29話 協定
「……ハルはどうするのが良いと思うんだ?」
どうもなにも、私はファンクラブなんてそもそも要らない。ただ破滅しないように平和に、もふもふに囲まれて生きたいだけだ。
ついでにちょっとだけ青春を謳歌してみたいだけだ。
「……ファンクラブには興味がないわ。作りたいのなら周りに迷惑をかけなければ構わないと思うの。でも…なんというかグッズとか生活のサポートとか…絶対要らない」
頭を抱えながらそう告げるとクロくんは同意するように頷いた。
「だろうな…。とは言え、まさかここまで人気が出るとは予想外だからな…不埒な輩がでないように統率する組織は必要だろう」
んん…?何か急にスパイ映画ぽい単語が出てきたよ?組織ってなにや。
私が首をかしげていると、生徒会室のドアがノックされる。返事をするとモカちゃんが入ってきた。
「会長、ハル、お疲れ様です」
「あぁ、秋葉さん。今、ハルからファンクラブの騒動を聞いていた所なんだ。そっちは大丈夫だったか?」
「…大丈夫、じゃありませんでした」
モカちゃんはなんとも言えないような微妙な表情を浮かべると、私の隣に腰を降ろす。
「…教室に戻るなり、4人組に取り囲まれて、ファンクラブを設立したいとか迫られましたね」
頬がひきつっている。
可愛い顔が台無しだよ!?でも、その気持ちは、わかる…。
「君たちのダンスは素晴らしかったからね、ファンになるのも頷ける」
「…会長も追い掛けられた経験があるんでしたっけ?」
「追いかけられるというか、声は掛けられるな。ほぼ毎日。モテる男は辛い」
首をかしげたモカちゃんにクロくんはおどけて見せた。
そうか、この人は毎日なのかー…大変だなー…
え、まさか、私も毎日アレとか言わないよね!?登校拒否するよ!?
私が青ざめるのを見て、彼は言い過ぎたと言うように眉を下げる。
何かフォローをいれようとしたモカちゃんが口を開きかけたその時、ドダダダダッと騒々しい音が耳に入った。その音は一気に近付いてくると生徒会室の前でぴたりと止まる。クロくんが立ち上がり、何事かと確認しようと1歩踏み出したところでバンッとドアが開いた。
そこには肩で呼吸しながら目を吊り上げた我が弟が立っていた。
…え、何事ですか!?今の騒音はソラたん!?どうした!?ソラも追い掛けられたのかい?
「………ソラ?」
驚きのあまり声が掠れてしまったが名前を呼ぶとソラはびくりと肩を震わせ、私に焦点を合わせた。そのままずんずんと進んでくると私の頭から爪先までを視線で確認した後、予想外の事を口にした。
「安心しろ、ハルに迫った奴ら全員血祭りにしてやる」
ソラたん!?何をいってるんだい君は!!
ファンクラブ認めてって迫られたくらいで血祭りは駄目だよ!?お姉ちゃん安心できないよ!?
「落ち着け、ソラ。たかがファンクラブを認めてほしいと迫ったくらいで暴力沙汰になるのは、会長として認めることはできない」
クロくんがどうどうとソラを宥める。
「俺の姉さんに迫るような不届きものは血祭りにされて当然ですよ!………………は?ファンクラブ?」
噛み付くように言葉を返したソラは1拍おいてぽかんと口を開けた。
もしや、『ファンクラブの認知を迫られた』ではなくて色恋的な意味で私が『迫られた』と誤認した……?
それでヤキモチを妬いて迫った相手を血祭りにあげるという思考になったとか………?
勘違いを理解したソラと、ヤキモチを理解した私はお互いに目が合うと同時に赤面した。ソラは勘違いが恥ずかしくて、私はソラのヤキモチが少し恥ずかしくて嬉しくて。
ついでにさらっと姉さん呼びされました!!心の中では姉さんて呼んでくれてたの?
うちの弟マジかよ。
ツンデレにも程があるだろ。可愛すぎて腹立つわぁ…。
赤面する私にとソラを見比べて、先程まで唖然としていたモカちゃんが吹き出した。口元を押さえて肩を震わせている。
や、止めてあげて!ソラのライフが削られるから!
そんな心の叫びなど届かず、クロくんが追い討ちをかける。
「つまりハルが迫られたと聞いて頭に血が上り、詳しく事実確認をする前にハルの事を心配して飛び出した。と言うわけか………なんとも麗しい姉弟愛だな」
微笑ましいと言うように生暖かい眼差しでソラを見ている。
ソラは真っ赤な顔のまま俯いたかと思うと、生徒会室の隅っこまでノロノロと移動し、体育座りで丸っこくなってしまった。羞恥に悶えているのが猫耳がプルプル震えている。
恥ずかしくとも部屋を出で逃げ出そうとしないのは、もしかして私を心配しているからかな?なんて都合よく考えてしまう。
そのくらいうちの弟、今、くそ可愛いです。
「…兎に角、ファンクラブ騒動を速やかに納める必要がありそうですね」
軽く咳払いをしてモカちゃんがクロくんに進言する。
「このままでは私もハルも、学校生活に支障をきたしますし………弟くんが血祭りを実行してしまう可能性もあります」
声が一瞬震えて聞こえたのはまだ笑いをこらえているからだろう。
「ふむ…なら僕たちのように協定を作るか」
そういや前も聞いたな、協定が出来て混乱は防いだが生徒会が人員不足になったとか。
「協定ってどんなものなんですか?」
「そんなに難しいものではないよ。大まかに説明すると、僕らの生活を脅かさない、迷惑をかけない、つきまとわないという内容だ。その代わり僕らが協定を取り纏める人を選んで任せる、という形かな」
「………どこのアイドルですか」
モカちゃんが険しい顔でツッコミをいれた。
「けれど、そのおかげである程度は平和だ」
確かに平和に暮らせるのなら協定は必要なのかもしれない…。教室で私に迫ってきた4人に管理を任せてみるのはどうだろうか、ファンクラブ云々は目を瞑るとしてまたクラスメイトに囲まれるのは勘弁願いたい。
「モカちゃん、私はあの人たちに協定を持ちかけてみてもいいと思うのだけど……」
「そうね、毎回のように迫られるのも面倒だし…そうしようか、このままじゃろくに学校これなくなりそうだもの」
モカちゃんは深いため息をつきながら頷く。
「男装したハルは確かにすごく格好よかった、それは私も全力で認める。でもまさかここまで人気が出るとは思わなかったわ……わかってたら絶対に男装なんてさせなかった」
前半の台詞はともかくとして、私もこんなことになると分かっていたら男装なんてしなかった。絶対に。
その後、私達は生徒会室から出ることなく下校時間まで生徒会の仕事をしながら時間を潰した。
生徒たちに追い掛けられたり、迫られたりする可能があったからだ。
帰り道は後から来た虎太郎くんとミケくんに送ってもらうことになった。
ずっと部屋の隅で羞恥に悶えていたソラは、邪魔だとクロくんに指摘され一足先に男子寮まで引きずられていった。
「ずいぶん大変だったみたいだねぇ」
下校しながらモカちゃんがミケくんと虎太郎くんに今日の出来事を話した所、ミケくんはうわぁと顔を引きつらせてそう呟いた。
「…ハル、大丈夫か?」
話を聞き終えた虎太郎くんが気遣うように私の方を見たので、大丈夫と答えながら微笑んで見せる。
心配かけさせたよね……申し訳ない……。
「けど、そんなフィクションみたいなことってあるんだな。オレ、会長の話も半分冗談だと思ってたし………2人とも、気を付けてな?何かあったらオレも手伝うから!」
ミケくんは苦笑を浮かべつつも気を遣ってくれる。
「2人共、もし身の危険を感じたらなるべく生徒会室に避難するようにしてください」
虎太郎くんにもそう言われて、私とモカちゃんは同時に頷いた。




