68話 噂には尾ひれがつく
「ハル、やっぱり学校を休んだ方がいいんじゃないか?」
学校まで送ってくれる伊集院家の車に乗り込もうとすると、御父様がぽつりと呟いた。
自分も出勤する時間が迫っていると言うのに、先程から私の事を心配しておろおろしている。
昨晩、私が実家に戻った理由をソラから聞いていた父はずっとおろおろしっぱなしだ。
「あなた、学校には虎太郎くんもハルちゃんのお友達もソラも居るのよ。だからそんなに心配しなくても…」
御父様が頼りないからか、御母様は比較的冷静だ。
「しかし、犯人も学校にいるかもしれないだろう?そんな場所に娘を送ることなど…」
「心配しすぎると余計な不安をハルちゃんに与えてしまうでしょう。ほらしゃんとしてくださいな。それに中御門の御子息が犯人を突き止めてくれると聞いたでしょう?だから大丈夫です」
ね?とにっこり微笑む御母様に御父様は渋々と頷き私を見送ってくれた。
さすが御母様、御父様の扱いが誰よりうまい。
校門の近くで車から降ろしてもらい、歩いているとすぐに虎太郎くんの姿を見つけた。
わざわざ待っていてくれたのかな?
けれど虎太郎くんは3人の女子生徒に囲まれていて私に気が付いていないようだ。
声をかけていいものか悩みながら近付くと会話の内容が耳に入ってきた。
「西園寺様、伊集院様とお付き合いされてらっしゃるとは本当なのですか?」
「噂では婚約されたとか!」
「伊集院様は西園寺様に相応しくありませんわ!ファンクラブが出来ていると聞いておりますが所詮上部だけのものではありませんか、西園寺様にはもっと相応しい女性がいらっしゃいます!」
どうやら昨日路上で抱きしめられた事から、私と虎太郎くんがお付き合いしているという話が広まったらしい。
別に隠すつもりはないけど……噂に尾ひれがついて婚約したことにまでなってるのはちょっとなぁ……。
まぁ、確かにコタローくんは私には勿体ないくらいのイケメンだからね、この子達の言いたいこともわかる。
でもコタローくんを誰かに譲るつもりなんて全くないけど。
そう思いながらちらりと虎太郎くんの方を伺えば視線があった。
「ハル」
女の子達の間を通り抜け虎太郎くんが駆け寄ってくる。
「おはよう、昨日は大丈夫だった?」
優しい微笑みを浮かべながら気遣ってくれるけれど、同時に女の子達に向けられる睨むような眼差しを受けてそれどころではない。
「お、おはよ……。えっと、大丈夫だよ。両親も一緒だったし、それより早く教室に行かないと」
なるべく早くこの場から逃げたいと教室に行こうと促せば虎太郎くんは、女の子達に視線を向け私を庇うように背中に隠した。
「…貴女達がどう思おうが勝手ですが、私自身の人付き合いに口を挟む権利などない。ハルは私の選んだ大切な人だ、私に相手にされないからといって彼女に悪意を向けるのはお門違いだろう」
表情は見えないけれど声が冷たい。
「け、けれど私達は西園寺様の為を思って……!」
それでも声を上げたのは3人の真ん中にいた黒髪の猫耳少女。
恐らく彼女がリーダー格なのだろう。
「余計な御世話だ。私の事を思うというなら独り善がりな気持ちの押し付けは止めてくれ………行こう、ハル」
虎太郎くんはくるりと振り向けば私の手を引いて校舎に向かい、歩き出す。
残された子達を振り替えれば、リーダー格の子が唇を噛み締めて私の事を強く睨み付けていた。
「もし彼女達から何かされたら私に言って」
虎太郎くんが歩きながら私にそう告げる。何かされる事前提なのかな、と思いながら私はとりあえず頷いておいた。
教室まで送ってもらい、自分の教室に向かう虎太郎くんを見送ってから席に座るとすぐにモカちゃんがやって来た。
「おはよ、ハル。弟君から聞いたよ、ストーカーされてるんだって?」
「ストーカー…なのかな?写真は入ってたけど…」
苦笑浮かべながら呟くとガタガタッと音がして登校してきたばかりと思われるタマちゃんと、ハナちゃんが私の席に駆け寄って来た。
「ハル様、ストーカーされているのですか!?」
小声だけれど驚きを隠せていないタマちゃん。眼鏡越しに不安げな瞳をこちらに向けている。
「ハル様にストーカーなんて身の程知らずも居たものね。私達ファンクラブを敵に回したいのだわ、きっと!」
ハナちゃんにおいてはふんすと鼻息を荒くしている。
「心配してくれてありがとう、タマちゃん。ハナちゃん。でも私は大丈夫、虎太郎くん…えっと西園寺先輩もついててくれるしソラやモカちゃんもいるから。それに今は実家から登校しているし、危ないことなんて何もないわ」
「そうそう。それに下手にファンクラブが動くと犯人を煽るかもしれないから他の人達には内緒よ?」
モカちゃんがそういうと2人は互いの顔を見合わせて頷いた。
「ハル様とモカ様がそう仰るならわかりました。この件は内密に致します」
「…でもでも、何か力になれることがあったらいつでも言ってくださいね!?私達、何でもしますから!」
「ありがとう、タマちゃん。ハナちゃん」
私が礼を告げるととりあえず納得してくれたのか2人とも自分の席に戻ってくれた。




