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39.大戦の記憶 リエナ

 騎士の国、コルネス。私の母国であるシスアリアの、その東の広大な海を挟んで存在する大国。

 かの国がシスタリアの同盟国、モルガンニカの魔術師を集団拉致した……との知らせを受けたのは、私がナハトの称号を与えられた直後だった。


 ナハト、それはシスタリアで最高と称された魔術師に与えられる物。

 マシルと呼ばれる魔術師の組織の中で、絶大な権力を振るう事が出来、尚且つ騎士団長と同等の地位に就くことも出来る。


 さぞかし騎士団長殿は面白くないだろう。たかだか十六の小娘が自分と同じ地位に就いたのだから。


「リエナ・フローベル。早速お前の手を借りる事になる」


 授与式の、その場で私は国王からその命を受けた。コルネスに赴き戦え、と。

 

「そんな……国王! お待ちください! 彼女は魔術師としては有能でも、戦場に立たせて良い年齢ではありません!」


 王へと進言する私の師匠、ソフィア・ライスラ。

 国王の側近である聖女達は無礼だと声を荒げるが、国王はそれを手で制す。


「何故だ、ソフィア。十六は既に成人として認められる年齢だ。それにコルネスではもっと若い騎士が戦っているという話ではないか。年齢など関係なかろう? 戦えるか否か、それが戦場に立つか立たぬかの境界線よ」


「し、しかし……リエナは……」


 口をつぐむ師。恐らくこう言いたいんだろう。私は人など殺せないと。それはそうだ、殴った事すら無い。でも私は……覚悟を決めていた。この道を進むと決めた、その日から。


「……国王様」


 私は国王の目を、その老人とは思えぬギラついた目を睨みつけるようにしながら、進言を求める。


「どうした、リエナ」


「私は戦いに赴きます。この手で、シスタリアを……母国の敵を打ち滅ぼします」


 国王の頬が緩む。師は何も言わない。同席していた騎士団長は何故か溜息を吐き、聖女達はまるで怪物を見るかのような目で私を見てくる。


「では行け、リエナ・フローベル。騎士団長ウォーレンの補佐として赴くがいい」


 騎士団長の補佐というのは、国王なりの心遣いだろうか。どちらにせよ戦場に赴くという事に変わりはないのだが。


 そのまま私は国王へと一礼し、騎士団長と共に部屋を出る。

 騎士団長、ウォーレン・カルシウスは体の大きな壮年の騎士。重工な鎧に身を包み、白髪で白い口髭が印象的な男。私達は国王の間を後にし、王宮の長い廊下を歩き始める。


「何故承諾した」


 騎士団長は、私へとそんな質問を投げかけてくる。

 私は歩きながら、騎士団長とは顔も合わせず答えた。


「ナハトだからです。かつて、この国の英雄だったナハトも……魔術を駆使して魔人と戦いました。私はその名をたった今冠しました」


「……だから?」


 だから……だからってなんだ。

 

「……だから……戦場に立って戦います」


「……俺の傍から離れるなよ。そんな理由じゃあ、一瞬で殺される」


 理由? 理由がそんなに大事なのか?

 私はこう見えて魔術の腕が最高と認められてナハトとなったのだ。舐められては困る。


「私は……そこまで弱くありません」


 私がそう言い放つと、騎士団長は再び大きく溜息を吐いた。

 そして立ち止まり、私を見下ろしながら睨みつけてくる。


「これだけは覚えておけ。戦場では腕っぷしが強い者が生き残るわけじゃない。そして生き残るという事は、人を殺さねばならぬという事だ。お前が人を殺す理由は、本当にそれでいいのか? その尊大な英雄の名を冠したから、というだけで人を殺して本当にいいのか?」


「……戦場で人を殺す理由を……言い訳を考えろという事ですか?」


「そうだ。他人の命を奪い、それでも平常を保っていられるだけの理由を作れ。ただし国のためだとか、国王の命だからなどというのは糞の役にも立たん。お前個人の、お前のための理由を作れ」


 私のための理由……? 人を殺すための?

 そんなもの……あるわけがない。一体どうやって作れというのだ。


「……船が出るまでまだ時間はある。それまで考えておけ」


 それだけ言い残して、騎士団長は去って行ってしまう。

 私だけの……人を殺す理由。

 そんなものが存在するのだろうか。私は今まで微塵も……人を殺したいなどと思った事すら無いと言うのに。




 ※




 王都スコルアから、港町アルベルタまで馬車で向かい、そこから船で海を越えてコルネスへと上陸する。私は結局、騎士団長に言われた理由など思いつかなかった。まともに考えてすらいなかったが。


「リエナ……」


 アルベルタへと到着し、馬車から降りる私へと話しかけてくる師匠。その身なりからして……まさか師まで戦いに赴くつもりなのだろうか。


「師匠……師匠もコルネスへ赴くのですか?」


「……貴方を巻き込んだ責任は取らねばなりません。貴方をナハトへ推薦してしまったのは……私なのですから」


 何を言っているんだ。推薦してくれと頼んだのは私だ。師に恩はあっても、責任などあるはずが無い。


「師匠、私は自分の意志で戦うと決めたのです。バルツクローゲンで魔道の道に進むと誓った、その日から……私はいつかこんな時が来ると思っていました。シスタリアでは魔術師は騎士と並ぶ矛の役目を帯びているんですから」


 師は今にも泣きそうな顔をしていた。

 優しく、時に厳しく指導してくれた凛々しい師の面影はそこには無い。


「リエナ、貴方に渡したい物があります。こちらへ……」


 私は師についていき、そのまま誰ぞの所有する倉庫へと。

 師匠は魔術で鍵を開錠し、私の肩を抱きながら中へ。そのまま扉を閉め、薄暗い空間の中で私と師はふたりだけに。


「師匠……?」


「貴方には……幾度か話したことはありましたね。妖精術という物を」


 頷く私。妖精術、それはかつての英雄、クラリスが生み出した一種の魔術。

 魔人、巨人族、そして人間の魂へ特殊な魔術を混ぜ合わせた物。全部で三種存在し、その一種を……師匠が保有している。


「今、これを貴方に引き継ぎましょう。本当ならナハトとしての職務に慣れてからと思いましたが……そうも言ってられなくなったので。左腕を出しなさい」


「……はい」


 ローブをめくり、左腕を露出させる。

 すると師匠も同じように腕を出した。そこには古代文字……遥か昔、魔人族が扱っていたと言われる物が刻印されていた。


「これが妖精術……黒雨(こくう)です。元は魔人の魂であり、かの者は人の血を啜る類の怪物でした。それをクラリス様が捕らえ、魂を抜き取り使役したのです」


 師の刻印が消えていく。そして私の腕に、耐えがたい痛みが。

 思わず床へと蹲り、左腕を抱えるようにしながら抑える。だんだんと、師の腕についていた刻印が私の腕に移ってくる。


「リエナ、人を殺し……その血を啜りなさい」


「……え? 師匠?」


「さすれば……貴方はその分、その犠牲の分、生きる事が出来る。自分が生きる為に、他者を犠牲にするのです」


 なんだって。それは……なんという……おぞましい。

 おぞましい? 何を言っているんだ、世界はいつだって……そうだったじゃないか。自分が生きる為なら、他者の命を……奪って食べるのが当たり前なんだ。


 でも……血を啜れとはいったいどういう事だ。

 私に……魔人になれというのか?


「その妖精術は他にも様々な力を貴方に齎します。その力を使えば……戦場でも生き残る事が出来るでしょう。しかしその代償に……貴方は大切な物を失うかもしれません」


「大切な……物?」


「……覚えておきなさい、リエナ。騎士団長に何を言われたかは知りませんが、貴方の理想を追いかけるのならば……どんな残酷な妄想にも耐えるのです。その妄想が現実になった時、貴方の心は揺らぐでしょう、壊れるかもしれません。しかし耐えるのです。理想を追うという事は、そういう事なのです」


 残酷な妄想……なんとなく、騎士団長に言われた事と重なる。

 人を殺すための……理由を作れ。全ては戦場で生き残るために。



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