44.大戦の記録 リエナ
英雄と呼ばれる人間は完璧だ。
人々から信頼され愛され、誰よりも頼られ……そして戦場に送られる。
英雄なのだから戦うのは当たり前。だって人々から選ばれた存在なのだから、人々を守るのは当然だ。
シスタリアに偉大な英雄が居た。
その名はナハト。本名かどうか分からない。男か女なのかすら分からない。しかし昔話では大体男として登場する。
彼は二千年前に存在したとされる人物。その多くの記録は昔話として伝えられ、彼の冒険譚は数多の作家達の手によって、胸躍る物語となっている。
ナハトとは魔術を最初に魔人から学んだ人物とされている。その理由は好奇心か、それとも魔人を倒す為に学んだだけなのか。ともかくナハトは人類で初、魔術を習得した人間だった。
彼の物語の多くは輝かしい冒険譚だが、実際はかなり過酷な運命を辿っている。
実際は……と言ったが、私が知ってる話も真実かどうか分からない。
ナハトは元々は騎士だった。しかし戦場で魔人に恋をしてしまった。だが魔人は敵。昔は今のように魔人と対話を試みる人間など本当に皆無だったに違いない。ナハトは恋をした魔人を、泣く泣く殺した。
だがそれを切っ掛けに、ナハトは魔人を殺せなくなってしまった。どんな獰猛な魔人を目の前にしても、彼は戦わず逃げてしまった。
しかし彼は優秀な騎士。なんとか戦わせねばならない、と人々は彼を英雄に持ち上げた。彼は不自然な程に地位と名誉をいつのまにか与えられ、ガチガチに人々の夢や希望に縛られてしまった。ナハトには戦う以外の選択肢が無くなってしまったのだ。
だが戦場に送られたとしても、ナハトは魔人を殺せなかった。むしろ彼は人々を屠り去りたかったのかもしれない。だから伝説の魔人と言われる、グラスパと接触した。かの魔人から魔術を学んだのだ。
魔術を学んだナハトは、弟子を取り魔術の知識を拡散させた。人々はこぞって魔術を学び、それは瞬く間に広がる。そしてその行為を良く思わない人物は当然の様に居た。
ナハトの最後はなんともあっけない。味方の騎士に後ろから心臓を貫かれ死んだ。何故か、と言われれば魔術への偏見だろう。それだけの理由。魔人の秘術を学び、それを拡散させるナハトは魔王か何かに見られていたのかもしれない。
そしてこの私、リエナ・フローベルはそんなナハトの名を冠する称号を与えられた。
私もナハトと同じ道を歩んでいるのかもしれない。地位と権力だけ与えられ、戦場に送られる。そして人間を殺せ、と命じられ、しかも限りなく残酷にと意味の分からない注文も付けられる。
ナハトの時代から二千年。人類は何も変わらない。いや、二千年前の方がマシかもしれない。
私達は同じことを繰り返し、その残忍さは増す一方だからだ。
※
コルネスへと到着し、オズマ大隊長率いる騎士隊と合流した。戦況は芳しくない。何せコルネスは騎士の国。騎士団長いわく、コルネスの騎士は化物しかいない、とのことだった。
私から言わせれば騎士団長も、そしてシスタリアの騎士隊長達もみんな化物に見える。だが彼らは口を揃えて、コルネスの騎士は化物だと言ってのけた。その上、数も地の利もコルネスが上だ。加えてこちらは海を渡ってくる必要がある。モルガンニカの魔術師を救出する為とは言え、大航海を終えた後の騎士に全力で戦えと言っても無理があるだろう。
私は何故ここにいるのか分かってきたような気がする。そして何故師匠は私に妖精術を与えたのかも。
この妖精術は他人の命を食らって自分の命に還元するという、聞いただけでも怖気が走る代物。つまりは私にコルネスの騎士を殺せと言っているのだ。勿論、騎士団長も師匠もそんな事は思っていないだろう。未だに私は小娘扱い。だが状況が言っている。私に怪物になれ、と。
夜になり、大航海を終えた騎士達が休息を取る頃、私は一人キャンプを抜け夜の森を歩いていた。目的はコルネスの王都へと続く街道、それを守る砦を落とす為。
勿論騎士団長やオズマ大隊長、そして師匠には秘密だ。あの人達は口には出さないけれど、本心では分かっている筈だ。これが出来るのは私だけだと。
森の中を進み続ける事数時間。月明りのおかげで道に迷う事も無い。コルネスの森は意外と素直だ。私を惑わせる事なく砦へと導いてくれる。それとも早く死ね、と言われているのだろうか。お前のような小娘、砦の騎士に殺されてしまえと。
森を抜け、砦が目視で確認する事が出来た。今私が居るのは小さな丘の上。姿勢を低くしつつ、砦の方へと視線を向ける。砦には松明の光があちらこちらに見て取れた。シスタリアの騎士を警戒し、多くの騎士が巡回しているのだろう。
だが私なら……あちらは完全に油断する筈だ。私はローブのフードを深くかぶり、丘からまっすぐに砦へと歩く。すると数人の騎士が私の存在に気付き、警戒する気配が見て取れた。中には弓を構える者も。
私は被っていたフードを取り去り、両手を上げて降参するポーズを。そのままゆっくり砦へと近づいていくと、一人の騎士が近づいて来た。
「君、こんなところでどうした? 何故一人なんだ」
「申し訳ありません、母の為に……薬草を取りに森の中に……。昼の間に戻る予定でしたが、迷ってしまって……」
「あの森に? ……よく無事だったな。あそこにはシスタリアの騎士が居るかもしれないんだ。見つかっていたら殺されていたぞ」
私の嘘をすんなりと信じてしまうコルネスの若い騎士。敵と分かっていても思わず好感を覚えてしまう。アール・ゴルアの事があったから、コルネスの騎士はさぞ残忍な集まりなのだろうと思っていた。いや、そう思いたかった。
変に情が移る前に……やってしまったほうがいい。
「ともかく砦の中に……今日はここに泊まるといい、明日の朝になったら家まで送って……」
そう私へと背中を向ける騎士。私はそっと、心の中で謝りながら騎士の背中へと手の平を合わせる。
そして同調する。魔術とは何かと同調し、力を行使する秘術。私の場合は……血液。自他問わず、人間獣魔人問わず、私は血液と同調し、魔術を行使する。
「……? おい、どうし……」
それが、その騎士の最後の言葉になった。騎士の血管という血管から血が溢れ出し、あっというまに騎士は肉塊に。その返り血を全身に浴びた私は、そのままその肉塊から命をすくい食べる。妖精術に命のストックをするために。
「動くな!」
異常に気付いた騎士が私へと弓を放ってきた。撃ち落としてもいい。でもここは敢えて……脳天に矢を受けよう。
「……殺ったか?」
腕のいい騎士だ。私の頭には見事に弓矢が突き刺さっている。だが死ねない。私は死なないんだ。
そのまま何事もなく立ち上がる私。予想通り、コルネスの騎士達は慌てふためき、総出で私を殺そうと点呼を掛けた。そして砦中に響く重低音。どんな楽器で鳴らしているのだろうか。その警報の音を鳴らしているものに、ほんの少しだけ興味が湧いた。
あぁ、ちょっと見に行ってみよう。
音楽は好きだ。今後の参考になるかもしれない。珍しい楽器、見たい。
※
楽器は見つからなかった。
もしかして戦闘で壊してしまったのかもしれない。
寂しい。あの重低音、どんな楽器が鳴らしているのか見たかったのに。
「おい」
砦の中央、その比較的開いた空間には血の海が出来ていた。その中心で蹲る私へとお声がかかる。
ゆっくりと振り向くと、そこにいたのはオズマ大隊長だった。鬼の形相で私を睨みつけ、そのまま胸倉を掴んで引き寄せてくる。
「一体何のつもりだ……この有様は何だ!」
「……楽器……」
「あ?! 説明しろと言っているんだ!」
オズマ大隊長は何故怒っているんだろう。
気が付けば砦にはシスタリアの騎士がすでに攻め込んでいて、生き残ったコルネスの騎士を捕虜にしているようだった。あぁ、まだ生き残っている人間が居たのか。じゃあ探してない所もあるかもしれない。あの楽器があるところ……。
「おい、聞いてるのか貴様!」
何故か怒り狂っているオズマ大隊長へ、私は子供のように泣き顔を見せる。
自分でも分からない。何故こんな感情が沸き上がってくるのか。
「楽器……あの楽器が見つからないから……どうしても見たかったのに……全然、見つからない……」
「一体何の話を……」
そこに師匠が駆け寄ってくる。師匠はオズマ大隊長を睨みつけながら、私を抱き寄せ庇うように包み込んでくれる。あぁ、あったかい、師匠。
「もう、もうやめてください! この子をこれ以上追い詰めないで!」
「何言ってんだ! 死体という死体、みんな人間の形を成してないぞ! 一体どんな殺し方をしたら……いや、それ以前になんで一人で突っ走ってるんだ! そいつは!」
「貴方達が弱者だからです! 何が騎士か……貴方達のような、私のような弱者が、この子を追い詰めるんです! 貴方達に出来ないと悟って、この子は一人でここに来たのです!」
「弱者……だと? そんな小娘が俺達を弱者だと……!」
「ならば貴方にリエナと同じ事が出来ますか! コルネスの騎士を、ここまで皆殺しに出来ますか!? 人の形を成していない? だからなんなのですか! これが……シスタリアとコルネスが始めた事なのです……。二千年前から変わらない……人の業なのです……」




