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紅玉鳳凰勲章


 アンタルヤ王国とロストク帝国が行っていた講和条件の話し合いは、二日目に双方の合意に至った。合意した内容は、以下の通りである。


 一つ。アンタルヤ王国はロストク帝国に対し、賠償金として金貨十万枚を支払う。なお、捕虜の身代金を含むものとする。


 一つ。アンタルヤ王国とロストク帝国は五年間の相互不可侵条約を結ぶ。


 賠償金に含まれる身代金とは、イスファードのものだけではない。文字通り捕虜となったもの全て、それこそ一般の兵士だけではなくカルカヴァンや他家の当主たちの分も含めたものである。つまり身代金は一括で支払われることになったのだ。


 これを提案してきたのはアンタルヤ王国の外交官だった。そしてロストク帝国の外交官も少し考えてからこれを受け入れた。もちろん個別に身代金の交渉をした方が、最終的に得られる金額は多くなるだろう。だがその分、手間がかかる。その手間を嫌ったのがまず一つの理由だ。


 さらに提案したアンタルヤ王国の、いやガーレルラーン二世の意図を推測した時、受け入れた方が最終的にロストク帝国の利になると判断したのがもう一つ理由だった。これについてダンダリオンも同じ意見で、報告に来た外交官に若干呆れつつこう話した。


「まさか余の予想が当たるとはな」


「いえ、まだ陛下の予想が当たったと決まったわけではありませんが……」


「しかしな、ガーレルラーン二世が善意で身代金を支払ってやるつもりであるとは、お前とて思ってはおるまい?」


 ダンダリオンにそう問われ、交渉を担当した外交官は苦笑を浮かべた。確かにそう思ったからこそ、彼はこの条件を呑んだのである。


 ダンダリオンの予想とは「ガーレルラーン二世は自らの権勢を強化するために、イスファードとカルカヴァンにわざと負ける戦いをさせた」というものだ。その思惑の延長線上に身代金の一括支払いという提案があったのであれば、そこにもやはり彼の権勢を強化する狙いがあると考えられる。


 つまり、ガーレルラーン二世はいわば債権を買ったのだ。彼は捕虜となった貴族たちがそれぞれの家に帰った後で、自分が肩代りした分を彼等に対し改めて請求するに違いない。


 そしてその際、「敗戦の責任を問う」とでも言ってさらなる上乗せを行い多額の金を徴収し、もしかしたら領地の一部さえも取り上げてしまうつもりなのだ。そうやってガーレルラーン二世が得る利益は、金貨十万枚を大きく超えるだろう。少なくともダンダリオンと外交官はそう予測していた。


 もちろん、その予想が外れる可能性もある。本当に全ての身代金を肩代りすることで貴族達の忠誠を得、それによって権勢を強化するという方法もあるだろう。ただその場合、イスファードの後ろ盾となる派閥の力を大きく削ぐ事はできない。寛大な態度を見せた以上、彼等に敗戦の責任を問うこともできないはずだ。


 苛烈に対処するのか、それとも寛大に対処するのか。最終的に決めるのがガーレルラーン二世だ。ただ、もし彼がイスファードのことを潜在的な政敵と見ているのなら、前者を選択するのではないか。ダンダリオンと外交官はそう考えている。それを確かめる意味でも提案を受け入れたのだ。そしてダンダリオンもそれを支持した。


 講和条約に調印がなされると、ダンダリオンは捕虜としたアンタルヤ軍のほとんどを武装解除した上で解放した。彼らに食わせる飯もタダではないのだ。ただその一方で、イスファードやカルカヴァンといった大物は人質として残してある。彼らの身柄を抑えておけば、身代金を踏み倒されることはないだろう。


 解放したアンタルヤ軍が国境を越え国外へ出たのを見届けると、ダンダリオンは防衛陣地を引き払って旧公都ストルーアへ向かって出立した。同時に三〇〇〇ほどの部隊を割いてスタンピードを起こしたダンジョンへ向かわせ、攻略を再開させる。帝都に派遣するよう求めていたメイジとヒーラーも近日中に到着すると言う。これでひとまず、当座の危機は去ったと思っていい。


 ストルーアに帰還すると、ダンダリオンは人質たちの軟禁を命じ、兵たちに恩賞を与えた。正式な論功行賞は帝都ガルガンドーへ戻ってからになるが、しかし彼らは文字通り命をかけて戦ったのだ。まずは一律に金を配り、ダンダリオンは彼らの働きを労った。


「そなたらの勇戦まことに見事であった。戦いの疲れを癒すが良い」


 ダンダリオンがそう言葉をかけると、兵士たちは歓声を上げた。そして金を受けると、頬を緩めながら街へ繰り出していく。ある者は美味い食事を食べ、ある者は酒を飲み、ある者は女でも買うのだろう。彼らは一仕事終えた達成感に溢れていた。


 一方のダンダリオンだが、彼の仕事はまだ終わっていない。街へ繰り出す兵士達のことをいささか羨ましく思いながら、彼は戦後処理を含めた事務仕事に取り掛かった。それらの仕事をこなしながら、彼はふとこう思った。ガーレルラーン二世は身代金のことを含め、敗戦の処理をどのように行うのだろうか、と。


(どう転ぶかは分からん。だが事と次第によっては、あの小僧に吹き込んでやった“毒”が思った以上に効くかも知れんな)


 ダンダリオンは意地悪くそう考えた。そして少し先の話になるが、ガーレルラーン二世は大よそダンダリオンが予測した通りに動いた。いや、ともすればもっと悪辣であったかもしれない。


 彼は今回出兵した各家に対し、まず身代金の分として多額の金を要求した。さらに「敗戦の責任を問う」と言って追加の罰金や領地の没収を通告した。当然その強引なやり方に反感を覚える者は多くいたが、しかしそれが反乱に結びつくことはなかった。


 理由は主に三つ。第一に今回の敗戦で戦力を消耗していたため。第二に派閥の首魁であるカルカヴァンや他の大貴族たちはまだ解放されておらず、不満分子を糾合できる人物がいなかったため。第三にガーレルラーン二世はそれぞれの家の扱いに差を付けており、そのために派閥は内部で分断されてしまっていた。


 さらに今回出兵した大貴族が軒並み領地を削られた中、エルビスタン公爵家だけは金銭の支払いだけで済まされていた。その軽い処分は王太子イスファードとの深い繋がりのためと推察するのはむしろ当然だろう。


 そのため派閥内の不満はエルビスタン公爵家に集中した。中には公爵家に見切りをつけて他の派閥に入ったり、王家に擦り寄ったりする家もあった。カルカヴァンがいれば何かしらの対策を講じたのだろうが、あいにくとその時彼はまだ捕囚の身。公爵家は有効な手立てを講ずることができず、情勢は決定的なものとなった。


 結果としてイスファードの後ろ盾、もしくは政治基盤となるべき派閥の力は大いに損なわれたのである。一方、ガーレルラーン二世の権勢は強化されており、今後少なくとも十年は安泰であろうと思われた。


 この一連の権力闘争の筋書きを書いたのは、間違いなくガーレルラーン二世だ。しかしどこからどこまでが筋書き通りなのかは、ダンダリオンにも分からない。ただこの筋書きがロストク軍の勝利を前提としていることは間違いなく、そういう意味ではダンダリオンのことを最も高く評価していたのは他ならぬガーレルラーン二世なのかも知れない。


 閑話休題。スタンピードを起こしたダンジョンも、攻略を進めさせているとはいえ、このままにしておくわけにはいかない。ダンダリオンとしてはこのダンジョンを管理するために新たな城塞都市を建設し、さらに国境の防衛を兼ねさせるつもりだった。


 もちろん城塞都市の建設ともなれば、一朝一夕にできるものではない。同時にダンジョンの攻略も行わなければならず、実際に動き出したときに混乱が生じないよう計画を立てなければならない。


 加えて、巨額の費用がかかる。ただ、ダンダリオンはこの点についてはさほど心配はしていなかった。今回の戦争で賠償金を得ているし、なによりダンジョンがある。安定的に管理しさえすれば、ダンジョンは枯れない鉱山と同じ。将来にわたって潤沢な富を生み出してくれるだろう。


「城塞都市の名は、オールボーでよかろう」


 ダンダリオンはそう決めた。そしてオールボー建設のため、彼はおよそ一ヶ月の間旧公都ストルーアで働いた。そして自分がいなくなっても大丈夫と思える程度に仕事が形になると、彼は後のことを責任者に託し帝都ガルガンドーへ帰還するべく出立したのである。大統歴六三五年五月二〇日のことだった。



 □ ■ □ ■



 ダンダリオンが帝都ガルガンドーに帰還したとき、ジノーファはすっかりと元気を取り戻していた。留守を任せていた皇太子のジェラルドに話を聞くと、どうも一人で勝手に立ち直ったらしい。手間のかからぬ奴め、とダンダリオンは愉快気に笑った。


 さて、幾つかの用事を片付けて自分の執務室に落ち着くと、ダンダリオンは侍従長を呼んだ。彼が執務室にやって来ると、ダンダリオンは早速こう尋ねた。


「ジノーファのこと、どう見る? 忌憚のない意見を聞かせてくれ」


「気持ちの良い方とお見受けしました。礼儀正しく、高圧的なところが少しもない。無理をして態度を作っているようには見えませんでしたので、おそらくはアンタルヤ王国におられた頃からそうだったのでしょう」


 侍従長がそういうのを聞いて、ダンダリオンは嬉しそうに頷いた。彼の人を見る目を、ダンダリオンは信頼している。彼の推挙によって取り立てられた人物は多い。加えて自らの好き嫌いに拘らないその姿勢は、多くの人からも信頼されていた。


 その侍従長が、ジノーファのことを「良い」と言った。ある意味でお墨付きが与えられたようなものである。それでダンダリオンはさらにこう言った。


「侍従長、余の考えていることが分かるか?」


「陛下はジノーファ様のことを、帝国に取り込んでしまいたいとお考えなのではありませんか?」


 侍従長の答えを聞くと、ダンダリオンは笑みを浮かべながら大きく頷いた。そしてさらにこう尋ねる。


「そのことについてはどう思う?」


「賛成でございます。ジノーファ様は聖痕(スティグマ)持ち。ただその一点を考えただけでも、他国に取られるわけにはまいりませぬ」


「ではそのために、具体的にはどうするべきだ?」


「帝国における身分と、生活の基盤を用意すればよろしいと存じます。そうすれば、よほどの悪感情を抱かぬ限り、この国を出て行かれる事はないでしょう」


 現在ジノーファは何もかもを失った状態だ。その彼にロストク帝国が改めて身分と生活の基盤を与える。それだけで十分にこの国にいついてくれるだろう。侍従長はそう考えていた。


 ダンダリオンも基本的には同じ意見である。しかし彼はもっと踏み込むべきと考えていた。それで彼は自分の意見をこう述べた。


「マリカーシェルと婚約させる、というのはどうだ?」


 マリカーシェルというのは、ダンダリオンの末娘である。今年十三歳になるので、歳のつり合いは取れている。しかし侍従長は少し考え込んでから首を横に振った。


「……今はまだ、止めておいた方がよろしいかと」


「ほう、なぜだ?」


「見たところジノーファ様は、まだ祖国のことを振り切れておりませぬ。皇女殿下とご婚約させれば、ある意味で逃げ道を塞いでしまいます。今そこまで追い詰めてしまうのは、よろしくないでしょう」


 最悪夜逃げしてしまうかもしれない、と侍従長は言った。ジノーファは今、それくらい身軽なのだ。もちろん彼はアンタルヤ王国にはもう戻れないが、しかしアンタルヤ王国以外の国がこの世にロストク帝国しかないわけではないのだ。


「ふむ。だが、ジノーファは立ち直ったと言うではないか」


「人の心とは複雑なものでございます。ふとした拍子に祖国を思い出すこともありましょう」


「なるほどな。だが身分と生活基盤だけではちと弱くはないか? はっきり言って、捨てようと思えばいつでも捨てられるものだぞ」


 繰り返すが、ジノーファは聖痕(スティグマ)持ちだ。そして今まで一人で攻略を行ってきた。つまりダンジョンがあればどこでだって生きていけるだろう。あるいは他国がより高い身分とよりよい生活基盤を提示し、引き抜き工作を図ることが予想される。彼を引き止めておくためには、もう一手必要なように思われた。


「では、女をあてがうと言うのはいかがでしょう?」


「女ごと他国へ行かれては、同じことではないか?」


「陛下への忠誠心の高い者を選べばよいのです」


 それを聞いてダンダリオンは苦笑した。そういう女がいないわけではない。ただ、ジノーファがどう感じるかが問題だ。


「ほとんど監視役だな。そのような相手に心を開くものか?」


「ですから、一生を添い遂げさせるつもりで傍に置くのです。あとは子供の一人か二人でも作らせれば、十分に柵となりましょう。まあ、ともすれば女の方がジノーファ様にやられてしまって、陛下から鞍替えするようなことがあるかもしれませぬが、そこは陛下の器量次第でしょうなぁ」


 後半部分は冗談めかし、侍従長はそう言った。ダンダリオンもそれを聞いて苦笑する。ただ、「ジノーファにやられてしまう」というのは十分にありえると思った。


「言ってくれる。それで侍従長。そなたの口ぶりでは、すでに候補がいるようだが?」


「は……。実は……」


 二人の悪巧みは続く。


 さて、ダンダリオンが帝都ガルガンドーへ帰還してから数日後。今回の戦争に関連して論功行賞が行われた。武勲を挙げた者の名前が次々に読み上げられ、それぞれに恩賞が下賜されていく。そして最後にジノーファの名前が呼ばれた。


「はっ」


 ジノーファはダンダリオンの前に出て片膝をつく。この場に出るよう求められた時点で、もしかしたら名前が呼ばれるのかもしれないとは思っていた。しかし実際にこうして呼ばれてみると、歓喜よりも緊張や困惑が先に立つ。ただ、そこは王太子として育てられた身の上。内心はおくびも出さず、静かにダンダリオンの言葉を待った。


「ジノーファ殿。この場を借り、改めて礼を言う。そなたの判断のおかげで、我が軍はスタンピードによる被害を最小限に抑えることができた。また続くダンジョン攻略においても、多大な尽力をいただいた。感謝しているぞ」


「わたしが、わたしのためにやったことでございます」


「そなたならばそう言うであろうな。しかしこの恩に報いねば、余とロストク帝国は狭量と吝嗇のそしりを免れぬ。そこでそなたには紅玉鳳凰勲章と屋敷を一軒与えるものとする」


 そう言うと、ダンダリオンはジノーファを立たせ、手ずから彼に勲章をつけてやった。鳳凰が翼を広げている意匠の勲章で、真ん中には大粒のルビーがあしらわれている。勲章が彼の胸で輝くと、会場は大きな拍手に包まれた。


「これで恩を返しきったとは思っておらぬ。いずれまた利息をつけて返してやるゆえ、楽しみにしていることだ」


 最後にダンダリオンはそう言ってジノーファの肩を叩いた。それを聞いてジノーファは思わず頬を引き攣らせる。まさか恩賞を貰うことを空恐ろしく感じることがあるとは、思っても見なかった。


 さて、ジノーファが授与された紅玉鳳凰勲章には、名誉だけではなく実益が付随していた。まずこの勲章を授与された者は帝国騎士の称号を得る事になる。ロストク皇帝が身分を保証しているに等しく、国外でも一定の効力を持つ。


 さらにこの勲章には年金が付く。その額、年間で銀貨二四〇〇枚。一般的な家庭であれば、銀貨で三〇〇から四〇〇枚もあれば一年暮らせると言われているので、かなりの金額である。


 そして屋敷だが、こちらも一等地に立つ立派なお屋敷だ。すでに使用人も手配されている。家令が一人、メイドが二人、コックが一人の計四人だ。彼らの給料はジノーファが支払うことになる。


 勝手に使用人を決められてしまった格好ではある。ただ、どのみち大きな屋敷を一人で管理するのは無理だし、彼にはよい使用人を見つける伝手もない。それで彼はこの配慮を喜んだ。


 さて、この屋敷にはもう一人、ダンダリオンのもとから人員が派遣されていた。彼女の名前はシェリー。ジノーファの専属メイドとして派遣された彼女は、彼の初恋の人だった。


と言うわけで。

第一章〈灰色の王子〉、いかがでしたでしょうか。

途中で灰色の王子様はいなくなっちゃったんですけどね(笑)


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