45.大戦の記憶 リエナ
《コルネス 王都サンティア》
南部の森林地帯の監視砦が落ちた。この報せを受けたコルネス騎士団、大隊長のオルヴァ・マリアス。身なりは美しく、流れるような長い金髪。しかし彼は男だ。良く女と間違えられるが。
彼はこの容姿を疎ましく思っていた。貴族として社交の場に出れば美しいと評価され、誰も彼を騎士としてはみない。精々、大隊長の座についたのも、貴族の血を利用し上り詰めた七光りだろうとしか思われない。
だが彼は紛れもなく騎士だった。いくつもの戦場を駆け抜け、無傷で帰ってくる歴戦の騎士。彼の才能は剣の腕だけではなく、危機管理能力も長けていた。戦場で生き残ってこれたのはそのおかげでもある。まるで第六感のように、危険を察知する事が出来る。
そんな彼が、今震えあがる程に危機を感じていた。王都から南部の森林地帯、その監視砦には、彼の戦友が居た筈だった。何故奴が居ながら、一夜にして落とされてしまったのか。シスタリアの騎士はそれほどまでに数を揃えているのか? いや、在り得ない。船で運べる兵の数などたかが知れている。この大陸間にある広大な海原を、そうやすやすと渡ってこれる筈がない。
「穴倉のリス共が。森に偵察を放て」
「はっ……それとオルヴァ殿。例の件ですが……その……」
歯切れの悪いオルヴァの部下。オルヴァは小鳥のさえずりのような小声で呟いてくるのを聞き取り、表情を険しくさせる。
「拷問だと? クアンめ。奴には騎士としての自覚は無いのか?」
「どういたしましょう。すでに人質は虫の息と……」
「何が人質だ! モルガンニカの魔術師は決して傷付けるなと言った筈だ! 彼らは人質などでは無い、少なくとも、拷問など許される筈もない! クアンは何処だ、私が直接話をつける」
部下から無理やりにクアンが拷問を執行している場所を聞きだすと、オルヴァはすぐにその地下室へと向かった。コルネスの王城は広大だ。闇雲に地下を探しても見つかる筈もない。何も知らず地下に潜れば、そのまま帰ってこなくなる者も居る程だ。それゆえに、人に見られたくない事柄を処理するにはうってつけの場所なのだが。
※
地下室へと降りてきたオルヴァの耳に、微かな息遣いが聞こえてきた。その息遣いの主、その牢屋の前まで赴くオルヴァの目に、信じられない光景が飛び込んでくる。
「貴様……クアン! 何をしているんだ!」
蝋燭の灯りのみで照らされた薄暗い牢。その狭い空間に、クアンと数人の部下が入り込み、さらに中央には天井から吊るされた小人族の少女が。
「……あ? あぁ、オルヴァ大隊長じゃありませんか。如何致しましたか?」
あっけらかんと言い放つクアンに、オルヴァはより一層表情を険しくさせる。
「ここを開けろ!」
「開いてますよ。というか、まさか……貴方まで拷問なんてダメです、って説教しにきたんですか?」
「……どういうことだ」
牢の扉を開け、潜るオルヴァ。牢の中は目を逸らしたくなる光景が広がっていた。中に入るだけで悲鳴が聞こえてくるような惨状。壁や床にこべりついた血痕に、ここで異常な拷問が行われていた事は言うまでも無かった。
「先程、姫君の御付き……ほら、珍しい赤い目の女の子が訪ねてきたんです。どこから話を聞いたか知りませんが……」
クアンは言いながら肩を揺らし笑いをこらえていた。それにオルヴァは一気に頭へと血が上り、クアンの胸倉を掴み上げる。
「何がおかしい。貴様のやっている事は異常だ。何故モルガンニカの魔術師を拷問する必要がある」
「おかしな事を言いますね。聞いてますよ、南部の砦が落とされたんでしょう? シスタリアの少数精鋭がこの国に潜り込んでたとしても、あの砦を落とすにはどう考えても数が足りない。一人で数百人相手にする英雄様なんざ、所詮御伽噺だ。ですが、その御伽噺を現実にしちまう厄介な輩がこの世界には居る」
「それが魔術師だと言いたいのか。モルガンニカの魔術師がシスタリアに手を貸していると? そんな事は初めから分かっていた事だ! わざわざ拷問する必要が何処にある!」
「分からないお人だなぁ。魔術なんて得体の知れない怪しい術を扱う奴らが、今まさにこの国の喉を噛みちぎろうとしてる。それを防ぐ手立てが無いか模索するのが、そんなに気に食わないんですかぃ?」
オルヴァは壁に叩き付けるようにクアンを突き飛ばすと、天井から吊るされた少女を降ろし、抱え込む。
その時、ゾっとするほどに軽かった。それに加えて、少女には片目が無い。抉りだされたような跡が。
「……クアン、貴様……」
「おやおや、お優しいこって。その清らかなお心が、この国を滅ぼす結果になるかもしれませんぜ、大隊長さんよぉ」
「……覚えておけ、戦争にも犯してはならない罪はある。我々は人として戦争で戦う事が定められている。貴様は異常だ。もはや魔人と一緒だ」
「……俺から見れば、あんたの方が異常だ」
オルヴァはその場でクアンを叩き切りたい衝動に駆られるが、堪えて牢を出る。そのまま地下から地上へと出るが、その時既に少女の息は絶えていた。力なく腕が垂れさがる。
「間違っている……こんな事は……絶対に間違っている……」
そもそもがコルネスが始めた戦争。魔術を欲し、モルガンニカの魔術師を大量拉致した。何故騎士の国として名高いコルネスが魔術を欲するのか。それは騎士達の力量不足がそもそもの原因だ。オルヴァは自分の無力感を痛感する。もはや自分は騎士ではない。その信頼も、誇りも既に失っている。この戦争を始めた、その時から。
※
《コルネス南部の森》
私は一体どのくらい寝ていたんだろう。
気が付けば、目の前には師匠の泣きそうな顔。そしてひどく鼻をつく……血の匂い。
それが私の体にこべりついている物だと気づくのに、時間はかからなかった。
あぁ、覚えている。この手で次々とコルネスの騎士を殺して行った事を。
なんで覚えているんだろう。なんで、あの時私は殺されなかったんだろう。
「気が付きましたか、リエナ」
「……師匠……私……」
「今は安静にしていなさい。急激に妖精術を行使したせいで、貴方の体はボロボロです」
あぁ、そうかもしれない。首を動かすだけで、全身に痛みが走る。この状態は覚えがある。師匠に初めてならった魔術を調子に乗って使いすぎて倒れた時と……同じだ。
「……師匠、あの砦は……」
「今は騎士達が丁重に……死者を弔っています。貴方は何も心配する事はありません」
死者……私が殺した……コルネスの騎士達……。
駄目だ、人任せにしちゃ、ダメだ。あの人達は……私が殺したんだ。
「リエナ……! 動いては……」
「大丈夫です……このくらい……」
制止する師匠を尻目に、私は森の中に建てられたテントから出る。そのまま、人の気配がする方へ。そこは森を一望できる、少し高い丘になっている場所だった。騎士達はそこを掘り、お墓を作っていた。
墓標は……剣。騎士らしいといえばそうなのだろうが、何故だが悔しかった。
私が悔しがるなどお門違いもいいところだ。彼らはこんな小娘に殺されるために騎士として生きてきたわけじゃない。私が殺される事なんて夢にも思っていなかっただろう。彼らは騎士として戦い、使命を全うしたかった筈だ。私がいうのもおかしな話だが。
「もういいのか」
騎士達のお墓を眺めている私に、オズマ隊長が話しかけてきた。思わず肩を震わせて怯えてしまう。この人に滅茶苦茶怒られたから……。
「あ、あの……」
「何も言うな。口を噤め。生者が死者にしてやれる事なんぞ、これくらいの物だ。逆もな。死者は何も喋らん」
「…………」
「何か言えよ」
ええっ!? 今何も言うなって……
「後悔してるか?」
「……してると言えば……貴方は怒りますか?」
「別に」
嘘だ。私が砦で……あの惨状を作り出した時、オズマ隊長は激しく激高していた。一体どんな殺し方をした、何故一人で突っ込んだ、と。
何故かなんて分からない。ただ私は、少しでも早く……モルガンニカの人達を助けたくて……
いや、違う、言い訳するな。私は怖かったんだ、コルネスの騎士達が。あのまま森の中に居たら殺されてしまうかもしれない。だったら攻めるしかない、殺される前に、殺すしかない。
「お前は間違ってない。使命を全うしただけだ」
まるで私の心の中を覗き見たかのような発言。
間違っていないと言われても、私はどうすればいい? このままコルネスの騎士を殺して回る?
いやだ、それならいっそ……
「逃げたい……」
思わず口をついて言ってしまう。
急いで口を塞いでみても、出た言葉は戻せない。
しかしオズマ隊長は怒るどころか、微かに悲しそうな顔で騎士達の墓標を眺めていた。
「いいぞ。俺は一向に構わん。というか……お前はもう使い物にならん。さっさと帰れ」
「……そんな事……出来るわけないじゃないですか! これだけの事をしておいて、今更逃げるなんて……」
「……知ってるか。戦争にもルールはある」
……はい?
戦争にルールって……
「なんですか……そんなのあるわけ……人と人が殺し合うのに、ルールなんて……」
「そうだ、これは人間同士の闘争だ。その人間に、子供は含まれてない」
……何言って……
「私は、もう成人してて……」
「殺してなんぼの世界もあるさ。どんな手を使ってでも、殺さなきゃならん時はある。それがどんな悍ましい方法でも、戦争では使わなきゃならん時はある」
「……だから、戦争にルールなんて」
「だがな、それに子供を巻き込むのは……どんな事柄より悍ましい。まだ人を食う魔人の方がマシだ。子供は大人に守られなきゃならん」
……守られる?
誰が私を守ってくれると……?
こんな戦場に送り込まれて、悍ましい術まで植え付けられて……
「お前がどれ程腕の立つ魔術師か知らんが、今回お前は守られた。コルネスの騎士達は人として、その尊厳を最後まで守り抜いた。死者に何を言っても慰めにもならんが、お前はコルネスの騎士に守られたんだ」
「守られた……?」
「奴らは全力でお前を止めようとしたはずだ、殺そうとしたはずだ。それはこの先に待ち受ける地獄へ進ませないためだ。お前のような子供に、この先の地獄は過酷すぎる、引き返せとな」
……誰一人として逃げようとはしなかった。
あの砦にいた騎士達は、皆私に向かってきた。私は幾度この首を撥ねられただろう。その度に起き上がり、一人、また一人と殺していった。
そうだ、逃げればよかったじゃないか。そんな得体の知れない怪物から、逃げて王都に知らせるべきだったんだ。でも誰もそうしようとはしなかった。だからこそ、悠長にここでお墓を作っていられる。
「彼らの死を無駄にするな。お前はシスタリアへ帰れ。ここからは俺達だけでやる」
ここで私が引き下がらなかったら、彼らは無駄死になるんだろうか。
でも……私は……
「……私、決めたんです。私は……怪物になります。二度とこんな戦争が起きないように……」
オズマ隊長は拳を握り締め、今にも殴りかかってきそうだった。
その背中が語っている。いい加減にしろ、と。
「私は……混血です。魔人の血が、この体に半分流れているんです。もう私を人間扱いしないでください。私は人を食い殺す化物なんです……」
そのまま踵を返し、森の中のテントへと戻った。
意外にも、その夜は簡単に眠りにつく事が出来た。
私の中の魔人が笑っている。
その笑い声が、何故か私の救いになっていた。
私は怪物だ。だから、無駄な事を考えるのはよそう。
私は怪物……ただひたすら、人を殺して回ればいい。




