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職人と魔剣と兄弟


 応接室での打合せを終えると、ダーマードはジノーファたちを指令所の外れにあるとある倉庫に案内した。真新しい倉庫で、最近作られたばかりと思われる。ただし造りは簡単で、あまり頑丈にはできていないように見えた。


 なぜこんなモノを造ったのかと言うと、そこにはアヤロンの民が関係している。現在、アヤロンの民は精力的にダンジョンを攻略しているが、彼らは物資の運搬に専ら収納魔法を使う。つまり多量の戦利品を、収納魔法に入れて持ち帰ってくるのだ。


 ただ収納魔法は魔法であるから、ダンジョン内か表層域でしか使えない。表層域から出てしまうと、収納魔法から戦利品を取り出すことができなくなるのだ。かといって、野ざらしの場所で戦利品を広げるのも無用心だし、また雨が降っていたりすれば作業がやりにくい。


 それで建てられたのが、この倉庫だった。この倉庫、実は一部が表層域に突き出している。そこならば魔法を発動することができるので、そこで戦利品を取り出し、また一時的に保管しておくのがこの倉庫の目的だった。


 なお、簡単な造りになっているのは、モンスターの襲来を考慮に入れてのことだ。壊されないことより、すぐに建て直せることを優先したのである。すでに一度半壊しており、十日ほど前に直したばかりだと言ってダーマードは笑った。


 さて倉庫の中に入ると、ジノーファはシャドーホールを発動し、収納しておいた物資を取り出した。たちまち、倉庫の中が一杯になる。しかもこれでもまだ全部ではないと知り、ダーマードは引き攣った笑みを浮かべた。


「……ともかく、運び出して場所を空けねばなりませんな」


 ダーマードはそう呟くと、兵士たちに命じて物資を運ばせた。ジノーファはさらに物資を取り出すと、空いたスペースに置いていく。全てを運び出すには結構な時間がかかり、これからのことを考えれば、倉庫を広くするか、あるいは倉庫の数を増やすかしたほうがいいな、とダーマードは思った。


「お疲れ様でした」


 物資の運び出しが終わり、ジノーファにそう声をかけたのはイゼルだった。時間がかかりそうだったので、ダーマードはすでに執務室に戻っている。それで彼女があとのことを引き継いだのだ。


「それで、シュナイダー様にお渡しする品物ですが、明後日までには全て揃う手筈になっています。お時間をいただくことになり、申し訳ありません」


 今回のやり取りでは、金銭の授受は行われない。純粋に物品の交換、と言う形になる。初回と言うこともあり、お試しと言うか、挨拶的な意味合いが強いからだ。それで利益よりも信頼の醸成に重きが置かれている。シュナイダーが直々に出向いたのもそのためである。利益としては、おそらくトントンだろう。


「ああ、かまわない。楽しみにしている」


「寛大なお言葉、感謝いたします。……それと、ニルヴァ様から頼まれたお品物も、明後日までには用意できるかと思います」


「分かった。ありがとう」


「お、何を頼んだんだ、ニルヴァ?」


「個人的なものですよ」


 そう言って、ジノーファはシュナイダーの追求をかわした。もっとも、明後日になれば分かることなので、シュナイダーも重ねて尋ねることはしない。軽く肩をすくめると、イゼルのほうに視線を移してこう言った。


「それで、アヤロンの民の武器ってヤツを見てみたいんだが?」


「分かりました。ご案内いたします」


 イゼルに案内され、ジノーファたちは指令所内にある鍛冶場へ向かった。中に入ると、鍛冶場らしく熱気が漂ってくる。アンタルヤの職人とアヤロンの職人が意見を戦わせる声も聞こえてきて、鍛冶場の中は賑やかだった。


 イゼルはまず責任者と思しき初老の男性に声をかけ、それから鍛冶場の奥に設けられた一室に案内した。そこで少し待っていると、幾人かの職人たちが入ってきて、テーブルの上に武器を並べていく。全てドロップアイテムをメインに使った武器だ。そのため同じものは二つとなく、全て一点ものだという。


「ふうん……。なかなか面白いな」


 並べられた武器を、シュナイダーは興味深そうに眺める。ジノーファもいくつか手にとって見たが、どれもなかなかの出来栄えだ。職人たちの腕がいいのか、それとも自信作を選んで持ってきたのか。たぶんその両方だろう。


 頃合を見計らい、職人たちがそれぞれの武器について説明を始める。話を聞いていくと、これらの武器はアヤロンの職人だけでなく、アンタルヤの職人が手がけたモノも含まれているという。


「アヤロンの民が作った武器を見たい、というお話でしたが……」


「いや、かまわない。コイツがいい出来だってことは分かる」


 並べられた武器の一つを手に取り、ためつすがめつ眺めながらシュナイダーはそう言った。説明されたから分かるのだが、なるほど工夫した痕跡があちこちに残っている。どこがどうと指摘するのは難しいが、確かに見覚えのない技術が混じっているようだ。それでいて全体のバランスは取れているのだから、これはもう新たな技術と言っていい。


「まだまだ荒削りで、洗練の具合が足りていないんだが……」


 しかめっ面でそう話すのは、アンタルヤの職人だ。技術交流が始まってからは、まだ日が浅い。納得できるレベルにはまだなっていないのだろう。ただシュナイダーも言ったとおり、見せてもらった武器はどれもいい出来栄えだ。これでまだ満足できないと言うのであれば、将来どんな作品が生まれるのか、ジノーファも楽しみだった。


「いや、気に入ったよ。イゼル殿、コイツもリストに加えておいてくれ。なんだったら、その分の金は別に支払う」


「分かりました」


 一つ頷いてそう答え、イゼルはシュナイダーのリクエストを了解した。職人たちも、自分達の仕事が高く評価され、厳しい顔がどことなく緩んでいる。シュナイダーはそんな彼らに気さくに声をかけ、またいろいろと話を聞いていく。


 途中でジノーファも巻き込まれたのだが、そのおかげで興味深い話をたくさん聞くことができた。その中で彼が使っている竜牙の双剣の話になり、ちょうど腰に下げていたので職人たちに見せてみたのだが、「いい出来だ」と彼らが口を揃えたので、ジノーファも誇らしい気分だった。


「それはそうと、ニルヴァ。ラグナの旦那が使っているあの黒い大剣は、もとはお前さんが手に入れたドロップアイテムなんだってな?」


「はい、そうですけど。どうかしましたか?」


「ありゃ、鍛冶師泣かせの魔剣だよ。あんなモンがほいほいドロップしてちゃぁ、鍛冶師の仕事は上がったりだ」


 そう言って、職人の一人が大げさに嘆く。他の職人たちも「うんうん」と頷いているので、どうやらそれは共通の認識らしい。


 この指令所にいる人間で、ラグナが聖痕(スティグマ)持ちであること知らない者はいない。そして聖痕(スティグマ)持ちに自分の作った武器を使ってもらうのは、職人たちにとって大きな名誉なのだ。それもほんの一年前までは、その機会はないと諦めていた名誉だ。


 職人たちが目の色を変えるのも、ある意味で当然だろう。最高の使い手に求められることほど、職人として嬉しいことはない。それなのにラグナが愛用しているのは、よりにもよってドロップ品。それは職人たちの沽券に関わるのだと言う。


 だが彼らにとって一番悔しいのは、そのドロップ品を越える作品を自分たちが作れないことだ。それで「いつかあの漆黒の大剣を越える武器を作ってやる」と彼らは息巻いている。技術交流が進んだ理由も、もしかしたらその辺りにあるのかもしれない。何にしても頼もしい話だ、とジノーファは思った。


 さて、そんなふうに一時間ほど話し込んでから、ジノーファたちは鍛冶場を後にする。職人たちもすっかり気を許してくれたのか、総出で鍛冶場の外まで出てきて見送ってくれた。


 それからイゼルに案内してもらい、彼らは一度最初の客間に戻った。置いておいた荷物を回収するのと、お留守番をしているラヴィーネを迎えに行くためだ。一人で待っていたのが寂しかったのか、ジノーファが部屋に入るとラヴィーネは顔を彼の足にこすり付けて甘えた。


 次にイゼルはジノーファたちをまた別の客室へ案内した。広々とした部屋にベッドが四つ。それとテーブルとソファーのセットが用意されている。シンプルな内装だが、最初の客間よりはランクが高そうだ。


「今日と明日のご宿泊には、こちらの部屋をお使いください。夕食はこちらへ運ばせます。わたしは指令所内におりますので、何かありましたらお声掛けを」


「ああ、分かった」


 シュナイダーがそう言うと、イゼルは一礼してから部屋を後にした。ジノーファたちがしばらく室内で寛いでいると、イゼルが手配したのだろう、夕食が運ばれてくる。その際、食事を運んできた兵士がユスフに目配せしたのだが、当人たち以外は誰も気付かなかった。


「ふぅん、悪くないな。財政は火の車と言っていたが、思いのほか余裕がありそうじゃないか」


 夕食を食べながら、シュナイダーはそう呟いた。夕食のメニューはパンとスープ。パンは普通のパンだが、スープは具沢山で肉も入っている。


 本当に余裕がないなら、食事のメニューはもっと悲惨なものになるはずだ。また指令所内の兵士たちの様子を見る限り、満足に食べられず飢えているようには見えない。


 正体が露見しないように気を使っている中、ジノーファたちのためにわざわざ別メニューを作らせたということはないだろうから、これは一般の兵士たちが食べているのと同じメニューのはず。そして一般兵にこれだけのものを食べさせられるなら、辺境伯領はまだ幾分かの余力を残しているに違いない。


(ま、辺境伯が気を使っている、って可能性もあるけどな……)


 シュナイダーはスープを飲みながら心の中でそう呟いた。防衛線の維持は終わりの見えない戦いだ。そんな中で兵士たちの士気を維持するため、食事に気を使うというのは十分にありえる話だ。


 さて食事を終えると、シュナイダーは「ちょっと風に当ってくる」と言って部屋を出た。まさか彼を一人で行かせるわけには行かず、ノーラが慌ててその後を追う。


「なんだよ、ついてくんなよ。女の子に声かけられないだろうが」


「声かけるほうが問題ですよっ」


 部屋の外からそんな会話が聞こえてきて、ジノーファとユスフは顔を見合わせ苦笑した。変な場所に皇室の御落胤を残すと不味いと思うのだが、そのあたりはノーラが何とかするだろう。


「ジノーファ様、わたしも少し風に当ってきます」


「ああ。ナンパもほどほどにな」


「違いますって。本当に風に当ってくるだけですよ」


 そう言ってユスフも部屋を出る。ジノーファは一人になった。四人用の部屋が少し広く感じる。寝るには早いが、やる事もない。


「ラヴィーネ、お手」


 出歩く気にもなれず、それでラヴィーネと遊ぶことにした。


 さて、風に当ってくると言って部屋を出たユスフは、指令所の北に面した城壁の上にいた。日はすでに沈んでいる。城壁の南側は指令所の敷地なので、かがり火が焚かれるなどしていて明るい。だが北側は魔の森でまったく光がない。そのせいかこの城壁が人の世界と魔物の世界を隔てる境界線のように思えた。


「ユスフ、来たか」


 物影の暗がりから人影が現れ、ユスフにそう声をかける。彼に驚いた様子はない。驚くのは、さっき十分に驚いた。代わりにこみ上げてくるのは、懐かしさだ。この声を聞くのは、およそ四年ぶりである。


「バハイル兄さん……」


 暗がりから現れたのは、ユスフの次兄に当る男だ。名をバハイルという。ユスフがジノーファのところへ旅立って以来の再会だった。ただし、感動の再会と言うわけには行かぬ。それで懐かしさよりも困惑の滲む声で、ユスフはバハイルにこう尋ねた。


「兄さん。どうして、ここに……?」


「父上の腕も長くなった、ということだ」


 それを聞いてユスフは少し警戒を高めた。彼らの父の名前はクワルドといい、ジノーファと一緒に殿を務めた近衛軍の隊長である。


 クワルドは現在、マルマリズという都市で守備隊長の職についていた。マルマリズは天領にある東域の中心的な都市で、その守備隊長は近衛軍の中でもかなりの高官と言っていい。ただ、ガーレルラーン二世は自身の直属部隊である近衛軍の統制を強めており、王都クルシェヒルから地方への赴任は左遷の意味合いが強かった。


 とはいえ前述したとおり、その役職がかなりの高官であることは間違いない。それで東域に限れば、クワルドはかなりの影響力を持っていた。それは防衛線の中枢たる指令所に、こうして息子を潜り込ませていることからも明白である。


 さて、ではなぜクワルドはバハイルをこんなところへ潜入させているのか。それは言うまでもなく、防衛線の様子を探らせるためであろう。魔の森の活性化は国の一大事。東域において大きな兵権を持っているクワルドが、これを気にするのは当然のことだ。


 特に最近は、アヤロンの民が移住してきたり、魔の森のダンジョンの攻略が始まったりと、集めるべき情報はたくさんある。クワルドはその重要な任務を、信頼する息子に任せたのだ。そしてその人選が、こうして思わぬ邂逅を呼び寄せることになった。


「まさか、ここでお前と会うとはな。お前がいると言うことは、ジノーファ様もここへいらしているのか?」


「っ!」


 ジノーファの名前が出たことで、ユスフは一気に警戒を高めた。そんな弟を、バハイルは苦笑しつつこう宥める。


「心配するな。ジノーファ様は父上の命の恩人。不利益になるようなことは決してせん。そもそも父上は半ば陛下を見限っている」


 その原因は、やはり魔の森の活性化にあった。クワルドはダーマードのもとへ近衛軍として援軍を送るべきだと何度も訴えたが、ガーレルラーン二世の返答は芳しいものではなかったという。


「『援軍は不要。兵を動かすこと、まかりならず』と、その一点張りだ。辺境伯領が滅ぶのを座して待てと言うことか、と父上は荒れていたよ」


 バハイルは肩をすくめてそう言った。結果的に防衛線は持ち直したが、それは幾つもの幸運が重なった上での偶然でしかない。ガーレルラーン二世に対し、クワルドはジノーファの一件ですでに愛想を尽かしていたが、さらに今回のことではっきりと反感を抱くようになったのだ。


 魔の森の活性化と言う未曾有の災害に際し、ガーレルラーン二世は国を守ろうとしているようには見えない。であれば、一体何のための国王か。そう考えるようになったのである。


「父上は、謀反を起こす気なのか……?」


「そこまでやるつもりはないだろう。今、謀反を起こせば、それこそ防衛線が瓦解しかねん。それに陛下を見限ったからと言って、そう簡単に国まで見限れる人ではない。だが……」


 バハイルはそこで言葉を切った。その先は口にするべきではないと思ったのだ。だが何を言うとしたのか、ユスフも容易に想像できる。だからこそ、彼もまた口を閉ざす。それを見て、バハイルは話題を変えた。


「それにしても、思っていた以上にきちんとやっているようじゃないか。甘ったれの洟垂れ小僧が、かえってご迷惑をお掛けしているんじゃないかと心配していたが……」


「余計なお世話だ」


 むっとして、ユスフはそう言い返した。バハイルはその顔に、幼い日の弟の面影を見た気がした。


バハイル「それで、ガルガンドーの女の子はどんな感じだ?」

ユスフ「実は……」

ノーラ「男ってほんとバカね」

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