36話 お祖母様はヒーローでした
「ミケ、お前そんなことが許されると思っているのか!」
「そうよ、貴方は私たちの言うことを聞いていればいいの!それで幸せは保証されるのよ!」
ミケくんの両親がヒステリックな声をあげる。
「何が幸せですか!軟禁して自分達の都合のいいように扱う事のどこが、オレにとっての幸せだというのですか!…父さんも母さんも、昔から自分達に都合のいい『領家の長男』を押し付けるばかりで少しもオレの幸せなんか考えてくれてなかったじゃないか!オレは人形じゃない、人間だ!」
フーッフーッと荒く息を吐きながらミケくんは自分の両親を睨み付ける。
「…今まで育ててきた恩を仇で返すのか!この親不孝もの!」
「……貴女が、貴女がミケを唆したのね!この庶民風情が!」
ミケくんの母親が立ち上がるとモカちゃんに詰め寄り手を上げた。咄嗟にミケくんがモカちゃんを庇おうと抱き締める。
「そこまで!」
突如、凛と響き渡る声がしてその場にいた全ての人間が動きを止めた。
私たちのいる反対側の部屋の襖がスパンと開いて、声の主が姿を表す。
薄い緑色の着物をきっちりと着こなした気品を纏う初老の女性がそこにいた。
え、誰?
ポカンとしている私たちを余所に女性はミケくん達とミケくんのご両親の間に割り込む。
一番最初に声を上げたのはモカちゃんだった。
「え…あ、おば様……?どうしてここに…?」
どうやら知り合いらしい。
女性はミケくんとアイコンタクトを交わすと、ポカンとしたままのツバキさんとそのご両親に向き合い軽く頭を下げた。
「如月家当主、如月タエと申します。この度私の愚息が早まった真似をしてしまい申し訳ありません、このお見合いは白紙に戻させていただきたく思います」
その言葉にツバキさんが顔をあげる。
「…あの、それって…」
「もちろん、円成寺様の不利益には致しません。愚息が御約束した件は私が責任をもって果たします」
「……わかりました、ありがとうございます。ミケ様もよろしいですか?」
「もちろんです、ご迷惑を御掛けして申し訳ありません」
「いいえ、その方を幸せにしてあげてくださいね」
そう告げるとツバキさんはいまだに唖然としたままのご両親を置いて部屋を出てしまう。慌てたご両親はタエさんに頭を下げるとツバキさんの後を追って出ていってしまった。
「あの…えっと、どうなってるの?」
モカちゃんがミケくんに問い掛けるとミケくんは満足そうに、ワンコの笑みを浮かべた。
「お祖母様に協力してもらったんだよ」
協力……?
私たちが首をかしげているとタエさんはミケくんのご両親を正座させ、先程までツバキさんが座ってい真正面に正座した。そしてミケくんとモカちゃんを自分の横に座らせると私たちの方を向いて頭を下げた。
「伊集院家の方々まで巻き込んでしまい、申し訳ありません」
「巻き込んだなんてそんな…うちの子達は友人に協力しただけですわ」
如月家当主様の言葉に先程まで傍観を決め込んでいたお母様様が前に出て微笑む。
「…伊集院家の方々は本当に、お優しく人情に溢れた方々なのですね」
「私はともかく、夫も子供達もとても優しい子達ですの。私の自慢ですわ」
タエさんに褒められてお母様が嬉しそうに私とソラの頭を撫でた。
「…さて、では何故私がここにいるか、どうして孫のミケが強引に婚約させられそうになったか。ご説明致します」
タエさんはそういって事の発端を語りだした。
△△
私たちのサポート、必要無かったんじゃ……?
タエさんの話を聞き終えて私が最初に抱いた感想はそれだ。
簡潔にまとめると。
タエさんは体の衰えを感じ始め、当主の座を譲ろうと考えた。
しかし、実の息子は金使いも荒く傲慢で当主の器ではない。
ならば、孫であるミケくんがいつか婚約したらその時に当主の座を譲り渡そうと決めミケくんの父親にそれを告げた。
てっきり自分が当主になれると思っていたミケくんの父親は強く反対したが、タエさんが考えを変えることは無かった。
もし自分に何かあったときの為に弁護士に依頼して、遺言書を作成したくらいだ。
そこでミケくんのご両親はどうすれば自分達が実権を握れるか考えた。そして思い付いたのだ。
自分に逆らえない、息の掛かった財閥のご令嬢とミケくんを婚約させそのご令嬢を通してミケくんを操ることを。
それに選ばれたのは円成寺家のツバキさん。
彼女には重い病気の妹がいて、その病気を治す医者を如月家は力を駆使して突き止めた。医者を派遣する代わりにツバキさんを、と望んだのだ。
一刻も早く実権が欲しかったミケくんの父親は事を急がせた。
それがタエさんの耳に入り、数日前から色々と調べていたそうだ。そして、昨日。直接ミケくんから話を聞いたタエさんは、ミケくんが今までどのように扱われてきたか、その本心を知り何がなんでも止めようと乗り込んできたという。
『貴方はこの婚約を臨んでいないのですね、ならぶち壊しましょう』そうミケくんに告げて。
なんとも行動力のあるお祖母様だ。
いろいろ調べている時にたまたまモカちゃんと知り合いになり、想い人がモカちゃんというのをミケくんの行動を見て知ったタエさんは応援したくなったとも言っていた。
「モカさんのように心優しく、ミケのために渦中に飛び込んでいける根性がある女性なら、是非如月家に嫁いで欲しいわ」
微笑みながらそう告げるタエさんにモカちゃんは頬を真っ赤に染めていた。
そしてミケくんのご両親に向き直ると目を細めて冷ややかな視線を向ける。
「あぁ、そうそう。貴方たちにはまた1から道徳とは、人情とは何か骨の髄まできっちり叩き込んであげますからね。可愛い私の孫を軟禁して、ただですむと思わないことね」
ミケくんのご両親は真っ青を通り越して真っ白になっていた。うん、自業自得だ。
こうしてミケくんのお見合い騒動は幕を閉じ、ミケくんはまた無事に学校に戻ってくることになった。
ミケくんのご両親を突然現れたタエさんのボディガードが連行していき、タエさんはお母様と和気藹々とお話されている。
私は一連の出来事を見ていただけだったのに何故か気疲れしてしまい亀の間におかれたテーブルにソラと突っ伏していた。
「俺達、なんもしてないのに何でこんな疲れてんだよ…」
「わからない……なんか、私たちのしたことってほぼ意味無かったかも」
ファンクラブに纏めて貰ったモカちゃんのプレゼン資料が無駄になってしまった……
お母様のお話が終わったらとっとと帰ろう。そして寮に戻ったらもふもふアザラシに癒されよう……。
そう思っていると廊下からモカちゃんとミケくんの話し声が聞こえてきた。今回のことをいろいろ話しているらしい。思わず聞き耳を立ててしまう。
「おば様がミケくんのお祖母様だったなんて…吃驚しちゃった」
「オレもモカちゃんとお祖母様が面識あるなんて驚いた、縁て不思議だね」
「………それで、あの…ミケくん…さっき言ってた添い遂げるっていうのは…」
モカちゃんの声が少し震えている。
「……あぁ、うん。ごめんね、本当はもっときちんと伝えたかったんだけど…」
その言葉に私はそろっと襖の隙間から廊下にいる二人を盗み見る。ソラが止めろ邪魔するなと服の裾を引っ張ってくるけれど無視だ。
今、すごくいいところなの!




