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32.

 《王都スコルア 南門手前の丘》


 月明かりに照らされる王都。お祭り騒ぎに浮かれ、人々の歓喜の声が漏れ出している。それは一人の魔術師風の女性が立つ丘にも微かに聞こえていた。彼女は聴覚が優れている。尤も、優れていると言っても人並み以上、という程度だが。

 彼女に視力は一切ない。盲目の魔術師と言えば、シスタリアではとある英雄の事を誰もが思い出すだろう。


「スコルア……昔はもっと静かな街だったが……」


 女性はディアボロスの血族であるガラドランジュ他、五十名の前に姿を現したモンタナ。だがその名は仮の名前だった。本当の名前は他にある。そしてザナリアと戦友だったという話は本当だが、彼女が“生きていた”時代は五百年前。


「さて……始めるか、他ならぬ国王の頼みだ。派手に行こう」


 彼女は自身の顔へかけられた魔術を解除する。その魔術は召喚術。シンシアがサラスティアへと施した術と同じく、死者の姿を借りるという魔術だ。それを解除した彼女の顔は、両目が抉られたかのような傷跡が残っていた。

 盲目の魔術師は右腕を捲り、そこに刻まれた文字を月明かりへと晒す。そしてだんだんと、刻まれた文字から血が滲み出てきた。それはしだいに雫となり、地面へと落ちる。


「一つの時代の終わりに……相応しい舞台を用意しよう。今宵、再び英雄の名が歴史に刻まれる」


 その術の名は妖精術。シスタリアには二人しか使い手が居ないと言われた神秘の業。


「さあ……お前の覚悟を見せてみろ」


 だんだんと、地面へと血が浸食するように広がっていく。

 赤黒い紋様を描くように、まるで生き物のように。


 今宵、最大の祭りが始まろうとしている。





 ※





 一方、祝賀会へと招かれたアルフェルド一行。王宮内で行われるそれは、まさに貴族のための舞踏会といった雰囲気だった。

 アルフェルドとシンシアは共に行動し、イリーナは少し後方から警戒する。先程から妙な気配が纏わりついて離れない。嫌な予感、といえば簡単だがイリーナはその気配に覚えがあった。


(妙だ……魔人の匂いがプンプンする)


 別に魔人の体臭を嗅ぎ分けているわけでは無い。ただの直観。しかしイリーナは歴戦の騎士だ。その直感の信憑性は何よりも高い。

 イリーナは周りに気を配りつつ、騎士の配置、国王の位置などを確認していた。警備についている騎士は王族護衛団が中心となっているが、その中にベインクローバー所属の騎士が混ざっている事に気が付いた。


(バイアル……何故奴が王族護衛団に混ざって警備を……まさか国王の差し金か? もし奴が国王側なら……厄介すぎる)


 バイアルはベインクローバー騎士隊の隊長。その実力はアルフェルドの上司にしてディアボロスを討伐したシェバと肩を並べる程。決してイリーナが劣っているわけでは無いが、相手にしたくないというのも事実。

 イリーナは心の中で舌打ちしながら、アルフェルドとシンシアの様子を伺う。今はベディヴィア家の当主へと挨拶している最中だった。王族に近しい四代名家の一つ、ベディヴィア。若き当主はアルフェルドよりも少し年上で、王都直属騎士の隊長をも務めている。


(ベディヴィア家の当主か……。オルレアン家とは確か懇意にしていたな)


 イリーナは料理へと手を伸ばしながら、そっとアルフェルドとベディヴィア家の当主との会話へと聞き耳を立てる。どうやらベディヴィア家の当主はアルフェルドを褒め称えているようだった。一方アルフェルドは無難な態度で淡々としている。どうやら貴族は苦手のようだと、イリーナは鼻で笑いながら骨付き肉を齧る。


「流石は期待の騎士だ。私も見習いたい物だ。それでシンシア……マルコシアスの事は……残念だった。あれほどの騎士を亡くしたのは……シスタリアにとって大きすぎる」


「はい……そう言って頂けると……彼も喜ぶと……思います」


「何か困った事があれば頼ってくれ。ではアルフェルド、君の勲章授与式を楽しみにしているよ」


「は、はっ……ありがとうございます……」


 ベディヴィア家の当主は去り、残されたアルフェルドとシンシアは大きく安堵の溜息を吐く。相当緊張していたのだろう。イリーナは周りの目を気にしながら、アルフェルドへと近づき小声で話しかける。


「ベディヴィア家の当主は信用できる中々の男だ。今の内に繋がりを作っておけ」


「そうは言われても……相手は貴族だぞ……」


 お前も一応は貴族の息子だろ、という言葉を飲み込みつつ、イリーナは再び通り過ぎるように二人から離れる。その時、祝賀会の会場へと新しく入ってくる騎士が一名。チェーザレだ。イリーナは睨みつけるようにしながら、その様子を伺う。チェーザレと国王が接触するようなら会話を盗み聞きするつもりだった。だがチェーザレはテーブルから大き目の肉を掴むと、大雑把に食いちぎる。とても元王族の、それも次期国王として期待されていた男とは思えない。


(…………)


 それとは別に、アルフェルドにはもう一つ気掛かりな事があった。警備についている王族護衛団の中に、ライン・ルーベルトが居ない事だ。


(まさか……私を助けた事が既にバレて消されたなんて事は……)


 その可能性は捨てきれないが、もしそうならばイリーナ、つまりはサラスティアが生きている事が知られているという事だ。


(ライン……無事なのか? 王族護衛団の連中に今の私に聞くわけにも……かといってシンシアやアルフェルドでも不自然だし……)


 残るは一人しかいない、とサラスティアは兄の姿を見る。だがその兄も国王側かもしれない。もしサラスティアが生きていると知れば斬りかかってくる可能性もある。その辺の騎士が相手ならサラスティアも負ける事は無いだろう。だがチェーザレは別だ。彼に限らず、王都直属騎士の隊長クラスは全員化物だとサラスティアは感じていた。

 

 だがラインの命が今まさに危ないかもしれない。サラスティアは賭けに出る。チェーザレへと近づき、様子を伺いながら声を掛けた。


「……ん? 誰アンタ」


「……少々よろしいか」


 サラスティアはそのままチェーザレを連れ祝賀会会場の外へと。そこはバルコニーになっており、王宮から王都が見下ろす形で眺める事が出来た。


「……で? 何か用か、お前冒険者か?」


「王族護衛団の……ライン・ルーベルトを知ってるな。奴の所在が知りたい。何処にいる」


「あ? 知るか。なんでラインの居場所なんぞ知りたがる。お前誰だ」


 やはりチェーザレは顔を変えたままのサラスティアの言葉など信じない。

 だがサラスティアはたった一人の兄を信じる事にした。信じる事にして、兄の幼少期の恥ずかしい話をしだした。


「チェーザレ王子。貴方は十歳の時にオネショをして……それがバレないようにコッソリ……ライオネルが寝ている布団と交換しようとした。しようとした所で聖女にバレたが」


「なっ……ああん?!」


「更に十三歳の時、何を思ったか聖女の私室に侵入し、その着衣を……」


「ちょ、ちょっとまてコラ! なんで知って……いや、そんな事、まったくコレっぽっちも嘘だけども……」


「そうか、なら続ける。十五歳の時……」


「待て待て待て待て! お前何が言いたいんだ! お前誰だ!」


 サラスティアは動揺する兄を眺めつつ、淡々と自分の名を言い放つ。


「私は……サラスティアだ。こうして話すのは久しぶりだな、兄上」




 ※




 その頃、アルフェルドとシンシアは貴族への挨拶回りをしつつ、国王の陰謀を暴くのに繋がる情報を集めようとしていた。だがそう都合よく集まるわけが無い。国王とて最大の警戒をしているだろうし、その片棒を担がされている貴族にしても、うっかりそんな情報を漏らすわけが無い。


「シンシア、少し休むか……流石に疲れた……」


「そ、そうですね……私も慣れない会話が続いて……」


 そのまま会場の隅にあるベンチへと腰かける二人。すると一人の女性が近づいてきた。黒いドレスの二十台半ば程の女性。見るかに貴族だが、他の貴族達とは明らかに違う点がある事にアルフェルドは気づいていた。


(なんだ……あの手は……まるで鍛冶師か農夫ではないか)


 その女性の手は見るからにボロボロで、それを隠そうともせず手袋も着用していない。いたるところに豆が出来ており、指も歪なまでに膨れ上がっている。


「失礼致します……アルフェルド様ですか?」


「は、はっ! アルフェルド・マルカルです……!」


 まるで教師に指名されたかのような返事をするアルフェルド。シンシアと共に立ち上がり、二人共に頭を下げる。


「そんな畏まらないで……寂しくなってしまうから」


 女性は何処か他の貴族達とは違う雰囲気だ、という印象を二人は持った。そしてシンシアは、その首から下げているお守りのようなペンダントを、何処かで見た……と思い出し……


「あ、あのっ! もしかして……ベディヴィア家の……」


「あら、もうバレちゃいましたか。はい、その通りです。シャリア・ベディヴィアと申します。以後お見知りおきを」


 深々と頭を下げてくる女性に対し、二人も慌ててお辞儀する。


「シンシア……だったかしら。主人が貴方の事を随分気にかけていたから。貴方のご両親に代わってあげる事は出来ないけど、ベディヴィア家とオルレアン家の盟約は健在よ。主人も言ったと思うけど、いつでも頼ってね。今度遊びにいらっしゃい」


「はっ、はいぃ! も、勿体ないお言葉……です……」


「もう少し、礼儀作法についても教えてあげるわ。バルツクローゲンじゃあ……その辺りは分からないものね」


「は、はい……」


「それで……アルフェルド様。私は貴方と面識もあるのだけど……覚えていますか?」


 アルフェルドは首を傾げる。四大名家と面識などある筈が無い。貴族の護衛の任などの時かもしれないとアルフェルドは考えるが、そもそも貴族には専用の騎士が居る。ただの騎士は有名貴族に普段近寄る事すら無い。


「申し訳ありませんが……私には覚えは……」


「私は……ベディヴィア家に嫁ぐ前はアルベイン家の娘でした。思い出しませんか?」


「アルベイン……?」


 懐かしい名前が出てきた、と首を傾げるアルフェルド。


「まさか……バイアルさんの……」


「そうです。バイアル・アルベイン……ベインクローバーの騎士隊長は私の兄です」


「そ、そうでしたか……」


 そこまで聞いて、目の前の女性と何処で会ったのかも思い出すアルフェルド。過去に一度だけ、ベインクローバーへと任務で赴いた事がある。その時偶然、魔人に絡まれている所を助けた。


「あの時はありがとうございました。貴方は命の恩人に等しいのに……今までお礼も言えなくてごめんなさい」


「そんな事は……私は騎士です。騎士として当然の事を……」


 アルフェルドの言葉に笑みを浮かべるシャリア・ベディヴィア。


「何はともあれ、さっきも言ったけど……何か困った事があれば頼ってね。私に出来る事なら何でも……」




 その時、祝賀会が行われている会場でどよめきが起きた。

 そのどよめきは驚き、そして恐怖の感情が込められている。アルフェルドをはじめ、王族護衛団ら警備の騎士達もすぐに異変に気が付いた。


「……なんだ、あれは……」


 一瞬、誰もが呆然とする。祝賀会が行われている王宮からは街の様子が見渡せる程の窓が設けられているが、そこから見える光景に誰もが一瞬息を飲み、そして次の瞬間……阿鼻叫喚の叫び声を上げ始めた。


 アルフェルドは慌てて逃げ出そうとする貴族達からシンシアとシャリアを守るように、自分の後方に立たせ、同時に窓の外で何が起きているか分析する。


(なんだ、あれは……巨大な……魔人?)


 窓の外、正確には王都の外壁の外側に、街を見下ろせる程の巨大な何かが出現していた。赤黒い皮膚の巨大すぎる体。そこからは顔は確認出来ないが、右手には武器らしき物を持っている。


「シャリア!」


 そのアルフェルドの元へとベディヴィア家の当主が駆け付けた。慌てて逃げ出す貴族達を掻き分け、自分の妻の手を握ると怪我をしていないかの確認を。


「大丈夫か? とりあえず安全な場所へ……いや、何処が安全かなど分からないが……」


「私は大丈夫です、それより……私より街の住民の避難を……」


「分かってる。アルフェルド、君にシャリアをお願いしてもいいか? 私は隊の人間と住民の避難を誘導する」


 アルフェルドはそれは自分の役目だ、と申し出るがベディヴィア家の当主は首を横に振る。


「君はもはや王族並に重要な人物なんだ。それに何処に居ても危険なのは代わりない。あの巨大な魔人にとって……この街の全てが射程に入っているだろうから……頼む、君が一番の便りなんだ」


「……分かりました。お任せください」


 渋々承諾するアルフェルド。そんなアルフェルドを見て、シンシアは違和感を覚えた。周りの貴族や騎士達は混乱しながら冷静さを保っているのがやっとなのに、アルフェルドは随分落ち着いている……と。


 勿論アルフェルド自身は混乱している。だが彼は事前に、シェルスから聞かされていたのだ。夜になるまでに王都を出ろと。だから何かが起きる事は分かっていた。そしてシェルスは魔人側。


(シェルスが言っていたのは……この事だったのか? しかし何故これ見よがしにあんな巨大な魔人が……街の外に突然出現を……)


 その時、巨大な矢が怪物を貫いた。その陰は揺れ、足ふみする毎に地震のように大地が揺れる。


「あれは……魔術か? シンシア」


「そうです。あの魔術は……ケルマさん? バルツクローゲンに居る筈なのに……どうして……」


 巨大な矢を受けた巨人。胸に大きな穴が穿たれるが、それは瞬時に塞がってしまう。それを見たシンシアは震えが止まらない。ケルマの魔術を知るが故、巨人の正体が分かってしまったからだ。


「そんな、あれは……」


「一体なんなんだ、シンシア」


「あれは……あの巨人は……妖精ガリウス……。五百年前の英雄であるクラリス様が契約した……妖精です」





 


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