシェリーは戦い続けた。倒したモンスターの数は、おそらく一〇〇を超えている。全ての魔石とドロップアイテムを回収し終えると二人はさすがに疲れを覚えた。それで一樽分だけ噴水の水を汲み、二人は廃墟エリアから撤退した。


 なお、汲んだ水は換金せず、ボロネスに頼んで晩餐に使ってもらうつもりだ。


シェリーの一言報告書「やっぱり素材がいいと、お料理は美味しくなりますね」

ダンダリオン「俺も食べたい」

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