38.シェルス
《スコルア 王宮》
ガラドランジュの乱入により吹き飛ぶ部屋。
私も巻き込まれそうになったが、既での所でアウタージュに助けられた。
今はアウタージュに抱きかかえられる形で、王宮とは別の塔から吊り下がっている。
少し遠目に見える王宮からは火の手が上がり、アウタージュの張った結界は木っ端微塵に破壊されていた。
「アウタージュ……無事か? ガラドランジュの奴……私達が居るのに遠慮なく吹き飛ばしやがって……」
『アハハ、私達を逃がすためダヨ、こまったチャン。それで……素直に逃げる?』
逃げるわけが無い。あの爆発でアルフェルドやシンシアがどうなったのか気になる。最悪アルフェルドは死んでても構わないが、シンシアは……
「アウタージュ、とりあえず降ろしてくれ。今騎士に襲われたら何も出来……」
「そうだなぁ。何も出来なさそうだなぁ、お前等、舐めてんのか」
背後から不気味な声。アウタージュは即座に反応し、塔から離れるように飛び上がる。だが眼前に声の主が迫ってきていた。恐ろしい程に、体が透けて見える程に気配が無い。
「アウタージュ! 私を落とせ!」
『アイヨー』
アウタージュは私を空中で放り出し、私は私でアウタージュの体を土台にして飛び上がる。そのまま腰の長剣で……って、剣が無い!
「げっ、落としてきた?!」
「マジで舐めてんのかゴルァ! 覚悟しろ!」
不味い、目の前の騎士? は大した事は無いとは思う。しかし武器無しで対応できるほど甘い敵でも無い。こんな事なら魔術で剣でも作れるような物を習得しておくべきだった。まさに後悔先に立たず……
だがいつまで経っても私に相手の刃は届かない。それもその筈、目の前の騎士は見事に切り捨てられた。空中であるに関わらず、相手の背に乗り首を掻っ切る魔人によって。
「ギアラ殿……!」
「間抜けにも程があるぞ。お前等」
そのままアウタージュが再び糸を展開し、私達はそれに掴まりつつ地上へと無事に帰還する。アウタージュは私達だけを地面へ降ろすと、塔に張り付きそのまま王宮の方を見つめていた。恐らくガラドランジュの身を案じているんだろう。
私はギアラ殿に礼を言いつつ、無事に地面へ降りれた事に安堵する。まあ私も魔人の端くれだ。あの高さから落ちても……いや、死ぬか、普通に。
「ギアラ殿……凄まじくいいタイミングで助けてくれましたね……ありがとうございます……」
「爆発音が聞こえたからな。見物しようとあの塔に登ってたんだ。そうしたら……間抜けな魔人二匹が見えたからな」
グサっと私の心に何かが突き刺さった。いや、確かに間抜けだったかもしれないが……相手の気配が全く感知出来なかったんだ。なんだったんだ、あの騎士。
「それより……あのモンタナとか言う女、奴はかなり臭いぞ」
「そうですか? というかあんな少女の体臭をギアラ殿はクンクンと……」
すると今度は私の脳天にギアラ殿の拳が突き刺さった。
「違う。巨人族の守護霊だの何だの……あれは全部デタラメだ。冷静になって考えればすぐわかる事だ。お前も少しは疑問に思っただろ」
痛い……物凄く痛い……。
久しぶりだ、頭にゲンコツを貰ったのは。
「疑問と言われましても……守護霊じゃないんですか?」
「よく考えろ。守護霊という秘術が生み出されたのは五百年前だ。まだ巨人族が存在しているような大昔に、そもそも守護霊なんて物は無い」
あぁ、確かに。
守護霊術を生み出したのは五百年前のシスタリアの英雄、クラリスだ。
モンタナはザナリアと共に戦場を駆け、その過程で巨人族を守護霊として復活させろと言われたらしいが……確かにそんな昔に守護霊なんて概念がある筈がない。
「じゃあ、あれは全部作り話なんですか? 一体、何の意図があって……彼女のおかげで魔人共は無事にこの街に侵入できたわけですし……」
「そんな事は知らん。案外、俺達を一網打尽にしようとしているのかもな」
それはつまり……モンタナは人間側だと言う事か?
確かに人間に味方する魔人は居る。ガラドグレイジスを筆頭に、その血族はほとんど人里に紛れて生活していると言われている。もしモンタナもその手の魔人で……私達を罠にはめようとしているなら……
「ギアラ殿……どうしますか? ここに留まっていても……」
「そうだな。ガラドランジュは俺が連れ出す。お前はさっさと逃げろ」
「いや、しかしそれは……」
「早く行け。あの爆発で王宮に騎士が集まっているんだ。その状況でお前に何が出来る」
っぐ……確かに。
だがここで逃げ出せというのか?
シンシアもアルフェルドも生きているかどうか分からない。
ここで逃げても……私はそれからどうすればいい?
「じゃあな、さっさと逃げろよ」
そのままギアラ殿は行ってしまう。
私は……逃げるしか無いのか。確かに今の私では、アルフェルドには敵わないだろう。しかもこの王都にはそれ以上の手練れが無数にいる。あの私の母親と同じ顔をした女も相当の使い手だった。
「くそっ……! 結局私は何しに……」
思わず壁へと拳を突き立てる。
待て、冷静になれ。ギアラ殿の言う通りだ。ここで私に出来る事など何もない。生きてさえ居れば、またアルフェルドやシンシナと再会できるかもしれない。あの二人でここで死んだとしても、私はまた代わりを探せばいい。幸いな事に私は魔人。時間ならどれだけでも……
その時、背後から金属音がした。同時に何かを引きずるような音も。
異様な気配。まるで未知の生物に背後を取られているかのような感覚。
後ろを振り向けない。というか体が動かない。だんだんと呼吸する事すら出来なくなってくる。
「あ……っ……か……」
そのまま私の意識は閉ざされた。
暗い暗い……闇の底へ……。
※
あれからどのくらい時間が経ったんだろう。
目を開き辺りを見回すと、石造りの小部屋のベッドに寝かされている事が分かった。
そして手を動かそうとすると、聞きなれた金属音が。
どうやらベッドに鎖で拘束されているらしい。なんという間抜けな。私は捕まったのか。
「……おーい……」
とりあえず目が覚めました……とアピール。
誰に掴まったかは知らないが、このままでは埒が明かない。
人質にされるくらいなら早急に死ぬべきだ。こんな間抜けな形で奴らに迷惑はかけたくない。
そして私が目覚めた事に気付いたのか、一人の男が入ってくる。
見るからに騎士では無い。半裸の状態で頭には三角形の布を被っている。
「……あー……お前、誰?」
私はとりあえず自己紹介を求めるが、男は無言で包丁のような物を手に取り……そのまま私の腹へと突き刺してきた。
「っぐっ! いきなり……何するんだ。物凄く痛い」
喉の奥から血が溢れてくる。それを吐き出しながら、相手を挑発するように笑みを浮かべながら言い放った。男は効果が無いと思ったのか、次は包丁を傍にある蝋燭で熱し始める。
次はそれを傷口に差し込むのか。
なんという優しい拷問。私はこれより悪趣味な拷問を幼少の頃に味わった。あの最悪な豚の元へ売り払われた時に。
そして私の予想通り、男は熱した包丁を傷口へと差し込んでくる。
小気味いい音と共に、腹へと広がる痛みと熱。私はそれを感じながら、さらに男を挑発するように
「おい、違う。喉だ。魔人に拷問したいなら喉を責めろ。そんな所いくら弄った所で……」
「黙れ」
男は傷口に差し込んだ包丁を、そのまま捻じりながら更に深く突き刺してくる。
痛みはあるがなんてことない。こんな拷問……私にとっては前戯にしかならない。
「……おい、これ拷問のつもりか? やるならもっとちゃんとしろ。私は魔人と人間の混血だぞ」
「黙れと言っている……」
男はイラついたのか、二本目の包丁を胸に突き刺してくる。
胸はアルフェルドに付けられた傷がまだ残っている。だから少し……効いた。
「あー……今のは痛い、凄い痛い。よし、もう一本行ってみようか」
「……貴様……」
私の顔面へと拳を振り上げてくる男。
何度も何度も、私の顔が潰れるのでは無いかというくらいまで。
でも男は本気では無いとすぐに分かった。コイツは手加減している。
口に溜まる血を吐き出しながら、私は男を睨みつける。
「おい、どういうつもりだ。せっかく魔人を捕まえたんだ。もっと恨みつらみを……」
「俺の娘と妻は魔人に食われた。俺の目の前で、笑いながら美味そうに」
あぁ、そうか。こいつは……
「俺だけ生かされた。理由は女の方が美味いからだそうだ。それから俺は魔人を殺しに殺しまくった。だがいつまで経っても恨みなんて晴れない」
こいつは……私が人間の姿をしているから本気を出せないのか。
妻に娘。目の前で食い殺された女達。きっとコイツは私が人間の女の姿をしているから、無意識に加減してしまうんだろう。
「お前も魔人だろ。もっと苦しめ……泣いて俺に詫びろ……その後に……その首を落としてミンチにして食ってやる」
「……じゃあ私の言う通りに拷問しろ。とりあえず、その辺りを這ってる虫を沢山捕まえてこい。それで私の腹を割いて中に入れろ。そしてまた塞ぐんだ。次に歯を全部叩き折って、代わりに針を歯茎に差し込め。そのあと口の中に泥水を流し込んで……」
「……な、何を言って……」
何って……
「だから……私が泣くまで拷問したいんだろう? 私はまだ年齢一桁の時に、まさに今言った拷問を受けた。拷問っていってもただの娯楽だったからな。何を白状しようが終わらなかったが……」
「…………」
男は無言で私から離れ、壁に背を付けると息を乱し始めた。
泣いているのか?
「お前……何泣いてんだ」
「五月蠅い……黙れ……黙れ!」
再び胸へと包丁を突き刺そうとする男。だが途中で止まった。
そのまま包丁を床へと落とす男。頭にかぶっていた布をはぎ取り、そのまま深呼吸しだす。
「はぁっ……はぁ……なんなんだ……適当な事言ってんじゃねえ! このクソ魔人が!」
「そうか、じゃあ私がされた事を一から順に教えてやる。まず……心臓と肺以外の内臓を取り出されて目の前で調理しはじめたな。その次はそれを食わされて……内臓の代わりに、さっき言った虫を……」
「止めろ!」
男は何かに取り付かれたように壁へと頭を叩きつけだした。
何がしたいんだ、コイツは。
「おい、やる気が無いなら……さっさと解放するか殺すかしてくれ。私だって忙しいんだ」
「お前……今のは……人間にされたのか……?」
コイツ……まさか同情しているのか?
一番拷問なんてやっちゃダメな奴だ。
「だから何だ。私は魔人だ。人間に殺されそうになったこともあるし、殺した事もある。食った事は無いが……」
「……魔人は……人間を食って生きてるんじゃないのか……」
「んなワケあるか。私は普通に酒場で酒飲んで……なにかツマミがあれば大満足だ」
男は本気で魔人の食料が人間だと思い込んでいたらしい。
まあ、確かに人間を主食にしている魔人はいるだろう。だがそんな奴は大抵小物だ。
悪戯に人間を刺激するのは危険すぎるという事を知らない奴らだ。
現に、ディアボロスの血族の中に人間を主食とする奴なんぞいない。
奴等は戦える者としか対峙しない。戦いこそが生きる目的。勿論私を含めて。
「なんで……なんでもっと……悪趣味な奴だったらよかったのに……」
「なんだ、じゃあお前の言って欲しい事を言ってやろうか? お前の妻と娘はただの酒のつまみにされたんだ。まあ仕方ない。所詮弱者は強者の食い物だ」
思い切り妻と娘を侮辱してやる。
しかし男は変わらず壁に頭を擦り付けている。
「おい、どうしたんだ。あぁ、分かった分かった。私にとって一番困るのは、このままここに拘束される事だ。私の血の匂いに引かれて仲間が来るからな。その仲間にこんな所を見られたら……恥ずかしくて外も歩けん」
仲間が来る、というワードに男は反応する。
見るからに焦りだした。しかし……ここにはこの男しか居ないのか?
あの時、私は急に意識を失った。てっきり魔術か何かだと思ったが……この男はどう見ても魔術師には見えない。
「くそ……くそっ! 俺は身内を魔人に殺されたんだ! お前に分かるか!」
「私も母親を目の前で人間に撲殺された。私が魔人だと知られたからな」
再び絶句する男。
「まあ、仕方ない。母親が馬鹿だったんだ。私みたいな子供なんぞ何処かに捨ててこれば良かったんだ。別にそんな守るようなもんでも……」
「守るだろ……自分の子供なんだ。守らない奴なんて居ない」
なんでお前が母親の肩持ってんだ。
ワケが分からなくなってきた。
「お前……人間を恨んでないのか。母親を殺されたんだろ」
「別に恨んじゃいない。私が恨んでいるのは……父親の方だ。何を血迷ったか人間と子供なんぞ作って……今何処で何をしているかは知らないが、いつか父親を見つけてブチ殺すのが私の夢だ。その時は……そうだな。母親の最後を語りながら笑いながら頭を潰してやる」
笑みを浮かべながら言い放つ私。
その時、奥から何物かの足音が聞こえてきた。
匂いからして……魔人……か?
「おい、さっさと逃げろ。私の仲間が来たぞ」
「……ふざけるな……俺は……今まで魔人が恨みの矛先だったのに……なんなんだ、お前は……」
「お前、人生経験足らなさすぎるぞ! 魔人が全部が全部、人間を常に殺して回ってると思ったか?! 中には人間と仲良く暮らしてる能天気な奴も居るんだよ! 分かったらさっさと逃げろ!」
足音が近づいてくる。
というか、なんで私……この男を逃がそうとしているんだろうか。
見るからに惨めだからか? 今まで原動力だった筈の物を、なんてことない事で無くしてしまったから。
「……取り込み中でしたか?」
その時、小部屋に入ってきたのは……誰だ。
魔人である事には間違いないが……姿は人間その物。
長い黒髪の少女。魔術師のようなローブ姿。そしてその目には、抉ったかのような傷跡が。
「……誰だ、お前」
「モンタナですよ。シェルス様」
モンタナ? いや、顔が全然違うんだけども。
「ところでこれはどういう状況ですか?」
そのまま普通に小部屋へと入ってくるモンタナ。
男は傍にあった包丁を振りかざし、モンタナの脳天に突き刺そうとしている。
私は咄嗟に男へと「やめろ!」と叫ぶが……一瞬で男はバラバラになった。
モンタナが手を翳しただけで、男は跡形もなくミンチにされてしまった。
「お前……」
「生かしておいた方が良かったですか? まあ何はともあれ、ご無事で何より。拷問されてたのですか? それにしては余裕が有り余ってますね。拷問していた人間を助けようとするんですから」
私の胸と腹に刺さったままの包丁を抜き取るモンタナ。
そのまま手足を拘束していた鎖も断ち切ってくれる。
「……どうも、一応礼だけ言っとく」
「お構いなく。それより戦況はあまり芳しくありません。ガラドランジュ殿とギアラ殿が王宮内で騎士数名と応戦中。王都各地に散らばった他の方々も、騎士と魔術師に追い詰められているようです」
「そうか……なんとかガラドランジュだけでも逃がさないとな」
そのままベッドから足を降ろそうとするが……そういえば私、服着てないじゃないか。さっきの男に脱がされたのか。
「なあ、モンタナ、悪いけど何か着るもの持ってきてくれないか?」
「そうですね。女性として隠す所は隠さないと……それになにより、貴方は我らが主のご子息ですから」
「……気づいてたのか」
モンタナは自分の着ているローブを私に手渡してくる。有難いが……サイズが小さいな。モンタナって何か人間の子供位の身長だし……。
「そりゃ気づかない方がおかしいでしょう。私達、イルベルサの長の匂いを間違う筈もありません」
私はとりあえずローブを羽織り、そりゃそうか、と納得しながらベッドから降りる。そのまま小部屋を出ようとした時、ギアラ殿が懸念していた事を思い出した。
モンタナは嘘をついている。
あの巨人は守護霊などでは無い。
「なあ、モンタナ。あの巨人……守護霊じゃないんだろ?」
「えぇ。違いますよ。なんと説明したら一番分かりやすいか模索した結果です。ご気分を害されたのなら謝ります。私のコレは……妖精術です」
妖精……術?
聞いた事ないな。
「妖精術にも色々ありまして。白銀と言われる物は単純に言えば死者の蘇生、黒雨と呼ばれる物は、死した魂を術者の命に置き換える。そして……私が拘束している妖精は魂の変換。全て……私が作り出した魔術です」
ヤバい……説明されてもサッパリ分からん。
と言うか魂を扱う云々って……なんか、あの英雄のようだな。
確か盲目の魔術師……
そこまで思い出してようやく思い至った。
モンタナが異常な存在だと言う事に。
警戒する私の気配が伝わったのか、モンタナは笑みを浮かべる。
「お前……誰だ」
「人間だった頃の名は……クラリスと申します。世界で唯一、魂と同調する魔術師です」
クラリス、シスタリアの英雄の一人。
だが五百年前に死んだ筈だ。魔人に殺された筈だ。
それが何故、今目の前で魔人として……生きているんだ。
「お前、一体……」
「あぁ、本当に口が軽い……魔術師の性には逆らえないようで。非常に申し訳ないですが……貴方の魂も若干弄らせて頂きます」
モンタナ……クラリスが私へと手を翳してくる。
逃げようとするが無駄だった。
一瞬で……再び私の意識は闇へと落ちた。




