49話 いつかまでの秘密
中から出てきたのはアオさんではなかった。
黒髪のゆるふわロングにぱっちりとした付け睫毛、ぷっくりしたピンクの唇、耳元で揺れる紫のイヤリングは色っぽさを主張している。
とんでもない美女がでてきた!
その美女は私を見るとにっこりと微笑む。
「あなたがハルちゃん?」
声低っ……!?
あ、この人男の人か!
美女じゃなかった美……男?
見た目とのギャップに声を無くしてこくこくと頷いていると中に招き入れてくれる。店内にはバーカウンターがありその中にアオさんがいた。
「呼び出してすまない」
声をかけられて我に返り促されるままにカウンターの椅子に腰掛けると美女が細長いグラスにアイスティーを淹れ出してくれた。
礼を述べてから一口飲むと紅茶の香りが鼻を抜けて不思議な甘味が口に広がる。
「美味しい!」
思わず声を上げると美女とアオさんは嬉しそうに笑う。
「まずは自己紹介ね。アタシはこのバーを経営してるカスミよ、ヨロシクね?」
「伊集院ハルです。宜しくお願いします!」
「あらぁ良いお返事ね」
カスミさんと名乗ったその人はにこりと笑う。
「このカスミさんが事故の後、俺を引き取ってくれたんだ」
「結論から言うと引き取ったのがアタシだったからアオちゃんはその影響を受けて女の格好をするようになったの。ハルちゃんに見られた時はアタシと会う約束をしてたからその為にメイクしてたってワケ」
「普段は女装されてるんですか?今は普通の……男性の格好ですよね」
「あぁ、ハルさんを驚かせると思って」
「確かに少し驚きました……」
「あら正直なのね」
少しだけカスミさんの視線が鋭くなる。
「人によっては嫌悪したり好奇の対象にしたりするから少し意外だわ」
「どうしてですか?」
私の言葉にアオさんとカスミさんが眉を寄せる。
「どうしてって……」
「確かに少し驚きました。でもそれって胸張って自分のやりたいことをやり抜いている証拠じゃないですか、変に取り繕うより格好いいと思います。色んな物事や出来事が今の自分を作っているのなら全部大事なものだと思うんです」
そう言葉にしてからかなり生意気な事を言ったのに気が付き慌てて頭を下げる。
「……すみません、生意気な事言って……」
「そうね、生意気だわ」
ですよね!自覚してます!
「でもそのハッキリした姿勢、私は嫌いじゃないわよ」
顔をあげるとニヤリと口角を上げて笑うカスミさんが映る。
「あ、ありがとうございます……?」
これは誉められ……てる訳じゃないよね?
かといって貶されてる訳でもないし……アオさんはなんか驚いてるのか目を丸くしたままポカンとしてるけど……また何か答え方を間違えたのかな?
そう思って首をかしげているとカスミさんがアオさんの背中を軽く叩いた。
「信じてあげても良いんじゃない?弟くんの家族なんでしょ?」
「………カスミさんがそう言うなら。ハルさん、いつかソラに『今の私』を告げるその時まで俺の事は内密に頼む」
頭を下げられてしまった。
「はい、約束します!……け、血判状とか契約書とか書いた方がいいですか?」
「血判状って……時代劇じゃないんだから。それに口外するつもりは無いんでしょ?」
「勿論です!」
「……なら血判状や契約書は必要ない、俺はハルさんを信じるよ」
「ありがとうございます」
アオさんの言葉に嬉しさを感じて私は頭を下げた。
それから暫くアオさんとカスミさんと談笑していたけれど、そろそろお店を開ける準備をするというので私は帰ることにした。
ご馳走になった紅茶の礼を伝えて店を出る。
まだ日も明るいし、帰りにアニメショップに寄っていこうかな……いや、でもアニマケに備えてここは無駄遣いを控えておかないと……。
誘惑に負けないようにまっすぐに帰り道を急ぐ。
自宅の最寄り駅から降りると駅のロータリーに黒塗りの車が停車していた。
どこのお金持ちの車かなと見ているとそこから虎太郎くんが降りてくる。
コタローくんだ!声かけたら驚くかな?
そんな軽い気持ちで1歩踏み出した時、虎太郎くんの後に降りてきた人物を見て私は思わず駅の柱の影に身を隠した。
あの子……クロくんのパーティーで虎太郎くんに声をかけてた桃乃塚アヤメさんだ!
隠れた私に気が付く事無く、虎太郎くんはアヤメさんをエスコートするようにそっと腕を差し出す。
するとアヤメさんはほわりと微笑んで虎太郎くんの腕に手を添えた。
ああして並ぶと美男美女、お似合いのカップルに見える。
そして2人はゆっくりと歩き出す、恋人同士の様に微笑み合いながら。
って、いやいや何で隠れたの私!何も悪いことしてないのに!
いや、でも此処で声かけたらデートの邪魔しちゃうだろうし………え、もしかしてデート!?デートなの!?
コタローくんが……アヤメさんとデート……付き合ってるって事?
そうだとしても私には関係無い、よね。
そりゃコタローくんとは長く一緒にいたからちょっと……ほんのちょっと気になるけど人のプライバシーに踏み込むのはよくないよ私!
良くないのは分かってるんだけど、2人から目が離せない……少し胸の奥がざわつくのは、なんでだろう。
次回から恋愛要素が少しずつ動き出します。
…も、もふもふ要素も…!




