40.大戦の記憶 リエナ
船が出航してどれだけの日時が過ぎ去っただろうか。嵐を何度か越え、ようやく私達はシスタリアとコルネスの間に位置する島国、モルガンニカへと到達した。
「……ひどい」
モルガンニカで見た光景……それは凄惨たる虐殺の跡。
建物は破壊され、死体がそこら中に放置され、むせ返る程の血の匂い。
冷静沈着な騎士団長でさえ、思わず顔を軋ませる程。私は思わず吐き気を覚え、口を塞ぎながら蹲る。
「リエナ……落ち着きなさい、一度船室へ……」
「い、いえ……大丈夫です……」
私は吐き気を飲み込み、今一度その惨状を目の中にたたき込む。
これが騎士の国、コルネスがやる事なのか。何故戦えない一般市民までもが犠牲になっているのか。
そんな私の心の嘆きを察したのか、騎士団長は吐き捨てるように言い放った。
「騎士とて人間だ。清廉潔白な存在など、この世界には居はしない」
騎士団長は船を降り、モルガンニカの地を踏みしめる。それに続く歴戦の騎士達。
その中の一人……中年の騎士が、私へと薬草を手渡してくる。
「噛めば少しは落ち着く。本来なら君のような子供はこんな所に来るべきではないのだが……」
私はその薬草を受け取りつつ、その騎士の優しそうな目に、その言葉に首を振った。
「私は子供ではありません。もう……十六歳なんです。それにナハトとして認められた……魔術師なのですから。貴方方と同等の……」
「……そう、だな。今更気遣った所で……君を愚弄するだけだな。おっと“貴方”は……私の上司だった。騎士団長と同じ立場なのだから」
最後のは冗談なのだろうか。その騎士は私の手を取り、立たせてくる。
「私はガリアン・マルカル。息子がいるせいか……貴方を子供扱いしてしまった。ゆるしてくれ」
「いえ……私こそ生意気な口を……」
「ガリアン! 何をしている! コルネスの騎士がまだいるぞ! 生け捕りにしろ!」
その時、騎士団長の恫喝ともとれるような指示が響いた。ガリアンさんは返事を返しながら騎士団長の元へ走る。
私はガリアンさんから貰った薬草を噛みながら、ゆっくりとモルガンニカの大地を踏みしめた。師匠も私についてくる。
「今のお方はシスタリアを支える騎士隊……その一角を任されている隊長の一人です。息子とは、アルフェルド・マルカルの事でしょう」
「……ご存じだったんですか、師匠」
「ええ。何せ……彼の妻は私の友人ですので。リエナ、貴方にこんな事を言うのは酷かもしれませんが、出来る事なら……ガリアン様を死なせないように……勿論これは個人的な頼みです。貴方の命が最優先だという事は忘れないでください」
ならば何故そんな事を言う……と思いつつも、私もガリアンさんの事は死なせたくないと思ってしまった。優しい目をしていたから……とても騎士とは思えない程に。
「リエナ、私達は負傷した方々の手当を手伝いましょう。その後……亡くなられた方々の埋葬を……」
私と師匠は騎士達とは違う方向へと。
そこには教会のような建物が建造されており、怪我をした人達が集っているようだった。
遠くで、騎士の叫び声が聞こえた。
コルネスの騎士が捕まったのだろう。その叫び声は……何処か獣の慟哭のように聞こえた。
※
埋葬を終える頃には、すでに日は落ち世界は暗闇に支配されていた。月明りが優しく街を照らし、私は亡くなられた方々の死体が燃えていくのを、ただじっと見つめていた。
「リエナ、少しいいか」
その時、騎士団長が私に話しかけてくる。私は振り向きながら頷き、騎士団長について歩く。その先にあるのは古めかしい小屋。中からはうめき声のような物が聞こえてくる。
「今、コルネスの騎士を拷問している。しかし中々にこちらの質問に答えようとしなくてな。魔術でなんとかならんか」
「拷問って……騎士は拷問もするのですか」
「言っただろう、清廉潔白な存在など居はしない。それで? 魔術で口を割らせる事は可能か?」
「……出来ます。出来ますが……その後はどうするのですか?」
私が魔術で必要な情報を聞き出した後、その騎士はどうなるのか。
騎士団長は表情一つ変えず
「殺す。見たくないのなら隠れていろ」
そう答えた。
これは……分かっていた事じゃないか。なにより私は……コルネスに人を殺しにいくのだから。
「いえ……彼は私が“殺した”んです。覚えておいてください」
「……また拗らせたな……」
そんな騎士団長の声を聞き流し、私は小屋の中へと入る。
すると中では、屋根から腕を吊るされ宙づりにされる半裸の男が。
「お前ら、どいてろ。リエナが魔術で口を割らせる」
その騎士団長の一言で、拷問にあたっていた騎士達はすみに寄る。
そして私を見たコルネスの騎士は、魔術と聞いて怯えた顔を向けてきた。
「魔術……?! 止めろ! 止めてくれ! さっさと殺せ! 殺してくれ!」
泣き叫ぶ男。私は単純に一つ……聞いておきたい事があった。
「……何故、モルガンニカを襲撃したのですか? 魔術師を集団拉致したというのは……本当なのですか?」
私が質問すると、男は途端に口を噤んだ。
この答えは魔術ではなく、この男の言葉で聞きたい。
いや、それは意味のない事なのか? この人だって、上司の命令で行っただけかもしれない。この人の意志ではないのかもしれない。
「……騎士団長、聞きたい事というのは……何ですか?」
私は魔術で聞き出す内容を騎士団長へと尋ねる。
淡い蝋燭の光が揺らぐ中、騎士団長は端的に言い放った。
「この島に残っている騎士の数、そして指揮している奴の名だ」
この島にまだ騎士が?
魔術師を集団拉致したのなら、目的が何かは知らないが用はないのでは?
まあ、私がそれを考えた所で意味はない。騎士団長は私よりも戦場の経験が当たり前だが上だ。今は彼に黙って従おう。
「一応、魔術を行使する前に尋ねておきます。今の騎士団長の質問に答える気はありますか?」
「…………」
騎士は答えない。それどころか、舌を噛み千切ろうとした。だがそうはさせまいと、待機していた騎士が自分の指を口へと突っ込み、代わりにと噛ませる。
血が……垂れた。噛み千切られた騎士の血が。
何故かその血を見て……体が熱くなる。
なんだ、この感覚は。血など……さっき治療の手伝いをしたとき、嫌という程見たじゃないか。
「……リエナ?」
「……っ、な、なんでもありません」
騎士団長の言葉に我を取り戻し、私は男の目を見つめる。
そしてそのまま暗示の魔術を。
ゆっくり、男の表情が消えていく。
口の力も抜け、騎士は口から指を引きぬく。
「今一度……問います。この島に残っている騎士の数、そして指揮している人間の名は?」
「……およそ五百……指揮しているのは……アール・ゴルア殿……」
「……! アール・ゴルアだと! あの鬼畜野郎か! どうりで必要以上に被害がデカいわけだ」
騎士団長が珍しく取り乱している。
私は引き続き、質問を続ける。
「……何故、モルガンニカの魔術師を拉致したのですか?」
「……国王の命令だから……コルネスも魔術を取り入れるために……」
その答えに、またしても大きな舌打ちをする騎士団長。
周りの騎士も大きく溜息を吐きながら頭を振っている。まるでコルネスに失望したと言わんばかりに。
そして私は最後の質問を。
「何故……戦いに関係のない者にまで手をかけたのですか……?」
「……! おい、リエナ! よせ!」
よせ? よせとはなんだ、こんなの当然の疑問で……
「……趣味……アール・ゴルア殿の……娯楽のため……」
私は耳を疑った。
娯楽? 娯楽だと? なんだ、それは。
人を殺す事が趣味? なんで……
「もう出て行けリエナ、あとは俺達が……」
「ぁ……あぁぁぁぁ!」
その瞬間、私は目の前が真っ赤になった。
気が付けば……私はその男の首筋にかみつき……その血を啜った。
男の首から、鈍い男が鳴り響くまで。
※
「一体なんなんだ、アイツは。お前は何を育てていたんだ、ソフィア」
気が付けば私は毛布にくるまれ寝かされていた。
ここは……騎士が立てたテントだろうか。外から騎士団長と師匠の話声が聞こえてきた。
「今、リエナの体の中には……とある一匹の魔人が居住しています。とはいっても、その意思が表に出てくることはありません。しかしその影響は多少なり出ている物と思われます」
一匹の魔人……妖精術の事か。
師匠から引き継いだ妖精術を宿した左腕が……かすかに痛む。
「表に出てこないだと? 人間の首筋に噛みついて血を啜ったんだぞ。あれが魔人でなくて何だ」
「……その行動はリエナの本能です。彼女は……魔人と人間の間に生まれた……混血なのです」
……なんだ、その話。いや、初耳なんだが。
私が混血? 魔人との間に生まれた?
「そんな物を……お前らは囲って育てていたのか。魔人は敵だぞ」
「確かに、人間と魔人は敵対しています。しかし中には人間と共存を望む者も居るのです。バルツクローゲンには、そんな魔人が数十人……隠れ潜んでいます。堂々と姿を晒して大書庫の管理をしている者もいますが……」
モモルの事だろうか。猫の見た目をした魔人。幼いころから、モモルは私に本を読み聞かせてくれた。
「……人間と共存したい、そんな魔人が居る事は俺も知っている。実際に見た事もある。だが何故だ。魔人と人間の混血を、何故ナハトなどに推薦した」
「それは彼女が追い求める理想の……手助けがしたかったからです。魔人とて、この星の一部。我々が殺し合う理由は、ただ種族が違うというだけ。それで数千年といがみ合うのは……不毛という物ではありませんか」
私の理想……それは魔人との共存。
いつかモモルのような魔人が、堂々と王都を歩けるように……人間と楽しく過ごす事が当たり前になるように……
「……その事を今議論する気はない。俺が聞きたいのは、何故あんな娘をナハトに認めたんだ。歴代のナハトは皆、マシルの捨て駒にされて死んでいった。お前がリエナの理想の手助けをしたいというならば、他の道もあっただろうに」
「……その通りです。私は……私のために……彼女を犠牲にしてしまった……私は怖かった、ナハトという呪いが。いつか私もいいように使われ殺される。その恐怖に……負けてしまったのです……」
師匠は先代のナハトだ。
そんな思いを抱いて……私を育てていたのか。でも……私は確かに師匠からの愛を感じた。両親の顔を知らない私にとって、師匠は紛れもなく……私の母親以上の存在だ。
そんな師匠の役に立てたのなら……このまま死んでも、私は浮かばれる。
少しでも恩返しが出来たと……
「……ならば何故お前はここに居る。何故コルネスに向かおうとしている。今のお前からは、死人の気配しか感じない。お前は死ぬために戦場に向かおうとしている」
……なんだって? 師匠が……死ぬために?
「その通りです……。私は己可愛さに、弟子を生贄に差し出しました。知らなった……愛情を注いで育てた子が戦地に向かう、それが自分の死よりも恐ろしい事だなんて……私は知らなかった……」
「……今更だな。だが愛情なんてものはただの幻想だ。言い訳に等しい」
騎士団長が去っていく。
残された師匠は動かない。ただ……そこに居続けている。
「……愛情は幻想……そうかもしれません。私は……リエナを殺した。自分の子を……この手で……ためらいもせずに……」
師匠のすすり泣く声が……耳に残る。
これは……侮辱だ。私に対する……侮辱だ。
私は自分の意志でナハトの道を選んだんだ。
決して死ぬためじゃない。さっきは師匠の役にたてたと喜んでしまったけど……。
私は自分の意志で……この道を選んだんだ。
それだけは……そこだけは……絶対に譲れない。
絶対に。




