42.大戦の記憶 リエナ
食べた? 自分の部下を、一食に一人ずつ……?
「あの、一体……それは……」
「理解したくないのも分かるわ。でも本当の事よ。あの男は、自分の部下を私達に催眠をかけさせて……朦朧としている彼らを齧りだしたの。私達も最初は目を疑ったわ」
人間が人間を食べる。
確かにそんな文化が存在する民族が居るのは知っていた。しかしそれも儀礼的な物だ。主食にしているわけではない。死した長の脳や心臓を、儀礼的に家族が一口ずつ口にする。そんな文化が存在する。
しかしアール・ゴルアは一部では無い。部下を一食に一人ずつ、食べていった。
それは……人間じゃない。
「彼は……魔人との混血なのですか?」
「いいえ……彼は紛れもなく人間よ。それに魔人なら……そんな事をしても不思議じゃない? 確かに魔人の中にも人間を主食とする者は存在するけれど、彼らは自分の身内を殺して食べる何てことはしないわ」
アール・ゴルアは人間……?
そうだ、私は人間を勘違いしていた。というか知っていた筈だ。人間は魔人よりも残酷な事を平気でする。この戦争が良い証拠じゃないか。
「それでね……私達を助けに来てくれて、とても嬉しいのだけれど……」
魔術師の気配が変わる。小人族の五人の魔術師は、私に明らかな敵意を向けてくる。手にする杖が淡く発光し、次の瞬間、光が爆ぜ私の眼前へと。
それは単純な魔力を弾とする魔術。しかし流石はモルガンニカの魔術師、ここまで発動が早いなんて……。
「ごめんなさい」
……あれ? 私、死んだ?
なんとなく分かる。私の胸に大きな穴が開いて……もう向こう側が見えるくらいに。
あまりに凄まじい攻撃だったからか、私は数秒遅れて倒れた。地面に自分の血が流れていくのが分かる。そして暖かいお湯の中に沈んでいくような感覚。
痛みは無い。むしろ凄くきもちい。あぁ、私が……消えていく。
ごめんなさい、師匠……。
『許されない』
なんだって?
『我を宿す者に、死など許されない』
はい?
『立て、そして戦い、喰らえ。我に血を献上せよ』
※
目が覚めた時、私の前に倒れる五人の魔術師達の姿があった。
皆、絶命している。私が殺した。首筋に齧りついて、その命を吸って。
死に際、魔術師は私の耳元でこう囁いた。
『妖精術……可哀想な子……』
これが妖精術? 師匠の言っていた、命を食らえとはこういう事だったのか。
他者の命を奪い、自分の命に還元する。なんて悍ましい。
「悍ましい……何をいまさら……」
そうだ、魔術なんて皆悍ましい。元を正せば魔術は魔人の秘術。巨人族を撲滅する為に編み出された禁忌の技。生命を冒瀆する力、それが魔術だ。私はそれを知っていて学んだ筈だ。必ず正しい事に使えると信じて。
「正しいかどうかなんて……分からないよ……」
小人族の魔術師達の死体を見つめながら、いつのまにか泣いていた。彼女達は叫び声を上げる事は無かった。叫べば、こちらにアール・ゴルアが来るかもしれない、そう思っているのが分かった。私が血を吸い、その記憶や意識が流れ込んできたからだ。
自分が死ぬかもしれないというのに、自分を殺そうとする小娘を守るなんて……酷い話だ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
私はこの戦争を戦い抜けるのか? もう心が折れそうになっている。コルネスに到着すれば、五人どころではない。何十人、何百人と殺さなければならないのに。
いっそ、逃げてしまおうか。
いや、出来る筈が無い。私は師匠やガリアンさんを置いて逃げれるわけが無い。何より私は……ナハト。マシルのトップにして、最高の魔術師と認められた者。
「殺さないと……みんな殺さないと。私はナハトなんだから……シスタリアの敵は殺さないと……」
そのままゆっくり、金属音が響く洞窟の入り口の方へ。今だアール・ゴルアとシスタリアの騎士達が戦っている。アール・ゴルアは一人の筈だ。なのにまだ終わっていない。シスタリアの騎士達、それもガリアンさんみたいな百戦錬磨の騎士達を相手にたった一人。
アール・ゴルアも化物だ。
化物は、化物が殺さなくては。
※
「あ? 貴様……連中はどうした!」
洞窟の入り口に戻ってきた私を見て、アール・ゴルアはそう叫んだ。魔術師達は一体どうしたと吠える。そんな彼へと、私は静かに……
「殺しました……」
それだけを告げた。そして騎士も数人倒れていた。既に絶命しているようだ。生きているのはガリアンさんと、もう一人。その一人も負傷している。お腹を押さえながら地面に伏せていた。
「チッ、役に立たない魔術師が……!」
アール・ゴルアはガリアンさんの剣を弾き、そのまま大きく後退しながら私に近づいて来た。そのまま私の首根っこを捕まえ、首筋に剣を添える。
「動くな! この娘を殺すぞ。船を用意しろ、出航するときに開放してやる」
「ふざけるな! その子も……シスタリアの剣だ……」
ガリアンさんの躊躇いがちな言葉が、なんとなく嬉しかった。まだ私を普通の女の子として扱ってくれる。シスタリアの剣として認めたくない、そんな意思が伝わってくる。
「こんな小娘が? 確かにモルガンニカの魔術師を殺したのはコイツのようだが、シスタリアも堕ちたもんだな。戦場にこんなのを立たせるとは」
「黙れ! その子を解放して俺と正々堂々と戦え!」
剣を構えるガリアンさんに対して、アール・ゴルアは大口を開けて爆笑する。私の顔の横で。
臭い。臭い息を吐きかけるな。
「正々堂々ときたか! 人質を取るのが正々堂々としていないと? 基本中の基本だ! 騎士道と戦場での戦いとはきちがえるなよ、若造。何をしても勝利を掴む事こそが戦場での騎士道だ。勝利を齎さない騎士に、一体何の意味がある」
「部下を……食い殺してでもですか」
私の呟きに、アール・ゴルアが反応する。
この洞窟からは死体の腐敗臭は感じられない。つまりこの男は、一日に一人、内臓から何もかも、人間の全身を平らげた事になる。いくらなんでも、そんな事、物理的にありえない。
「ほぅ、魔術師連中に聴いたか。そうだ、部下を食ってでも生きながらえる。それが俺の騎士道よ」
ガリアンさんの表情が真っ青になる。きっと、アール・ゴルアの所業に怯えているんだろう。部下を食い殺すなんて、そんな悍ましい事……
「リエナ……? 貴方は……一体……」
……私?
ガリアンさんは……私を見て怯えている?
「何故、笑っているのですか?」
笑って……る?
私が? 笑ってる? なんで?
「ははははは! こいつは驚きだ! この小娘の方が戦場を理解しているではないか! そうだ、何事も楽しまなくてはな! 笑えるだろう? 愉快だろう? 戦場は何をしても許される最高の……」
「五月蠅い……違う、違う!」
思い切り魔力を弾けさせてアール・ゴルアを吹き飛ばした。でもその瞬間、彼の剣は私の胸も刺し貫いた。私の胸を刺し貫いて、剣を手放すアール・ゴルア。そのまま壁に打ち付けられるも、笑みを浮かべたままだ。
「おっと、反射的に人質を殺してしまった。まあいい、魔術師なんぞ当てにならん。やはりここは騎士たる俺が……」
「貴方が……まだ騎士を名乗りますか……アール・ゴルア」
胸に剣が刺さったまま、立ち続け淡々としゃべる私。その私を異様な目でみてくるアール・ゴルア。そしてガリアンさんも、一体何が起きているか分からない風だ。
「貴方は……騎士なんかじゃない。ただの野蛮な男です。そして私も……貴方と同類です。確かに……笑えますね。これまで必死に勉強してきたのに……国のために、シスタリアの剣となるべく修行を積んで来たのに……私は怪物だったんだ……」
「お前……一体……なんなんだ?」
「リエナ? 貴方は……」
私は魔人でも人間でもない。どちらにもなり切れない中途半端な存在。魔人と人間の間に生まれた混血という……悍ましい怪物。
ゆっくり剣の刃を鷲掴みにし、引き抜いていく。
私は怪物。そう、怪物。もう人間の心など……邪魔なだけだ。
「アール・ゴルア……部下の死体はどうしたのですか? まさか全身食べたわけじゃないですよね。貴方は紛れもなく人間です。人間の体を一日で食べきれるわけが無い」
答えはなんとなく分かっていた。
この男が一人で一日に一人の人間を食べれないのなら……
「そんな事を聞いてどうする?」
ニヤついた顔。
本当に……この男は最悪だ。
この男は……
「部下にも食わせていただけだ。そりゃそうだろう、人間誰しも、腹が減る時は何か食べ」
最後まで聞く前に、その喉を潰した。
まるで溺れたようにもがき苦しむアール・ゴルア。大量の血が地面に広がっていく。
「実は……私もそうなんですよ。お腹がすくんです。そして今は貴方が美味しそうに見えてしまうんです。私は異常ですか? 貴方なら分かってくれますよね?」
ゆっくり、アール・ゴルアの潰した喉へと口を付けた。
そのまま血を吸い、命を吸い上げる。止めろ、助けてくれ、そんな声が脳内に響いた。
私は怪物だ。
救いようのない怪物。
アール・ゴルアと私は、何ら変わらない。




