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35.アルフェルド

 《王都 王宮にて》


 薄々嫌な予感がするとは思っていた。シェルスが執拗に王都を離れろと言ってきたのは確実に魔人絡みだと。しかしまさか、この場に彼女が飛び込んでくるとは思ってもみなかった。


「アウタージュ! こいつの相手は私がする! 他の奴等を頼む!」


『アハハ、分かったヨ、こまったちゃん』


 次の瞬間、シェルスが眼前にまで迫ってきた。そのまま容赦なく俺の胴体を切り伏せようと剣を振ってくる。俺はシェルスの剣を受けながら、彼女の変化に正直感動していた。


 明らかに強くなっている。あの時よりも格段に速く、打ち込みも強烈だ。

 そのまま鍔迫り合いになりながら、思わず俺は笑みを零してしまう。それに呼応するように、シェルスも頬を緩ませる。


「やっと来たな……この時が。この瞬間をどれ程、私が夢見てきたか……お前に分かるか」


「さあな……だが俺も……夢見てきたと言われればそうだ。俺は……ずっと……」


 貴方と、もう一度戦いたい。

 それこそ永遠に、いつまでも、命の続く限り戦い続けたい、そう思ってきた。


 その願いが今宵叶った。

 もう何もかも忘れて……彼女との戦いに没頭したい。

 

 だがそんな俺の思考に待ったをかける存在がある。

 他でもない……


「アルフェルド! シェルスさん?! な、なんで二人が戦ってるの?!」


 シンシアの声が耳に届く。その声で夢見心地から覚めた俺は、シェルスの腹へ前蹴りを打ち込みつつ下がる。しかしシェルスに放った前蹴りはいとも簡単に躱されてしまった。やはり違う。以前戦ったシェルスとは格段に。


「シェルスさん! 止めて下さい! なんで貴方が……」


 シェルスと俺の間に入り止めようとするシンシア。シェルスはシンシアを攻撃するつもりは一切無いようで、剣の切っ先を床へと落とした。


「シンシア、色々有って言いそびれてたが……私は魔人だ。正確には人間と魔人の間に生まれた……いわゆる混血と言う奴だ。今宵はそいつ……アルフェルドを殺す為にここに来た。というわけでそこをどけ。お前の事は友人だと思っている。私に友人を斬らせるな」


「ま、魔人? 混血? そんな……でも……」


『アハハハ! 邪魔なら殺そうかぁー? こまったちゃんー、アハハハハ』


 その時、蜘蛛の魔人が大きく飛び上がり屋根裏に取り付いた。いつのまにかイリーナが切断した足は再生しており、心なしか先程よりも体が大きくなっているような気がする。


「こいつには手出し無用で頼む。見ての通り丸腰……って!」


 全て言う前にシェルスへと斬りかかる金髪の冒険者。イリーナだ。容赦なく距離を詰め、シェルスの首を狩り取ろうと剣を振るう。


「アルフェルド! シンシアを連れて逃げろ! シンシア! お前なら蜘蛛の結界を破壊出来るだろ! 早くしろ!」


「え? あ、あの、イリーナ! その人は私の……」


 イリーナは容赦なくシェルスを追い詰めていく。いくらシェルスが強くなっているとはいえ、相手が悪すぎる。イリーナ……サラスティアは王族護衛団の団長。実力的には隊長達と同格かそれ以上だ。


 思わずシンシアを連れて逃げるのを躊躇ってしまう。

 馬鹿か、何を考えている。シェルスは魔人だ。つまり人間の……敵だ。


「シンシア! 結界を破壊してくれ! 貴族達も逃がさないと……」


「やめ、やめて! アルフェルド! イリーナを止めて! シェルスは魔人でも私の友人なんです! お願いです!」


「シンシア! 彼女は……敵なんだ! 俺達の、人間の……! マルコシアスを殺したのは彼女の仲間なんだぞ!」


「……っ!」


 今の言い方は卑怯だと分かっている。シンシアは悔しそうに歯ぎしりしながら、そのまま貴族達が固まっている壁際へと走った。


「どいてください! 結界を破壊します!」


 魔力を込めて結界の破壊を試みるシンシア。だが蜘蛛の魔人がみすみすそんな事を許す筈が無い。


『アハハハ、魔術師! 丸腰でも戦えるねぇ。なら十分……戦士だよねぇ……!』


 貴族が固まっている壁際へと突っ込む蜘蛛。シンシアをその鋭い牙の餌食にしようとするが、そんな事は許さない。俺は再び蜘蛛の足を数本切断しながら、その牙を叩き折ろうとする。だがその前に蜘蛛は間合いを取り、俺の剣を躱した。巨体でありながら中々に素早い。


『アハハ、危ない危ない……流石英雄様だねぇ。一瞬で足三本持ってかれちゃったヨ』


 みるみる内に再生していく蜘蛛の足。バカな、異常だ。凄まじい回復力だ。


「アルフェルド! その蜘蛛はこの空間と同調しています! 恐らく結界で覆った密室内では勝てません! 結界は私が破壊しますから……その間、時間稼ぎに徹底してください!」


「分かった……! だそうだ、チェーザレ」


「時間稼ぎねえ……」


 チェーザレは蜘蛛など眼中には無いと言いたげに、視線はシェルスとイリーナの方に向いていた。俺も正直そちらの方が気になるが……シェルスは押されてるな。だがイリーナ相手にあそこまで耐えるとは……本当に強くなったな。


「アルフェルド、お前……あの混血と知り合いか? やけに親しそうだったようだが」


「……あぁ。先のディアボロス討伐で仕留めそこなった魔人だ」


 俺の言葉に、チェーザレはあからさまに肩を揺らして笑い始めた。なんだ、何がおかしい。


「仕留めそこなったねえ……。ちょっと安心したぜ。お前も男なんだな。彼女中々の美人じゃないか。うん、俺は別に美人に魔人も人間も無いとは思うぞ。でもなぁ、状況が最悪だよなぁ……」


 こいつ……こんな状況で良くそんな事が言えるな。

 今はそれどころでは……


「おい、チェーザレ、真面目にやれ。とりあえず蜘蛛を……」


「蜘蛛は俺が相手してやる。ついでにシンシアちゃんも守ってやるよ。お前は……したいようにしろ。どの道、驚異は魔人だけじゃねえ」


「……あ?」


 意味深な事を言い残して、チェーザレはそのまま蜘蛛へと斬りかかる。凄まじい剣捌きで蜘蛛の足を切断するが、何事もなかったかのように再生し続ける蜘蛛。だがチェーザレは問題ないと言いたげに、蜘蛛へと繰り返し突撃し続ける。


 蜘蛛はチェーザレに任せておいて問題ないだろう。腐っても隊長だ。ディアボロスの血族が相手とは言え、遅れを取るような奴じゃない。問題は……


「この野郎! 何故その顔をしている! 不愉快極まりないわ!」


「誰が野郎だ! 知るか! 持って生まれた顔に文句をつけるな! 不愉快なのはこっちだ!」


「嘘付け! 魔術か何かだろうが! そんな瓜二つな人間が居てたまるか!」


 なにやら口喧嘩しながら斬り合っている。

 女の喧嘩程怖い物は無いとは言うが……まさにそんな状態だ。とても止めれるとは思えない。


 止める……? 止めてどうする。たった今、シンシアに俺は言い放ったばかりじゃないか。

 シェルスは魔人だ。つまり人間の敵。我々の明確な敵。

 何故止めなければならない。むしろ加勢してシェルスを……殺すべきだ。


 殺す。シェルスを。

 イリーナと二人で? 

 いや、待て。それは……出来ない。


 彼女を殺すのは……まだだ。まだ俺達は存分に戦い合ってない。

 誰も邪魔の入らない所で数年単位で戦い続けたい。そしてお互い慢心相違の状態で……どちらかがどちらかの剣で倒れるまで……


 馬鹿な、俺はいつからそんなザナリア殿のような事を想うようになった?

 あの狼の言葉が脳裏を駆け巡る。それの何処が悪い、と。


「くそ……俺は本当に騎士失格だ……」


 そう嘆いた瞬間、床から凄まじい圧力がかかった。

 それが魔術だと最初に気付いたのはシンシア。そしてシェルス。


「来たか!」


「……?! アルフェルド! 伏せて!」


 瞬間、凄まじい熱気と衝撃で部屋の床が吹き飛んだ。

 咄嗟に床へと張り付きながら、その瓦礫を盾にして衝撃から身を守る。

 

 シンシアは……無事か。咄嗟に結界を張ったようだ。貴族連中も何とか無事のようだ。


 しかし何だ、一体何が……。


『貴様か。件の英雄と言うのは』


 耳に届く異質な声。人間でないのは確か。だが魔人と言われるとまた違う。


『恨みは無いが命を貰う。これも我が血族の宿命なり。この地に再び、あの方の名を知らしめるためには必要な事柄だ』


 崩れた床から這いあがってくる青い塊。

 それは竜。童話の世界にしか存在しない筈の、伝説の生き物。


『我が名はガラドランジュ。今は亡きディアボロス様の血族の魔人。そして貴様に引導を渡す者だ』


 青い竜は羽を広げながら、部屋の中を灼熱の世界へと変える。

 不味い……桁違いだ。この魔人は……間違いなく神に等しいと言われた魔人達に匹敵する。

 

『さあ、始めようか。戦士たる我ら一族の長、ディアボロス様へとこの戦いを捧げる! ご照覧あれ!』





 ※





 《王都 南門外の丘》


「ガラドランジュが動き出したか。国王は……中々肝が座ってるな。この後に及んでも玉座から離れないか」


「……お久しぶりですね。クラリス様」


 妖精、ガリウスの召喚者、クラリスの背後に立つ女性。

 クラリスは最初から気づいていたと言わんばかりに、その抉られた目で女性を見つめる。

 ガリウスはステアの魔術によって吹き飛ばされ、今は一時撤退させていた。魔人達が無事王都へ侵入した今、無理に顕現させておく必要もない。


「……ソフィアか。随分老けたな。当然か、それが人間だからな」


「えぇ。貴方に拾われてから早五十年以上ですか。貴方は変わりませんね。それが……魔人ですからね」


 クラリスの言い回しを真似するように、薄く笑みを浮かべながらソフィアはそう返した。

 そしてそのまま一歩一歩近づき、眼前にまで寄ると優しくクラリスを胸に抱きしめる。


「ずっと……ずっと会いたかった……何もこんな形で……」


「悪いな……別に会いたくなかったわけじゃない。私は魔人だ。なら人間と過ごすのは分不相応だろ?」


 そう言い返すクラリスの顔を、ソフィアは愛しそうに見つめながら、地面へと膝をつく。

 まるで母親に甘える子供のように、今度はクラリスの腰に抱き着いて涙を流し始めた。


「クラリス様……どうか、どうか……この私めに引導を……貴方の手で……」


「お断りだ。早く帰れ。もうお前にも弟子が居るんだろう? リエナ……だっけか?」


「……私は、自らの弟子を戦争の道具にしました……! まだ十五歳だった彼女を……! どうか罰を……私に……」


「ソフィア、いい歳した婆が甘えるな。罰が欲しいなら……この体をやろうか? 永遠にこの世界に存在し続ける呪いの肉体だ。お前にとってこれ以上の罰は無いだろう。どうする?」


 ソフィアは本心から怯え、恐怖する。その表情を見たクラリスは、薄く笑いながらソフィアの頭を撫でた。


「冗談だよ。罰なんて人に求めるもんじゃない。自分で勝手に決めればいい。それより……何故ここに来た? その様子だと私が魔人共に協力してる事は知ってるみたいだが」


「……はい。ギアラと名乗る混血と出会い……彼から妖精術を宿した者を見たと聞かされ……まさかとは思いましたが……」


「成程ねぇ。心配しなくても、魔人共に妖精術の事を漏らしたりしてないよ。奴等はひたすら巨人族の守護霊と思ってるからな」


 クラリスはそのままソフィアへと背を向け、激しく光を放つ王宮を見つめる。今あそこでガラドランジュが暴れている。アルフェルドを殺そうと。


「そうそう、妖精術と言えば……“白銀”は誰が継いだんだ? 相変わらず聖女か?」


「……はい。リュネリアという名の娘に……。しかし彼女は自分の意志で継いだわけではありません。にも拘わらず、白銀は彼女に完全に囚われています。まるで貴方を見ているかのようです……」


「へぇ……アレを完全に捕らえる人間が居るとは……興味深い。その内会ってみたいね。ほら、そろそろお戻り。あまり皆を心配させる物じゃないよ。今ソフィアは全聖女の司令塔なんだろう?」


「……はい。しかしクラリス様……何故、この度は王都に魔人をけし掛けさせるような真似を……」


 クラリスは鼻を鳴らしながら周囲の匂いをかぎ分ける。どうやら周りには誰も居ないようだと確認しつつ、ソフィアへと今一度振り返る。


「魔術師って生き物は……駄目だね。口が軽すぎる。もう喋りたくて喋りたくて仕方のない、どうしようもない生き物だ。でもこれが楽しくて仕方ない。今ここで私が喋った事で……事態がどう転ぶのか、見てみたい気もする」


「……クラリス様?」


「ソフィア、今回のこれは国王の意志なんだよ。私は少し前に国王から直接依頼されてね。自分を窮地に追いやってほしいって。そのまま国王が死ねば、王族から新たな王が選別されるだけだけど、もしその窮地を救った者が居たなら……その者に王の座を譲るって言ってるんだ。どうかしてるだろ?」


 楽しそうに喋るクラリスの前で、ソフィアは開いた口が塞がらない。

 このシスタリアの王は建国以来、王族の血筋のみで継がれてきた。それを突然王自らが覆すのかと。


「でも安心して、それはただの前提だから。国王の窮地を救う人間はもう決まってるんだ。あとはその人間の心意気次第。尤も……まだ年端も行かない少女だけどね」


「クラリス様? 一体……」


「君も知ってる筈だよ。十五年前の大戦の、あの場にソフィアも居たんだから。その王族の窮地を救う人間……それはね……」


 クラリスは愉快そうに頬を緩め、燃える王宮を見つめながら両手を広げる。


「その人の名は……レベージュ・ガルバージェ! 他ならぬコルネスの王族さ! 十五年前にシスタリアが滅ぼした国に、今度はシスタリアが乗っ取られてしまう! 激動の時代が来るよ! この世界の地図が一気に塗り替えられる!」


 

 その瞬間、王宮の、国王の間から一際大きな爆発音が。


 クラリスは満面の笑みでそれを見つめ、体を震わせた。


 時代が変わる。そう確信しながら。




 

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