36.レベージュ
《王都スコルア 王宮 国王の間》
シスタリアの国王、ダルトン・シスタリア。
彼は今、自身の玉座で物思いに耽っていた。街から聞こえる悲鳴や爆発音を、まるで劇場の席で楽しむかのように。
狂った王、それが私の彼に対する第一印象。
今ままで狂っているのは自分の父だと思っていた、そう思わざるを得なかった。
だが本当に狂っていたのはシスタリアの方だ。
コルネスはシスタリアによって一度滅ぼされた。
だがシスタリアはコルネスの復興を手助けし、あまつさえ自国の主戦力とも言える騎士達を遠征させた。何故そんな事をするのか。シスタリアはコルネスを滅ぼしたでは無いか。あのシスタリアの魔女を使って。
その理由は非常に単純だった。
シスタリアの王はコルネスに自国を滅ぼさせようとしている。
この国の民は皆、償えぬ罪があると。
その罪を償うには……死ぬしかないと。
そんな自己破壊願望のような物を持つシスタリアの国王と、私は今共に居る。
この小さな部屋で、ひたすら街から聞こえてくる悲鳴や爆発音に耳を傾けている。
まるで劇場で音楽を楽しむかのように。
「……レベージュよ。父を恨んでいるか?」
やっと口を開いたかと思えば、くだらない質問を繰り出してくるシスタリアの王。
父を恨んでいるかどうかなど、聞くまでも無いだろう。
「恨んでなどいません。父は父で自国を守ろうとしただけです」
父はシスタリアと同盟関係にある、モルガンニカの魔術師を拉致せよと命じた。
モルガンニカは魔術が大きく発展した小さな島国。コルネスの王たる父は、自国の魔術の技術が他と比べて劣っている事に危機感を感じたのだ。だからモルガンニカの魔術師を拉致し、技術を取り入れようとしていた。
何故突然、父は拉致という手段を取ったのか。魔術の技術が必要なら、素直にお願いして教えて貰えればいいと誰もが思うだろう。だがそんな事は出来ない。それはコルネスを舐めて下さいとお願いしているような物だ。
騎士の国たるコルネスがモルガンニカに頭など下げれない。下げたら下げたでコルネスは終わる。ゆっくりモルガンニカ、そしてその同盟国であるシスタリアに侵略されるだろう。魔術という道を通じて。
決して招聘した魔術師に好きにさせてはならない。だが奴隷のように拘束する事も出来ない。ならば最初から奴隷として招こうというのが父の決断。その決断が間違っているとは思わない。間違っていたのは、魔術の技術が劣っていると思ってしまった父の弱い心だ。
コルネスは騎士の国。魔術などに頼らなくとも、十分に自国を守る事は出来る。シスタリアの魔女という破格の存在が出て来なければ、あの戦争にも勝利していた筈だ。
だがそんな事を言っていても始まらない。魔術など求めた事がそもそもの間違いだったのだ。我々は騎士の道だけ猛進していれば良かったのだ。
「レベージュ」
シスタリアの王が私の名を呼ぶ。
私は睨みつけるように国王の目を見る。その目は鋭く、老人と思えない程に輝いていた。足腰が弱っている老人が、まるで巨人のように思えてくる。
「魔人と手を組み、この地をコルネスが治めるのだ。そしてシスタリアの民を従僕させよ。それこそが我々の贖罪」
その発言に言葉を失う。
魔人と手を組み……シスタリアをコルネスが従僕させる?
何を言っているのだ。
「貴方は……そんな冗談がお好きだったんですか。とても笑えませんが」
「冗談に聞こえるのか? この状況で。この王都に魔人を呼び寄せたのは他ならぬ我自身。手始めにこの王都を魔人共にくれてやるのだ。お前がコルネスの王としてシスタリアを治めると一声上げれば……魔人を率いている者はお前に従う。コルネスが滅ぼしたイルベルサの民がな」
イルベルサ……。
神に等しい魔人、ファラクが建国した魔人の国。
コルネスとウェルセンツの国境上に建国されたその国は、人間との共存を望み、最初は上手く交流していた。だが簡単に魔人と人間の溝が埋まるわけでは無い。イルベルサは五十年も経たない内に滅ぼされた。他ならぬコルネスの手によって。
「……何故イルベルサの民が? 彼らが私達に従うとは思えませんが」
「ならば逆に聞こう。十五年前の大戦時、イルベルサのザナリアは何故コルネスと手を結んだ? かの魔人は主らと共に戦い、シスタリアの騎士を追い詰めた。何故そんな事が出来た」
それは……あの魔人、ザナリアも狂っていたからだ。
ただ戦いたい。その欲求を満たすため、あの魔人は戦場に立っただけだ。
「別に……ザナリアはコルネスを助けようとしたわけじゃない。ただ戦場で戦いたかっただけでしょう。手を取り合ったわけじゃない」
「違うな。ザナリアは戦士だ。いくら戦闘狂とはいえ、自国を滅ぼした国を助太刀するという形はとるまい。あの魔人とコルネスの王……お前の父との間である取引がなされたのだ」
「取引?」
父とザナリアが取引だと。
一体何を取引したと言うのだ。あの狼が喜びそうな材料を父が持っていたというのか。
「左様。お前の父はこう言ったのだ。ファラクを解放してやるとな」
「……解放?」
解放とは何だ。ファラクは死んだ筈だ。他ならぬ当時のコルネスの王の手によって。
まさか御伽噺のように何処かに封印したとでもいうのか?
「ファラクは……生きているのですか?」
「生きているさ。かの魔人は死から拒絶された存在。死ぬ事すら出来ない呪いの肉体を持つ魔人だ。コルネスの王はファラクの心を縛り付け、幽閉しているのだ」
心を……縛り付けた?
「それは……一体どんな大魔術ですか。神に等しい魔人を縛り付けるなど……到底不可能に思えますが……」
「恋慕だ」
「……はい?」
「かの魔人は人間に恋をしたのだよ。そしてその相手は……コルネスの当時の姫だった。勿論その姫は他界しているが、ファラクは今も生き続けている。そしてあの魔人は姫の子……つまりはコルネスの王族に付き従い続けているのだ」
……一体何を言っているんだ。
「付き従い……って、そんなわけが無いでしょう。それならファラクは私の付き人の誰かだとでも言うのですか? 人間に化け、何食わぬ顔で王族の世話をしているとでも……」
「その通りだ。ファラクは人間に恋をしてしまったが為に、永遠に縛られる事となった。人間は弱い。たかだか数十年で命を落とす。だがファラクは死に拒絶された存在だ。かの魔人は目の前で愛する者の子が死ぬのを何度も眺めていく内に……縛られてしまったのだ。次こそ、次こそは自身の愛を満たしてみせるとな」
そんな馬鹿な話が……信じれる筈が無い。
それにそれがもし……万が一本当だとするなら……
「それなら何故……ファラクは大戦の時、助けてくれなかったのですか。あのシスタリアの魔女によって、コルネスは壊滅させられた。あの時、ファラクが助けてくれれば……」
「出来る筈が無かろう。ファラクは永い時の中で、自身が魔人だと言う事すら忘れてしまっているそうだからな。完全にか弱き存在になり切り、何食わぬ顔で王家に従っている従僕。心当たりは無いか? お前が幼き日より、見た目が変わらぬ身近な者を」
見た目が変わらない……者?
いや、居るには居る。だが彼女は……妖精という存在であって……
「……居ません、そんな者は……」
「顔は正直に物語っておるぞ。さて、では話を戻すか。お前は……」
その時、王の魔の窓が激しく輝いた。
一瞬で私とシスタリアの王は光に包まれた。
意識を失い、気が付いた時には……目の前の光景は一変していた。
※
あれだけ煌びやかだった王の間は、黒い炭と灰と化していた。
私は瓦礫の中から這い出て、崩れた壁から街を見下ろす。
あちこちで火の手が上がっていた。まるで地獄絵図。いつかの戦場を思い出す。
だがあの時とは違う。あの時はもっと悲惨だった。目の前で騎士が次々と殺され、真っ赤な血が文字通り雨のように降り注いでいた。
「っく……」
街を眺める私の後方から、国王の呻き声が聞こえてくる。
私は国王の背に乗った瓦礫をのけつつ、手を貸そうとするが……それを国王は拒否する。
「また……生き延びてしまったか……。これも運命か……」
「……? 一体……何を……」
国王は自身で立ち上がり、そのまま玉座があった場所で腰を下ろす。
「レベージュ……これは我が望んだ窮地では無い。もっと……もっと大きな動きがある筈だ。それまでお前が死なずそこに立っていられたなら……この国をやる」
またその話か、と私は小さく溜息を吐く。
国をやるだの何だの……そんな物は国王の一存で決めれるような事ではない筈だ。
シスタリアには化物じみた騎士達が居る。あのザナリアを一人で殺した騎士も居るのだ。そんな奴等が……コルネスの王家である私がシスタリアを継ぐと言って、はいそうですかと従う筈がない。
「貴方は……一体何を考えていらっしゃるのですか。贖罪だの何だの……一体何が……」
国王は灰にまみれながらも、変わらぬ眼光で私を見てくる。
「この国は……とある姫君の呪いにかけられている。シスタリアの騎士は騎士では無い。彼らは求めているのだ。真の贖罪を」




