26話 友達の幸せ
生徒会での交流会から1週間。
私とモカちゃんは講堂の控え室にいた。
モカちゃんは薄い緑色のドレスに身を包み髪飾りをつけて控え室の椅子の上で深呼吸している。
対する私はフォーマルな紳士服を着て髪を一本に結んでいた。
交流会が終わってから新入生歓迎会で披露する曲が決まり、私達はそれに合わせて動画サイトを見ながらダンスを練習した。その発表が今日、これからあるのだ。
男装した私を見たモカちゃんは「ふあぉぁ!!イケメンイケメンがいるぅ!!」と驚くほどテンションが上がり一緒に写真を撮影したりしていたが、時間が迫るにつれて緊張の方が大きくなってきたのか大人しくなっていった。
それは私も同じで先程から落ち着かない。
「だ、大丈夫だよ、ハル!私たちたくさん練習したんだから!」
私が落ち着かないのを察したのだろう、モカちゃんはにっこりと笑って見せる。
自分も緊張しているのに、人を気遣える所は本当にすごいと思う。ヒロインゆえのスキルかもしれない。
そうだよね、毎日たくさん練習したんだから!絶対大丈夫!
「うん、絶対大丈夫………モカちゃん、この発表が終わったらアニメショップに行こうね!」
手をぎゅっと握ってそう告げるとモカちゃんは眉をへにゃっと下げた。
「ハル、それ死亡フラグ!!」
おぉっと危ない…!
「と、とにかく頑張ろうっ!」
「うん…!」
2人で深呼吸を繰り返していると、控え室のドアがノックされクロくんの声がした。
「秋葉さん、ハル、出番だよ」
その言葉に気合いをいれると、私たちは講堂のステージへと歩き出した。
舞台袖からちらりと見える客席は新入生で埋め尽くされている。見なければよかった、と思うも既に遅く私たちは固まってしまった。
「…2人とも、大丈夫?」
先に舞台袖にスタンバイしていたミケくんが心配そうに首をかしげる。
「だ、大丈夫…じゃない」
思わず素直に答えてしまうとモカちゃんもこくこくと頷く。
「そっかぁ、緊張するよね」
苦笑浮かべるとミケくんは私たちの肩を軽くぽんぽんと叩く。
「大丈夫!お客さんは…深海魚だと思えば!」
ミケくぅーん!?
普通ここはカボチャとかジャガイモとかお野菜に例えるんじゃないですかね!?
「わ、わかった!それなら緊張しないかも」
何故かモカちゃんは納得して落ち着いたようです。
深海魚で落ち着くの!?なんで!?
逆に怖いんだけど!
「うん、もう大丈夫だね!それじゃ頑張って」
そう言うと時間がきたのかミケくんは先にスタンバイしていた他の生徒会メンバーたちと舞台へ出る。
私は大丈夫じゃないから!
モカちゃんもいい笑顔で頑張ろうね、って言わないで!
そんな私の心の叫びもむなしく、開演ブザーが鳴り響き私たちは舞台の上へ。
音楽が鳴り出し、声楽部と生徒会の歌声が響く。選ばれたのは洋楽で、有名なお伽噺を映像化した時に挿入された曲だ。何度も聞いて練習した。
だから、大丈夫。
モカちゃんと手を取り合ってダンスを始める。
客席には目を向けない、自分の足元とモカちゃんにだけ意識を集中させる。そうすると不思議なもので自分がお伽噺の中に入ったような気分になる。
音楽が終わりに近付いたその時、モカちゃんのステップが乱れた。
ヒールを履いていたからバランスを崩したのかもしれない。
とっさにモカちゃんが転ばないように手を伸ばし、体を密着させて支えると持ち直したようで小声で「ありがとう」と微笑まれる。応えるように私も微笑むと一瞬客席から黄色い声が上がった気がした。
………多分、気のせいだ。
無事に最後までダンスを終え、客席に向かって礼をすると拍手喝采か贈られた。
なんとか、なったみたい……。
心地よい疲労感と安堵の中、私たちは退場し控え室へと戻った。
「ハル、フォローしてくれてありがとうっ!」
控え室に戻るなりモカちゃんにぎゅっと抱き締められる。
相変わらずいい匂いがします。
「気にしないで?何とかなったし大丈夫だよ」
そう微笑むとモカちゃんはこくりと頷いて微笑み返してくれる。
この後は授業もなく解散となるのであとは着替えて帰るだけだ。
帰り支度をしていると控え室のドアがノックされた。
既に着替え終えてることを確認してからドアを開けるとソラとミケくんが立っていた。
「モカちゃん、ハルちゃん、お疲れ様っ!はい、これ。オレたちから!」
ミケくんはペットボトルのお茶を渡してくれる。
「ありがとう」
「ありがとう、ミケくん!」
礼を述べるとミケくんはにぱっと笑った。
リアクションが相変わらずのワンコ猫だねぇ、可愛いわぁ。
「モカちゃん、ドレスすごく似合ってたね。可愛かった!声楽部の人達も見とれてたよ」
ミケくんがそう誉めるとモカちゃんはほんのりと頬を染めて嬉しそうに礼を述べる。
ここは、2人きりにすべき!?いや、でもお節介すぎるかな…?
「ハル、ちょっといいか?」
私がそう考えているとソラに手招きされた。不思議に思って首をかしげると荷物を持ってくるように言われる。
「秋葉、ちょっとハルのこと借りてくわ。ミケ、俺はハルと用事があるから秋葉のこと寮まで送ってやって」
「うん、了解!」
「わかった。また明日ね、ハル、弟くん」
……ほ?
そのままソラに腕を捕まれて控え室を出る。スタスタ歩くソラについて行く昇降口まで来た辺りで止まった。
「ソラ、用事ってなに?」
首をかしげて尋ねるとソラは小さく息をはいて私の方を振り返る。
「別に、何もねぇよ?」
んん……?
「だってさっきは…」
「あんなの口実に決まってるだろ、気付けよ」
ぶっきらぼうなその言葉にピンと来るものがあった。それを裏付けるようにソラが口を開く。
「ミケは秋葉が好きなんだと思う」
………え、ぇ…?うそぉ…!?
「秋葉の話すると、なんか楽しそうだし。顔合わせる度に話しかけてるし、ミケ本人から聞いたわけじゃないから確証はねぇよ?でも、まぁ、オレにはそう見える。だから気を遣ってやった」
「ソラって気を遣えたんだね…」
「どういうことだコラ」
「痛っ…!」
素直な感想を述べたら脳天にチョップされました、結構痛い…。
「とにかく。まだミケとの付き合いは短いけどさ…笑っててもはしゃいでても、アイツがどっか上部だけみたいな感じなのは分かってたんだ。でも秋葉といると、本当に楽しいみたいだから。もし…そうなら応援してやりてぇもん」
そういってそっぽを向くと最後にポツリと「友達として」と付け加える。
そっか…その気持ちは…私も同じだなぁ
ミケくんのことは詳しく知らない。同じ生徒会と仲間という認識だけど、モカちゃんも私の大事な友達で。
そんな友達が、幸せになりたいというのなら応援したいと思うのは自然なことなのかもしれない。
「私も、応援するよ。モカちゃんは私の大事な友達だもん」
そういうとソラがちらりとこちらを向く、微笑んで見せるとぎゅっと手を握られた。
「……と言うわけだから、仕方なくハルと一緒に帰ってやる」
「よぉし、じゃあ帰りにクレープ食べていこう!」
「……太るぞ?」
「そんなに頻繁に買い食いしないから平気だもん」
そういって手を握り返す、そうするとソラは目を細めて微笑み返してくれた。
「2人とも、今帰りなのか?」
2人で商店街へ足を向けようとした所、声をかけられて同時に振り返るとそこには虎太郎くんがいた。鞄を肩にかけて帰宅しようとしていたところの様だ。
「そうなの、これからソラとクレープ食べに行くのよ」
そういって微笑むと虎太郎くんはソラの方を見る。
「そうか。もし邪魔でなければ私も一緒に行きたい」
そう告げる虎太郎くんの犬耳は、主人の機嫌を伺う犬のようにへにょんと僅かに垂れている。
もふりたいいいいぃ!!!
もふもふ魂か口から出ないように必死で飲み込む。
「よし、じゃあ3人で行くか」
ソラがこくりと頷くと私の方を見る。もちろん異論は無いので頷いた。




