37.シンシア
《シスタリア王国 王都 王宮》
突然、大規模な魔術で床が崩れ、一瞬で王宮の一室が吹き飛ばされた。
床から出てきたのは青い竜。ディアボロスの血族を名乗る魔人。
私は咄嗟に結界を張り、貴族達を竜の魔術から守る事は出来た。
しかしギリギリだった。もう一度同じ事をされたら私では防ぎ切れない。
青い竜はガラドランジュと名乗る魔人。
今その魔人とアルフェルドが戦っている。そしてチェーザレ様も加勢し、共に討伐しようと奮闘している。だが竜は再び大規模な魔術を行使しようとしている。
不味い、もう一度アレをやられると……流石に私も貴族達も跡形もなく消し飛ぶ。
幸い逃げ道はある。あの竜が放った魔術で壁の一部も吹き飛んでいた。そのお陰で蜘蛛の結界も壊れている。
蜘蛛、と思い出した所でシェルスさんの姿が無い事に気が付いた。
そういえば蜘蛛も居ない。何処に……まさか外へ?
もしかしたら外で待ち伏せしているんだろうか。逃げてきた人間を順番に狩る為に。
いや、シェルスさんは私を一切攻撃する仕草は見せなかった。蜘蛛はともかく、シェルスさんは無抵抗の人間を斬ったりはしない。たぶん。
でもアルフェルドもチェーザレ様も……そしてイリーナも、容赦なく蜘蛛を攻撃していたから……もしかして怒っているかもしれない。というかシェルスさんが魔人との混血だったなんて。私は魔人自体あまり見た事が無いから見分けがつかなかったが、どうりで綺麗すぎると思ったんだ。何処か人間離れした美貌がシェルスさんには備わっていると思っていた。
そんな物思いに耽っている私の肌を付く針のような気配。大規模な魔術が再び展開されようとしている。不味い、早くここから逃げないと……!
「皆さん! ここから逃げてください! またアレが決ます!」
しかし貴族達は動こうとしない。というか混乱と恐怖で、皆腰を抜かしている。無事なのはシャリア様と数名……。なんてことだ、パっと見、貴族は三十名前後。その内動けるのは数名。その数名で腰を抜かした貴族をおぶって逃げたとしても……到底間に合わない。
そうこうしている内に竜の大魔術が炸裂する。
激しく発光したかと思えば、その巨大な翼を羽ばたかせただけで無数の光弾が飛んでくる。
その内の一つがまさに、私達の方へ。
一瞬、言葉を失う貴族達。
巨大な光弾が私達の眼前へと迫る。
誰もが死を覚悟したかもしれない。でも私の後ろには、シャリア様もいる。
アルフェルドはシャリア様の夫であるザリア様から託されたのだ。妻を守れと。
それはつまり、アルフェルドと行動を共にしている私にも責務はある筈だ。
というか単純に、アルフェルドが頑張って戦ってるのに……私が隅で怯えてるだけだなんて……絶対に嫌だ。
「下がって!」
私は咄嗟に、ありったけの魔力を右手に集中させる。
もう結界を張っても防ぎ切れない。ならば光弾の軌道を変えるしかない……!
「シンシア?! 待って! 何を……!」
シャリア様の声が後ろから聞こえた。たぶん、自分から突っ込むなんて何を考えてるんだ、とか思っているんだろう。私もそうだ。私だって……今まで本を読むか魔術の研究しかしてこなかった。魔人と戦う事になるなんて毛程も考えていなかった。
でもダメだ。私は元々、ナハトになる為に旅に出たんだ。
ナハト……つまりは師匠みたいに強くならないと……ダメなんだ……!
「うぁぁぁぁ!」
光弾へと右ストレート。その瞬間、私の右腕が飴玉のように溶かされた。
痛いとすら思う暇もない。このままだと体は溶けて無くなる。
でも私は腐っても……シスタリアの魔女と言われた英雄の弟子。
あの怖い師匠の……唯一無二の弟子。こんな所で……死ぬわけには行かない!
「この……っ!」
溶けた腕は魔力に変換されていた。それでも空気中ではすぐに霧散してしまう。
それをかき集め、硬め、一瞬だけ仮の腕を作り出した。
その腕で、力まかせに光弾を明後日の方向へと。
「ああぁぁぁ!」
軌道は外れ、そのまま光弾は部屋の壁を破壊しながら外へ。そのまま何処か別の場所に。
あぁ、不味い。軌道をずらしたはいいけど、別の場所へ弾き飛ばしてしまった。誰か居たら……どうしよう。
でもそれを考える余裕なんて無い。仮の腕はすぐに霧散し、肩から下の私の腕は見事に消えて無くなっていた。そのまま肩から出血が。
「シンシア! シンシア!」
シャリア様が私を介抱してくれる。急いで自分が着ていたドレスを破り、肩の出血を止めようと手当してくれる。
「皆さん手伝って下さい! 我々の命の恩人ですよ!」
シャリサ様は他の貴族へも呼びかけた。でも皆……何故か呆然として外を眺めている。
どうしたんだろうか。何をそんな眺めて……
「なんてこった……王の間に……」
その言葉を聞いて、流石に私もシャリア様も動きが止まる。
まさか……私が弾き飛ばした光弾が……国王の間に?
「と、とにかくここから逃げないと……!」
そのままシャリア様は私の止血を施してくれる。
幸い……というべきか、攻撃が強烈すぎて傷口の大半が焼かれていた。
その隙間から出血はしているが、腕を無くしたわりには大した事のない量だ。
というかヤバイ……腕を無くしたって……何を冷静に……
私は頭が麻痺してるのか? 腕を無くしたんだ、もっと取り乱すべき……
いや、でも私が弾き飛ばした攻撃が王の間に……いや、それよりも早く逃げないと……
あぁ、もうダメだ……頭が働かない……。
※
《王宮 国王の間》
王の間が爆破され、それに気づいた聖女リュネリアは急行していた。
国王の身に何かあっては一大事。何より、今王の間には大事な客人も迎えているのだ。
リュネリアは国王の間へと赴くと言葉を失う。
炭と灰で真っ黒に染め上げられ、見るからに無残な姿。
国王は指定の位置で胡坐をかいている。そしてその正面で、客人たる少女も佇んでいた。
「ご無事ですか?! 国王様!」
国王へと駆け寄るリュネリア。しかし国王から返事は返ってこない。
「……国王様? ダルトン陛下?」
脈を確認するリュネリア。だが既に時遅し。国王は息絶えていた。
「……国王様……」
「……つい、先程……逝かれました」
傍に佇んでいた少女は、リュネリアへとそう呟く。
だが間に合う。リュネリアには国王を救う手段がある。
「……っ!」
リュネリアはシスタリアに二人しか居ない、妖精術の使い手。
その腕に刻印された文字から血を垂らし、異界より妖精を引きずり出す。
少女は突如、悪寒に襲われリュネリアから距離を取った。
その時、背中に当たる冷たい感触。振り返ると、そこに立っていたのは白いドレスと黒い甲冑を身に着けた騎士。
「……?! な、何?!」
少女は怯えながら、その騎士からも距離を取る。
だがその瞬間、信じられない光景が目に飛び込んでくる。
確かに息絶えた筈の国王。
その国王が顔を上げたのだ。何事も無かったかのように立ち上がり、大きく深呼吸する。
「余計な事をするな、聖女リュネリアよ」
「……国王様?」
死者の蘇生。少女は愕然とする。
こんな魔術は聞いた事が無い。何故死んだ筈の国王が生き返った。
一体何が起きている。
「我は一度死んだ。こんな老いぼれに国王など務まりはせん。リュネリアよ、紹介しよう」
国王は怯える少女へと近づく。
少女は逃げるように後ずさりするが、壁まで追い詰められる。
「リュネリアよ。彼女こそ……コルネスの次期女王、レベージュ・ガルバージェだ。そして……今宵より、このシスタリアはコルネスに従僕するものとする」
「こ、国王様? 一体何を……コルネスに従僕……?」
リュネリアは理解出来ない。
一体、この王は何を言っているのか。
「さあ、時代が変わるぞ、リュネリア。真なる支配者を決める戦いが始まるのだ」
その瞬間、リュネリアが使役する妖精“白銀”が国王に襲い掛かった。
それはリュネリアが命じた事では無い。リュネリアは勝手に動き出した自分の妖精を止めようとするが……
白銀は国王の心臓を抉った。
胸に深く腕を突き刺し、そのまま国王の心臓を高らかに掲げる。
「ははは……これが……娘を手にかけた父の……最後か……」
「国王様!」
国王の心臓を鷲掴みにする白銀。
ゆっくりと……“それ”は握りつぶされた。




