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辺境伯領の特産品


 一緒に夕食を取りながら、ダーマードはあらためて最近の様子をジノーファに話す。


 密貿易が本格的に始まるのと前後して、ダーマードは自らの派閥の勢力を大幅に拡大させた。その勢力はアンタルヤ王国の東域を席巻している。またその規模はエルビスタン公爵の派閥に匹敵する。ダーマードは実質的に王国で第三位の実力者になったのだ。


 とはいえ、ダーマードの派閥はいかにも急造で結束力に欠ける。それで彼も派閥の維持と運営には心を砕いていた。


 エルビスタン公爵は魔の森に対する防衛線維持のため、全国の貴族から資金や物資、ともすれば人材までもほぼ強制的に徴発していた。それが貴族たちにとって大きな負担であったことは言うまでもない。ダーマードはこの負担の軽減を約束して、一気に派閥を拡大させた。


 約束していた負担の軽減策として、ダーマードは支援方法を資金援助のみに限定した。さらにそのお金を、なるべく資金援助してくれた貴族の領地内で使うようにしている。つまり兵糧などをそこで買うようにしているのだ。


 結局、兵糧などの物資を買うのだから、負担は同じであるように思える。ダーマードも当初はそう思った。はじめから物資の形で用意してもらったほうが面倒が少なく効率的ではないか、と考えたのだ。しかしこの方法を提案した某交易商人の意見は違った。


『物を買えば、金の流れが生まれる。経済が活性化するんだ』


 彼の言うことは本当だった。もともとの負担額が減っていることに加え、領内でお金が動くことになったことで、彼の言うとおり経済が活性化。税収が増えた。そもそも派閥の貴族がダーマードに支払ったお金は、めぐり巡って戻ってくるのだ。そのおかげで貴族達の負担感は数字以上に低減されていた。


 さらに派閥が拡大したことで、昔から彼の派閥にいた貴族らの負担は大幅に減った。負担を分担する頭数が増えたのだから当然だ。古くからのメンバーと新しいメンバーの双方が利益を享受しており、また両者のいさかいも今のところはない。ダーマードの首領としての評価も上々だった。


「そのように良いことばかりなら、また新たに派閥に加わりたいという方もいるのではありませんか?」


「それぞれの腹の内はともかく、実際には難しいでしょうなぁ」


 ダーマードは苦笑気味にそう答えた。負担が軽くなった者たちを見て、派閥の鞍替えを考えている者は少なくないだろう。ただ、実際に鞍替えできるかは別問題だ。姻戚関係や地政学的な問題が絡んでくる。ダーマードがさらなる派閥の拡大を狙うなら、ここからはじっくりと時間をかけて調略していく必要があるだろう。


 ちなみに、ダーマードが買い付けてくる物資の中には、その地方の高価な特産品など、明らかに防衛線でモンスターと戦うために使うのではないと思われる物品も含まれている。それらの物品を購入する理由を、彼は「兵士たちに現物支給したり、また彼らに販売したりするため」と説明していた。


 その説明は決してウソではなかったが、しかし全く本当と言うわけでもなかった。実際のところ、半分以上は密貿易のために仕入れているのだから。それに派閥の貴族たちも、特産品が売れるに越したことはない。それで深くは追求せず、むしろ積極的に特産品を売り込んだ。


 さらにこのような動きはそれぞれの地方にいる商人たちも知るようになる。彼らは「辺境伯領へ商品を持っていけば売れる」と考え、多数の商人たちがそこへ向かった。こうして人とモノと金の流れが出来上がった。シュナイダーが言ったとおり、辺境伯領は交易の中継地、あるいは要衝としての地位を得たのである。ただし、密貿易の、ではあるが。


「……ところでニルヴァ殿。一つ、ご相談したいことがありましてな」


「はい、何でしょうか?」


「交易品というか、特産品のことです」


 確かに辺境伯領は交易の要衝としての地位を得た。しかし辺境伯領が抱える問題は解決していない。つまり辺境伯領には特産物となる、これはという商品がない。ダーマードはそのことを悩んでいた。


「幸いにも、と言うべきでしょうな。現在この地は賑わっている。ただその賑わいは地理的な要因によるものと言うよりは、むしろ政治的な要因によるもの。情勢が変化すれば、いつ失われてもおかしくはない」


 言葉を選びつつ、ダーマードはゆっくりとそう話した。彼の言葉にジノーファも頷く。辺境伯領がいま賑わっている理由の一つは、間違いなくロストク帝国と密貿易をしているからだ。ダーマードはそこでどれだけの金や物資が動いているかを知っているから、その想いはひとしおだと言っていい。


 ただ、この先永遠に密貿易が続くわけではない。ダーマードが言ったとおり、情勢の変化があれば、いつ打ち切られてもおかしくはないのだ。そしてその時、辺境伯領はまた交易から遠ざかることになる。


 無論、今の賑わいが密貿易だけに起因しているわけではない。派閥が拡大したことや、そこから物資を得られるようになったことも、決して無関係ではないのだ。だが密貿易が大きな意味を持ってしまっていることに変わりはない。


 であれば、いずれ来る時のことも、考えておかなければならない。たとえ交易の要衝でなくなるとしても、交易そのものから遠ざかるわけにはいかないのだ。防衛線維持のために財政が破綻しかけた経験が、ダーマードにそう強く思わせる。


 そのために何をすべきか。答え自体は簡単だ。つまり、売れる商品を見つければよい。つまり特産品だ。しかしながらその特産品が、辺境伯領にはない。では、どうするか。それがジノーファへの相談だった。


「交易品については、わたしよりもノーラのほうが詳しいでしょう。ノーラ、どうだい?」


 ジノーファはそう言ってノーラに話を振った。彼女はシュナイダーのもとで秘書のような働きをしている。密貿易に関わることはおおよそ把握しており、他の地域の交易品や特産品にも詳しい。ただ、ノーラが少し困ったような笑みを浮かべたのは、決して突然話を振られたからだけではないだろう。


「その、わたくしもシュナイダー様のように詳しいわけではなく……。身近な成功例を参考にされてはいかがでしょうか?」


 ノーラは少し言いにくそうにそう提案した。要するに、辺境伯領だけの特産品となりそうなものを思いつかなかったのだ。とはいえ、これは彼女の知識不足というわけではない。辺境伯領とは、つまりそういう場所なのだ。


 ノーラの返答を聞き、ダーマードは難しそうに考え込んだ。彼女の答えを予期していなかったわけではない。彼自身、特産物になりそうなものは探させている。だが見つからないからこそ、こうして相談しているのだ。だが外から見ても、これといったものがないとなると、いよいよ手詰まりな感がある。


「では、水薬(ポーション)などいかがでしょうか?」


 気楽な調子でそう提案したのはジノーファだった。ポーションというのは、今までなかったアイディアだ。それでダーマードは少し面食らう。そんな彼に、ジノーファは変わらず気楽な調子でさらにこう尋ねた。


「指令所でも、ポーションの作成をされているのですよね?」


「え、ええ。ですが、とても輸出に回すほどでは……」


「収納魔法のおかげで、水の確保には困っておられないはず。他の素材を十分に確保できれば、生産量を増やすのは可能ではありませんか?」


 確かにその通りではある。ただし、その「他の素材を十分に確保」するというのが難題だ。極端な話、それができているならポーションの量産にはすでに成功しているだろう。できないから、生産量を増やせないのだ。しかしジノーファは何でもないようにさらにこう続けた。


「ポーションの素材は、ダンジョンで採取される薬草類。これを、ダンジョンの外で栽培しましょう」


 ジノーファの口から出たのは暴論だった。彼のように考えた者は、これまでに何人もいる。ただし、その内の誰も成功していない。成功していたなら、ポーションはもっと身近な薬になっていただろう。それでダーマードも苦笑しつつこう答えざるを得ない。


「それは、不可能です」


「ええ。失敗続きであることは、わたしも知っています。ですが、表層域でなら、どうでしょう?」


「……!」


 ジノーファのその言葉に、後ろ頭をガツンと殴られたような気がした。表層域にはモンスターが出現する。ダンジョンに侵食された土地であり、その一部と言っても過言ではない。そこでなら、ダンジョン由来の薬草を育てられるのではないか。言いたいことはダーマードにも分かる。だが……。


「表層域に薬草畑を作れとおっしゃる?」


「無理でしょうか?」


 いっそのほほんとした調子でそう言われ、ダーマードはかえって肩の力が抜けた。そのおかげで、無理だと決め付けていた頭の中が少し整理される。そして少し考えてから彼はこう答えた。


「…………いえ、試してみる価値はありそうです。貴重なアイディア、感謝しますぞ」


「それは、良かった」


 そう言って笑顔を浮かべ、ジノーファは次の料理に手を伸ばした。


 少し先の話になる。ダーマードはジノーファのアイディアを参考に、ダンジョン由来の薬草を表層域で育てる実験を始めた。ただ、表層域に薬草畑を造るのはうまくいかなかった。モンスターが出現するので危険であるし、また戦闘のさいに畑自体が駄目になってしまうことが多かったのだ。


 薬草を育てるのは、やはり表層域の外がいい。だがそれがうまく行かないことは、すでに何度も実証されている。わざわざ同じ轍を踏む必要はない。それでダーマードは、というよりはこの計画を任された責任者は、少し発想を変えてみることにした。


『農業は土作りからという。つまり畑で何かを育てるには、土が重要と言うことだ』


 彼は表層域の土を使い、表層域の外で薬草が育たないか、試してみることにした。まずは鉢植えのような形で実験を行う。桶やたらいに表層域の土を入れ、そこに薬草を植えて育ててみたのだ。


 すると表層域の外でも薬草は枯れず、瑞々しさを保ったまま葉を伸ばして茂らせた。こうしてまず、ダンジョン由来の薬草はダンジョンの外でも育つことが証明された。計画の責任者は喜んだが、同時に自制してすぐに実験成功の報を送ることはしない。しばらく時間を取って観察を続けることにした。


 彼の自制は、あまり望まなかった形で報われた。およそ二週間後には、全ての薬草がばたばたと枯れてしまったのだ。彼は落胆したものの、同時にこれは大きな前進でもあった。彼はひとまずここまでの結果をまとめてから、さらに実験を続けた。


 彼はまず、枯れてしまったその鉢に、新しい薬草を植えた。するとこの薬草は三日もたたずに枯れてしまった。これを見て彼は、薬草が枯れてしまったのは、土に含まれていた何かしらの養分がなくなってしまったかではないか、と考えた。


 彼が考えた対処策は二つ。一つ目はそれまで与えていた普通の水の代わりに、ダンジョンから汲んで来た水を与えるというもの。そして二つ目は定期的に土を入れ替えて新しくするというものだった。


 この二つの方法はそれぞれ成功を収めた。薬草はおよそ二ヶ月に渡って葉を伸ばして茂らせたのだ。またこの薬草を使ってポーションを作成することもされた。最終的に薬草は枯れてしまったが、これは薬草自体の寿命であると思われた。


 その証拠に、枯れてしまったそれぞれの鉢にまた新しい薬草を植えてみると、枯れることなくまた育ったのだ。つまり、鉢にはまだ薬草を育てるために必要な養分が残っていたのである。


『両方とも成功と言っていいな。であれば、どちらか一方を選ぶ必要はないだろう。組み合わせて使えばいい』


 この結果を見て、計画の責任者は自信を深めた。ただ、一方で彼は慎重だった。ダーマードからの命令は「ポーションを大量生産する、その目途をつけること」。要するに、薬草類を育てられるだけではダメなのだ。大量に育てられなければ、意味がない。


 そのためには、特に水だが、ダンジョンから汲んでくるのは効率が悪い。もっと簡便な方法はないかと考え、彼は表層域に井戸を掘ることにした。近くに川がなかったので、苦肉の策だ。とはいえそう悪い方法ではない。土魔法を使えば井戸を掘ることは容易だし、水魔法を使えばそこから水をくみ上げるのも簡単だ。


 そしてこの井戸水を使っても薬草を栽培できることを確かめると、責任者はいよいよ計画の最終段階に進むことにした。これまで実験を続けてきた中で、薬草の種も少なからず手に入っている。コレを使い今までにない規模で、薬草を栽培してみることにしたのだ。


 そのためには、小さな鉢植えでは具合が悪い。かといって普通に畑で育てるというのも、土の入れ替えが面倒だ。今後のことを考えれば、もっと簡便な方法が求められる。それで責任者は馬車を使うことにした。


 馬車の荷台に表層域の土を敷き詰め、そこで薬草を栽培するのだ。馬車は移動させることができるから、普段は表層域の外の適当な場所に並べておき、土を入れ替えるときにだけ表層域に移動させればいい。魔法を使えば土の入れ替えも簡単だろう。


『水は、井戸水を使うことにする。土は、一回の栽培ごとに入れ替えればいいだろう』


 この実験は、大よそ満足のいく結果を残した。幾つか新たに問題点も見つかったが、その洗い出しも実験の目的だから、失敗ではない。ポーションの生産量の大幅な増加には結びつかなかったものの、栽培された薬草はポーションの原材料として使えたし、また十分な量の種も手に入った。


 実験は成功と言っていい。そしてこの実験の成功をもって、責任者は計画が一定の成果を上げたと判断した。彼はこれまでの経緯をまとめた報告書を作成し、それをダーマードに提出した。


 報告書を受け取ると、ダーマードはいよいよ本格的に薬草類の大規模栽培に着手した。そして紆余曲折ありつつ、ポーションの大量生産に成功する。こうしてネヴィーシェル辺境伯領はポーションの一大産地となった。


 辺境伯領で作られたポーションは国内外へ輸出された。イブライン協商国にも輸出され、遠征軍との戦いで大いに使用されたのは、あるいは皮肉と言うべきか。何にせよ、こうして辺境伯領は特産品を手に入れたのである。


 閑話休題。密貿易の物資を受け取ると、ジノーファたちは防衛線を離れてダンジョンを抜け、ロストク軍の防衛拠点を目指した。その途中、水場で休んでいるときに、ジノーファはふとユスフにこう尋ねた。


「そういえばユスフ、バハイル殿とは会えたのか?」


 以前に指令所で兄のバハイルに会ったことは、すでにユスフの口からジノーファに告げてある。ノーラに驚いた様子はないから、シュナイダーもすでに知っているはずだ。ただ今回、ユスフは首を横に振った。


「いえ、会えませんでした。前回もいませんでしたし、恐らくもう指令所にはいないのでしょう」


「お父上の、クワルド殿のところへ戻ったのかな?」


「恐らくは」


 ユスフの返事を聞いて、ジノーファは一つ頷いた。クワルドが何を思いバハイルを指令所へ潜入させたのか、そして彼の報告を聞いて何を考えるのか。ジノーファには、確かなことは分からない。だが……。


(何となく、剣呑な雰囲気はする、かな……?)


 騒乱の足音が、聞こえた気がした。



某計画の責任者「コレ、なんつうムチャ振り……」

ダーマード「任せたぞ?」


~~~~~~~


というわけで。「騒乱の足音」、いかがでしたでしょうか?

本当は次と合わせて一つの章のつもりだったのですが、あまりにも長くなりそうだったので、二つに分割した格好です。

次もまた、気長にお待ちいただければ嬉しいです。



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