47話 言葉にする勇気
翌日、早速ソラはお父様に「まずは兄さんに会ってみたい」と相談したようだ。
お父様が相手に連絡を取ってくれてその日の午後に私とソラ、お母様の3人でソラのお兄さんに会うことになった。
残念ながらお父様はどうしても外せない会議があったらしい。
合う場所は伊集院財閥が経営する飲食店、そのうちのひとつである喫茶店だ。
各スペースがカーテンと壁で仕切られていて、簡易な個室のようになっている。
そのうちのひとつに、私とソラは居た。
お母様はまずソラとお兄さんが気兼ねなく話せるようにと今は席を外している。私はソラが傍にいて欲しいというので同席していた。
待ち合わせの時間、5分前に1人の男性がやって来た。グレーのスーツに身を包んだその人はソラによく似ていた。
「……すまなかった」
ソラのお兄さんは椅子に座るなりテーブルに額を擦りながら謝罪の言葉を口にした。
「…ずっと、ずっと、寂しい思いをさせたな。本当にすまない」
「兄さん…」
「言い訳になるかもしれないけど聞いてくれ。俺は最近まで記憶が無かった、運良く助けてくれた人たちが面倒を見てくれて何とかここまで生きてこれたんだ…ソラの事を思い出したのはついこの前だった」
「…どうやって俺を見つけたんだ?」
「面倒を見てくれた人たちに情報を集めてもらった、そしたら父さんの友人がお前を引き取ったと…」
「記憶は、全部戻ってるのか?」
「事故の記憶はまだ……俺は事故現場からかなり離れたところで保護されて記憶もなかったから事故とは無関係だと思われたようだ。何故、現場から離れていたのかまではわからない」
「…そっか。怪我とかは?もう良いのか?…父さんと母さんは、結構酷い有り様だったって、医者がいってたけど」
「あぁ、まだ痕は残っているけど生活に支障はない」
「…………………………そっ、か。……よかったぁ…」
今までずっと淡々と質問していたソラは頭を抱えテーブルの上に突っ伏し、深く息を吐き出した。ずっと気を張って居たようだ。
胸に溜め込んでいた息を全て吐き出してから顔をあげるとにへらと笑う。
「お帰り、兄さん」
「ただいま、ソラ」
2人の笑う顔は羨ましいくらいそっくりだった。
「あー…そうだ、紹介する。今の俺の家族、ハルだ。伊集院家の長女、俺と同い年」
ソラとお兄さんの話が終わるまで大人しくしていた私は背筋を伸ばすとぺこりと頭を下げた。
「はじめまして、伊集院ハルです」
「ご挨拶遅れて申し訳ありません、東郷アオと申します」
挨拶が終わるとソラは少し言い辛そうに口を開く。
「兄さん…俺、伊集院家を出たくない」
その言葉にお兄さん――アオさんが少し悲しそうに目を伏せた、ソラが慌てて言葉を補足する。
「けど兄さんとも離れたくない。伊集院の家族も兄さんも、俺にとっては同じくらい大事なんだ」
「そうか…」
「だ、だからっ伊集院家の、近くに兄さんが住んでくれたら嬉しい、んだけどっ…」
アオさんが言葉を続けようとする前にソラが勢いをつけて言い切る。
その勢いに驚いてちらりと横目で盗み見れば視線はテーブルに落とされて顔は真っ赤になっている。
そ、そんなに緊張してたの!?
それともお兄さんの近くに居たいっていうのが恥ずかしいとか…?
そろりとアオさんの方を見れば何故かこちらも頬を染めて口許を片手で覆っていらっしゃいます。
なんで!?
いやいやいや、別に愛の告白とかプロポーズとかした訳じゃないんだよ!?
ひょっとしてツッコミ待ち?私のツッコミ待ちかな!?
よぉしっ、ハルちゃんの全力のツッコミで場を明るく……出来ないから!
どうしたって冷たい視線に曝されるに決まってるから!
私が脳内1人劇場を繰り広げていると正面に座るアオさんがぼそりと、本当に小さな声でこう呟いた。
「……弟が、可愛い…」
………私、この人と仲良くなれる気がする……
だってこの人、ブラコンだ。
ブラコン同士、仲間になれそうな気がするんだ!!
「…ソラの気持ち、凄く嬉しいよ」
瞬時に真剣な顔に戻ったアオさんの返答にソラが顔をあげる。
すごい、この人。
あの赤くなった顔からF1レーサーも真っ青なスピードで真剣な顔になった!
「……わかった、検討してみることにする」
少し間を開けた後にアオさんは微笑んで頷いた。
「ありがとう兄さん」
返答を聞いたソラは嬉しそうだった。
その後、お母様も一緒になって4人で歓談し人と合う約束があるというアオさんを残して私達は喫茶店を出た。
車が停めてある駐車場まで来たところで、ふと上着ポケットにいれていたスマホが無いことに気がついた。
喫茶店に居たときには確かにあったから、席を立った時に落としたのかもしれない。
お母様に一声かけて喫茶店に戻るとさっきまでいた簡易個室へまっすぐに向かう。
カーテンの隙間からアオさんがまだいるのが見えた。
声をかけてスマホを回収しよう。
「すみませんアオさん、ハルです。スマホ置き忘れたみたいで………」
声をかけて仕切りのカーテンをちらりと覗いて固まった。
そこにいたのはアオさん――と同じスーツを着た美人だった。
次回、アオさんの秘密が明らかに。




