閑話 モカ-出会い-
モカちゃん視点です
初めて彼に会ったのは液晶越し。
明るくて時々おどけて、可愛くて格好いい。
彼は私の1番の推しキャラだった。全てのルート、スチル、ボイス、イベントをフルコンプしたし『痛バ』を作るくらい推し愛を持っていた。
だから転生して物語が開始される前に、ゲームの中で彼とのイベントが起きる場所を巡ってみた。
聖地巡礼と言うやつだ。もしかしたら彼に会えるかもしれない!なんて淡い期待を抱いて向かった夜の公園。
夜の9時を過ぎた頃、コンビニに行くからと母に告げて黒いパーカーと言う軽装備で家を出た。イベントが起きる公園は現世の実家のすぐ近く。アリバイ作りにコンビニでちょっとしたお菓子と飲み物を買って公園に向かう。
公園はそんなに大きくなく転生してから何度も遊びに来ていたりする。
けれどゲームの開始が近付いて改めて来てみると馴染みの公園も違って見えるから不思議だ。
公園に足を踏み入れてすぐ私は目を奪われた。
進行方向に設置されているブランコ。そこに彼が座っていたからだ。
私の知ってるゲームの彼は、良い家柄に生まれたのを自慢したりしないし庶民にも分け隔てなく接することが出来る無邪気で明るい少年だった。
けれど、そこにいたのは。
今まで何度も目にしてきた愛くるしい笑顔ではなく、全てを諦めたような自嘲めいた笑み。そして何があったのか、彼の頬には涙が伝っていた。
暗闇で見えないと思っているのか、彼はそれを拭おうともしない。
…なんで?
私は胸が痛むのを感じた。
何で、そんなに、泣いてるの。
ずっとずっと大好きだった推しキャラ。でも、ここにいる彼は違う。プログラムされたキャラじゃない、喜怒哀楽をもった人間だ。
悲しいこともあるだろう、泣きたくなることもあるだろう。私と彼は物語が始まるまで他人だ。ここで声をかけたところでお節介だし、大きなお世話だろう。
…でも、だけど。
このまま、独りで泣かせちゃいけない。
私は顔が見えないようにパーカーのフードを深く被ると彼に近付いた。がさがさとコンビニの袋を漁り、先程買ったココアを取り出すと距離を一気に詰めて彼にずいっと差し出す。
そんな私の奇行に彼はブランコに腰かけたままぽかんとこちらを見上げる。
なるべく顔が見えないように俯きながら声をかけた。
「…君が、泣いてるの見えたから。甘いの、苦手じゃなかったらあげる」
いずれ顔を会わせることになるのだからバレないようにぶっきらぼうに話す。
泣いてるところを顔見知りに見られていたと分かったら、私なら恥ずかしくて顔を合わせにくくなる。
そう思いながら声をかけたが我ながら下手な言い訳だ。
どこの世界に泣き顔を見たからといってお節介を焼く人間を簡単に信頼するやつがいるだろうか。
「………ありがと」
いた。ここにいた。私の推しは純粋でした!!尊い!好き!
彼はココアを受けとるとごしごしと涙に濡れた目を擦る。
そんなに擦ったら目が腫れちゃうでしょ!
お節介ついでに私はハンカチを差し出す。すると彼はきょとんと首をかしげた。ハンカチを差し出した意図が伝わらなかったようだ。
コンビニの袋を地面に置くと、ハンカチでそっと彼の涙を拭いてやる。
「擦らない方がいい、雑菌が入ると腫れるよ。腫れたら大変」
彼は大人しく拭かせてくれる。
涙を拭き終えると、私は隣のブランコに腰掛けた。
「…何かあったら聞くよ。他人の方が、相談しやすいこともあるだろうし」
お節介過ぎるのは重々承知だ。断られたら大人しく引き下がろう。
「…………オレ、本当の自分が分からないんだ」
彼は少し戸惑ってから口を開いた。
いや、言うのかよ!少しは疑ってもいいんだよ!?寧ろ「なんだこいつ…」くって警戒してもいいんだよ!?純粋かよ!!くそぅ、推しが尊くて死ねる!死因は尊死!
内心でツッコミを入れながら話を聞く。
聞くところによると、親や周りの目が気になり望まれるままに振る舞っていたところ、それに慣れてしまって楽しくなくても笑ったりはしゃいだりするようになり自分を偽る事に疲れて止めようとしたが周りが「そんなのお前らしくない」と言い出した。
自分らしいとはなんなのかと悩んだあげくに本当の自分を周りは受け入れてくれないと感じ、ショックを受けて独りで飛び出し、泣いていたと言うことらしい。
だから純粋かよ!!
私なら「だから何?」と言い返してしまうだろう。
相手の言葉を素直に受け入れて傷付いてしまう彼は、弱い。弱くてとても純粋だ。
「本当の自分なんて誰かに決めてもらうものじゃない、自分が決めるものだよ」
そう告げると彼はじっと此方を見つめる。顔を見せないように視線をそらしながら続ける。
「回りから押し付けられた自分でいるのは苦しくもなる、でもやりたいようにやったら誰かと反発する。それは誰もが皆少なからず悩んでいることだと…思うよ」
「君も?」
そう聞かれて視線を少しあげると彼はじっと此方を見つめてくる。
「もちろん。でも…それでも受け入れてくれる人が全くいないわけじゃない。たった1人でもそう言う人がいるなら、今傍にいてくれる人を大事にすべきじゃないかな?…もちろん、否定だって自分の成長に繋がる物もある。だから…その、難しいかもしれないけど…否定する人も受け入れられるようになれたらもっと、君の世界は広がるんじゃないかな」
「オレの、世界……」
繰り返すように呟く彼に微笑みかけながら立ち上がる。
「そう、自分の世界を広げたら本当の自分がわかるかもしれないよ」
私がアドバイスできるのはそのくらいだろう。もう彼の涙は止まっているし、何か伝わるものがあったのか目には光が戻っている。きっと大丈夫だ。
「じゃあ、夜も遅いから早く帰りなよ?」
「っ…待って!」
そういってコンビニの袋を手に背を向けると声をかけられた。
「君、見た感じオレと歳変わらないよね?オレ、春から学園に通うんだ。そこで、また君と会えるかな?」
どくんと心臓が跳ねた。
「また、君に会いたい。」
「………さぁ、どうだろうね」
そう言うと私は振り返ることもせず歩き出す、彼は追いかけてきたりしなかった。
それでいい。今、きっと顔が赤いから。
公園を出た辺りでフードを脱いだ。火照った頬に夜風が気持ちいい。
彼は、前を向いている。悩みながらも進もうとしている。その姿が、そして弱いけれど光を灯した眼差しが脳裏に焼き付いて離れない。
やっぱり、好きだ、大好きだ…。
まっすぐな所が、純粋なところが、弱いところが、全部好きだ。
かつて私が液晶越しに彼から元気をもらえたように。少しでも、彼に元気をあげられただろうか?
近い将来、再会した時に彼が本当の笑顔で居てくれることを願いながら、私は自宅へ帰るのだった。




