32話 悪役令嬢の企み
モカちゃん視点です。
コンビニ行こうよ、のノリで「ミケくんを奪い返しに行きましょう」と告げた友人に目を向けるとなんだかとても悪そうな顔をしていた。
まさに悪役令嬢の名が似合う。先程まで取り乱していた自分がスン、と冷静になる。
……ハル、なんか企んでる?
付き合いはそんなに長くないけれど、ハルが悪事を企んだり実行したりするような性格ではないことは知ってる。
けれどこの笑みは、私が知っている彼女の性格を覆す程に悪役じみていた。
「う、奪い返すって…?」
本来のならばミケくんのイベントを攻略するためにヒロインは勉強、スポーツ、礼儀作法といったパラメーターを上げておかなければならない。
マックスまで上げた状態でイベントを迎えると、各々の選択肢によってお見合い会場へ乗り込むことができ、ミケくんの婚約を阻止する事が出来る。
けれど今の自分には勉強はともかくとして短時間で残りのパラメーターをあげることは出来ない。
「要はお見合い会場へ乗り込めばいいんでしょ?」
「の、乗り込むだけじゃ…どうにもならないよ」
「その辺は考えてあるから大丈夫!ミケくんのご両親にモカちゃんがいかに素晴らしい人かプレゼンすればいいのよ」
「……プレゼン?」
「そう。その辺は私がなんとかするから大丈夫」
その笑顔を見ていると不安しか覚えない。
「ファンクラブって、その為にあると思わない?」
つまり。
ファンクラブの力を借りて、私の事をプレゼンすると、そういうことか。
「その辺りの手回しはソラを巻き込んでやっておくから…モカちゃん、化粧品持ってる?」
話が跳んだ。なぜいきなり化粧品なのか。
不思議に思って尋ねると、ハルは腰に手を当ててにっこりと微笑む。
「勿論、戦地に出向くんだからそれなりの戦装束を装備する為よ」
自信満々な彼女に化粧品など持っていないと告げる。
日焼け止め程度ならあるけれどまだ10代半ばの身としてはあまり化粧をしたいと思えず、購入したことはなかった。
それを説明するとハルはメモ用紙に化粧品の種類、メーカー、色、などを一通りメモして私に寄越した。お金と一緒に。
「必要経費よ。目の腫れが引いたらでいいからこのメモに書いたものを商店街で買ってきて。全部揃うはずだから。メイクして素敵になったモカちゃんで、ミケくんのご両親を骨抜きにしてやりましょう!」
なぜこの子はそんなに楽しそうなのか、そしてなぜこんなに自信満々なのか。
疑問はあるけど、心のどこかで私はハルを信用しているんだと気がつく。
ハルならきっと、いい方向に導いてくれるんじゃないかなんて思い始めてる。
でもハルに頼ってばっかりじゃダメだ。私自身も頑張らなきゃ。
「わかった、行ってくる!」
目の腫れが引いてからでいいというハルに、じっとしていられないからと告げて上着を引っ付かんで寮を飛び出す。門限まであと3時間。私は出来るだけ早足で商店街に向かった。
△△
2時間後、私は化粧品の入った紙袋をいくつか下げて寮への帰り道を歩いていた。メモ用紙を確認して買い忘れがないことを確認しているとたい焼き屋さんの看板が目にはいる。
そういえば、ご飯食べてない……。
ファミレスで食べて帰る事も考えたがそれでは門限を過ぎてしまう。たい焼きをいくつか買って部屋で食べよう。ハルにも買っていこうか。
そう思いたい焼き屋さんに足を向けると、お店をじっと見ている着物姿の気品を纏った初老の女性が目に入った。どこか懐かしそうな顔でたい焼き屋さんを眺めている。
「……たい焼き、お好きなんですか?」
気が付けば声をかけていた。なんとなく、気になったのだ。
女性は猫の耳をぱたりと動かすとこちらを見て、照れ臭そうに微笑む。
「……昔、主人と一緒に食べたの。それを思い出してつい」
そういって頬を染める仕草は淑やかで、少女のように可愛らしいと思ってしまう。
「今日は久しぶりに食べたくなって買いに来たのだけれど…やはり慣れていないと駄目ね、敷居が高いように感じてしまって…情けない話、中々踏み出せなくて」
そういって目を伏せる女性をみると、自分がなんとかしなくてはという焦燥感に駆られる。
この感じがなにか分からないけど…自分の勘を信じる!
「なら私が買ってきますよ、丁度買いにいくつもりでしたから」
「でも…ご迷惑じゃないかしら?」
「気にしないでください、困ったときはお互い様です」
そういって微笑むと女性は嬉しそうに笑い、たい焼きの代金を私の手に乗せた。
「……ありがとう、お願いするわ」
こくりと頷いて、たい焼き屋さんに向かうと定番のあんこがたっぷり詰まった鯛を2匹購入する。お土産様に追加で3匹購入し包んでもらう。
「お待たせしました、どうぞ」
女性の元に戻ると焼きたてホカホカのたい焼きを差し出す。
「ありがとう」
微笑む女性と共にベンチに腰掛けると、女性は上品にたい焼きを口に運ぶ。それをちらりと見て私もたい焼きを口に運ぶ。
さくりとした薄皮生地に甘さ控えめのあんこがたっぷり詰まっているため、何処から齧ってもあんこがないなんて事にはならない。1口目を飲み込んだところでふと隣の女性がうつ向いているのに気が付いた。
あ、もしかしてたい焼きはあんこ派じゃなくてクリーム派だった!?
見上げると女性はハラハラと涙を流していた。
え、なに、なんで?そんなにあんこが嫌だった!?
慌ててハンカチを取り出し女性に差し出す。
「ありがとう、ごめんなさいね…つい、主人の事を思い出してしまって。優しくて、甘いものが大好きな人だったから……感傷的になってしまって」
過去形ということは旦那さんはもしかしたら…と考えてしまい目を伏せる。
女性はハンカチを受け取ると目元を拭う。
「素敵な思い出の味なんですね」
そう告げて微笑むと女性は目を瞬かせた。
「素敵な…?」
「はい、ずっと大事に出来る素敵な思い出だと思います」
「……そうね、思い出しては悲しくなっていたけれど…あの人との思い出はどれも素敵なものばかりだわ…悲しんでいたらあの人を心配させてしまうわね」
そういう女性の表情は柔らかく幸せそうに見える。
その時、私のスマホが着信を告げた。取り出してみるとディスプレイに『ハル』の文字。時間は門限の30分前。ヤバイそろそろ帰らないと。
「すみません、私そろそろ…」
門限があるので、と付け加えると女性はふわりと微笑む。
「こんなお婆さんの感傷に付き合わせてしまってごめんなさいね」
「いいえ、素敵なお話聞かせてくださってありがとうございます。……あの」
紙袋を手にぶら下げながら深呼吸する。余計なことかもしれない、けどこの人に伝えたい。
私は転生者として、誰かをおいて行ってしまうことがどんなに寂しくて…悲しくいことか知ってるから。
もし、残してきた家族に伝えられるなら。
体が死んだからって心まで、魂まで居なくなるわけじゃないって伝えたい。
私は幸せだから、ちゃんと存在してるからあんまり泣かないでって。
きっと、この人の旦那さんだって同じように思ってるかもしれない。
見えなくても、ここにいるから、大丈夫だよって。
ずっとずっと、愛してるよって。
きっと、誰だって伝えたい、離れてしまっても、見えなくても。
大好きな人達に。
前世の家族を思い出し、思わず緩みそうになる涙腺を押し留めにっこりと微笑む。
「旦那さんはおば様の事、これからもずっとずっと、大好きだと思うんです。だから、笑ってください。もし…私が旦那さんなら、大好きな人には笑っていて欲しいですから」
そう告げると女性は目を見開き息を飲んでから、嬉しそうにありがとうと微笑んだ。




