33.
《王都スコルア 北門》
王都の南に妖精ガリウスが出現したのと同時、北門に魔人数体が出没する。ディアボロス血族の魔人達。その足元には既に血を流す騎士達が倒れている。
『あれがモンタナの守護霊か。本来の巨人族より数倍はでかいぞ』
そう嘆くのは牛頭のドラン。その傍らにはガラドランジュ。彼は魔術で自分の姿を人間の少年の姿に変えていた。しかし少し勘のいい人間が見ればすぐに露見されてしまう未熟な魔術。ガラドランジュは少年の姿のまま、各魔人へと指示を出す。
「ドラン殿、ここで派手に暴れてくれ。損な役割だが、クジ運の悪い自分を恨んでくれ」
『承知した。文句など垂れんよ。全ては我々の目的に繋がっているのだからな』
魔人達は予め、くじ引きで己の役目を決めていた。ドランは北門で暴れて人々の混乱を煽る役だ。ただでさえ巨人の出現で人々は混乱している。それに加えて北門でも魔人が暴れているとなれば、もはやまともに思考回路など働かない。そうなった人々を避難させるべく動いている騎士も同様だ。まともな避難など出来る筈がない。
「では他の物も各々の配置に着け。やばそうなら構わず逃げろ。ここは我々の死地にはせん。目的は英雄の抹殺のみだ。それさえ終われば用はない」
『承知つかまった』
『オッケー』
『御意』
『分かりました』
『理解シタ』
それぞれの魔人が散り、己の役目を全うする為に動く。そして少年の姿をしたガラドランジュも、王宮へと歩き始めた。鼻を鳴らし、嗅ぎ慣れた匂いがする方向へ。
(シェルス……そこか、そこに……新たな英雄が居るのだな……)
ガラドランジュは不適な笑みを浮かべながら、夜の王都の闇へと消える。
彼らの目的はただ一つ。アルフェルドの抹殺、それのみ。
※
混乱する王宮の中で、黒い甲冑に身を包む騎士が居た。ベインクロバーの騎士隊の隊長、バイアル・アルベイン。シェバと並ぶ程の実力の持ち主だが、性格に難があると王都直属から外された騎士。だが真実は違う。ベインクローバーへと赴いたのは自分の意志。彼は決して、騎士として曲がった精神の持ち主ではない。むしろ彼を知る者は、騎士の鑑と称えるだろう。
バイアルはひとまず自分の妹、シャリア・ベディヴィアの安否を確認する。シャリアにはアルフェルドが付いている。それを遠目に確認した彼は、ひとまず安心だと安堵した。バイアルとアルフェルドは顔見知りだ。アルフェルドは気づいていなかったが、バイアルの妹を一度魔人から助けているのだ。バイアルはその礼を言う為、一度アルフェルドと対面している。
(奴が一緒ならひとまず安心か。とりあえず混乱する民を落ち着かせる為にも……アレを何とかせねば)
バイアルは広間から見える巨人へと視線を移した。そこには王都を丸々一望出来る程の巨体。先程魔術と思われる矢が巨人を貫いたが、瞬く間に傷は塞がってしまった。それだけでも巨人の異常性は理解できる。
「隊長ー! ど、どどどうしますか?!」
その時、慌てふためくバイアルの部下が話しかけてきた。バイアルは部下を睨みつけながら、落ち着けと頭を小突く。そして端的に指示を出した。
「アレは恐らく囮だ。街に魔人が入り込んでる恐れがある。魔術師が来ているなら応援を要請しろ。既にやっているかもしれんが、索敵魔術の情報をこちらにも流せと伝えろ」
「ま、魔人?! は、はい! わかりましたぁ!」
そのままバイアルの部下は走り去っていく。
バイアルが巨人を囮と断言したのは、違和感があったからだ。あれだけの巨人が突然出現した理由は恐らく守護霊かそれに近しい何か。そしてそれを召喚しうるのは魔術に精通した何者かのみ。ここまで来ると誰でも分かる。十中八九、相手は魔人だと。
そして違和感とは、あれだけの巨体を突然出現させる事が出来るのなら、何故街の外なのか。門内に出現させた方がよほど効率的だ。それをしない目的は殺傷や破壊活動では無く、囮だからだ、とバイアルは考える。
(かといって攻撃してこないわけが無い。今はただ突っ立っているだけだが、いつ倒れこんできてもおかしくない。だが恐らく……王都にシスタリアの魔女が居る。彼女なら……)
バイアルは巨人の対処は魔術師に任せ、街に入り込んだであろう魔人の討伐へと向かう。
(俺は変わり者の騎士らしいからな。避難誘導は他の奴に任せておけばいい。まあ、この状況では避難など無駄だろうが)
※
王都の一角、ライスラ教会の屋根の上に三人の人影が立っていた。一人は先程巨人に対して巨大な矢を打ち放ったケルマ。そして彼女の隣にはシスタリアの魔女と呼ばれる英雄、リエナ・フローベル。
「まさか妖精とはね。しかもガリウス……。あれこれ議論したい所だけど、そんな暇も無さそうね」
リエナは残念そうに嘆きながら、さらに後ろに佇む少女へと目を向ける。
「初めての実践がこんなとんでもない状況で申し訳ないけど……出番よ、ステア。派手にぶちかまして構わないわ。街は私が守るから」
「お、おおぅ……」
バルツクローゲンに住まう魔術師の一人、ステア。リエナからの開戦許可を得ると両手を空に掲げ、自身の魔術を展開し同調する。魔術師はそれぞれ何かと同調して魔術を行使するが、ステアが同調する物、それは夜空に広がる星空。
「っぐ……街中に落ちるかも……やべえ……」
「安心しなさい。ケルマも結界張ってるし、いざとなったら私が受け止めるわ。いいから……さっさとやりなさい」
「お、押忍」
半ばリエナに脅される形で魔術を発動させるステア。一瞬大気が揺れ、星空それ自体が歪む。そして次の瞬間、輝く星空から隕石が巨人に向かって打ち放たれた。
「っぐ……いっけぇー!」
その数は数えきれない程。無数の星々が落ちてくる。それを確認したケルマは街に張めぐされた結界へと魔力を注ぎ、リエナは身構える。街へと被害が及ばないよう、落ちてきた隕石を受ける為だ。
空気が揺れる。
轟音と共に隕石の一つが巨人へと命中した。ただの一発で巨人の上半身は蒸発。続いて数発、連続で命中する。
凄まじい轟音に、王都の誰もが巨人を見やった。そして誰もが驚愕する。あれだけの存在感を放っていた巨人が、今は魔術と思われる攻撃で消え失せようとしている。その様子を見て、街の住民達は誰もが思った。王都から北に位置する魔術師の街、そこから大戦の英雄たる彼女が来てくれたと。
人々は希望を抱いた。彼女が来てくれた、彼女ならなんとかしてくれると。次第に落ち着きを取り戻し、次に自分達が何をすべきかを考える。戦える者は武器を持ち、それ以外の者はさっさと邪魔にならないよう逃げるべきだと。しかし今の王都に逃げ場所など何処にもない。それでも住民達は希望を捨てない。この王都にはシスタリア中の戦力が集まっているのだ。ましてや、勲章を授与されるザナリアを討伐した英雄も居ると。
だがそんな人々をあざ笑うかのように……騎士の断末魔が街中へと響いた。
敵は魔人。それも、ディアボロスの血族という強大な集団。
王都での戦いの火蓋が、今切って落とされた。




