40話 夏の祭典
アニメマーケット……通称、アニマケ。
アニメ、ゲーム、小説をはじめとした2次元に情熱を注いだ人間達が年に2回、全国から集う薄い本やグッズの即売会の名称。
前世でも何度か参戦したことがある…そのうち3回ほどは始発で行き、何時間も待ったのはいい思い出だ。
その即売会がこの世界にもあったの!?
なんで、何で知らなかったの私っ!!
乙女ゲームがあって、アニメショップがあるなら即売会があったっておかしくないのに……もっと、もっと早く知っていたら!!
「もしかして、知らなかった?」
モカちゃんの言葉にしょんぼりと肩を落として頷くと慰めるように頭を撫でられた。
「よしよし…。ハルの家ってアニメとかそういうオタク活動、禁止なの?」
「ううん、うちの両親は結構寛大だよ?世界的なアニメとか一緒に見るし、ゲームも買ってもらえるくらいには許してくれてる」
そう言うとモカちゃんの瞳がぱっと輝く。
「じゃあ行こうよ、アニマケ!折角この世界にもあるんだから楽しまなくちゃオタクの名折れだよ!」
「すごく行きたいっ!ちなみにいつやるの?」
家の方で予定がなければ行けるかも……むしろ行く!
既に参加する気満々で尋ねるとモカちゃんはスマホを取り出して調べてくれる。
「今年は…8月の10から12日だね。ちなみにメインジャンルとかは前世とさして変わらないんだよ、不思議なことに。お目当てとかある?」
「是非とも乙女ゲームジャンルを回りたいです!」
食い気味に答えるとその気持ちはわかるとモカちゃんは頷く。
「ならメインは1日目と2日目…かな、連日参加は出来そう?」
「ちょっと待ってね………」
そう言いながらスマホのスケジュールアプリを開き確認する。
「あー……うん、大丈夫そう!今のところ何も予定は入ってないよ」
「よし、じゃあとりあえず1日目と2日目に参戦っと」
モカちゃんがスマホにメモするのを見て、同じようにスケジュールアプリに登録する。忘れないようにアラーム付きで。
「ちなみにハルは始発派?」
「うーん…そこまでじゃないかな」
そう告げるとモカちゃんは安心したように息を吐いた。
「よかった…流石に炎天下で開場を待つのはキツいもんね…」
同感…あの日差しの中、待つのはいくらその先に推しが待っていても辛い。
毎年始発で参加してる同志達は本当に心から尊敬する。
愛だよね、うん、愛。
だからと言って私には愛が足りないと言う訳じゃない。
愛の形はいろいろある、皆違ってて当たり前だ。
私は私の愛を貫く!
それから暫く夏の祭典について話し合っていると、生徒会室のドアがノックされて虎太郎くんがやって来た。
私たちの会話に不思議そうに首を傾げる。
「何処かお祭りに行くんですか?」
「えっ、と…」
虎太郎くんに話をふられたモカちゃんが困ったように此方を見る。
「コタローくんは私の趣味を知ってるから話しても大丈夫だと思うよ?」
私がそう言うとモカちゃんは安心したように頷いて、虎太郎くんにアニマケの事を説明してくれた。
「……あぁ、建物の天井に人々の熱気で雲ができると噂のあれですか」
説明を受けた虎太郎くんはアニマケを知っていたらしく、苦笑を浮かべる。
「西園寺先輩ご存知なんですか?」
モカちゃんが驚いたように目を瞬かせると虎太郎くんは頷いた。
「えぇ、ハルが好きそうだなと思ってネットで検索したことがあります。あまりの人の多さに驚きましたよ」
「知ってたら教えてくれれば良かったのに…」
その言葉に唇を尖らせるとポンポンと頭を撫でられる。
「あんなに何万人も来る場所で何かあったらと思うと心配なんだ」
……何故ソラもコタローくんもこんなに過保護なの…私もう子供じゃないんだけどなぁ…
「なら西園寺先輩も来ますか?」
虎太郎くんの事を気遣ってかモカちゃんが誘う。
「いいんですか?」
「はい、ただかなり独特な世界なので結構ショックを受けるかもしれませんけど…」
「その辺はメンタルの強さに自信がありますから大丈夫です………ハル、私も行っていい?」
虎太朗くんは何処か期待した眼差しで私を見つめる。
ええぇ!?来るの!?コタローくんも!?
驚いた私がモカちゃんに視線を投げ掛けると、ぐっと親指を立てられた。
うわぁー……いい笑顔。
あわよくば虎太郎くんをオタクの道へ引きずり込んでやろうという邪心が見えた気がする。
こうやってじわりじわりとオタク人工は増えていくのね…。
「……駄目か?」
返答に困ってる私を見て、虎太郎くんはしょんぼりと犬耳を伏せた。
もふ5つ星の耳がへにょんと垂れ下がっていて可愛い。
こんなの見せられたら駄目だなんて言えないじゃない!
「だ、駄目じゃないけど…人も多いし疲れるよ?しかも2日間だよ?」
「問題ない、体力には自身があるから」
「……なら、いい、のかな。でもショック受けても自己責任だからね?」
「ああ、じゃあ同行させてもらうよ。よろしく」
そう言った彼の笑顔は入学してから1番輝いていたかもしれない。




