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43.大戦の記憶 リエナ

 この小さな島国で、多くの命が失われた。

 その大半はコルネスの騎士による物だが、私はこの島に来て既に七名の命を奪っていた。その内の五人はモルガンニカの魔術師。


 アール・ゴルアの死亡を確認した私達は、死者を弔うのを後続部隊に任せ、すぐさまコルネスへと舵を向ける。現在コルネスには既にシスタリアの騎士が潜り込んでいるらしい。


 コルネスへと向かう船の甲板で、私は湿っぽい風に身を晒しながら考えていた。自分は一体何者なのか。確かに師匠は言った。私は混血だと。それは魔人と人間の間に生まれた存在。忌み嫌われ、存在を知られればすぐさま処刑される、そんな存在。


 ならば何故私はこうして生きている? 

 幽閉されるなりしているなら分かるが、よりにもよって私はシスタリアの魔術師のトップの称号を得てしまった。何故私なんだ。


 自分の手の平を見つめる。この手でアール・ゴルアを、モルガンニカの魔術師達を殺した。

 覚悟は出来ていた。今も後悔なんてしていない。むしろ私は、これからもっと多くの命を奪わなければならない。コルネスという戦場で。


「リエナ、体を冷やしますよ。そろそろ中へ戻りなさい」


「……師匠……」


 私はまるで死人のように師匠を見る。死人は動いたりしないが。


「……リエナ、やはり妖精術は貴方に早かったようです。今からでも遅くはありません、それを私に……」


「いえ、大丈夫……です。既に私はこれに救われてしまいましたから……」


 救われた、と自分で言ってて疑問に思ってしまう。

 他人の命を食らい、自分の命に還元するという悍ましい術。

 そんな魔術は存在しない。というより死んだ者を蘇らせる術など、この世界に存在しない。しかし私は確かに死んだはずだ。なのに生きている。生きてはいるが、生者だという自信が無い。


「リエナ、自分の意思を強く持ちなさい。貴方はナハト、シスタリアの矛なのです」


「……師匠、何故私を……混血である私をナハトに推薦……いえ、それ以前に魔術師として育てようと思ったのですか?」


 私の言葉に師匠は驚く素振りを見せなかった。恐らくもう気付いている、と察していたんだろう。私は師匠と騎士団長の会話を聞いて初めて知ったが。


 師匠は言葉を選ぶように、そっと私の両手を握りながらまっすぐに私の目を見てくる。


「リエナ、魔人は決して悪ではありません。それは貴方も分かっている筈です」


「……はい」


 魔人は悪ではない。そんな事公けの場で言えば首を飛ばされそうだが。しかし実際、私が住む街であるバルツクローゲンには魔人が人と友好的な関係を築いている。


「リエナ、貴方が魔人と人との懸け橋になるのを……私は夢見てしまったのです。混血である貴方を路地裏で見つけた、あの時から……。貴方なら出来る、私はそう夢見てしまったのです」


「師匠……」


 その期待に私は答える事が出来そうにない。

 何故なら今現在、私が宿している妖精術は……私が知るどんな魔術よりも悍ましい。

 魔術だって元々は魔人が編み出した秘術だ。悍ましいと知って学んだ。でも今まで私が見てきたどんな物よりも……私は私自身が悍ましい。


「リエナ、少し……休みましょう。貴方には休息が必要です。コルネスに着けば否が応でも……」


「ナハト様、伝言が……」


 その時、甲板へと姿を現す魔術師の一人。シスタリアから援護要員として付いて来た人だ。


「……何か?」


「ナハト様がコルネスに到着する直前に……伝えよと……」


 私と師匠は顔を見合わせ首を傾げる。一体誰からの伝言だ。


「それは誰から?」


「マシルの幹部のご老人から……」


 あれか、主にマシルを取り仕切っている老議員達からか。

 

「それで、なんと?」


「……それが……その……」


 何故か歯切れを悪くする魔術師。師匠は早く私を部屋に戻したいのか「早くなさい」と急かした。魔術師はばつが悪そうな顔を浮かべながら、その口から伝言を言い放つ。


「……コルネスの騎士を……いえ、コルネスの民に魔術の恐ろしさを知らしめよ、限りなく残酷に殺せ。コルネスが二度と魔術に手を出そうなどと考え出さぬように……と」


 



 ※





 船に揺られる事、数日。いくつかの嵐を越えて、私達はコルネスの地を踏みしめる。

 コルネス南部の崖へと船を隠し、そこからコルネスへと侵入する。予め侵入する為の道筋は先発隊が作っていたようだった。


 私の頭の中で、あの伝言がぐるぐると回っている。限りなく残酷に殺せ。私は思わず笑いそうになった。モルガンニカでも人を殺した。あれ以上、どうやって残酷に殺せというのだ。というか、命を奪う行為そのものが残酷だ。限りなくとは一体どういう意味だ。


 コルネスへと上陸した後、私達は森へと作られたキャンプへと。そこには先発隊の導き手、オズマ大隊長が控えていた。騎士団長であるウォーレン・カルシウスと同年代の騎士。肩を並べる程の騎士だと言う。


「やっと来たか、ウォーレン。待ちくたびれたぞ」


「モルガンニカでアール・ゴルアに絡まれてな。余計な手間を取らされた。そっちの様子はどうだ」


「なんとか王都への道筋は見えてきた。しかし流石コルネスと言った所か。良い騎士が揃ってる。王都へと続く街道に、手練れの騎士隊が常駐している。数で押そうにも戦力が足りん、あまり気は進まんが夜襲でもして……」



「私が行きます……」



 騎士団長と大隊長。二人の壮年の騎士が、私の発言に一瞬、時が止まったかのように停止し私を凝視してくる。そして騎士団長は小さく溜息を。大隊長であるオズマはあからさまに顔を顰め怒鳴りつけてくる。


「なんだ貴様は! 小娘に一体何が出来る! おい、ウォーレン、こいつは何だ。援護の魔術師か? 一体どんな教育を……」


「オズマ、そいつはナハトだ。一応俺と同等の地位を与えられてる。つまりはお前の上司だ」


 騎士団長の言葉にオズマは空いた口が塞がらない、そんな風に私を見てくる。

 

「こいつが……? こんな小娘がマシルのトップだと?! あのクソ老人共が! 一体何考えてやがる!」


「おい、オズマ……気持ちは分かるが口を慎め。部下も居るんだぞ」


「やかましいわ! というかウォーレン! 貴様も貴様だぞ、なんでこんなガキを連れてきた!」


「国王の指示だ。大丈夫だ、こう見えて魔術の腕は流石と言わざるを得ない。アール・ゴルアを始末したのはこいつだ」


 再び開いた口が塞がらなくなるオズマ大隊長。そして更に気を悪くしてしまったのか、そのままテントの中に引っ込んでしまった。ガキとは聞き捨てならない。私だってもう成人してるんだし。


「リエナ、さっきの発言は取り消すとオズマに言ってこい」


 騎士団長はそう私に言ってくるが、私は取り消す気など無い。

 だって……手練れの騎士が居るんだろう。その騎士にこちらの戦力が削られるのは好ましくない。なら私が……私なら……


「騎士団長……言いましたよね、シスタリアで私がナハトに任命された時、人を殺すための理由を作れって……」


「……あぁ。言ったがどうした。答えは出たのか?」


「……いえ。どう考えても、人を殺してもいい理由なんて、私には思いつきませんでした……。だから……」


 だから……


「私は、怪物に成り下がります……。騎士団長は怒るかもしれませんが……私は、怪物になります」




 


 

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