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下層へ

 ヒュン、という軽やかながらも鋭い音を立ててジノーファが双剣を振るう。狙うのはオーガと呼ばれる角を生やしたモンスター。白刃それ自体は届いていないが、しかしそこから伸びた不可視の斬撃がオーガの身体を大きく切り裂いた。彼が得意とする剣技、伸閃である。


「ガァ……!」


 短い絶叫を残し、オーガの身体が砂のようになって崩れ落ちる。その時にはすでに、ジノーファはまた別のモンスターに狙いを定めていた。鋭く踏み込み、両手の双剣を振るう。モンスターたちは次々に崩れ落ち、数を減らしていった。


 最後のモンスターを倒すべくジノーファが振り返ると、彼の目の前でモンスターが崩れ落ちていく。一緒に攻略を行っているシェリーが倒したのだ。派手さはないものの、裏方に徹する彼女の働きは、ジノーファにとってなくてはならないものになっていた。


 モンスターの気配がなくなったところで、ジノーファは一つ息を吐き双剣を鞘に戻した。そんな彼に、シェリーがこう話しかける。


「双剣の具合はいかがですか?」


「うん、悪くない。というより、ダンジョンの中で使うなら、こちらの方がいいと思う」


 ジノーファが今使っているのは、工房モルガノで作ってもらった一角の双剣である。二人がいるのは中層の水場の近くなのだが、ふと新しい武器を実際に試してみようと思いつき、こうして実戦で振るってみたのだ。


 その使い心地は、ジノーファ本人が認めるように、彼がもともと使っていた双剣よりも良かった。ただ、この場合の使い心地とは、振りやすさや切りやすさのことではなく、魔力の通しやすさのことを指す。


 ダンジョンで戦う場合、この魔力の通しやすさが武器を選ぶ上での重要な要素だった。魔力を通しやすいということは、伸閃などの剣技が使いやすいということ。魔法に准ずるこれらの武技は攻略を進める上での大きな力だから、その使いやすさを気にするのは当然のことだ。


 一般に、ドロップアイテムを使えば魔力を通しやすくなる、と言われている。ただしドロップアイテムだけだと、魔力を込めない場合に脆くなり、ダンジョンの外ではあまり使い物にならない。それで何かしらの金属を混ぜるなり重ねるなりして強度を増すこともあるのだが、これが工房モルガノの店主が言うところの「嵩増し」だった。


 今回ジノーファが作ってもらった一角の双剣は、この嵩増しをしていない。つまりダンジョンの中でのみ使うことを想定した双剣だった。もともとそういう注文だったので、ジノーファにも不満はない。むしろこうして実際に使ってみて、彼はその使い心地に満足していた。これならば下層と言わず、深層でも通用するだろう。


 倒したモンスターから魔石を回収すると、ジノーファとシェリーはそれぞれ半分ずつを取ってそこからマナを吸収する。輝きを失った魔石をシャドーホールに放り込むと、二人はさらに奥を目指して進んだ。


 モンスターを倒しつつ、マナスポットや採掘ポイントを見つけては足を止める。やっている事はいつもと同じだ。しかしモンスターは確実に強くなっている。シェリーはひしひしとそれを感じていた。


「……ん?」


 さて、下層を目指しダンジョンの中を歩いていると、分かれ道に出たところで不意にジノーファが足を止めた。彼は分かれ道の一つに視線を向けている。妖精眼で何か見えたのかもしれない。


「ちょっと、こっちに行ってみよう」


 ジノーファがそう決めたのであれば、シェリーに否やはない。二人は分かれ道を進んだ。進んで行くにつれて、徐々に気温が上がっていく。さらに進むと、二人はその原因を見つけた。


「これは……」


「属性エリア、だな。さしずめ、火山エリアといったところかな」


 分かれ道の先は、断崖になっていた。そこから下を見下ろすと、熱気が二人の顔を襲う。下はマグマが噴出し、溶岩の流れる、まるで火山のような場所になっていた。


 ダンジョンとはすなわち、人外魔境である。基本的に洞窟や鍾乳洞のようななりをしているとはいえ、それはダンジョンの一面でしかない。中にはこのように、まるで火山のようにマグマの噴出する場所もある。そのような場所を、人々は属性エリアと呼んでいた。


 属性エリアとはすなわち、ダンジョン内にあって一風変わった場所のことを指す。広い意味で言えば、水場も属性エリアだ。それだけではなく、このように火山のような場所もあれば、砂漠や森林、雪原や沼地、迷路に廃墟のようなエリアまで確認されている。要するに何でもありだった。


 属性エリアは基本的に広い。エリアボスが出現する大部屋よりもはるかに広いのだ。ジノーファとシェリーが今見下ろしているこの火山エリアも、恐らくは直径で1キロ以上あるに違いない。


 それぞれの属性エリアでは、その環境に影響を受けたモンスターが出現する。例えばこの火山エリアなら、フレイムドッグなど炎の力を持つモンスターが多く出現するだろう。いわゆるボスモンスターはいないが、頭一つ抜けて強力なモンスターが出現する事はあり、それが実質的なボスと言えた。


「……下に、降りられますか? 降りれば、確実に下層だと思いますが……」


 シェリーがジノーファにそう尋ねた。水場を例外として、属性エリアは下層以下の領域に点在していることが知られている。つまり火山エリアへ降りれば、そこはほぼ確実に下層であるといえるのだ。しかしジノーファは首を横に振った。


「いや、止めておこう。足が滑ってマグマに落ちでもしたら大変だ」


 冗談めかしてはいるものの、それは十分に起こりえる事態だ。そうでなくとも、火山エリアは高温である。当てどもなく彷徨えば、あっという間に脱水症状を起こし、倒れてしまいかねない。火山エリアを探索したいと思うのなら、それ相応の準備が必要だった。


 余談になるが、このように事前準備無しに足を踏み入れるのが危険な属性エリアは多い。直轄軍兵士の主な訓練の場が中層であるのも、これが理由の一つだ。単純に進むことさえ難しいのである。このように属性エリアは下層以下の領域の攻略を妨げる大きな要因になっていた。


 閑話休題。下へは降りないことに決め、二人は来た道を戻ろうとして身を翻す。しかしその瞬間、彼らの後ろでモンスターの咆哮が響いた。


「グゥゥァァァアアアア!!」


 反射的に二人は振り返る。そこには火山エリアの上空を悠然と飛ぶ赤い翼竜の姿があった。そして目が合う。その眼に敵意が燃え上がったのは、決してジノーファの見間違いではあるまい。


「シェリーッ、走れ!」


「は、はい!」


 ジノーファとシェリーは脱兎のごとくに逃げ出した。二人が走る通路は細くて狭い。人が二人横に並べば、それだけで通路を塞いでしまう。だからあの赤い翼竜がこの通路に侵入して二人を追ってくる事はない。しかしそれでも、二人は全力で走る。二人の頭に浮かぶ最悪の事態は、そういうものではないのだ。


「ッ!」


 通路の奥で力が膨れ上がるのを感じ取り、ジノーファは鋭く舌打ちをした。ここからでは見えないが、あの赤い翼竜の口元には炎が蓄えられているに違いない。このままでは間に合わないと判断し、彼はシェリーを抱き上げた。


「きゃあ!? ジ、ジノーファ様!?」


「ごめん、シェリー! 摑まっていて!」


 そう言うが早いか、ジノーファは一気に速度を上げた。もしかしたら彼の背中には、聖痕(スティグマ)が輝いているのかもしれない。そしてそんな彼を追うようにして激しい炎が通路の中を舐め迫る。恐らく、というかほぼ確実にあの赤い翼竜のブレスだ。ジノーファの肩越しにその光景を見たシェリーは身を硬くして彼に抱きついた。


 シェリーを抱きかかえ、ジノーファは細い通路を疾走する。そして交差点にまで来ると、転がり込むようにして脇道に入った。次の瞬間、炎が猛烈な勢いで真っ直ぐに通り過ぎていく。その様子を、ジノーファとシェリーはやや呆然と見送った。


 その後すぐに炎の勢いは弱まり、ブレスはそのまま終息した。通路は黒く焦げていて、一部は炭化したのかボロボロと崩れ落ちている。しかしジノーファとシェリーは無傷だ。少しばかり擦り傷ができたかもしれないが、ダンジョン攻略をしていればそんなものは傷の内に入らない。


「ははは……」


「ふふ……」


 ジノーファとシェリーは小さく笑いあった。窮地を脱したという安心感がふつふつと湧き起こり、強張っていた身体から力が抜ける。とはいえいつまでも転がっていると危険なので、二人はいそいそと立ち上がった。


「あそこには近づかない方がいいな」


「そうですわね」


 焦げた通路を眺めながら、二人はそう言葉を交わす。火山エリアに降りるわけではないのだから、先ほどの通路にもう用はない。またあの赤い翼竜のブレスに焼かれそうになるのもごめんだし、もう近づかない方がいいだろう。


「それにしても、下層にはあの翼竜のようなモンスターが跋扈しているのでしょうか?」


「いや。エリアボスほどではないけど、あれはかなり強い方だと思う」


 少し不安げな顔をするシェリーに、ジノーファはそう答えた。同じ階層であっても、出現するモンスターには個体差がある。そして階層が下へいくほど、個体差のばらつきは大きくなっていく。要するに、モンスターにもレベル差が出てくるのだ。


 ジノーファの経験からして、あの赤い翼竜は下層に出現するモンスターのなかでも上位に位置すると思っていい。逆を言えば下層であっても、あれほどのモンスターはそうそう現れない。それを聞いてシェリーは安堵した様子を見せた。


「良かったです……。あれほどのモンスターになってしまうと、わたしでは逃げるしかありませんから」


「そうでもないと思うよ。確かに飛んでいるのは面倒だけど、翼さえ切り落としてしまえば、後は大きな蜥蜴と変わらない。シェリーの浸透勁なら、十分に効くと思う」


 ジノーファはそういうが、翼を切り落とすこともシェリーには無理だろう。彼女自身、それを自覚していた。なにより、もう一つ大きな問題がある。


「ですが、ブレスが……」


「ブレスは予備動作が大きいから、広い場所なら回避は難しくない。それにブレスを吐いている間はだいたい動きが止まるから、回避してしまえばそのまま側面や背後に回りこむのも簡単だ」


 今回は細い通路だったから逃げるしかなかったけど、と言ってジノーファは苦笑した。一方のシェリーは頬を引き攣らせている。彼の話を聞いているうちに気付いてしまったのだ。その話が全て、実体験に基づいていることに。


 つまりジノーファはあれくらいの翼竜なら、過去に倒したことがあるのだ。恐らくはもっと広い場所で、ブレスを回避して背後に回りこみ、翼を切り落として地面に落としたに違いない。


 そしてろくに動けない相手を翻弄しつつ、伸閃を駆使して全身を切り刻んだのだろう。シェリーはその様子が容易に想像できてしまった。硬い鱗に覆われたあの身体に斬撃が通用するのかという懸念はあるが、妖精眼があればどうとでもなるのだろう。


「それは……、ジノーファ様だけですよ」


「そうだろうか」


「そうです。何でもかんでも、ご自分を基準にして考えないでくださいまし」


 少し拗ねた様子で、シェリーはそう言った。言われたジノーファは苦笑する。彼はこれまでずっと、下層以下の攻略は一人で行ってきた。周りには誰もいないから、比べて比較することもできない。自分自身を基準とするしかなかった。


 ただ、ときどき本人ですら忘れそうになっているが、ジノーファは聖痕(スティグマ)持ちだ。その彼を基準にされては、シェリーのような一般人はかなわない。誰もが彼のように戦えるわけではないのだ。


 そのことを、ジノーファも最近ようやく分かってきた。シェリーは上層や中層なら危なげなく戦っていた。また細作である彼女は身のこなしが軽い。跳んだりはねたりしながらダンジョンの中を進んでも、涼しい顔をしてジノーファについて来ることができた。


 しかし下層が近づくにつれ、だんだんと限界が見え始めてきた。モンスターを一体倒すのにも、上層や中層のときと比べて時間がかかっているし、またやりにくそうにしていることもある。先ほども、ブレスから逃れるために走っていたのに、結局間に合わずジノーファに抱きかかえられてしまった。


 一応擁護しておくと、シェリーは決して弱いわけではない。それどころか、ここ最近は成長著しい。ジノーファと攻略を行うようになって、通常よりもはるかに多い経験値(マナ)を得ているからだ。今の彼女なら、直轄軍のなかでも特に精鋭と呼ばれる者たちに比肩できるだろう。


 つまり十分に強いはずのシェリーでさえ、下層が近いこの辺りでジノーファについて行くのは大変なのだ。となれば、ジノーファの方が合わせてやるより他ない。もう少しペースを抑えたほうがいいかもしれないな、と彼は思った。


「じゃあ、ゆっくり進もう。どうせ、誰かと競っているわけでもない」


「はい」


 ジノーファの言葉に、シェリーはそう言って頷いた。しかし彼女は内心で、「やってしまった」と後悔していた。よりにもよって、ジノーファに気を使わせてしまった。


 ジノーファは一人でも下層の攻略が可能だ。その彼にペースを落とさせると言う事は、足を引っ張っているということに他ならない。足手まといにはならないと誓ったのに、これではメイド失格だった。


 ただその一方で、シェリーは自分の実力不足をしょうがないものとも考えている。要するにたった二人で下層に足を踏み入れようとするには、今の彼女ではまだレベルが足りないのだ。


 あるいは人数を増やせば彼女の負担も減るのかもしれないが、それでは本末転倒だ。ジノーファより弱いメンバーをこれ以上増やしたところで、彼にとっては負担にしかならないだろう。シェリーの負担を減らすためにジノーファの負担を増やしていては、メンバーを増やした意味がない。


 結局、シェリーがレベルアップするよりほかないのだ。そしてそのためには、より多量の経験値(マナ)を取り込まなければならない。だがそれを目的として、下層ではなく中層で攻略を行うことになれば、その時こそシェリーは自分が許せなくなるだろう。足手まといになるどころか、足を止めさせてしまうのだから。


(それだけは、絶対にダメです……!)


 足を止めさせてしまうくらいなら、ゆっくりとでも前に進む方がまだいい。シェリーはそう考え、足手まといになってしまったことを悔やみつつ、それを糧にして強くなることを誓った。


 一口ずつ水を飲んでから、二人はまた下層に向かって歩き始めた。シェリーは前を進むジノーファの背中を見て、ふと先ほどのことを思い出す。自分の方が年上だし、身長も高いのに、軽々と抱きかかえられてしまった。


(ナマイキ、ですよ。ふふ……)


 あの時、思わず胸が高鳴った事は、報告書には書かないつもりだ。


シェリーの一言報告書「そろそろ下層」

ダンダリオン「……? 肉と水を頼む」

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― 新着の感想 ―
[一言] 本編の後の一言が楽しいです。
[良い点] 追放タグで検索をして、目についたので約一年ぶりに読み返しています。 相変わらす文末の報告書が面白いです。また、更新が増えてて嬉しいです。 続きを読んでいこうと思います。
[良い点] シェリーめちゃくちゃ可愛い [一言] 更新頑張って
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