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41.大戦の記憶 リエナ

 翌朝、この小さな島国に残っているコルネスの騎士の捜索が行われた。私と師匠は探索魔術を島へと掛け、人の気配を探る。位置は簡単に特定する事が出来た。しかしその場所は断崖絶壁、その裏手にある洞窟の中。あんな狭い場所に五百人という人間が潜んでいるのか。


「罠……か。アール・ゴルアが部下を拷問されるという事を、想定していないわけが無い」


 騎士団長は嫌にその騎士にこだわっているようだった。過去に何かあったのだろうか。


「騎士団長……その騎士と何かあったのですか? アール……ゴリラ殿と」


「ゴルアだ。奴は最低最悪の、そのまた最悪な部類の人間だ。なのに頭もキレる。そして騎士としても有能だ。正直言って、コルネスで出会いたくない人間の中で一番に出てくる」


 この騎士団長にもそんな人間が存在しているとは。

 当然ながら、このウォーレンという男も騎士として有能過ぎる程に有能だ。

 数々の功績を残し、部下の教育にも余念がない。今の騎士団を作り出したのは、この男一人の功績だと言っても過言ではない。


「なら……どうするのですか? いっそのこと、洞窟を崩してみますか?」


「それもいいが……万が一、拉致された魔術師の一部がそこに捕らえられていたらどうする」


 確かに……その可能性もあるのか。

 それだけは絶対に避けたい。しかしかといって、有効な手段も思いつかない。

 仮にこのまま洞窟の中へ攻め入ったとしても、罠で一網打尽……という事もあるかもしれない。


「騎士団長。ここは……少数精鋭で行くべきでしょう」


 その時、ガリアンさんがそう提案した。少数精鋭って……それで罠にはまれば、文字通り精鋭を失う事になる。そうなれば確実に痛手だ。戦場はここじゃない。コルネスなのだから。


 その提案に、騎士団長も渋い顔を。

 私と同じ事を考えているのだろうか。だとしたら……私も少しは成長を……


「……分かった。ガリアン、お前が連れていく奴を決めろ。洞窟の中ではお前に指揮を任せる」


「はっ、了解致しました」


 ガリアンさんが? それは……なんか嫌だ。いや、他の人ならいいというわけではないが、もしこれでガリアンさんが死んでしまったら……。


「が、ガリアンさん! 私も連れて行ってください!」


 私は思わず、そう進言していた。当然の如く、ガリアンさんは首を振ってをそれを拒否。

 しかし騎士団長はそんなガリアンさんを宥める。


「リエナ、何か考えがあるんだな?」


「……はい。昨日私が魔術をかけた騎士……彼は嘘を言っているわけではありません。しかし実際に、あの洞窟に五百人が居るというのは無理があります」


「それはそうだ。で?」


「で……ならば彼は何処で五百人が残っているという情報を掴まされたのか。実際に五百人、見たのかもしれません。でも、今この島国には五百人を乗せて航海出来る程の船舶は存在しません」


「成程……で?」


「……で、ならば彼にその情報を与えたのは誰なのか。私の魔術は確かに彼にかかっていました。不確かな情報を口にしていたようには感じられません。五百人は本当にいたのです。彼の中に。つまり……」


「モルガンニカの魔術師が……脅され力を貸している、という事ですね」


 師匠の言葉に頷く私。

 モルガンニカの魔術の技術それ自体はシスタリアよりも上だ。そうでなければ同盟など組まない。


「成程? つまり洞窟の中に魔術師が待ち構えていると? それが罠だというのだな」


「その可能性が高いです。魔術に対抗するに一番手っ取り早いのは魔術です。私がモルガンニカの魔術師を押さえます。その間に騎士を……」


「一応筋は通っているか。しかしリエナ、お前にそれが出来るのか? モルガンニカの魔術がシスタリアよりも上だと今言ったのはお前だぞ」


「そこは信頼してもらうほかにありません。任せて頂けるなら……私は自分の役目を果たしてみせます」


 自分でも感動してしまう。いつのまに私は、こんなスラスラと騎士団長と話せるようになったのか。いや、騎士団長が私に合わせて話してくれているからかもしれない。どちらにせよ、私は私に出来る事をするだけだ。


「分かった。ならば任せよう。ガリアン、頼んだぞ」


「了解しました」


 その時、師匠も同行すると言い出した。しかし騎士団長はそれを拒否する。


「リエナが死んだ場合、使える魔術師はお前だけだ。他の連中は戦えるような技量を持っているのか? 奴らは探索魔術と治癒のために連れてきたんだろう」


 魔術師は私達の他に数十名控えている。でも騎士団長の言う通り、皆騎士と向かい合って戦えるような魔術は習得していない。


「それはそうですが……ならばリエナの代わりに私が洞窟に……」


「……師匠、それは……」


 私を信頼していないのか? と言いかけた時、騎士団長が私達の間に割って入る。


「先代のナハトなら承知しているだろう。今、俺とリエナは対等の立場だ。その双方が納得し作戦を立てた。お前に出る幕はない。分かったら待機していろ」


 ……驚いた。騎士団長がそんな風に思ってくれているとは。

 いや、ただの方便か? でも私の事を多少なり信頼してくれているのだろうか。


「……分かりました。リエナ、もし何かあれば……躊躇わぬ事のないように……」


「……はい」




 ※




 ガリアンさんは歴戦の騎士の中から十名程を選んだ。狭い洞窟内に、これ以上の人数を連れて行っても邪魔になるだけだ。そして私は先頭に立ち、一番早く洞窟の入り口へと立つ。


 不気味な程に何も聞こえない。しかし洞窟の奥から、かすかだがオドが流れ出てきている。これは警告だ。モルガンニカの魔術師達が、ここには来るなと警告を発しているんだろう。きっと探索魔術で探した事もバレている。


「……ごめんなさい」


 私はその警告を無視し、洞窟内部へと足を踏み入れた。遅れて騎士達もついてくるが……その瞬間、目の前の洞窟が、まるで生きている蛇の胃袋のようにうねりだした。


「なっ……!」


「……錯乱の魔術です。大丈夫、ただの子供騙しです」


 左腕で空気を切るように、魔術を解除する。

 どうやらオートで発動するタイプの魔術だったらしい。魔術師の気配は感じられない。

 私はガリアンさんへと合図を送りつつ、ゆっくり洞窟の中を進む。

 自分の足元すら見えなくなった頃、私は光を生み出す魔術を発動させる。


 その時、洞窟内、その壁面に壁画が描かれている事に気が付いた。

 私は思わず感動してしまう。この壁画は……伝説の魔人と言われたグラスパを描いた物だ。


「どうしました、リエナ」


「ぁ、すみません……素晴らしい壁画だったので……つい」


「この壁画が? どういう壁画なんですか?」


 騎士達の緊張をほぐすためなのか、そんな事を尋ねてくるガリアンさん。

 私は簡単に壁画の説明をする。


「シスタリアは、かつてレインセルと呼ばれる国でした。そのレインセルに、一人の魔人が攻め込みます。彼はグラスパと呼ばれ、魔術の祖を言われるガラドグレイジスよりも……さらに上を行く魔術の使い手だったという説が存在します」


「レインセル……そんな壁画が何故モルガンニカに?」


「モルガンニカの魔術師にとって、グラスパは神に等しい存在です。神と呼ばれた魔人は無数にいますが、その中でも……このグラスパは強大で異常な存在でした。例を言えば……この星、どこにでも一瞬で移動できる魔術も使用出来たとか」


 現代の魔術ではそんな事不可能だ。転移の魔術は存在するが、せいぜい隣町に行くくらいが限度。世界中、どこでも移動するなど……夢物語だ。まあ、グラスパの存在自体、夢物語みたいな物なんだが。


「あの白い影は何です?」


 壁画の上部、白い鳥のような物が描かれていた。グラスパはそれを崇めるように、両手で仰いでいる。


「この影は諸説ありますが……最も有力だと言われている説が……」


「レインセルの姫君、シェルスだ」


 その時、洞窟の奥から一人の男が姿を現した。

 口髭を蓄え、スキンヘッドの男。体は大きく鎧は豪華で、宝石がちりばめられている。


「アール・ゴルア……」


 ガリアンさんがそう嘆くように言い放った。

 この人が……アール・ゴルア。モルガンニカの人々を……虐殺した張本人。


「ようやくおいでなすったと思ったら……呑気に壁画鑑賞か? 歴史の勉強でもしていくか? ん?」


 私は魔術師の気配を探る。

 どうやら……少し奥に潜んでいるようだ。恐らく斬り合いになった時、こちらの動きを封じるような物を使ってくる。


「ガリアンさん……一瞬だけ目を瞑ってください」


「ん?」


 瞬間、私は強烈な光を生み出す魔術を発動させる。

 光を生み出す魔術は貴重だ。私はこの魔術を生み出した事で神童と呼ばれるようになった。

 そこまで難しい事をしているわけでは無いのだが……それは私が混血と呼ばれる存在だからだろうか。


「ぐぁ! なんだ?!」


 暗い洞窟内に潜んでいた者にとって、この光は強烈過ぎるだろう。

 そのひるんだスキをついて、私はアール・ゴルアの横を通りすぎ奥へ。

 

 するとガリアンさんがアール・ゴルアへ斬りかかったようだ。後方から剣と剣がぶつかり合う音が響いてくる。


「……出てきて、私はシスタリアの魔術師……貴方達を助けに来ました」


 ある程度奥まで進んだ私は、そこに潜んでいるであろう魔術師達へ声を掛ける。

 すると私の腰程度の人間……俗にいう小人族が壁の隙間から姿を現した。


「シスタリアの……魔術師?」


 まるで子供のような見た目の魔術師が五名程出てくる。

 私は膝を付き、目線を合わせるようにして対話を試みる。


「そうです、今ここにシスタリアの援軍が来ています。貴方達の他の魔術師は……」


「皆……コルネスに連れていかれたわ……」


 そう答える小人族の女性は、体中に切り傷や痣が見られた。恐らく痛めつけられ、無理やりに協力させられているのだろう。


「教えてください、他に騎士は居ますか?」


「……いたけど、死んだわ」


 死んだ? 


「死んだ……とは? 貴方達と戦って……?」


「いいえ、全て……アール・ゴルアが食べてしまったの。あの男はまるで魔人よ。この洞窟内に潜んでいる間……一食に一人ずつ、自分の部下を食べてしまったの」





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